今回のテーマは本を読む前のこと、書籍を手に入れることに関わる話である。

     この記事を見ている人は、書籍を買うのに大きく分けて二つの選択肢を持っている。
     ひとつはネット書店で購入すること、もうひとつは街のリアル書店で購入することである。
     どちらで買っても同じ一冊だが、出版と書店を巡る様々な関係性のために、そのインパクトはネット購入とリアル書店購入で少々違ったものになる。
     以下では、推論を交えて、それら関係性の一端を見てみることにしよう。


    時間がない人のための要約

    ・重版がかかると、作者さんは次回作が出せる

    ・重版には、在庫数が少ないリアル書店での購入が近道



    分散するリアル書店、集中するネット書店

     ここで注目すべきリアル書店とネット書店の違いは、リアル書店が各地に分散しているのに対して、ネット書店が少数に集中していることである。
     ネット書店は全国に70店程あるが上位7店で1/4のシェアを占める。
     リアル書店の数は2015年5月1日時点で全国に13,488 店である。1999年に22,296 店あったところから7千店近く減っているが、それでもこれだけの数ある。
     このため新刊書は、多数のリアル書店に少数ずつ配本され、少数のネット書店にはまとまった数が配本されることになる。


    新刊の大部分はリアル書店へいく

     新刊書の初版の部数は、書籍の種類によって異なるが、『出版指標 年報』の推定発行部数÷新刊点数でざっくり推定してみると

    書籍全体   5千冊強
    文庫     1万2〜3千部
    新書     1万強
    全集など   3千冊強



     ここから導き出されることは、

    ・大抵の新刊書はすべての書店に行き渡らない

    ・リアル書店に届く新刊書は、平均すれば1店あたりせいぜい数冊

    ・1店2冊すると配本されるのは1500〜6000店舗

    ・結局、数千の店舗に配本しようとすると新刊書の大部分はリアル書店に回ることになる

    ということである。

    ※「8000部でも全国の主要書店に十分な数(5冊配本して平積みしてもらう?)の配本はできない」というフォークロアから逆算すると、主要書店とやらは2000店程度ということになる。



    在庫が少ない方がレスポンスがはやい

     話をわかりやすくするために単純化して考えてみよう。
     とある新刊書は、50のリアル店舗に2冊ずつ合計100冊が配本され、また1つのネット書店にも同じく100冊が配本されたとしよう。
     あるリアル書店でその2冊が売れたとすると、その書店は同じ本を発注する。
     ネット書店でもその100冊が売り切れたとすれば、また発注が行われるだろう。
     しかし100冊が売れ切れるのは、ネット書店とはいえ、2冊が完売するよりは時間がかかる。
     リアル書店の売上の方が、出版社への働きかけとしてより速いものになる構造的な理由がここにある。


    売れた1冊は、1冊以上をつれてくる

     さらにリアル書店の販売戦略の基本は「売れている本をもっと売る」であるから、2冊売れると2冊以上を発注するのが普通である。ここでは4〜5冊を発注するとしよう。
     すると、リアル書店で100冊売れると、200〜250冊が発注されることになる
    「売れている本をもっと売る」は当然、目立つところに置かれたり、平積みされたり、といった書店での売り方にも反映する。
     こうしたことから、売れた1冊は1冊以上をつれてくるといえる。
     こうして売れた本はますます売れる。これを書籍販売のマタイ効果※※という。

    分散と集中


    ※ 一方、最初に大量の在庫をもつネット書店では、追加注文は当初在庫の半分程度というフォークロアがある。これは、熱しやすく冷めやすいネットでの評判と、それに対応した一時期に爆発的に売れ、その後少ない数が散発的に長い時間かけて売れていくという、ネット書店での売れ方に関連がありそうである。今の例だと100冊売り切った後50冊程度を新たに発注することとなり、乱暴に言えばネット書店で売れた1冊は1冊未満(今の例だと0.5冊)を連れてくることになる。

    ※※ マタイ効果
    社会学者ロバート・K・マートンが命名した概念。
    マートンは、科学研究において条件に恵まれた研究者は優れた業績を挙げることでさらに条件に恵まれる、という「利益—優位性の累積」のメカニズムを指摘し、新約聖書のなかの文言「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書第13章12節)から借用して、このメカニズムを「マタイ効果」と命名した。



    書籍は重版してはじめて採算が取れる商品

     さて書籍は、商品としてみると、少品種大量生産でも多品種少量生産でもなく、多品種大量見込み生産である。
     売れるかどうかは出版してみないと分からないために、「数打てば当たる」的に多品種にならざるを得ない。

    ※ 実を言うと、委託販売制(新刊委託)がほとんど行われていなかった時代には、初版部数は大手出版社でも数百のオーダーで、売れる実数に見合った数だった。それでも10万部のベストセラーはめずらしくなかった。
     「委託販売制(新刊委託)」とは、取次店が新刊本を出版社から預かり、 書店に委託し販売を依頼するシステム。
     書店では、実質的な仕入れは売上分のみですみ、 6ヶ月以内であれば、売れ残った書籍は無条件で返品できる。 この委託期間内であれば返品OKのため、 書店は新刊本をリスクなしで陳列販売することができる。
     出版社では、書籍を引渡した時点で代金が得られる(所有権が書店に移るため。通常の委託販売とはこの点が異なる)。また、返品に備えて返品調整引当金を必要経費として計上することができる。売れ残った書籍が返品されてくると、出版社は書籍を買い取る形になり、その代金を書店に支払う。つまり売れ残ると、一旦得た代金をその分実質返還しなければならない。
     自転車操業的ではあるが、次々新しい書籍を出版すれば、新たな新刊を委託販売して得た代金を、返本分の返還代金に充てて、出版事業を継続することができなくはない。これが書籍が売れなくなると、ますます出版される書籍(出版点数)が増える理由、当たらなくても、なおさら多品種にならざるを得ない理由である。



     多品種だが少量生産だと、全国の書店に行き渡らない。書籍は書店で手に取ってもらうことが最大のPRになるので、無理をしても大量生産せざるを得ない。
     書籍の価値はその中身である。まだ読んだことのないものだからこそ、読者はそれを読もうとする訳で、その内容をあらかじめ伝え切ることは、商品価値を損なうことにもなる。要は、書物の質・価値は消費してみないと(読んでみないと)分からない。つまり、書籍は書店で手に取ってもらうことが最大のPRになる商品なのである。
     乱暴に言えば、書籍の初版部数は書店に行き渡らせるために無理をした数であり、言い換えれば、書籍は重版してはじめて採算が取れる商品である、といえる。

     これを作者さんの立場から言い直せば、重版されてはじめて次回作が出せる(出版社的/商業的に期待される)ことになる。


    発売日から早く売れるほど重版かかりやすい

     売れた1冊が次の何冊かを呼ぶという話は、具体的には重版がかかるということである。
    初版部数が全国書店に行き渡るために費やされるとすれば、追加注文をまかなうのは重版されたものだからである。
     そして在庫が少ないほどレスポンスがはやいとすれば、発売当初に鍵となるのは、各店数冊しか在庫がないリアル書店の販売実績である。
     逆に発売当初の動きが鈍いと返本される。どの出版社も前述した制度構造上次々に新刊を投入してくるために、また書店のスペースは限られているために、発売当初に売れなかった書籍は速やかに新たに来た新刊書に場所を譲り、退場=返本されることになる。

    リアル書店のPOSデータが重版のトリガーになる

     むけむけな話をすると、リアル書店の販売実績という点で、発売当初という短い時間スパンで鍵となるのは、データ集計が自動化されているが故に速報性と正確性を兼ね備えたPOSデータである。
     


    販売時点情報管理(英語:Point of sale system、略称POS system)

     物品販売の売上実績を単品単位で集計する経営手法またはそれを実現するシステムのことをいう。
     目下の目的には、購入時にレジでバーコードを読み取り、どの商品がいつ売れたかを自動的に集計しデータ化している、ぐらいの認識で事足りるだろう。



     さて大型書店チェーンや出版取次は、以下にまとめたように、自社で集計したPOSデータを提供している。
     例えば〈トリプルウィン〉は出版取次である日販が提供しているもので、搬入部数、市場在庫、実売部数の推移をグラフで表示することが可能であり、地方の書店を含めた出版業界全体の約1/4のマーケット動向を把握できるといわれる。
     また〈パブライン(PubLine)〉は、書店チェーンで最大の売上を誇る紀伊國屋書店全店のPOSレジで管理されている販売情報を、インターネットを通じて公開しているサービスで、紀伊國屋書店が出店している都市部の動向を中心に把握できるとされる。


    本の売上を見るPOSデータを提供している会社一覧

    ・ 紀伊國屋書店の 「 パブライン(PubLine) 」 (書店)
    ・ 日販の 「 トリプルウィン 」 (取次)
    ・ 文教堂の 「 Big NET(ビッグネット) 」 (書店)
    ・ ジュンク堂の 「 POSDATA うれ太 」 (書店)
    ・ 丸善の 「 MCS(Maruzenn Communication Square) 」 (書店)
    ・ NET21の 「 やまびこ通信 」 (協業書店)
    ・ 三菱総研DCSの 「 P-NETサービス 」 (システム会社)
    ※2015年7月でサービスを終了予定
    ・インテージ 「出版POSサービス」 (ネットリサーチ・市場調査会社)
    ・ アマゾン (書店)
    ・三洋堂書店の 「 SPN2 」 (書店)
    ・ストアコンソーシアムジャパンの 「 WEBRAIN 」
    ・明屋書店の 「 OpenNet 」 (書店)
    ・くまざわ書店グループの 「 Kuma book.net 」 (書店)
    ・オリコンの 「 ORICON BiZ online 」 (ヒットチャートをはじめとする音楽情報サービスなどを提供する日本の企業グループの持株会社)

    (出典:「本の売上を見るPOSデータには、どんなものがあるか」)




    ネット書店で品切れ/リアル書店で売れ残り

     昨今のように、有名作者さんがSNSその他で情報発信するようになると、それに反応してネット書店でバカ売れ→品切れが生じる一方、リアル書店には在庫が残っている→返本されたため重版がかからないまま、中古価格が高騰するという、作者/読者/出版社……誰にとっても笑えない需給ギャップが発生することすら生じるようになった。


    (結論)作者さんを応援するにはリアル書店での購入がおすすめ

     総じて言えば、書籍は分散的に販売される商品であり、どこか1箇所(あるいは少数の箇所)で売れるだけでは全体の販売につながりにくいのである。
     
     書籍は、読者(候補者)に手に取ってもらって、目にしてもらってはじめて、はじめて動き出す。
     つくり手の熱が、読者に伝わり、読者から売り手へ、また別の読者へ伝わることで、はじめて命を得るのである。


    本読みはしばしば、自分と書物/著者との関係しか目に入らなくなることがある(その本を自分が手に入れる/自分が読むことだけに関心が集中する)けれど、ある本が「力」を持つには複数の人に読まれなければならない。
    (メルマガ「読書猿」120号)

     「同じ書を読む人は遠くにいる」という言葉があります。
     一冊の本があなたの手元にあるということは、同じ本があなたの知らない人たちのところにも届いているということです。
     どれほど孤独な読書家も、この本を読むのは自分だけではないことを知っています。
     私が読んだものを他の誰かも読むかもしれないからこそ、書物は私だけに働きかけるのではなく、社会的にも力を持ち得えます。一冊の書物が開くこの可能性のひろがりを、ここでは読書圏(Reading Sphere)と呼びましょう
     読書圏は、同じ書物を読む人たちの間に結ばれるかもしれない潜在的な関係性、あるいは関係の可能性です。
    読書の初心者に贈る、読むことの障害を取り除き書物へ誘う14の質問と答え 読書猿Classic: between / beyond readers 読書の初心者に贈る、読むことの障害を取り除き書物へ誘う14の質問と答え 読書猿Classic: between / beyond readers




    (まとめ)

    ・新刊の大部分はリアル書店へいく
    ・売れた1冊は、次の1冊以上をつれてくる
    ・書籍は重版してはじめて採算が取れる商品
    ・発売日から早く売れるほど重版かかりやすい
    ・重版がかかると、作者さんは次回作が出せる
    ・重版には、在庫数が少ないリアル書店での購入が近道


     『少年ジャンプ』(創刊時は月2回(第2・第4木曜日)発売、1969年(昭和44年)10月から週刊化)に、1968年夏の創刊から今までに掲載された632の連載作品をすべて表示すると、極端に一望性と視認性が失われるので、連載期間2年以上の「長期連載作品」を抽出しクロノロジカル・チャートにしてみた。

    jump1.png
    (クリックで拡大)







     連載開始時には無論その作品が長期に続くか不明であるが、こうして並べてみると、「長期連載」となる作品がしばらく出てこない〈断絶期〉のようなものがあることに気付く。

     たとえば
    (1)「ハレンチ学園」と「あらし!三匹」の間(1969年~1970年)
    (2)「包丁人味平」と「サーキットの狼」の間(1974年頃)、
    (3)「Dr.スランプ」と「キャプテン翼」の間(1980年頃)、
    (4)「ハイスクール!奇面組」と「北斗の拳」の間(1983年~1984年)、
    (5)「アウターゾーン」と「BØY-ボーイ」の間(1991年~1993年)、
    (6)「みどりのマキバオー」と「封神演義」の間(1995年~1996年)、
    最近では
    (7)「アイシールド21」と「銀魂」の間(2002年~2004年)、
    (8)「めだかボックス」と「ニセコイ」の間(2010年〜2012年)
    などである。


    (1)は、創刊後、後発の少年漫画誌として人気漫画家を確保できない苦境の時期を(1970年だけで33の連載が終了している)、
    (2)は、その苦境期を支えた「ハレンチ学園」「男一匹ガキ大将」の両連載が終了する中、専属契約の新人たちが台頭し「週刊少年マガジン」を抜いて発行部数で首位に立った時期を、
    (3)は、70年代ジャンプを牽引した諸連載(「サーキットの狼」「東大一直線」「ドーベルマン刑事」「悪たれ巨人」「すすめ!!パイレーツ」「リングにかけろ」等)が終了し、女性キャラを主軸とする「Dr.スランプ」「ストップ!! ひばりくん!」・「キャッツ♥アイ」へと移る以降期に、
    (4)「Dr.スランプ」「キャッツ・アイ」「コブラ」「ブラック・エンジェルズ」が終わり、「北斗の拳」「ドラゴンボール」が始まる時期に、
    (5)「聖闘士星矢」・「県立海空高校野球部員山下たろーくん」「魁!!男塾」「シティーハンター」など80年代後半を牽引した連載が終わる時期に、
    (6)「ドラゴンボール」「SLAM DUNK」が終わり、最大650万を超えた発行部数が激減へ向かう転換期に、
    (7)漫画業界全体の発行部数が落ち込む中、『週刊少年マガジン』を抜いて再び漫画誌の発行部数の首位に返り咲く時期に
    それぞれ対応している。


     信じられない話ですが、日本では一時期、文学といえば私小説のことでした。

     笑い事ではなく、その災禍はいまも希薄化しながら続いているとも言えます。
     たとえば作家を〈自由業〉だと考える習慣は、この希薄化した災禍の一部です。
     私小説に反対した後続の作家たちの作品も、読者にはほとんど私小説であるかのように、その生活の反映であるかのように読まれました。
     
     では何故、私小説はそんなにも成功を収めたのでしょうか?
     それを知るには、日本の近代文学の歴史を簡単におさらいする必要があります。
     


    1.戯作者上がりの新聞記者

     江戸時代を通じて、執筆専業で食えたのは滝沢馬琴ひとりでした。
     幕末~明治初期にかけて活躍した仮名垣魯文も、戯作者の兼業としては伝統的な売薬を営み、維新後は商品広告である「引札」の執筆で禄をはんでいました。
     やがて日本でも新聞という新しいメディアがはじまり、その会社員となり定収を得ることで魯文ははじめて安定した生活ができるようになりました。
     この新聞社に雇われ安定収入を得るという作家のビジネスモデルは、尾崎紅葉から夏目漱石に至るまで、明治の作家のスタンダードになります。
     その後、魯文は『仮名読新聞』『いろは新聞』といった新聞を自ら創刊主宰し戯文や続き読物を発表していきます。
     これ以後、少なくとも明治18年頃まで、広く見れば明治の終わり近くまで、文芸作品を書いて生活することは、新聞記者となって新聞に作品を書くこととほぼ同義でした。
     
     
     
    2.学校上がりの言文一致

     こうした新聞という新メディアによって成立した文芸は、担い手を見れば江戸戯作の系譜を引き継ぐものでしたが、それとは別のところから、すなわち高等教育を受け外国語を学び外国文学を学んだ人たちから、新しい動きが生まれました。
     明治18年『小説神髄』を書いた坪内逍遙は江戸戯作に親しんだ後、名古屋県英語学校時代にシェイクスピアを知り、東京開成学校(東京大学)では高田早苗からヨーロッパ文学を学びました。『浮雲』で近代口語文体を完成させた二葉亭四迷は東京外国語学校露語科でロシア文学を学んでいました。



    3.新聞文語小説と徒弟制文壇

     一世を風靡した言文一致運動でしたが、それまでの欧化に対する反動が社会に広がる中、それと連動するかのように文芸でも口語から文語への反動が生じました。
     明治二十年代を席巻したのは、直接に江戸読本と連なるものとは別の、尾崎紅葉たちの文語小説でした。紅葉は、共に「硯友社」を結成した山田美妙と同様、逍遙の『小説神髄』の影響を受け、自身も英語を読み西洋文学を摂取しましたが、井原西鶴に傾倒しその手法と文体を模した風俗写実小説で多くの読者を集めます。
     明治20年帝大在学中に読売新聞社に入社し(同時期、坪内逍遥、幸田露伴も入社しています)、“読売の紅葉か,紅葉の読売か”とまで言われるほど文名を上げ,明治中期の最有力作家となったのです。
     紅葉は、その人気を背景に、弟子の作品に手を入れ自分の名前を冠して発表したり、弟子に発表の機会や新聞社での仕事を世話して文壇に君臨しました。江戸時代、戯作者になるためには、先行の戯作者に弟子入りし、その下で修行を積むのが普通でしたが、明治でもこの時期、紅葉に従った者は作家の道が開け、逆らった者には閉じられました。
     


    4.勤務しない自然主義

     明治36年、尾崎紅葉が亡くなり、紅葉を中心とした文壇は次第に解体していきます。日露戦争を経て、これまでの通俗新聞から脱却しようとしていた朝日新聞は文芸でもこれまでの戯作路線をやめるために、明治36年に二葉亭四迷を、明治40年には英国留学帰りの英文学者で『ホトトギス』で人気を博していた夏目漱石を入社させます。
     一方、紅葉に冷や飯を食わされていた田山花袋が息を吹き返し、ゾラら自然主義文学を矮小に勘違いしつつ、新進の作家と差をつけるために身を切る戦略に出ます。
     すなわち女弟子との、みっともない関係を赤裸々に暴露した『蒲団』で、その後の日本文学に瀰漫する私小説に先鞭をつけました。
     この時期の自然主義文学を担った人たちは、進学率の上昇による読者層の拡大を背景にしたジャーナリズムの発展によって、原稿料が上がり、執筆だけでなんとか食えるようになっていました。つまり先輩の作家たちとは違い、紅葉のような師匠のご機嫌を伺うこともなければ、新聞社の勤め人になることもしなかったのです。
     作家が自由業になる時代がやってきました。
     こうして師弟関係からも労使関係からも〈解放〉された彼らに残った桎梏は、(意識の上では)自分の家族関係だけだったわけです。そこで彼らは社会についてではなく、自分の家族(年長の者は自分の妻子や愛人との関係、年少の者は自分の親との関係)についてだけ書くようになりました。



    5.不満インテリの理想としての小説家

     困ったことに、自分や自分の家族についてだけ書いた私小説は売れてしまいました。
     先ほど触れたように、私小説の登場が、ちょうど工業化が進んだり学校が増えたりして読書人口が増加するタイミングとマッチしたところもありました。
     かつては上の学校へ進むのは、人口全体から見ればごく一部のエリートであり、本を書くのも読むのももっぱらこの人たちでした。
     新しく読書人に加わったのは、学校は出たもののエリートにはなれないインテリたちでした。
     学校が増えたおかげで増加したインテリでしたが、働き口はそれに見合って増えた訳ではありません。学校は出たけれど、思ったほど恵まれた職業につけない人が大部分であり、こうした不満階層が新しい読書人の中心でした。
     不本意な職業につき、生活のためには節を曲げていかねばならない不満なインテリたちは、師弟関係からも労使関係からも〈解放〉されて筆一本で生活できるようになった作家というものに、自分の果たせなかった理想の生活を見い出します(今でもこうしたイメージを抱いて作家を目指す人がいますね)。
     こうした不満なインテリたちが、作家の生活を綴った私小説の読者になりました。彼らが買い支えることで、自由業としての私小説作家の生活は維持されたのです。



    6.私生活の商品化
     
     さて新聞社から給料をもらわなくても作品が売れて食っていけるようになった作家たちは、自分たち同業者の小社会、すなわち文壇をつくります。
     文壇では、自分たちプロの作家が書くような私小説こそが文学なりという認識が高まりました。
     これに対して、そもそも文学なんかやらなくても食えるし社会的に高い地位におれる鴎外や、文学なんかやらなくても帝大教授として食えたくせにユーモア小説やディレッタント向けの書斎小説しか書かない漱石などは、(やっかみもあって)文壇の人たちからはクロウト作家とは見なさなくなりました。
     第二次大戦後まで、今日文豪と呼ばれる鴎外・漱石は終わったコンテンツ扱いでした。
     
     赤裸々告白系の私小説は、志向として反=技巧的でした。
     節を曲げて生きなければならない不満インテリである読者は、作家の〈嘘をつかなくても生きられる生活〉にあこがれたので、文章の技巧より、〈ありのまま〉に実際の生活が書いてあることを求めました。
     しかし実際の生活を技巧なしに〈ありのまま〉に書くことなら、作家でなくてもできます。私小説作家は、〈嘘をつかなくても生きられる生活〉を構成する2つの要求=嘘をつかない+生活できるの両方を満たさなくてはなりません。自分の生活を〈ありのまま〉に書くことによってずっと生活していかなくてはならないのです。
     しかし読者は残酷なもので、ただ赤裸々であることに飽きると、より強い刺激を求めていきます。
     文学上の工夫/技巧なしにこれに応えるためには、何しろ「嘘のない生活」が売り物なので、実際に生活の方をより波乱に満ちたものにするしかありませんでした。
     徳田秋声(この人もかつて紅葉に冷や飯を食わされた一人です)のように、あとで波乱万丈の私小説を書くために、実験としてヤバい恋愛をして、わざわざ人生をメチャクチャにする人まで現れました。