時間がない人のためのまとめ

    short_fingermethod.png






     二足直立歩行の適応によって手が解放された人間にとって、道具は人体の感覚器官や運動器官の延長であり、拡張であった。「はかる」行為も同様であり、その道具は、まずもって人体寸法を基準に創りだされた。
     古代オリエントにおける長さの基礎はひじの長さに始まるキュビト(約50cm)で、のちにイギリスのキュービット cubitに引き継がれ、またその2倍に相当する単位(イギリスのエル ell、ドイツのエルレElle など)やさらに2倍に相当する単位(イギリスのファゾム fathom、ドイツのクラフテル Klafter、フランスのブラッス brasse など)をもたらした。
     他にも、4本の指を並べた幅(日本のつか、イギリスのパーム palm)、親指の幅(中国の寸、ドイツのダウメン Daumen、オランダのドイムduim )、人差指または中指の幅(イギリスのディジット digit、フィンガー finger など)、げんこつの大きさ(ドイツのファウスト Faust)を元にするものがあり、さらに指を広げて事物にあてがうという動作から、イギリスのスパン span、ドイツのシュパンネ Spanne、中国の尺、日本のあた(咫)などの単位が生まれた。
     特に指の幅に由来する身体尺は、古代エジプトではdjeba、メソポタミアではubānu、古代ギリシアではδάκτυλοςと呼ばれ、ローマのdigitusを経て、ディジットdigitとなり、10本の指が算術の指=数字の呼び名ともなる。
     
     自然物による度量衡の標準とするメートル法が席巻して久しいが、今回はどんな原始的な測定器も持たずに、この身一つで離れた場所との隔たりを測る技を思い出すことにする。



    手の分度器で天を測る

     天体観測の経験のある人なら、腕をいっぱいに伸ばした時の、手や指の幅がつくる角度がどれくらいか知っているだろう。

     もちろん、おおよそだが

    ・親指一本分の幅が2度(小指なら1度)
    ・握りこぶしの親指から小指までの幅が10度
    ・親指と人差し指をいっぱいに開いた幅が15度

    hand_ang.png

    である。

     星や星座の位置を大まかに伝えるのに「地平線から20度、つまり握りこぶし2つ分上がったところ」といった具合に使うことができる。
     北斗七星が、こぶし3つ分=角度でいって30度の大きさがある、なんてことが言えるようになる。
     星座盤で分かった角度を使って、空を探すのにも、もちろん利用できる。

     この方法の利点は、道具いらずで簡便なところ、そして腕の長さと手/指の幅の比率をつかっているので、一応は体の大きさに関わらず使えるところだ。
     これは「体の大きな人は、その分腕は長くて、手も大きいだろう」という、大らかな前提に基づく。
     もちろん指や手の大きさ、腕の長さ、そしてその比率は個人差があるが、それ以外の原因からくる誤差の方が大きいので、そこにこだわっても見返りが少ない。
     という後ろ向きな理由から、一応は体の大きさに関わらず使えるのである。



    手の分度器で地上を測る

     正確さを求めない用途であれば、この「手の分度器」は他にも利用できる。

     たとえば、川向こうに乗用車が止まっている。腕を伸ばして人体分度器をやってみると、ちょうど指一本(の幅)で車の全長が隠れた、とする。
     乗用車の大きさは、もちろん車種によって異なるが、いまの文脈に照らしてお雑把に言うと、おおよそ全長4m、正面から見た幅は2m、高さは1.5mである。

     1/tan 2° = 28.63……だから、大雑把にいって4m×30=120m離れたところに、その車はあることが分かる。

    calc_trig.png

     この方法の欠点は、誤差が大きい(桁数と四捨五入した最初の数字くらいが分かる程度、と思っておけば腹も立たない)という最大のものを除くと、対象の実際の長さを知っていないと距離を導けないところだが、逆に言えば、街でよく目にするものについていくつか覚えておきさえすればいい、とも言える。
     細かい数字は必要ない(どうで誤差のなかに掻き消える)のと、こういう遊びを何度か実際にやってみると、意外と覚えていられるものだ。
     
     街で見かけるものの大雑把な長さと、指・手の幅に対応させた、〈手の距離計・早見表〉を挙げておこう。

    quick_dist2.png

    hand_mult.png

     対象までの距離(単位:m) = 対象の大きさ(単位:m) × 倍率



     例えば、電柱がちょうど親指一本分の幅なら、大雑把に言って0.3m×30=9mぐらい離れたところに、その電柱はあることになる。
     早見表で言うと、「親指の幅」の行と「電柱の幅」の列がクロスしたところ「9」(m)が、対象との距離である。


     同じく、電線の高さがちょうどこぶし一つ分なら、大雑把に言って5m×6=30mぐらい離れたところにある。
     早見表で言うと、「にぎりこぶし」の行と「電線の高さ」の列がクロスしたところ「30」(m)が、対象との距離である。



    ふたたび天の仰ぎ見る

     もう少し遠くのものについても、手の距離計で測ってみよう。

     月の直径は、この方法だと小指のちょうど半分ぐらいに見える(五円玉の穴とちょうど同じくらい)。

     月の直径は約3500kmだから、115倍すると、ざっと40万kmとなる。

     地球の中心と月の中心との間の平均距離は38万4400kmというから、正確ではないが、絶望するほどひどい結果ではない。



    手の分度器の軍事利用

     ご存じの方はうずうずしているはずだから申し添えておくと、主として軍事関係で使われるmil(angular mil)という角度の単位を、手や指の幅で測る方法がある。

     mil(angular mil)は、円周を6400に分割した角度単位で、1milは、ほぼ1km先の1m幅の物体を見るときの角度(視角)にあたる(もう少し正確には1kmで0.982mほど)ので、距離を計算するのに便利である。次の式で計算できる。

     対象までの距離(単位:km) = 対象の大きさ(単位:m) ÷ mil

     先ほどと違って、割り算であることと、対象までの距離と対象の大きさで単位が違っていることに注意。


     ライフルスコープや軍事用/海事用の双眼鏡等には、Mil-Dotというmilを目で測るための目盛り(reticle)がついている。

    traditional_mildot.png

     身長180cmの人をスコープで見るとこんな感じになる。

    mildot_man.gif



     しかし、こうしたものが手元になくても、腕を伸ばして指や手の幅を使うやり方が使える。

    Mil_estimation.jpg
    (出典)Figure 8-7. Hand and fingers used to determine deviation. in Army Field Manuals
    FM 3-21.94 The Stryker Brigade Combat Team Infantry Battalion Reconnaissance Platoon
    CHAPTER 8 COMBAT SUPPORT


    同じものが https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Mil_estimation.jpg にあり。


     これで先程の例である、川向うの乗用車(全長4m)が指1本の幅だった場合の距離について再び計算すると

     4m ÷ 30mil(指1本の場合) ≒ 0.133kmで、およそ130mということになる。



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    グレマスの行為者モデルは、あらゆる言述(discours)の根底にある意味作用を説明できることを企図していて、扱えるのは魔法昔話のような物語や神話だけではない。

    行為者モデルの復習


    行為者モデル Le modèle actantiel(行為者図式Le schéma actantiel)を知らないと始まらないので、簡単に復習しておく

    ※フランスの国語教育だと、コレージュ第1学年(日本の小学校6年生~中学3年生までの4年間が中等教育前期のコレージュに当たる)の教科書に登場する。
    (参考)飯田伸二(2013)「教科書のなかのお伽話 : 国語教科書編集理念解明のためのノート」『Stella』32, pp.123-136, http://ci.nii.ac.jp/naid/120005372218



    ロシアの魔法昔話を100話分析して魔法昔話を構成する要素として31の〈機能〉を抽出したプロップは、魔法昔話の登場人物を次の7つに類型化している。

    1.加害者、2.贈与者、3.援助者、4.王と王女、5.委任者、6.主人公、7.ニセの主人公

    グレマスの行為者モデル Le modèle actantielは、登場人物相互の相関関係に注視し、テニユールの統辞論やスーリオ『二十万の演劇状況』の演劇《機能》の目録を参照しつつ、プロップの7類型を整理しなおしたものである。

    グレマスプロップ
    送り手王と委任者
    対象王女
    受け手主人公
    援助者援助者と贈与者
    主体主人公
    敵対者加害者とニセの主人公


    構成要素の点から見ると、主人公が「主体」と「受け手」に分けられたことと、援助者と贈与者が「援助者」にまとめられた以外に違いはないが、重要なのは、グレマスが6つの行為者を次の3つの軸によって密接に関連付けている点である。

    3axe.png


    欲望の軸 Axe du vouloir (désir)

    「主体」は「対象」を欲する

     例:円卓の騎士は聖杯を求めて旅立つ


     プロップがもたらした知見で最も重要なのは、魔法昔話の主人公がかならず何かを求めて行動する(探索の旅に出る)という指摘である。
     主人公が求めるのは、たとえば竜によって奪われた王女であり、地下世界や地の果てに隠された魔法の宝である。
     グレマスはこれを受け継ぎ、「主体」と「対象」の間に成立する関係、言い換えると、欲望するものと欲望されるものの間に成立する関係を、欲望の軸として行為者の図式Schéma actantielの中央に置く。
     
     「主体」は普通、物語ではその主人公であり、「対象」は主人公が求め、手に入れようとするもの(宝とか愛とか)である。


    伝達の軸 Axe de la transmission(communication)

    「対象」は「送り手」から「受け手」へ向かう
    「送り手」は「受け手」に「対象」を約束する

     例:王様は姫を勇者に与える
       (物語のはじめでそう約束し、
        物語のおわりで約束は履行される)


     プロップでは〈主人公〉という一人の登場人物であったがものが、グレマスが分けた「主体」と「受け手」に分けられている。
     実は、プロップが分析した魔法昔話は、ほぼ例外なく「主体」と「受け手」が融合した、ある意味、特殊なジャンルなのである。

     しかし「対象」を求める「主体」が、最後には必ず「対象」を受け取るとは限らない。
     例えば、プロメテウス(という「主体」)は、火(という「対象」)を求めるが、彼はその火を人類に与える。つまり、このプロメテウスの物語では「受け手」は人類ということになる。

     何故、この軸が伝達(transmission / communication)の軸と呼ばれるのか。
     魔法昔話に戻ってこのことを考えよう。
     たとえば、王様はただ気まぐれに姫を勇者に与えるのではない。事前に、王様は「竜によって奪われた王女を取り戻してきた者を王女の婿とする」と触れを出す。
     勇者は名乗りを上げ、王様は上記のお触れを追認し、勇者が成功した場合のことを約束する。
     冒険が終わり、成功を収めた勇者に対して、王様は約束を果たし、勇者は約束通りに姫を手に入れる。

     つまり物語は、「送り手」(今の例では王様)と「受け手」(今の例では勇者)の間の、約束の締結で動き出し、約束の履行で終わる。この約束が、物語(世界)の枠組みを形作り、この枠組によって「主体」が「対象」を求める探索が、物語の中心に据えられるのである。
     つまり「送り手」から「受け手」への受け渡し(transmission / communication)は、単なるモノの移動を意味するのではない。それは繰り返しなされるコミュニケーションであり、結び直されるコミットメントである。だからこそ物語世界に秩序と構造を与える。


    能力の軸 Axe du pouvoir 

    「主体」は「補助者」に助けられ、「反対者」に邪魔される。

    例:よい魔法使い(あるいはアイテム)が主人公を助ける
      わるい魔法使いが主人公を邪魔する


     魔法昔話では、勇者(=「主体」)の冒険(探索)は、よき魔法使いや魔法アイテムによる援助を得て進み、わるい魔法使いや様々な障害/試練によって邪魔されるだろう。

     ところで「補助者」と「反対者」は両義的であり、魔法昔話でも、物語の最中でしばしば入れ替わりさえする。
     というのも、何が〈助け〉であり〈邪魔〉であるかは、「対象」へ向かう「主体」の願望とのかかわり合いにおいて、益になる、あるいは害になると判断されるからである。


    (出典)
    Sémantique structurale (3e édition)
    Sémantique structurale (3e édition)A.J. Greimas

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    構造意味論―方法の探求
    構造意味論―方法の探求A.J. グレマス

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    今この邦訳は品薄だが、今回の話程度なら「行為項モデルに関する考察」(『構造意味論―方法の探求』邦訳p.223-251、これ以降「邦訳」と頁数で参照箇所を示す)で足りる。






     復習を終えたら、物語の外へ赴こう。



    哲学という探求(クエスト)

     出発点として、グレマス自身が例に挙げている〈古典の世紀〔17-18世紀フランス〕の哲学者 〉を取り上げてみる。

    ※邦訳p.234-5

    greimas-Philosophe.png


     魔法昔話で勇者に割り当てられた役割は、ここではもちろん〈哲学者〉に割り振られる。「主体」である〈哲学者〉は、「対象」である〈世界〉を(知ることを)欲している。
     その探求の枠組みを与えるのは、「送り手」である〈神〉が「受け手」である〈人類〉に対して結ぶ約束である。すなわち「対象」である〈世界〉は、〈神〉によって送り出され、〈哲学者〉の探求の対象は、やがて〈人類〉が受け取ることが予定されている。
     そうした「主体」である〈哲学者〉を助けるのは「補助者」である〈精神〉である。〈物質〉は西洋哲学の伝統的に〈精神〉に対立し、〈哲学者〉の認識を邪魔する「反対者」として扱われている。

     つまるところ(古典の世紀の)哲学とは、「送り手」である〈神〉と「受け手」である〈人類〉がつくる枠組みの中で、「主体」である〈哲学者〉が、〈世界〉を「対象」として行うクエストである。

     図式化というものはそういうものなのだが、分かりやすいことは分かりやすいけれど、実に身も蓋もないことになっている。
     あらゆる言述を取り扱いたいとはいえ、ちょっとやり過ぎな感じもするが、そのおかげで似たようなものをいくつも思いつくことができる。


    キリスト教の基本構造

     たとえば、キリスト教について同様の図式を描いてみるなら、こんな感じになるだろう。

    greimas-Χριστός


    ※夏目絵美(2001)「生命の契約:『マタイによる福音書』を読んで」を参考にした



     「主体」である〈キリスト〉は、「送り手」である〈神〉にかわって、「受け手」である〈人類〉に、「対象」である〈永遠の生命〉を授ける。
     ここで〈恩寵〉が「主体」を助ける「補助者」であり、〈罪〉が「主体」を邪魔する「反対者」である。

     細かい要素を剥ぎとってしまったので、先に触れた哲学者の探求が、焼き直しのように、キリスト教の基本構造と重なり合うのを見ることができる。
     〈恩寵〉を〈精神〉に、〈罪〉を〈物質〉に、置き換えることはさほど抵抗感をおぼえる作業ではない。
     「対象」である〈永遠の生命〉が、つまるところ〈救済の教え〉に他ならないことを思い出せば、哲学者が目指す〈世界の認識〉との間に、違いよりむしろ同型性が見て取れる。


    マルクス主義のめざすもの

     これもグレマスがやっているものだが、マルクス主義についての図式を並べてみるとこうなる。

    ※邦訳 p.235


    greimas-marxism.png


     「送り手」は彼岸に住まう超越者ではなく、人の織りなす〈歴史〉である。ただし図像化にあたっては、ギリシア神話に登場する文芸の女神ムーサたちの1人、「英雄詩」と「歴史」を司るクリオΚλειώ, Kleiōを用いた。
     「送り手」である〈歴史〉が、「受け手」である〈人類〉に約束するのは〈階級のない社会〉であり、「主体」である〈人間〉(図像化にあたっては直截に〈革命家〉のイメージを使った)は、この〈階級のない社会〉を「対象〉として求める。
     もちろん「補助者」は〈労働者階級〉、「反対者」は〈ブルジョワ階級〉である。



    ビジネスプランの図式
     
     グレマスはさらに、ビジネスプランを語る投資家へのインタビューを素材に、次のような図式を挙げている※。

    ※邦訳 p.238


    greimas-business3.png


     「主体」である〈投資家〉の投資行動に前提を与えるのは、契約の自由など経済活動を支える経済制度である、これが「送り手」となる。

     少し興味深いのは、魔法昔話の〈勇者〉とちがって、(少なくとも自己陳述のなかでは)〈投資家〉は「主体」と「受け手」を兼ねない。つまり〈勇者〉は求めた〈財宝〉や〈姫〉を自分のものにするのに、〈投資家〉は求める「対象」の最終的な受け取り手ではない、と主張する。
     〈投資家〉によれば、「受け手」は〈企業〉自身であり、〈企業〉が受け取るもの、そして「主体」である〈投資家〉が求める「対象」は、企業が存続し将来にわたって(無期限に)事業を継続していくことそのもの、だという。
     つまり、「主体」と「受け手」が融合していた魔法昔話と違って、ここでは「対象」と「受け手」が融合しているのである。

     投資行動に対する「補助者」は、当然ながら投資に先立って行われる各種の調査であろう。
     これに対してグレマスが挙げる例では、「反対者」には何故だか〈科学技術の発展〉が現れる。
    「主体」を挟んで、対立する「補助者」と「反対者」の関係を念頭に置いて考えると、次のように理解できるかもしれない。
     調査は、投資対象とすべきある企業の、他のライバル企業に対する優位性(強み)を探し当てるだろう。こうして調査は、投資家の助けとなる(「補助者」)。
     対して、〈科学技術の発展〉は社会全体のレベルで生じ、一企業から見れば優位性の前提の変更、(そのまま有効な対応ができなければ)優位性の陳腐化・喪失につながる。それ故、調査が見つけ出した投資機会を押し流すものになり得る(「反対者」)。



    科学研究という営み

     いくつかの図式を見てきたので、自然科学研究について同様の図式を描くことはさほど難しくはない。

    greimas-science2.png


     科学研究とは、〈自然〉という送り手と〈科学者コミュニティ〉という受け手が創りだす枠組みの中で、〈科学者(科学研究者)〉という主体が、〈発見〉という対象を目指すクエストである。

     哲学者のクエストを祖型としているが(自然というテキストを通じて神の存在を読み解こうとする、自然哲学を源流とするので当然である)、科学を科学たらしめているのは、何を求めるか(その「対象」)ではなく、どのように求めるかによる。つまり〈科学的方法論〉である。
     
     〈科学的方法論〉は、科学者のクエストを、科学研究を助ける「補助者」であるが、その出処は〈科学者コミュニティ〉である。
     実際には、〈科学者コミュニティ〉への新規参加者が〈科学者コミュニティ〉の中で揉まれる中で科学研究に必要な〈科学的方法論〉を身につけていく。

     では科学研究において「反対者」を何か。
     いろいろありすぎて短く表現するのが難しいが、ここでは諸々をひっくるめることができそうな、フランシス・ベーコンのイドラを持ってくることで決着をつけた。

     ベーコンは、観察と実験の重要性を説く一方で、実験・観察には誤解や先入観、あるいは偏見がつきまとうことにも注視し、人間が錯誤に陥りやすい要因を分析し、『ノヴム・オルガヌム』の中で4つのイドラにまとめている。

    種族のイドラ(自然性質によるイドラ)
     人間の感覚における錯覚や人間の本性にもとづく偏見で、人類一般に共通してある誤り

    洞窟のイドラ(個人経験によるイドラ)
     個人の性癖、習慣、教育や狭い経験などによってものの見方がゆがめられる、各個人がもつ誤り

    市場のイドラ(伝聞によるイドラ)
     社会生活や他者との交わりから生じる、言葉の不正確ないし不適当な規定や使用によって引き起こされる偏見

    劇場のイドラ(権威によるイドラ)
     先行する思想や学説によって生じた誤りや権威や伝統を無批判に信じることから生じる偏見




     さて、図式の中のイドラの図像は、4つの中の特に〈劇場のイドラ〉に合わせてある。
     科学研究における〈劇場のイドラ〉は、科学的方法と同様に、科学者コミュニティに由来するものである。

     魔法昔話に立ち戻って、「補助者」と「反対者」は物語の最中でさえ、しばしば入れ替わりさえする両義的なものであったことを思い出せば、研究者に力を与え科学研究を可能にする〈科学的方法〉と科学研究を阻害する〈劇場のイドラ〉もまた、科学史の中で入れ替わり得ることに思い至る。

     むしろ、この両者はいつでも明確に分けることができる訳ではなく、少なくともその一部は、クーンがいうパラダイムのように、ある時期には研究を助ける「補助者」であったものが、別の時期には研究を邪魔する「反対者」となり得る。クーンに与するなら、その移り行きこそが科学史のダイナミズムを形成する、とすら言える。

     そうして、「補助者」から「反対者」への移り行き(あるいはその逆の移行)は、科学史の大きな流れの中でだけ生じるのでもなく、一研究者の研究生活の中ですらしばしば生じている。


    (関連記事)




     

    (時間がない人のための要約)

    対話的開発環境であるJupyter Notebookの上に
    作りっぱなしだったいろんな調査ツールをまとめたもの
    読書猿のワークベンチなのでMonkeyBenchと名前をつけた。




     探しものの際に、自分がやってる手作業のうち、ネットやコンピュータでできそうなことをPythonにやってもらえるように短いプログラムをいろいろ使い捨てして来たが、これらをまとめてJupyter Notebookのマジックコマンドにしたものである。
     


     コードの中身と簡単な使用例をこちらに乗っけた。

     http://nbviewer.jupyter.org/gist/kurubushi--rm/231f5dff7e5c6f9a50bb709e0d234dd8
     




     主だったコマンドと、どんな順番に使うかを図にしてみた。
     これは自分がどんな手順で探しものの初動調査を行うかを(そしてネット上で検索から入手までできる論文とは違った対応をしなきゃならない書籍の面倒くささを)反映している。

    MonkeyBench.png

    (クリックで拡大)



     以前紹介したSuggestmapのプログラムなど公開してほしいという声がたまにあるので、他人様に使ってもらう品質にはほど遠いけれど紹介することにする。


    Jupyter Notebookがもたらすもの

     Jupyter Notebookは元々、IPython Notebookという名前で、Pythonのインタラクティブ実行環境(iPython)をブラウザ上で実行できるツールだった。その後、Python以外の言語も利用可能になり、Jupyter Notebookという名前で開発が勧められている

    数式処理ソフトMathematicaを知っている人なら、Mathematicaノートブックのようなもの、というと分かりやすいかもしれない(実際、IPythonの開発者がMathematicaノートブックにインスパイアされたらしい ※参考 The IPython notebook: a historical retrospective)。
     Mathematicaノートブックは、プログラムが実行可能なノートのようなもので、ユーザーの入力(テキストと Wolfram コード)も、コンピュータの演算結果(数式やグラフィックなど)も、ひとつのノートの中で一括して扱うことができる。一つのノートブックの中でデータの処理から可視化、さらに文書作成までをシームレスに行えることが、Mathematica の最大のうりだった。



     Jupyter Notebookはまず、いつも使ってるWebブラウザの上で、プログラム(コード)を書いたり、試したりできる開発環境である。
     Webブラウザを使っているので、Webブラウザが扱えるコンテンツ、テキストも画像も、その気になれば動画や音声も、織り込める。Markdownでテキストを表示することも、数式を綺麗に表示することもできる。
     動作するプログラムも、その実行結果も、それ以外のテキストや画像も、動画も、インタラクティブなグラフなんかも、一括して保存し、シェアすることができる。
     例えばグラフだけでなく、グラフの元になったデータも、それを描いたコードもまとめて扱える。このことは、書いてあるコードを使って、自分の手で結果を確認したり、作り変えて再利用することができることを意味する。
     こうした特徴は、Jupyter Notebookをデータサイエンスや科学技術計算における強力なツールにしている。


    Jupyter×ライブラリ・リサーチ

     さて、ライブラリ・リサーチにJupyter Notebookを使うと、どんないいことがあるのか?

     ライブラリ・リサーチは、意義においては「巨人の肩に乗る」のに不可欠なプロセスであるけれど、作業としては大部分がお決まりのルーチンワークで構成されている。
     たとえば分野ごとに、まず当たってみるべきリソース、データベースがあり、その他押さえておくべき調査ツールがある。
     しかし、終始一貫して、いつものやり方だけで押し切れるかというと、そうでもない。事典やデータベースに当たれば解決するごく簡単なものを除けば、振り返ればなんてことのないものであっても、いくつかの(大抵は些細な)「発明」を必要とすることが多い。

     探しものとは、問いをつくり、その問いを世界に投げかけ、返ってきた結果から次の問いをつくり、……と繰り返していくものであり、その意味で対話的(インタラクティブ)な作業である。そこでは、いつでも当初は予想していなかった不意打ちが潜んでいる。だからこそ、探す前には気づかなかったことに出会い、以前とは違う自分に成り変わる契機に突き当たるのだ。

     Jupyter Notebookは、そのインタラクションを、探しものの過程と成果を(探しもののツールを作ることも含めて)、その上に展開でき、まとめて保存し、再利用できるようにする。
     Jupyter Notebookの上で作業を行うことで、たとえば辞書や図書館検索(OPAC)の検索結果が、次の作業に利用できる。
     さらに探しものの過程を振り返り、調査のPDCAサイクル回すことで、調査プロセスの品質向上から、ノウハウ化、知恵化につなげやすくなる。
     検索結果を取りまとめたり、並べ替えたり、組み合わせたりする作業も、それをめんどくさく感じて作った作業を自動化する(つまりルーチンワークをいくらか担ってくれる)プログラムも、すべてまとめて保存し、再利用できる。

     ライブラリ・リサーチ上の不満→面倒な繰り返し作業をコード化→繰り返し使いながら手直し→違うリソースに同じようなコードがたまってくる→コードをまとめる→コードをマジックコマンド化……
     こうしてできたツールを整理してまとめると、今回紹介するようなワークベンチとなる。
     
     つまり、このワークベンチ自体が、Jupyter Notebook相手に「あーもう、もうちょっと、どうにかならないの?」と嘆きと愚痴を繰り返す中で、問いを投げかけ返ってきた結果を吟味しまた思いつきをぶつけてきた、対話的試行錯誤の産物である。
     航海しながら船を改造しつづけるようなもので、この先もどんどん変わっていくことが予定されているが、とりあえず現時点のものを。


    奇特にも実際使ってみたいという人のために

     Jupyter Notebookのことをほとんど説明してないので、いくつかのサイトを紹介します。

    Jupyter Notebook 公式サイト http://jupyter.org 

    Jupyter/IPython Notebook Quick Start Guide

    nbviewer http://nbviewer.jupyter.org

     Jupyter Notebookのための共有サイト。



    ・Jupyter Notebookを使えるようにする近道はAnacondaをインストールすることですが、次のページが参考になります。


    (追記)

    Python2系で動くMonkeyBenchの他に、

    Python3 系で動くMonkeyBench3を作りました。




      AnacondaでPythonの分析環境をまとめてインストール - TASK NOTES

    ・すでにPythonを使ってる、pipも使えるという人は、次のやり方で。依存ライブラリも一緒にインストールされます。

      $ pip install jupyter

    Jupyter Notebookの起動など最低限必要な情報とともに、上と同じサイトの次の記事が参考になるでしょう。

      Jupyter(Python Notebook)のインストールと始め方 - TASK NOTES




    (追記)

    MonkeyBenchで使ってるパッケージは、ほとんどAnacondaに入っているのですが、
    ネットワーク図を描くのに使ってるpygraphvizは改めてインストールしないといけないようです。

    Anacondaでのpygraphvizインストール方法は、下記の方法を試してみてください。

    (linux, osx)
    conda install -c https://conda.anaconda.org/pdrops pygraphviz

    (windows)
    conda install -c https://conda.anaconda.org/rhishi pygraphviz

    (参考)
    https://anaconda.org/pdrops/pygraphviz
    https://anaconda.org/rhishi/pygraphviz




    ・Jupyter Notebookが使えるようになったら、以下のURLから


    (Python2系の方)

    https://gist.github.com/kurubushi--rm/e03c9b40956752ce1a3ea6e0d3bdda5d

    からMonkeyBench.pyをダウンロードして適当なところに置くか、Jupyter Notebookで(長いんですが)

    %install_ext https://gist.githubusercontent.com/kurubushi--rm/e03c9b40956752ce1a3ea6e0d3bdda5d/raw/006edbbf77c35018caeda9bea0fa190fec275f18/MonkeyBench.py

    とした後に

    %load_ext MonkeyBench

    とすれば、MonkeyBenchのマジックコマンドが使えるようになるはずです。


    (Python3系の方)

    https://gist.github.com/kurubushi--rm/6df37bbc7d0a9f4356e299a2f683a1a6

    からMonkeyBench.pyをダウンロードして適当なところに置くか、Jupyter Notebookで(長いんですが)

    %install_ext https://gist.githubusercontent.com/kurubushi--rm/6df37bbc7d0a9f4356e299a2f683a1a6/raw/85d830c1d56dc64da4e5423ef0c4168976a43d45/MonkeyBench3.py

    とした後に

    %load_ext MonkeyBench3

    とすれば、MonkeyBenchのマジックコマンドが使えるようになるはずです。



    monkeybench_install.png

    (クリックで拡大)




    Amazon関連でAmazon アソシエイト Webサービスを、図書館の蔵書確認でカリールAPIを使っているので、
    アプリケーションキーなどは各自取得して、入れてください。


     








    MonkeyBenchのワークフローとコマンド

     MonkeyBenchはライブラリ・リサーチのためのワークベンチである。
     ライブラリ・リサーチの折り返し地点まで、すなわち〈知りたいこと〉からはじめて、それに関する文献を入手するところまでを取り扱う。

     探しもののの際に、MonkeyBenchに何ができるか、どんな風に使うかについて、詳しくは先のリンクに上げた実例を見てもらった方がいいだろうけれど、主だったコマンド/機能を紹介しつつ、もう少しだけ説明してみる。

     

    予備調査

     文献を検索する前に、知りたいテーマ・トピックについての背景知識などを入手するために予備調査を行う。
     具体的には事典を引き、そのテーマ・トピックがどんな分野に属するかを知り、テーマ・トピックの言葉とともに使われる共起語や、関連語を収集する。
     こうすることで文献の当たり外れや価値を判断するために必要な前提知識や背景知識、検索に使えるワードなどの漏れを防ぐことができる。

    マジックコマンド機能
    %encyclopedia (キーワード)  キーワードについて手持ちの辞書(EPWING)とネット上の辞典をまとめて検索し、記述の短い順から並べて表示
    %refcase (キーワード) レファレンス共同データベースを検索して、レファレンス事例を収集して表示
    %thememap (キーワード) キーワードについてウィキペディアのカテゴリー情報を元に、該当する分野の階層図を作成する
    %suggestmap (キーワード) キーワードについてgoogleサジェスト機能を使って、検索で共に使われる共起語を集めてマップ化する
    %kotobankmap (キーワード) kotobankの関連キーワードをつかって関連図をつくる
    %webliomap (キーワード) weblioの関連キーワードをつかって関連図をつくる



    文献調査

     事前の予備調査が終われば、文献調査に進む。
     ネット上でできることは限られるが、それでもいくつかの目録・所在情報データベースやネット書店・通販サイトを利用できるし、それぞれのリソース/検索結果を組み合わせれば、個々のサービスではできないこともできる。

    マジックコマンド機能
    %webcat (キーワード) webcat plus minusを使って書籍等を検索して、結果をデータフレームにする
    %ndl (キーワード) 国会図書館サーチを検索して、結果をデータフレームにする。
    書籍、雑誌記事だけでなく、デジタル資料やレファレンス事例などを含めて検索できるが、上限500件の制限がある
    %amazonsimi (キーワード) アマゾンの類似商品情報を辿って、関連書を集める
    %amazonmap (キーワード) アマゾンの類似商品情報を辿って集めた関連書を、関連チャートに図化する
    %amazonPmap (キーワード) アマゾンの類似商品情報を辿って集めた関連書を、商品写真を使って関連チャートに図化する



    文献調査補助

     いくつかのリソースで拾い集めた文献リストを総合し、各種コードや出版者名、発行年、頁数、概要や目次情報などを補完することで、文献リストをとりあえず完成させる。
     調査が進むごとに文献リストは繰り返し改訂されるだろう。
     とりあえず完成させた文献リストは、今後のライブラリ・リサーチの拠点となる。たとえばこのリストをコマンドに与えることであられる、目次マトリクスやレビューのリストは、文献の概要をつかむのに、いくらか役に立つ。

    マジックコマンド機能
    %extbook (データフレーム) データフレーム内に含まれる書名を抜き出してデータフレーム化する
    事典検索やレファレンス事例の結果から書名を抜き出すのに用いる
    %%text2bib
    (複数行の書誌データ)
    テキストから書誌情報を拾ってデータフレーム化する
    コピペや手入力で文献を入力するのに用いる
    %makebib (データフレーム)(データフレーム)…… 文献調査の各コマンドが出力した複数のデータフレームをマージして重複を除き、詳細情報を取得してデータフレーム化する
    %expand_content (書誌データフレーム)データフレーム内に含まれる目次情報を展開する
    %amazonreviews (書誌データフレーム)データフレーム内に含まれる書籍についてamazonレビューを収集する




    所在調査

     文献リストをとりあえず完成させたら、入手する行動へ進む。
     文献リストをコマンドに与えることで、最寄りの図書館の蔵書/貸し出し状況や、ネット書店の在庫/価格の一覧を取得することができる。
     いくつかの文献は、重要であるが入手困難であるかもしれない。最後の手段としての国会図書館の所在確認とともに、複写サービスへのURLを取得することができる。

    マジックコマンド機能
    %librarylist (地名、駅名など) 地名、駅名など(コンマ区切りで複数指定可能)を入力すると、該当する/付近の図書館のリストをデータフレームにする
    次の%librarystatueで検索対象図書館を指定するのに使う
    %librarystatue (書誌データフレーム)(図書館リストデータフレーム) 書誌データフレームと図書館リストデータフレームを受けて、各書籍について各図書館の所蔵/貸出情報/予約用URLを取得してデータフレームする
    %stock_amazon (書誌データフレーム) 書誌データフレームを受けて、各書籍についてAmazonの在庫、新刊・中古の最低価格を取得してデータフレームする
    %stock_kosho (書誌データフレーム) 書誌データフレームを受けて、各書籍について「日本の古本屋」の在庫、出品店・価格等を取得してデータフレームする
    %stock_ndl (書誌データフレーム) 書誌データフレームを受けて、各書籍について国会図書館、各県立図書館の所蔵/貸出情報/予約用URLを取得してデータフレームする