以前、一冊の本を読み通すことを助ける、読書の手すりと杖の話をした。






     今回は、複数の(それもたくさんの)文献に挑まなくてはならない人のためのもの。

     これまでに紹介した文献マトリクスは書物や文献の《内容》を一望するものだが、今回のは文献に対する《作業》を一望化するものである。

     取り組むべき文献の量と作業の進み具合を一目で分かるようにして、文献作業の工程を管理するのだ。


    1.文献に対して行う作業を標準化していくつかのパートに分ける

    (例)
    (1)文献を手に入れる
    (2)読んで線を引いたり印をつける
    (3)印をつけた箇所を抜書きする
    (4)抜書きしたものを対照表で整理する
    (5)論文のアウトラインに反映する

    manybook1.png
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    2.それぞれの文献に対して行った作業の成果を別ファイルとして残し、作業パートごとにつくったフォルダ(ディレクトリ)に保存する

    (例)
    ・入手した文献は、作業(1)に対応する「入手文献」フォルダに保存する
    ・入手文献に対して線を引いたり印をつけたファイルは、作業(2)に対応する「annote済」フォルダに保存する
    ・抜書きして作ったファイルは、作業(3)に対応する「抜書き」フォルダに保存する

    3.一日の終わりに各フォルダ内にあるファイル名を1列ずつコピペして、1枚の表にする。この表が現時点での作業進捗を表している。


     表の列は作業順(1)から(5)へ、左から右へ並んでいる。
     表の一行は一つの文献に割りあてられており、入手文献が増えると、表は下へ伸びていく。
     作業が進んだ文献、ほとんど手付かずな文献が一目瞭然である。
     
     
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     元々は自分用の進行管理ツールであるが、指導者と学生の間でやり取りすると進行管理のコミュニケーションにも使える。
     
     
     
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    読むための注意力と記憶力を調達する

    少女:頭が疲れるぅ。

    少年:何してるの? ああ、読書の杖?





    少女:うん、このあいだ先生に教えてもらったの。この段落ごとに要約していくのって結構きついけど、おもしろいね。

    少年:そう?

    少女:まとめなきゃって思って読むせいか、細かいとこも読めてる感じがする。1回読んでる本なのに、あれこんなこと書いてあったんだ、って何度も思うもの。

    少年:先生は、精読とは違う本を読むことです、って言ってた。

    少女:確かにそんな感じ。あと、こうやって要約を書き留めてるせいか、内容を詳しく覚えてる気がする。何故だか、理解度も増してるような。

    少年:普通の本は、けっこう冗長というか、繰り返したりまとめなおしたりして、飛ばして読んでも理解できるようになってる。難しい本はそこまでユーザーフレンドリーじゃないから、同じ読み方をしてると段々分からなくなって途中でやめてしまいがち。

    少女:それ、わたしです。

    少年:込み入った内容を説明するのに、ひとつひとつ前提を積み上げていくように書いてあるから、後ろに行くほど、それまでに出てきたたくさんの前提をちゃんと理解して、なおかつタイムリーに思い出せないと理解が難しくなる。

    少女:そうか、段落の要約って、理解に必要な注意力と記憶力を調達するため、というか、詳しく読むだけじゃなくて、込み入った議論の前提をちゃんと理解のために使えるようにしておくことでもあるんだ。前に数学の本の読み方で、そういうこと言ってたね。

    少年:書いている人は何度も考えたり書き直しているから、たくさんの前提をちゃんと取り扱えるけど、はじめて読んだ普通の読者は、それまでに書いてあることを100%理解していたり覚えていたりしない。読んでいる本に対して、書いている人レベルまではいけなくても、それになるべく近づくための読書の杖でもあるんだ。




    外×手すり=原典注釈目次マトリクス


    少女:それでね。読書の手すりと杖には、もう一組あるって先生は言ってたんだけど。

    少年:うん。読んだ分を塗りつぶすのと、段落ごとの要約を書き残すのが1冊を対象とするものだとしたら、もう一組のは、その外に出るというか。

     読書の手すり  読書の杖 
     内 internal  読んだ分マーキング  アウトライン埋め 
     外 external  原典注釈目次マトリクス  拡張レーニン・ノート 


    少女:この「原典注釈目次マトリクス」って? 前にコンテンツ・マトリクスって言ってたもののこと?





    少年:うん、あれの応用というか。コンテンツ・マトリクスは、あるテーマについて集めた文献の目次や小見出しを表にまとめて一覧するってやり方だったけど。

    少女:それで似てるところを囲んだり線で結んだりするんだったね。

    少年:やることは同じ。ただ、今回は〈自分がこれから読もうとしている難しい本〉をテーマにマトリクスをつくる。たとえば、いわゆる古典と呼ばれる本は、ただ古いだけじゃなくて、今までにいろんな人に読み継がれてきたからそう呼ばれるわけでしょ?

    少女:そうね。

    少年:たとえば読みたい古典のほかに、その古典について解説したり注釈したり批判したり論じたりしている文献を集めて、これらを一緒に表にまとめて一覧する。それから関係あるところを同じ色をつけたり、線で結んだりしておく。

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    少女:……案外、便利かも。古典を読んでて詰ったら、マトリクスの色分けをたどってどの解説書のどこを読めば助けになるか、一目瞭然だし。

    少年:一冊の本を読むために、その外に設けた手すりって意味で、外の読書の手すり(extarnal reading-handrail)って言ってる。

    少女:古典って呼ばれるくらいの本なら注釈書とか解説書があるだろうけど、そうじゃない本の場合は?

    少年:いろいろ手はある。ちゃんとした注釈書や解説書じゃなくても、有名な本なら読書会やゼミ発表用のレジュメがネットに転がってるし、書評もいい加減なものでなければ参考になる。『社会学文献事典』みたいな概略をまとめた本も利用できるかもしれない。どれも英語まで範囲を広げるともっと集まるし、論文とか大部な専門事典の項目なんかも使える。

    少女:これってターゲットの本を読む前に作るのでいいの?

    少年:うん。ターゲットの本の目次読みも兼ねるし、さっきの読み始めて詰った場合用に解説書なんかに避難先を確保する意味もあるし。

    少女:ってことはターゲットの本に先に当たるのね。解説書を読むよりも。

    少年:あんまりこだわらないけど。ただ、そうだな、本文より先に目次を読むといまいちピンとこなくて、本文を読んでから目次を見ると全然違った感じがする時ってない?

    少女:ある。内容が頭に入ったからだよね。

    少年:うん。目次に出てくる言葉になじみがなかったり、その本の中で特別な意味を与えられてたりすると余計にそう感じる。もちろん目次を味わい深く読むために本文を読め、というのは何かヘンだけど。

    少女:今の話だと、解説書を味わい深く読むために古典を読め、みたいな。

    少年:ターゲットの本を読んでからの方が、解説書がなんでそんなことを取り上げるのかこだわるのか、よく分かったりすることがある。目次はその本にふつう一種類しかないし本文よりずっと短いから、目次→本文→目次と、前後とも読むのがいいと思うけど、解説書は何冊もあることが多いから、目次だけ目を通しておいて、ターゲットの目次→解説書の目次→(原典注釈目次マトリクス)→ターゲット本→解説書みたいな順番がいいかも。




    外×杖=拡張レーニンノート

    少女:最後の「外×読書の杖」のところに、なんかアレな名前があるんだけど。

    少年:レーニンのノートって見たことない? 昔は翻訳が文庫本でも出てたんだけど。


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    ……岩波文庫は縦書き、国民文庫は横書き。



    lenin-r.png
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    (原文(ロシア語全集版)はこちら(pdf)、英訳はこちらで読める)

    手書きはこんな感じ↓
    Leninnote.jpg
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    少女:「子供っぽい」とか「空文句」とか、なんかマージン(欄外)でめちゃくちゃツッコミ入れてるんだけど。

    少年:本体部分は、読んだ本の要約と抜書き。亡命中で図書館の本を読みながらつくったノートらしい。本を持って逃げられないから、ノートだけで内容を思い出せるように詳しい目に書いてある。

    少女:私たちがやったのだと、段落ごとに要約をつくったのが近い?

    少年:うん。これにもう1段(コラム)追加したのが「拡張レーニンノート」。

    少女:何を追加するの?

    少年:今「アウトライン埋め」と「原典注釈目次マトリクス」をつくったから、一方で自分で作った段落ごとに要約があって、外には目次同士を関連付けたターゲット本についての解説書や注釈書があるでしょ。ノートを3段に区切って、自分の要約と他の人が作った解説・注釈に、それぞれ1段ずつ割り当てる。

    少女:残った1段はツッコミ用?

    exlenin.png
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    少女:確かに段落を要約しながら、ぶつぶつ思ってた。「ここ分からない」とか「これってさっきでてきたこと?」とか。

    少年:そうそう。あと自分の要約と、解説書の説明をぶつけても、いろいろ思いついたりつぶやきたくなったりする。そういうのもメモしていく。本居宣長が初学者向けに書いた『うひ山ぶみ』って本に自分で註釈をつけるのが一番の勉強だって書いてるけど、拡張レーニンノートには、テキストと取っ組み合うための基本的作業がフォーマットとして組み込まれてる。一字一句に注意を払ったり、語句や意見の展開される順序を逐一詳しく検討しながら、テクストの短い1節1節を細かく詳しく解釈することをクロース・リーディング(close reading)といったりするけど、何かを丁寧に読み解か(close reading)なきゃならないときに「拡張レーニンノート」は使えると思う。




     
    少女:先生は、読み終えなくても構わないという話をしてくれたけど、やっぱり一冊の本を最後まで読めないのを何とかしたいとしたら、何か工夫みたいなことはありますか?

    司書:そうですね、誰にも役に立つかどうか分かりませんが、本を読み始めた頃に教わってしばらく使っていたやり方があります。

    少女:ぜひ聞きたいです。

    司書:慣れると次のやり方に進めるように教わったのですが、教えてくれた人はこれらを「読むことの〈手すり〉と〈杖〉」と呼んでいました。



    〈手すり〉ー読んだ分だけ塗りつぶす


    司書:セルフ・モニタリングという言葉をどこかで聞いたことがありませんか?

    少女:確か彼がそんなこと言ってました。自分がやったこととかやった量を記録しておくことでしたっけ?


    (参考記事)
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    司書:ええ。効果はいろいろあるのですが、ひとつは自分がどれだけ進んだか、やり終えたかを見える形にすることで、モチベーションを静かに下支えするのです。一時的なヤル気の爆発ではなく。

    少女:本を読むことだと、読んだページ数を記録したりするんですか?

    司書:いろいろなやり方があるのですが、私が教わったのは、先にマス目を作っておいて、読んだらそれを塗りつぶすやり方です。


    masume.png
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    私の頃は少し大きめの方眼紙を使って作りましたが(いつも持ち歩くためにコクヨの測量野帳を使っていました)、今だと表計算ソフトなども使えると思います。


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    少女:確かにこの方が進んだ気がします。あと、必ずしも前から読まなくても、読んだ部分を塗りつぶせますね。

    司書:今のは章ごとに節の数だけマス目を作ったものですが、最初のころは300ページの本なら全部で300個のマス目を用意してそれを塗りつぶしていました。細かい方が少しでも先に進んだ感じがするような気がしたのです。

    少女:その場合も、各章ごとに何ページあるかに応じてマス目を作るんですか?

    司書:ええ。読む分量ではなく、読書をする習慣をつけるために、とにかく本を開く日を増やしたい場合は、7日×52週分のマス目を作って、毎週本を開いた日の分だけマス目を塗りつぶすこともできます。

    7*52


    少女:記録すると何が変わってくるのですか?

    司書:簡単に言うと、記録した行動が、ゆっくりとですが増えていきます。そして何を記録するかは、何に自分の注意を向けて、どんなことを改善したいかに応じて変えればよいのです。

    少女:じゃあ読むのが速くなりたい人は、読書速度を記録すればいいのかな?

    司書:瞬間の速度はあまり当てになりませんから、読んだ量をマス目で記録するのに慣れてきたら、読み始めと読み終えた時刻を記録するだけでもいいでしょう。そういえば凝り性の友人が、ある本を初見で読んだ時は黒で、二度目に読むときは色を変えてマス目を塗りつぶしていたのを思い出しました。

    少女:一度目の読みと二度目との速度を比べるためですか?

    司書:ざっと概要をつかむための一度目の読みをなるべく速くしたかったそうです。私はそこまではできませんでしたが、繰り返し読む場合に読み方を変えることは彼に教わったように思います。書物のあちこちのつながりを結びつけたり、本から知ったことを手掛りに自分で考えたり、といった読書という果実の一番美味なところを後に取っておくのだと思うと、一度目の読みは否が応でも速くなるものだと彼は言うのですが。




    〈杖〉ーアウトラインを埋める


    少女:今のが読書の「手すり」だとしたら、「杖」というのは何ですか?

    司書:そのうちマス目を塗りつぶさなくても、本を読み通すだけはできるようになりました。つまり「手すり」なしで一冊の本の最初から最後までを歩き通せるようになった訳です。そこまで来て、次に手渡されたのが「杖」の方法でした。これも最初に用意した空欄を埋めていくのですが。


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    少女:えーと、各章のタイトルが離して書いてあって、その間に点が打ってありますね。

    司書:点は、各章に含まれるパラグラフ(段落)の数だけ行をかえて打ってあります。

    少女:つまりパラグラフ(段落)を読むごとに何かで埋めていくんですね?

    司書:ええ。点のうしろには、それぞれのパラグラフ(段落)について、その要約を書いてきます。


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    少女:マス目を塗りつぶすより、自分で言葉を書いていくから、さっきの進化形なのか。だから「手すり」じゃなくて「杖」なんですね。

    司書:あまり頑張ると詳しく書き切ろうとしてしまって大変になりますから、小見出しをつけるくらいの気持ちでやるのがいいようです。最初は大事そうに思えるところに線を引いておいて、後で下線部を参考にしながらキーワードに何か加える程度で小見出しにすると良いと思います。

    少女:それでも、ちょっと大変そう。普通の本には、ここまでしなくてもいい気がします。難しい本を読むためのものですか?

    司書:そうです。何か支えがないとずり落ちてしまいそうな読書の坂道を登るためのものでしょうか。そういう意味では、杖の中でも登山用のピッケルが近いかもしれません。お気づきのように、これはかなり詳しく読むことを要求します。

    少女:精読しなきゃならないものとか、難しすぎて目が滑ってしまう本で試してみます。

    司書:最初はざっと最後まで読んでしまって、各点の後を埋めていくのは2度目以降の読みにやるのがいいでしょう。時間がかかる作業なので、一度で完成させなくても構いません。自分が特に気になる章だけを取り上げてやってみる場合もあります。

    司書:理解の難しいパラグラフ(段落)は、?マークを残して飛ばしてもいいでしょう。他のところを読んだ後なら理解できることがあるからです。この「杖」は、あなたがこの本のどこでどれだけ理解できたかできなかったかを克明に記録する、理解度のセルフ・モニタリングでもあります。時間をおいて読み返すと、自分がどれだけのものを今や理解できるようになったか、事細かに気づくことができるでしょう。自分の成長を詳細に知ることは、どんなことよりも強い読書の動機づけになります。



    (参考記事)