2012.02.10
続きを書く→この定義を知ることであなたの研究はスタートを切る
前回の記事
論文に何を書くべきか→これだけは埋めろ→論文作成穴埋めシート 読書猿Classic: between / beyond readers

で、論文が書けないのではなくて研究ができないことは分かったけれど、結局どうやって研究すればいいかよく分からないという声があった。
今回はできるだけシンプルに、そして実用的に研究を定義することを試みる。
研究の再帰的定義
研究とは、何か別の研究の続編(つづき)である。
定義の中に定義すべきものが入っている、いわゆる再帰的な定義であって、いつまでも底に届きそうにない。
あなたの研究Aが別の研究Bの続編(つづき)であっても、研究Bが果てして本当に研究なのかどうかは、研究Bが何か別の研究(たとえば研究C)の続編(つづき)でなければならないが、その研究Cが果たして本当に研究なのかどうかは……、という風にどこまでも続きそうだからである。
しかし最終的な基礎付けができなくても、人は前に進むことはできる。
あなたの周囲で研究だと認めてられているものを、あなたも研究であると受け入れて、自分の研究を始めればよいのである。
あなたが受け入れたその研究が、あなた自身の研究を位置づける背景(のひとつ)となる〈先行研究〉となる。
研究の再帰的定義は、研究という知的営為の成り立ちに沿うものである。
参照される研究は、また別の研究を参照し、その連なりは遥か遠くまで続く。
ひとつの研究がなしうることは極めて小さいかもしれないが、そこにつながる過去の研究を入れ子状に含み持っている。
研究する者は、自分の新たな知的貢献を先行研究のネットワークに係留することで、はるかな過去から手渡されてきたバトンを受け取り、まだ出会ったことがないかも知れない次の研究者に手渡すのである。
よい研究とは何か?
先に述べた研究の再帰的な定義は、いくつかのことを含意する。
そのひとつは、あらゆる知識はスタンドアローンでは存在できない(他の知識を必要とする)ことの一部として、とりわけ研究は他の研究と切り離されては存在できないことである。
そして、研究の再帰的な定義は、何が良い研究であるかも我々に教えてくれる。
すなわち、そこから続編(つづき)が生まれる研究が、良い研究である。
そこから(研究が生まれるような)良い続編(つづき)が生まれる研究は、とりわけ良い研究である。
先行研究をリバースエンジニアリングせよ
そして今の我々に最も重要なことであるが、この定義はこれから研究を始めようとする人に、もっとはっきり言えば、前の記事で出てきた〈論文の穴埋めシート〉をどうやって埋めればいいか途方に暮れている人に、何をすればよいかを具体的に教える。
あなたがその続編(つづき)を書きたくなる研究を見つけて、その研究(論文)から逆に〈論文の穴埋めシート〉をつくる(埋める)のである。
本来の〈穴埋めシート〉から論文へ向かうのとは逆をやる訳だ。
つまり逆向きにつかうことで、〈論文の穴埋めシート〉は、研究(論文)のリバースエンジニアリングのためのツールになる。
先行研究から自分の研究を導く
あなたが見つけた研究(論文)から〈論文の穴埋めシート〉をつくる(埋める)ことができたら、その〈論文の穴埋めシート〉から多くを〈流用〉することができる。
先行研究からリバースエンジニアリングした〈論文の穴埋めシート〉のどこをどう活用するか(どこをそのまま使い、どこを独自のものにするか)によって、例えば次のような研究スタイルを採用することになる。
追試
・「Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の信頼性を高める
・上の項目以外は、先行研究から得たものを活用する。
異なるドメインでの追試
・「Q−A−1.データはどのように収集しましたか?」→先行研究と同じ方法で、先行研究と類似するが異なる対象からデータを得る
・「Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の信頼性を高める。
・上の項目以外は、先行研究から得たものを活用する。
異領域への拡張
・「Q−A−1.データはどのように収集しましたか?」→先行研究と類似の方法で、異なる領域の対象からデータを得る
・「Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の成果を別領域に転じ、成果の一般化をはかる。
反証
・「Q−A−1.データはどのように収集しましたか?」→先行研究と類似の方法で、同じもしくは異なる領域の対象からデータを得る
・「Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の成果を検証し、その適用可能範囲を制限/確定する。先行研究からは説明でできない事象の存在を示し、これを含むより統合的な研究を促す。
複数の先行研究の統合
・「Q−B−1.この論文で検証したいことは何ですか?」→異なる先行研究の成果のどれもを説明できる新たな仮説
・「Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→複数の先行研究を統合できる理論モデルを提示する。
(参考:穴埋め論文シートの項目)
A. このデータは正しい(信頼できる)
Q−A−1.データはどのように収集しましたか?(どのような実験?測定?出典?)
Q−A−2.データをどのように加工しましたか?(どのような統計手法?表?グラフ?)
B.この研究は正しい(根拠づけられている)
Q−B−1.この論文で検証したいことは何ですか?
Q−B−2.どんなデータが得られましたか?
Q−B−3.データから言えることは何ですか?
Q−B−4.この論文で明らかにできたことは何ですか?
Q−B−5.この論文で明らかにできなかったこと,今後の課題は何ですか?
C.この研究は意義がある(学問的コンテキストに対する位置づけ)
Q−C−1.この論文のテーマに関連する先行研究にはどんなものがありますか?
Q−C−2.先行研究によって明らかになっていることは,どんなことですか?
Q−C−3.先行研究によって解明されていないことは,どんなことですか?
Q−C−4.この論文は,未解明点についてどのような貢献ができますか?
Q−C−5.この論文は何を明らかにする研究の一部(ひとつ)ですか?
D.この研究は必要である(社会的コンテキストに対する位置づけ)
Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?
(関連記事)
・100冊読む時間があったら論文を100本「解剖」した方が良い 読書猿Classic: between / beyond readers

論文に何を書くべきか→これだけは埋めろ→論文作成穴埋めシート 読書猿Classic: between / beyond readers

で、論文が書けないのではなくて研究ができないことは分かったけれど、結局どうやって研究すればいいかよく分からないという声があった。
今回はできるだけシンプルに、そして実用的に研究を定義することを試みる。
研究の再帰的定義
研究とは、何か別の研究の続編(つづき)である。
定義の中に定義すべきものが入っている、いわゆる再帰的な定義であって、いつまでも底に届きそうにない。
あなたの研究Aが別の研究Bの続編(つづき)であっても、研究Bが果てして本当に研究なのかどうかは、研究Bが何か別の研究(たとえば研究C)の続編(つづき)でなければならないが、その研究Cが果たして本当に研究なのかどうかは……、という風にどこまでも続きそうだからである。
しかし最終的な基礎付けができなくても、人は前に進むことはできる。
あなたの周囲で研究だと認めてられているものを、あなたも研究であると受け入れて、自分の研究を始めればよいのである。
あなたが受け入れたその研究が、あなた自身の研究を位置づける背景(のひとつ)となる〈先行研究〉となる。
研究の再帰的定義は、研究という知的営為の成り立ちに沿うものである。
参照される研究は、また別の研究を参照し、その連なりは遥か遠くまで続く。
ひとつの研究がなしうることは極めて小さいかもしれないが、そこにつながる過去の研究を入れ子状に含み持っている。
研究する者は、自分の新たな知的貢献を先行研究のネットワークに係留することで、はるかな過去から手渡されてきたバトンを受け取り、まだ出会ったことがないかも知れない次の研究者に手渡すのである。
よい研究とは何か?
先に述べた研究の再帰的な定義は、いくつかのことを含意する。
そのひとつは、あらゆる知識はスタンドアローンでは存在できない(他の知識を必要とする)ことの一部として、とりわけ研究は他の研究と切り離されては存在できないことである。
そして、研究の再帰的な定義は、何が良い研究であるかも我々に教えてくれる。
すなわち、そこから続編(つづき)が生まれる研究が、良い研究である。
そこから(研究が生まれるような)良い続編(つづき)が生まれる研究は、とりわけ良い研究である。
先行研究をリバースエンジニアリングせよ
そして今の我々に最も重要なことであるが、この定義はこれから研究を始めようとする人に、もっとはっきり言えば、前の記事で出てきた〈論文の穴埋めシート〉をどうやって埋めればいいか途方に暮れている人に、何をすればよいかを具体的に教える。
あなたがその続編(つづき)を書きたくなる研究を見つけて、その研究(論文)から逆に〈論文の穴埋めシート〉をつくる(埋める)のである。
本来の〈穴埋めシート〉から論文へ向かうのとは逆をやる訳だ。
つまり逆向きにつかうことで、〈論文の穴埋めシート〉は、研究(論文)のリバースエンジニアリングのためのツールになる。
先行研究から自分の研究を導く
あなたが見つけた研究(論文)から〈論文の穴埋めシート〉をつくる(埋める)ことができたら、その〈論文の穴埋めシート〉から多くを〈流用〉することができる。
先行研究からリバースエンジニアリングした〈論文の穴埋めシート〉のどこをどう活用するか(どこをそのまま使い、どこを独自のものにするか)によって、例えば次のような研究スタイルを採用することになる。
追試
・「Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の信頼性を高める
・上の項目以外は、先行研究から得たものを活用する。
異なるドメインでの追試
・「Q−A−1.データはどのように収集しましたか?」→先行研究と同じ方法で、先行研究と類似するが異なる対象からデータを得る
・「Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の信頼性を高める。
・上の項目以外は、先行研究から得たものを活用する。
異領域への拡張
・「Q−A−1.データはどのように収集しましたか?」→先行研究と類似の方法で、異なる領域の対象からデータを得る
・「Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の成果を別領域に転じ、成果の一般化をはかる。
反証
・「Q−A−1.データはどのように収集しましたか?」→先行研究と類似の方法で、同じもしくは異なる領域の対象からデータを得る
・「Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の成果を検証し、その適用可能範囲を制限/確定する。先行研究からは説明でできない事象の存在を示し、これを含むより統合的な研究を促す。
複数の先行研究の統合
・「Q−B−1.この論文で検証したいことは何ですか?」→異なる先行研究の成果のどれもを説明できる新たな仮説
・「Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→複数の先行研究を統合できる理論モデルを提示する。
(参考:穴埋め論文シートの項目)
A. このデータは正しい(信頼できる)
Q−A−1.データはどのように収集しましたか?(どのような実験?測定?出典?)
Q−A−2.データをどのように加工しましたか?(どのような統計手法?表?グラフ?)
B.この研究は正しい(根拠づけられている)
Q−B−1.この論文で検証したいことは何ですか?
Q−B−2.どんなデータが得られましたか?
Q−B−3.データから言えることは何ですか?
Q−B−4.この論文で明らかにできたことは何ですか?
Q−B−5.この論文で明らかにできなかったこと,今後の課題は何ですか?
C.この研究は意義がある(学問的コンテキストに対する位置づけ)
Q−C−1.この論文のテーマに関連する先行研究にはどんなものがありますか?
Q−C−2.先行研究によって明らかになっていることは,どんなことですか?
Q−C−3.先行研究によって解明されていないことは,どんなことですか?
Q−C−4.この論文は,未解明点についてどのような貢献ができますか?
Q−C−5.この論文は何を明らかにする研究の一部(ひとつ)ですか?
D.この研究は必要である(社会的コンテキストに対する位置づけ)
Q−D−1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?
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・100冊読む時間があったら論文を100本「解剖」した方が良い 読書猿Classic: between / beyond readers

2011.03.05
寺田寅彦に知識を生み出す仕方を学ぶ
単に既存の知識の組み合わせでなく、現実と思考の間を往復しながら新しい認識・知見を生み出す方法を学びたいなら、モデルを仮説として用いて思考するモデル・スペキュレーションを学ぶといい。
モデルを仮説として用いて思考する仕方を解説したテキストは、
などいくつかあるが、シンプルにして興味深い実例があった方が、よほど胸に落ちるだろう。
物理学者であり、漱石の弟子でもあった寺田寅彦の随筆「電車の混雑について」は、シンプルさとインプリケーションの深さがモデル・スペキュレーションの好例になっているので、少し詳しく紹介する(本文は「青空文庫」で読める)。
フェイズ1:日常の観察、発見
寅彦先生、混雑の律動(リズム)に気付く
「停留所に立って、ものの十分か十五分も観察していると、相次いで来る車の満員の程度におのずからな一定の律動のある事に気がつく。
六七台も待つ間には、必ず満員の各種の変化の相の循環するのを認める事ができる。」
混雑電車はダンゴになってやってくる
しかもダンゴの後ろの電車は空いている
「五分か七分かするとようやく電車が来る。
するとおおぜいの人々は、降りる人を待つだけの時間さえ惜しむように先を争って乗り込む。
あたかも、もうそれかぎりで、あとから来る電車は永久にないかのように争って乗り込むのである。
しかしこういう場合にはほとんどきまったように、第二第三の電車が、時間にしてわずかに数十秒長くて二分以内の間隔をおいて、すぐあとから続いて来る。
第一のでは、入り口の踏み台までも人がぶら下がっているのに、それがまだ発車するかしないくらいの時同じ所に来る第二のものでは、もうつり皮にすがっている人はほんの一人か二人くらいであったり、どうかすると座席に空間ができたりする。
第三のになると降りる人の降りたあとはまるでがら明きの空車になる事も決して珍しくない。」

観察から得られる個人的行動方針あるいはライフハック
「必ずすいた電車に乗るために採るべき方法はきわめて平凡で簡単である。
それはすいた電車の来るまで、気長く待つという方法である。」
「行き当たった最初の車にどうでも乗るという要求をいくぶんでも控えて、三十秒ないし二分ぐらいの貴重な時間を犠牲にしても、次のすいた電車に乗るような方針をとるのが捷径(しょうけい)である。これがために失われた三十秒ないし二分の埋め合わせはおそらく目的地に着く前にすでについてしまいそうに思われる。」
そのくらいの遅れは、混雑電車はダンゴになって来るのだから、すぐに取り返せる。
逆に言えば、混んでいる電車は遅れているのだから、そんな電車に乗っては、数分先に乗った程度アドバンテージはすぐに失われる。
ここまでは、ごく当たり前の話だ。
モデル・スペキュレーションは、ここからはじまる。
フェイズ2:モデリングと推論
寅彦先生、懐手して数理モデル
「しかしここで私の考えてみたいと思う事は、……一般乗客の傾向から必然の結果として起こる電車混雑の律動に関する科学的あるいは数理的の問題である。」
「問題を簡単にするために、次のような場合を考えてみる。すなわち、ある終点からある一定時間ごとに発車する電車が、皆一様な速度で進行し、また途中の停留所でも一定時間だけ停車するように規定されたとする。」
つまり、なにもなければ電車は等間隔にやってくる、と仮定する。
ざっくり考える/混雑と遅れの悪循環
「少しおくれて停留所に来た車は、少し早めにそこに来た車よりも統計的に多数の乗客を収容しなければならない事は明らかである。」
「これは、言うまでもなくこの乙電車が次の停留所に着すべき時間を遅らせる。
従って次の停留所でその遅刻のためによけいに収容しなければならない前述の nb の数を増加させる。
その結果はさらに循環的に、その次の停留所に着く時刻を遅らせる、and so on で、この乙電車の混雑はだんだんに増すばかりである。
最も簡単な理想的の場合だと、
停車回数に等しい羃数(べきすう)で収容人数が増加するわけである。」

「長い線路の上にはじめ等間隔に配列された電車が、運転につれて間隔に不同を生じる。
そうして遅れるものと進むものとが統計上三または四の平均週期で現われるとすると、若干時の後に実現される運転状況は、私がこの編の初めに記述したとだいたい同じようになるわけである。
すなわち三四台の週期で、著しい満員車が繰り返され、それに次ぐ二三台はこれに踵(くびす)を接して、だんだんに空席の多いものになる。
そうして再び長い間隔を置いて、また同じ事が繰り返されるのである。」
数理モデルで推論する/停留所数のべき乗則
乗客が単位時間内に一つの停留所に集まって来る割合を n 人/分 とし
ある電車が平均よりa 分だけおそく発車すると、平均して
n × a 人
だけ乗り込む人数が増える.
ひとりあたりの乗り込みに要する時間を k 分/人 とすると
電車の発車の遅れは
a + kna 分
となるので、つぎの停留所における発車の遅れは、最初の遅れa分に、一人当たり乗り込みk 分/人 × 乗り込み増加人数 na人を加えて
a + kn(a + kna ) 分
したがって,m 番目の停留所における発車の遅れは
a + kn(a + kna )m分
m 番目の停留所における発車の遅れは
a + kn( a + kna )m 分
であるから、m 番目の停留所において発車した後の車内の乗客は平均して
{a + kn( a + kna )m }/k 人
だけ多い。これはおよそ
n ( a + kna )m 人
であり、停留所数のべき乗になっている。
しかし、モデル・スペキュレーションは机上では終わらない。
フェイズ3:データ収集と検証
寅彦先生、現場に乗り込む
「時々最寄(もよ)りの停留所に立って、懐中時計を手にしては、そこを通過する電車のトランシットを測ってみた。
その一例として去る六月十九日の晩、神保町(じんぼうちょう)の停留所近くで八時ごろから数十分間巣鴨(すがも)三田(みた)間を往復する電車について行なった観測の結果を次に掲げてみよう。
表中の時刻は、同停留所から南へ一町ぐらいの一定点を通過する時を読んだものである。
時間の下に付した符号は乗客の多少を示すもので、これはほんの見当だけのものである。
○はいわゆる普通の満員、△は座席はほぼ満員だがつり皮は大部分すいている程度、×は空席の多いいわゆるガラアキのものである。
◎は極端な満員、××は二三人ぐらいしかいないものを示す。」

(表は「青空文庫」から)
「この表で見ると、たとえば五分ごとに通る車数はかなりの変化があるにかかわらず、その平均数は北行南行ともにほぼ同様で、約二分半に一台の割合である。
しかし実際の個々の時間間隔は、南行の最初における十一分三秒プラスという極端から、わずか十二秒という短い極端まで変化している。
しかして多少の除外例はあるにしても、だいたいにおいて
長い間隔の後には比較的混雑した車が来る事、短い間隔の後にはすいた車が来る事がわかるだろう。」
「今これら各種の間隔の頻度(フリクエンシー)について統計してみると次のとおりである。」

「これでわかるように、間隔の回数から言うと、長い間隔の数はいったいに少なくて、短いものが多い。
全体三十八間隔の中で、四分以上のものは四回、すなわち全体の約一割ぐらいのものである。
しかしここで誤解してならない事は、乗客がこれらの長短間隔のいずれに遭遇する機会(チャンス)が多いかという問題となると、これは別物になるのである。」
いったいどうなるのだろうか?
フェイズ4:さらなる推論
寅彦先生、混雑電車のミクロ−マクロ問題を論ず
「全く顧慮なしにいつでも来かかった最初の電車に飛び乗る人にとっては、
すいたのにうまく行き会う機会が少なくて、込んだのに乗る機会が著しく多い。」
なぜか?
最初の電車に飛び乗ると、遅れてきた電車(=混雑した電車)に乗る確率が高いから。
さらにいえば、遅れた電車と、その前の電車の間の間隔は広がっているからである。

「このようにして、込んだ車にはますます多くの人が乗るとすれば、この電車はますます規定時間よりも遅れるために、さらにまた混雑を増す勘定である。
これをせんじつめると最後に出て来る結論は妙なものになる。すなわち
第一に、東京市内電車の乗客の大多数は――たとえ無意識とはいえ――自ら求めて満員電車を選んで乗っている。
第二には、そうすることによって、みずからそれらの満員電車の満員混雑の程度をますます増進するように努力している。
これは一見パラドクシカルに聞こえるかもしれないが、以上の理論の当然の帰結としてどうしてもやむを得ない事である。もしこれがおかしいと思われるなら、それは私の議論がおかしいのではなくて、そういう事実がおかしいのであろう。」
○ ○ ○
「これは余談ではあるが、よく考えてみると、いわゆる人生の行路においても存外この電車の問題とよく似た問題が多いように思われて来る。
そういう場合に、やはりどうでも最初の満員電車に乗ろうという流儀の人と、少し待っていて次の車を待ち合わせようという人との二通りがあるように見える。
このような場合には事がらがあまりに複雑で、簡単な数学などは応用する筋道さえわからない。
従って電車の場合の類推がどこまで適用するか、それは全く想像もできない。
従ってなおさらの事この二つの方針あるいは流儀の是非善悪を判断する事は非常に困難になる。
これはおそらくだれにもむつかしい問題であろう。
おそらくこれも議論にはならない「趣味」の問題かもしれない。
私はただついでながら電車の問題とよく似た問題が他にもあるという事に注意を促したいと思うまでである。」
文献
(本日の元ネタ、引用元)
・寺田寅彦「電車の混雑について」(初出:大正十一年九月、思想)
収録
青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2449_11267.html
「寺田寅彦随筆集 第二巻」小宮豊隆編、岩波文庫
……寺田寅彦の随筆は、研究者のみならず,自分で知識を生み出そうという人に参考になる。
個人的には、特にこの巻がお気に入りである。
(近年の混雑研究)
・西成活裕「混雑のサイエンス」
http://www.silvertwilight.gr.jp/bsj/Past_Activity_files/NIshinari_20090131.pdf
・西成活裕「自己駆動粒子系の集団動力学と渋滞形成」『数理解析研究所講究録』1472巻,2006年,pp.118-128
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1472-14.pdf
・西成活裕『渋滞学』(新潮選書)
モデルを仮説として用いて思考する仕方を解説したテキストは、
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などいくつかあるが、シンプルにして興味深い実例があった方が、よほど胸に落ちるだろう。
物理学者であり、漱石の弟子でもあった寺田寅彦の随筆「電車の混雑について」は、シンプルさとインプリケーションの深さがモデル・スペキュレーションの好例になっているので、少し詳しく紹介する(本文は「青空文庫」で読める)。
フェイズ1:日常の観察、発見
寅彦先生、混雑の律動(リズム)に気付く
「停留所に立って、ものの十分か十五分も観察していると、相次いで来る車の満員の程度におのずからな一定の律動のある事に気がつく。
六七台も待つ間には、必ず満員の各種の変化の相の循環するのを認める事ができる。」
混雑電車はダンゴになってやってくる
しかもダンゴの後ろの電車は空いている
「五分か七分かするとようやく電車が来る。
するとおおぜいの人々は、降りる人を待つだけの時間さえ惜しむように先を争って乗り込む。
あたかも、もうそれかぎりで、あとから来る電車は永久にないかのように争って乗り込むのである。
しかしこういう場合にはほとんどきまったように、第二第三の電車が、時間にしてわずかに数十秒長くて二分以内の間隔をおいて、すぐあとから続いて来る。
第一のでは、入り口の踏み台までも人がぶら下がっているのに、それがまだ発車するかしないくらいの時同じ所に来る第二のものでは、もうつり皮にすがっている人はほんの一人か二人くらいであったり、どうかすると座席に空間ができたりする。
第三のになると降りる人の降りたあとはまるでがら明きの空車になる事も決して珍しくない。」

観察から得られる個人的行動方針あるいはライフハック
「必ずすいた電車に乗るために採るべき方法はきわめて平凡で簡単である。
それはすいた電車の来るまで、気長く待つという方法である。」
「行き当たった最初の車にどうでも乗るという要求をいくぶんでも控えて、三十秒ないし二分ぐらいの貴重な時間を犠牲にしても、次のすいた電車に乗るような方針をとるのが捷径(しょうけい)である。これがために失われた三十秒ないし二分の埋め合わせはおそらく目的地に着く前にすでについてしまいそうに思われる。」
そのくらいの遅れは、混雑電車はダンゴになって来るのだから、すぐに取り返せる。
逆に言えば、混んでいる電車は遅れているのだから、そんな電車に乗っては、数分先に乗った程度アドバンテージはすぐに失われる。
ここまでは、ごく当たり前の話だ。
モデル・スペキュレーションは、ここからはじまる。
フェイズ2:モデリングと推論
寅彦先生、懐手して数理モデル
「しかしここで私の考えてみたいと思う事は、……一般乗客の傾向から必然の結果として起こる電車混雑の律動に関する科学的あるいは数理的の問題である。」
「問題を簡単にするために、次のような場合を考えてみる。すなわち、ある終点からある一定時間ごとに発車する電車が、皆一様な速度で進行し、また途中の停留所でも一定時間だけ停車するように規定されたとする。」
つまり、なにもなければ電車は等間隔にやってくる、と仮定する。
ざっくり考える/混雑と遅れの悪循環
「少しおくれて停留所に来た車は、少し早めにそこに来た車よりも統計的に多数の乗客を収容しなければならない事は明らかである。」
「これは、言うまでもなくこの乙電車が次の停留所に着すべき時間を遅らせる。
従って次の停留所でその遅刻のためによけいに収容しなければならない前述の nb の数を増加させる。
その結果はさらに循環的に、その次の停留所に着く時刻を遅らせる、and so on で、この乙電車の混雑はだんだんに増すばかりである。
最も簡単な理想的の場合だと、
停車回数に等しい羃数(べきすう)で収容人数が増加するわけである。」

「長い線路の上にはじめ等間隔に配列された電車が、運転につれて間隔に不同を生じる。
そうして遅れるものと進むものとが統計上三または四の平均週期で現われるとすると、若干時の後に実現される運転状況は、私がこの編の初めに記述したとだいたい同じようになるわけである。
すなわち三四台の週期で、著しい満員車が繰り返され、それに次ぐ二三台はこれに踵(くびす)を接して、だんだんに空席の多いものになる。
そうして再び長い間隔を置いて、また同じ事が繰り返されるのである。」
数理モデルで推論する/停留所数のべき乗則
乗客が単位時間内に一つの停留所に集まって来る割合を n 人/分 とし
ある電車が平均よりa 分だけおそく発車すると、平均して
n × a 人
だけ乗り込む人数が増える.
ひとりあたりの乗り込みに要する時間を k 分/人 とすると
電車の発車の遅れは
a + kna 分
となるので、つぎの停留所における発車の遅れは、最初の遅れa分に、一人当たり乗り込みk 分/人 × 乗り込み増加人数 na人を加えて
a + kn(a + kna ) 分
したがって,m 番目の停留所における発車の遅れは
a + kn(a + kna )m分
m 番目の停留所における発車の遅れは
a + kn( a + kna )m 分
であるから、m 番目の停留所において発車した後の車内の乗客は平均して
{a + kn( a + kna )m }/k 人
だけ多い。これはおよそ
n ( a + kna )m 人
であり、停留所数のべき乗になっている。
しかし、モデル・スペキュレーションは机上では終わらない。
フェイズ3:データ収集と検証
寅彦先生、現場に乗り込む
「時々最寄(もよ)りの停留所に立って、懐中時計を手にしては、そこを通過する電車のトランシットを測ってみた。
その一例として去る六月十九日の晩、神保町(じんぼうちょう)の停留所近くで八時ごろから数十分間巣鴨(すがも)三田(みた)間を往復する電車について行なった観測の結果を次に掲げてみよう。
表中の時刻は、同停留所から南へ一町ぐらいの一定点を通過する時を読んだものである。
時間の下に付した符号は乗客の多少を示すもので、これはほんの見当だけのものである。
○はいわゆる普通の満員、△は座席はほぼ満員だがつり皮は大部分すいている程度、×は空席の多いいわゆるガラアキのものである。
◎は極端な満員、××は二三人ぐらいしかいないものを示す。」

(表は「青空文庫」から)
「この表で見ると、たとえば五分ごとに通る車数はかなりの変化があるにかかわらず、その平均数は北行南行ともにほぼ同様で、約二分半に一台の割合である。
しかし実際の個々の時間間隔は、南行の最初における十一分三秒プラスという極端から、わずか十二秒という短い極端まで変化している。
しかして多少の除外例はあるにしても、だいたいにおいて
長い間隔の後には比較的混雑した車が来る事、短い間隔の後にはすいた車が来る事がわかるだろう。」
「今これら各種の間隔の頻度(フリクエンシー)について統計してみると次のとおりである。」

「これでわかるように、間隔の回数から言うと、長い間隔の数はいったいに少なくて、短いものが多い。
全体三十八間隔の中で、四分以上のものは四回、すなわち全体の約一割ぐらいのものである。
しかしここで誤解してならない事は、乗客がこれらの長短間隔のいずれに遭遇する機会(チャンス)が多いかという問題となると、これは別物になるのである。」
いったいどうなるのだろうか?
フェイズ4:さらなる推論
寅彦先生、混雑電車のミクロ−マクロ問題を論ず
「全く顧慮なしにいつでも来かかった最初の電車に飛び乗る人にとっては、
すいたのにうまく行き会う機会が少なくて、込んだのに乗る機会が著しく多い。」
なぜか?
最初の電車に飛び乗ると、遅れてきた電車(=混雑した電車)に乗る確率が高いから。
さらにいえば、遅れた電車と、その前の電車の間の間隔は広がっているからである。

「このようにして、込んだ車にはますます多くの人が乗るとすれば、この電車はますます規定時間よりも遅れるために、さらにまた混雑を増す勘定である。
これをせんじつめると最後に出て来る結論は妙なものになる。すなわち
第一に、東京市内電車の乗客の大多数は――たとえ無意識とはいえ――自ら求めて満員電車を選んで乗っている。
第二には、そうすることによって、みずからそれらの満員電車の満員混雑の程度をますます増進するように努力している。
これは一見パラドクシカルに聞こえるかもしれないが、以上の理論の当然の帰結としてどうしてもやむを得ない事である。もしこれがおかしいと思われるなら、それは私の議論がおかしいのではなくて、そういう事実がおかしいのであろう。」
「これは余談ではあるが、よく考えてみると、いわゆる人生の行路においても存外この電車の問題とよく似た問題が多いように思われて来る。
そういう場合に、やはりどうでも最初の満員電車に乗ろうという流儀の人と、少し待っていて次の車を待ち合わせようという人との二通りがあるように見える。
このような場合には事がらがあまりに複雑で、簡単な数学などは応用する筋道さえわからない。
従って電車の場合の類推がどこまで適用するか、それは全く想像もできない。
従ってなおさらの事この二つの方針あるいは流儀の是非善悪を判断する事は非常に困難になる。
これはおそらくだれにもむつかしい問題であろう。
おそらくこれも議論にはならない「趣味」の問題かもしれない。
私はただついでながら電車の問題とよく似た問題が他にもあるという事に注意を促したいと思うまでである。」
文献
(本日の元ネタ、引用元)
・寺田寅彦「電車の混雑について」(初出:大正十一年九月、思想)
収録
青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2449_11267.html
「寺田寅彦随筆集 第二巻」小宮豊隆編、岩波文庫
![]() | 寺田寅彦随筆集 (第2巻) (岩波文庫) (1964/01) 寺田 寅彦、小宮 豊隆 他 商品詳細を見る |
……寺田寅彦の随筆は、研究者のみならず,自分で知識を生み出そうという人に参考になる。
個人的には、特にこの巻がお気に入りである。
(近年の混雑研究)
・西成活裕「混雑のサイエンス」
http://www.silvertwilight.gr.jp/bsj/Past_Activity_files/NIshinari_20090131.pdf
・西成活裕「自己駆動粒子系の集団動力学と渋滞形成」『数理解析研究所講究録』1472巻,2006年,pp.118-128
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1472-14.pdf
・西成活裕『渋滞学』(新潮選書)
![]() | 渋滞学 (新潮選書) (2006/09/21) 西成 活裕 商品詳細を見る |
2010.12.14
とにかく速くて論旨も首尾一貫する文章の書き方
「文は人なり」などと言うが、正しくないばかりか実用的でもない。
人が文章にできることは、考えていることのごく一部でしかない。
まして人となりなどは、言葉にするには豊かすぎるし深すぎる。
1.自己表現なら他でやれ
書きたいことなど書くな。感想も書くな。オリジナリティなどくそくらえ。
ただ書かなければならないことだけを書け。
書いている間だけは、そういう「機械」になれ。
これだけで書く速度も、読みやすさも3割増しになる。
もともと人は、書き付けた言葉を前にして「こんなの私じゃない」という違和感を繰り返し受け入れることなしには、一言だって書くことはできない。
あなたが書いた文章は、あなたではない。
いいかげん目を覚ませ。
このことが理解できない限り、誰のアドバイスも添削も、あなたは受け入れることができないだろう。
そういう人は、つまるところ、他人に見せる文章を書く資格が無い。
2.仮面をかぶれ
かなり細かい構成ができている人さえも、文章を書いている間は、始終迷う。
これもまた、そういうものとして受け入れるしかない。
迷いに対して抵抗するエネルギーがもったいない。
しかし迷いは時間を消耗させる。できればパスしたい。しかたなくても、さっさと切り上げたい。
それには、自分を単純にしておくことだ。
もとが複雑なのは仕方ないから、とても単純で平板な人格(キャラクター)をつくっておく。
まるで自分がそういう単純バカであるかのように、言葉やアイデアを選び、いやそういうキャラに相応しくない言葉やアイデアを捨て捨て捨て、書いていくのだ。
あーでもない、こーでもないと悩むよりは、「あーでもあるし、こーでもある」とまずは書き出す。
それから、立てたキャラに相応しくないものを捨てるのだ。
普通、論文では、序論あたりで著者のスタンスを表明しておく。
慣れるとあれで十分だが、ビギナーはそれでも揺れるし、だいたい自分がしようとしている主張に対する確信が薄い。実に薄い。
これでは迷うし揺れるに決まっている。
本当は、確信している主張を軸に書くべきだが、確信できるまで待っていては人生がいくつあっても足りない。
だから、とりあえず信じる振りをするのだ。そういうキャラクターの仮面をかぶるのだ。
この仮面は、揺れに揺れ、油断するとすぐに四方八方に広がっていく思考について、あるものは通しそれ以外は通さない、いわば「整流器」の役割を果たす。
この「整流器」を通していない文章は、実に読みにくい。
文章の中に、あの「あーでもない、こーでもない」が、そのまま垂れ流しされているからだ。
「整流」された文章は、揺れ動くあなたからすれば、ますます「私でない」ものになっているだろう。
そういうものだ(So it goes.)。
そして自分が書いたものとの隔たりを、再び言葉にすることで、人はかろうじて何事かを考えはじめる。
だが、今はまず、書き終えることを考えよう。
3.秘密はもっておけ
今、「あるがままに、感じたままに、思った通りに、書きなさい」という作文教育と、正反対のことを言った。
この「あるがまま作文」は、実に害毒だ。
まともな文章が書けない人間、根拠にサポートされた立論ができない人間を量産するだけではない。
自分の胸の奥に秘めておくべきことがあることを知らせず、それとは正反対のことを教え込む。
いったい誰の陰謀だ?
人は秘密を抱えることなしには、およそ書くに値することを、何一つ書くことができない。
当たり前ではないか。
何もかも書こうとするんじゃない。
秘密は持っておけ。
人に見せる文章から静かに削除しておけ。
書いたものは、人を次の場所へと連れて行く。
書かずにおいたものは、人を滋養し育てる。
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