少女:このまえの近代デジタルライブラリーの話だけど。
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    少年:うん。

    少女:百科事典とか説話の『大語園』は現代文だから読めるけど、イチオシだった『古事類苑』とか『広文庫』とか『和漢三才図会』って、結局、漢文が分からないと読めないじゃない?

    少年:うーん、近代に入るまで公式な文書や学術文献からプライベートな手紙まで基本的に漢文で書くものだったから。日本だけじゃなく、中国はもちろん、朝鮮半島からベトナムあたりまで。ヨーロッパだとラテン語にあたると思う。


    漢文が占める割合の歴史変遷

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    (出典:古田島 洋介、 湯城 吉信『漢文訓読入門』明治書院2011、pp.4-7)




    少女:じゃあ聞くけど、どうやって読んでるの?

    少年:うーん、やっつけだけど。英語みたいな感じ。

    少女:ちゃんと語学として勉強しろ、ってこと?

    少年:まじめに言えばそうなんだろうけど、漢文って語の並べ方は結構英語と似てるんだ。英文法を流用しても、そこそこ何とかなる。

    少女:ほんとに?

    少年:いわゆる五文型とかそのままだし。

    第1文型 主語+動詞
    雀  啼。
    Bird  sings.
     雀  啼(な)く。
    雀はさえずる。

    第2文型 主語+動詞+補語
    君 為   相。
    You are a minister.
    君、相なり。
    あなたは宰相である。

    我    人。
    I  am a man.
    我は人たり
    私は人間です。


    第3文型 主語+動詞+目的語
    我 愛  之。
    I  love  this.
    我これを愛す
    私はこれが大好きです。

    第4文型 主語+動詞+間接目的語(〜に)+直接目的語(〜を)
    王  與   臣  地。
    King gives a subject land.
    王は臣に地を與(あた)ふ。
    王は臣下に領地を与える。

    第5文型 主語+動詞+目的語+補語
     世   謂  吾   賊。
    People  call  me  a bandit.
     世は吾を賊と謂ふ。
     世間の人は私を賊だという。
     

    少女:たまたま当てはまるものを選んできてない?

    少年:そんなことない。漢文は語順を勝手に変えられないから。

    少女:変えられないってどうして?

    少年:ラテン語みたいに単語が変化したり、日本語みたいに助詞をつける言語だと、語順を入れ替えても、どれが主語でどれが目的語か分かる。たとえば「王様は臣下に領地を与える。」を「王様は領地を臣下に与える。」にしてもいい。漢文でこんな風に語順をひっくり返して「王與臣地」を「王與地臣」にしたら、「王は地に臣を與ふ(王様は大地に臣下を与える)」に意味が変わってしまう。

    少女:なんか生け贄みたい。でも英語と違うところもあるでしょ?

    少年:もちろん。まず修飾語は被修飾語の前に来る。

    少女:え?英語もそうでしょ。a blue book(青い本)っていうし。

    少年:名詞を修飾するものは名詞の前だけど、動詞を修飾するものも動詞の前。たとえば英語ならcome from Japan(日本から来る)と動詞comeの後ろに前置詞句from Japanがくるけど、漢文の場合は「自倭国来」と動詞「来る」の前に「自倭国(倭国より)」が入る。


      賢人 自 倭国 来。
     A wise man comes from Japan.
     賢人、倭国より来る。
     賢い人が日本からやってくる。
     

    少女:じゃあ、あれはどうなるの? 再読文字ってやつ。あれが一番訳が分からないんだけど。

    少年:あれも動詞を修飾してるだけ。だから動詞の前に来る。英語でも、たとえば動詞の前にcanをいれて、I swim.(私は泳ぐ)→I can swim.(私は泳げる)にしたり、shouldを入れてYou swim.(君は泳ぐ)→You should swim.(君は泳ぐべきだ)にするけど、あれと似た感じ。

    少女:つまり英語の助動詞ってこと?でも英語を訳すときも再読なんかしないわよ。

    少年:漢文でも、動詞を修飾してるけど再読しないものがあるよ。説明の都合でこっちを先にするけど

    汝 往 京師。
    You go to the city.
    汝 京師へ往(い)く。
    おまえは都へ行く。

    汝 可 往 京師。
    You can go to the city.
    汝 京師へ往(い)くべし。
    おまえは都へ行くことができる。


    少女:英語でいうとcanを動詞の前につけるみたいに、「可」を動詞「往」の前につけているのね。

    少年:見て欲しいのは、読み下し文で「〜べし」という助動詞をついてるけど、次の例文だど

    汝  耐 苦
    You stand pain.
    汝 苦に耐ふ。
    おまえは苦痛に耐える。

    汝 能 耐 苦
    You can stand pain.
    汝 能(よ)く苦に耐ふ。
    おまえは苦痛に耐えることができる。


    少女:えーと、漢文と英語までは同じよね。英語でいうとcanを動詞の前につけるみたいに、「能」を動詞「耐」の前につける。でも、今度は書き下し文に「〜べし」はついてないね。

    少年:そのかわりに「能(よ)く」っていう副詞を前に入れてる。このブログだと元旦の記事で、日本語は意味の核(コア)を判断なんかを表す層が包み込むって話があったけど、英語や漢文の助動詞の意味を日本語に持ってくるときに〈移しどころ〉が動詞の前後に二つあるんだ。そして、二つとも使わないと元の意味が表せない場合がある。

    aux-advaux.png


    少女:そんなのあるかな?

    少年:例えばnever +動詞を日本語に移そうとすると「決して+(動詞)+〜ない」って動詞の前後の二つを使うでしょ。

    never-kessite.png


    少女:再読文字もそうだっていうの?

    少年:うん。また例を出すけど

     聖人  惜  寸陰。
    A saint value a moment.
    聖人 寸陰を惜しむ。
    聖人はわずかな時間を惜しむ。

      人  当  惜  寸陰。
    A man should value a moment.
    人 当(まさ)に寸陰を惜しむべし。
    人は当然わずかな時間でも惜しむべきだ。


    少女:「惜」って動詞の前に「当」って助動詞をつけたのね。訓読して書き下し文には「当(まさ)に____べし」で動詞を挟んでる。

    masani-beshi.png


    少年:意味は「当然〜すべきである」。「再読文字」って言い方だと、その文字の責任というか性質みたいな言い草だけど、動詞の前後を挟むのはむしろ受け取る側の日本語の性質なんだ。neverの場合も、ただ動詞の後に「〜ない」をつけるだけじゃその意味を表現しきれない、だったらもうひとつ使える動詞の前におく副詞を使って「決して___ない」でどうだ、ってことなんだけど。

    少女:「当」も同じ感じ?

    少年:これをただ「〜べし」だけにすると、「べし」って助動詞は、さっき見たように「可能」って意味もあれば、推量(〜にちがいない)や意思(〜するつもりだ)や当然・義務(〜すべきだ)と、いろいろある。だったら動詞の前に副詞「当(まさ)に」を付けることで、当然・義務の意味だとはっきりする。次の例だと……

    汝 宜 改 之。
    You had better mend this.
    汝 宜(よろ)しく之を改むべし。
    君はこれを改めた方がいい。


    少年:これも当然・義務の「べし」だけど、「宜しく」が前についてるから、さっきの「当」よりは少し弱い「〜した方がいい」って意味になるんだ。


    少女:少し分かった気がするけど、じゃあ、あの読まない字〈置き字〉ってのは何なの?

    少年:〈置き字〉で一番良く出てくる「於」は前置詞なんだけど、あまりにもいろんな使われ方をするんで、いっそ文字自体は読まないことにして、送り仮名を取り替えることで処理したんだ。

    少女:どういうこと?

    少年:いろんな流派があった訓読のルールを整える時に、同じ漢字はなるべく同じ読みをしたかったんだけど、同じ漢字でもいろんな意味・機能を持つのがある。たとえば「之」だと、動詞だと〈行く〉という意味だし、代名詞だと〈これ〉になるし、助詞だと〈〜の〉という意味だ。これだとまだ品詞が違うからいいけど、「於」は前置詞だけで5つくらい意味・機能がある。英語で言うとinとかformとかtoとか、比較のthanとか受け身のbyとかね。

    少女:一つの文字に5つも違う読み方があると混乱するってこと? でも、意味が5種類あるなら読み分けた方が分かりやすいんじゃない?

    少年:訓読の方法が整ってきたのは平安時代らしいんだけど、それまでは訓読の仕方もいろいろで、もっぱら原文の意味を分かりやすく伝えるにはどうしたら、ということに努力を注いでた。

    少女:普通の意味で良い翻訳ね。

    少年:そう。でも、それってどうしてもケースバイケースになる。同じ言葉でも、どんな文章のどんな箇所に現れるかで違って訳した方が良いはずだし。これに対して、平安時代に訓読の方法が整ってくると、それまでよりも意味がわかりにくい読み下し文ができるようになった。

    少女:たとえ意味がわかりにくくなっても、ルールとしての統一性を重視したってこと?

    少年:それともう一つ。漢文を原語のまま読める人が減っていって、漢文を読み上げる場合、訓読して読み下ししたものを声に出して読むようになったんだ。文字ごとに読み方を確定したいという動機の裏には、こういうニーズもあった。

    少女:よく分からないけど、それって大事なことなの?

    少年:書物が貴重な時代には、声を出して読み上げるのが普通の(周囲の人を含めたパブリックな)読書法だったし、記憶法(暗唱法)も声を出して読むことに依存していた。だから読み方のルール化は、音声上の正書法みたいなものだった。----もともと「よむ」って和語は「数を数える」って意味しかなかったんだ。いまでも「サバを読む」って言い方に残ってるけど。そこから「声を出して唱える」になって「朗読する」って意味になって、今の「読む」に近づいていくんだけど。

    少女:へえ。

    少年:漢文の読み方(訓読)は、こんなふうに早い時代にルールを決めて固定化したから、古い時代の日本語での読みがそのまま残ってしまったところもある。その後日本語が変わっていくと、どんどん離れていくことになる。学校の古文でならう文法よりも古い時代の言葉使いがね。

    少女:そうなの?

    少年:たとえば「蓋」を「けだし」と読むのは奈良時代以前の用法だし、「べし」+「む」を「べけん」と撥音化するのとかね(平安時代だと「べからむ」)。

    少女:……ああ、そうか。

    少年:うん?

    少女:すごい当たり前のこと思ったんだけど、一方に漢文のルールがまずあって、受け止める側の日本語の古文のルールがもう一方にあって、その間をつなぐ訓読のルールをつくっていった訳ね。で、出来上がった訓読のルールだけを見てると、どこからどこまでが漢文サイドの話で、日本語サイドの話か分かりにくくて、結局覚えろみたいな感じがしてイヤだったんだと思う。

    少年:多分、意味をとるだけだと漢文のルールだけを学べばいいんだけど、日本でずっとやってきた訓読はそれ以上に「声に出して読む」ってニーズを満たすものだったんだ。だからもっぱら外国語(中国語)として漢文を学ぼうって話は度々出てくるんだけど、中国語の発音を学ぶ機会がないから無理、なんてよく分からない反対理由が出てくる。

    少女:声に出して読むのは譲れないから、訓読しないなら中国語発音って話になるのか。でもレイヤー(層)としては、中国語というか漢文のルールが一番底にあるよね。そっちを先にかじってからやれば、少しは訳のわかる漢文訓読になる気がするんだけど。中国語までやる気がない人向けに何かないの?

    少年:自分がやったのだと、復文を中心にするかな。

    少女:復文って?

    少年:訓読の反対。ナマの漢文(白文)を日本語の読み下し文に変換するのが訓読でしょ? その反対だから、読み下し文からナマの漢文(白文)を再生することを復文っていうんだ。

    少女:どうしてそれが漢文のルールの勉強になるの?

    少年:訓読をちゃんとやろうとしたら、さっき言った3つの知識が全部必要になる。
    ・漢文のルール
    ・日本語古文のルール
    ・訓読の規則(訓点のルールなど)

    少女:うん。

    少年:でも、スタートが読み下し文なら、どんな助動詞を活用するか(古文のルール)とか、返り点をどんな順序で読むか(訓点のルール)は気にしないでいい。すでにやってあるから。ナマの漢文(白文)を再生するのだから、漢文のルール、どんな語順で並べるべきかに集中できる。

    少女:でも、それって英作文ならぬ漢作文じゃない。難しくないの?

    少年:いや、むしろ与えられた単語の並べ替えに近い。書き下し文には、元々の白文にあった漢字がほぼそのまま残ってる。助動詞になったり、「於」みたいに機能に応じて送り仮名化したものは書き下し文の中には無いけど、その部分は漢文のルールでもキモになる部分だから、そこだけ学べばいい。

    少女:ちょっと試しにやってみてよ。

    少年:じゃあ簡単なのを。書き下し文「我 甚だ之を愛す」だと、漢字は4つだ。

    少女:主語+動詞+目的語+補語の順で並ぶんだよね。主語は「我」で、動詞は「愛す」、目的語は「之」かな。

    我 愛 之。


    少年:あとは「甚だ」だけど、これは副詞で動詞を修飾してる。

    少女:じゃあ動詞「愛」の前に入れよう。これでいい。

    我甚愛之。


    少年:正解。こんな風に一度自分で再生した漢文(白文)は、訓点なしで書き下し文にできると思う。じゃあ次は複文で少し長いのを。書き下し文「門人厚くこれを葬らんと欲す」だと。

    少女:えーと、主語は「門人」だよね。動詞は「欲す」だと思うけど、「葬らん」をどうしよう?

    少年:英語で言うと Students want they bury this handsomely.みたいな漢字かな。Students want〜の後ろに、もう一つ文章が埋め込まれている。

    少女:じゃあ「門人 欲 〜」の「〜」のところに目的節として「門人葬之」が入るのかな。

    少年:そう。「厚く」を副詞で入れたいから「門人厚葬之」で、漢文では主語の繰り返しは省略できる。

    少女:じゃあ、こんな感じ?

    門人 欲 厚葬之。




    (参考文献)
    中国語と漢文―訓読の原則と漢語の特徴 (1975年) (中国語研究学習双書〈12 監修:藤堂明保,香坂順一〉)中国語と漢文―訓読の原則と漢語の特徴 (1975年) (中国語研究学習双書〈12 監修:藤堂明保,香坂順一〉)
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     昨年は論文の書き方(→論文の道具箱)小説の書き方(→創作の道具箱)を取り上げたが、今日は両者を包含する話題を取り上げてみたい。


    日本語の文は4つの層からなる

     あのー、どうやら今雪が降っているみたいですね

    という文は、次のような4層(レイヤー)が重なったものである※。


    4layer1.png



    ○命題の層(レイヤー)……「雪が降っ」(雪が降る)

     文の内容の核になる部分。
     ここでは〈雪が降る〉という事態を示している。


    ○現象の層(レイヤー)……「今___ている」

     命題として表された事態の現れ方を示す部分で、命題の層を包むようにその外側に現れる。
     事態が、時間的/空間的にどう現れるかを示したり、また肯定/否定的にどう現れるか(命題の事態が存在・現象するのか、しないのか)を示す層である。
     つまり言葉と言語外の現実とが、どのような関係にあるかを示す層であるといえる。
     ここでは命題として捉えられた事態(雪が降る)が、時間的に現在進行して(現れて)いることを示している。
     

    ○判断の層(レイヤー)……「どうやら___みたいだ」

     事態とその現象(現れ)に対して、話し手/書き手の判断を示す部分で、現象の層を包むようにその外側に現れる。
     言語が表す現象と、言葉を発する人との関係を表す層だといえる。
     ここでは〈今雪が降っている〉という現状について、推量という判断を付け加えている。
     他にこの層にあたるものとしては価値判断(当為)をあらわすもの(「~べきだ」等)や可能の判断(「~できる」「~し得る」)等がある。


    ○伝達の層(レイヤー)……「あのー___ですね」

     聞き手/読み手に対する、話し手/書き手の態度・意識や関係性を表す部分で、日本語文の最も外側の層となる。
     言葉を発する人と、言葉を受け取る人との関係を表す層だといえる。
     この層にあたるものとしては、伝達態度をあらわすもの(「~ね」等)、丁寧さをあらわすもの(「~です」「~ます」)がある、話し手の人物像を想起させる役割語(博士キャラを示す「〜なのじゃ」やお嬢様の「〜ですわよ」、コロ助の「〜ナリ」、シェンホアの「〜ですだよ」など)もこの層に現れる。


     この階層構造は、必ずしも外側の層(レイヤー)が前後から挟み込む形になる訳ではない。
     別の例文「梅雨前線が雨を降らせたようだよ」について図にしておこう。

    4layer2.png




    どの文章にどの層(レイヤー)が使われるか

    ◯話し言葉、手紙

     話し相手が目の前にいる会話や、読み手/受け手を意識した手紙やメールでは、ふつう命題〜伝達の層までを含む4層すべてを備えた文が使われる。


    ◯実用文、論文

     書き手の主張や判断が重要になる、実用文や論文では、命題〜判断の層までを含む3層を備えた文が使われる。判断の層にどんな表現が使われるかは、文章の種類で異なる。論文らしさや報告書らしさは、この層(レイヤー)の表現によるといえる。
     論文で使われる表現については、去年書いた記事 論文はどんな日本語で書かれているか?アタマとシッポでおさえる論文らしい文の書き方 読書猿Classic: between / beyond readers 論文はどんな日本語で書かれているか?アタマとシッポでおさえる論文らしい文の書き方 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加 でまとめてある。この先の記事で言う「アタマとシッポ」は、主として判断の層(レイヤー)に現れる表現であることが分かるだろう。


    ◯小説、新聞

     描写が重要になる、新聞や小説(この二つのジャンルはほぼ同じ時期に同じ担い手と受け手の下に----小説の読者は新聞の読者と重なり、小説の書き手は新聞の書き手と重なった----成立したことを思い出そう)では、命題と現象の2層を備えた日本語文が、地の文を構成する中心となる。

     新聞や小説では、書き手(語り手)の主張や判断は、少なくとも文章表現の上からは極力切り落とされるべきだとされる(新聞では社説などに限られる)。
     書き手の主張や判断は、直接的に言語化されるのではなく、何をどのように描写=言語化するかを通じて間接的に示される(べきだとされる)。
     守らないケースはままあるが、その場合は「新聞らしくない」「小説らしくない」と逸脱した感じを与える。
     
     
     では、命題以外のすべての層を切り落とした文を用いるのは何なのか?
     それは誰も見向きもしない化石的な論理学の教科書の練習問題にしか出てこないのか?
     
     否。命題の層だけでできた文を主とするジャンルが存在する。

    ◯詩

     それは詩である。
     受け手との関係性を切り落とし、主張や判断も切り落とし、事態が実現するかどうか、つまり言語外の世界とどのような関係を取り結ぶかどうかも切り落とした、コンテクストを剥ぎとった言葉を投げ出してくるのが、そんな剥き身の言葉で成り立たさせるのが、詩なのである。
     詩的言語のこの性質のために、韻律や音節の数に制限を設けた定型詩が可能となる。
     
     
     「飾り立てた文学の文章と簡素な実用文」という通念(というか言いがかり)からすれば意外な結論となったが、1行にまとめると次のようになる。

     日本語文=((((詩)小説)論文)会話)



    ※日本語学・日本語文法学では、日本語文の構造は
    ・客観的な事柄を表し意味の核(コア)になる〈命題〉と表現者の心的態度等を表す〈モダリティ〉で構成される
    ・モダリティの層が命題の核を包み込む階層構造を成している
    という階層モダリティ論が多くの研究者によって支持されている(各層の区切りや呼び方は研究者によって異なる)。

    (文献)
    石黒圭(2007)「私を消す文章」『よくわかる文章表現の技術〈5〉文体編』第11章.
    林四郎(1960)『基本文型の研究』明治書店.→復刊:(2013)ひつじ書房
    南不二雄(1974)『現代日本語の構造』大修館書店.→第11版 (1998)
    益岡隆志(1997)『複文 (新日本語文法選書 (2))』くろしお出版.

    岡部嘉幸(2013)「モダリティに関する覚え書き」『語文論叢』28.
    尾上圭介 (1996) 「文をどう見たか―陳述論の学史的展開」 『日本語学』 15-9.
    野村剛史 (2003) 「モダリティ形式の分類」 『国語学』 54-1.




     以前に、文章トレーニングとして、元の文章の言葉をそのまま使って行う〈縮約〉の話をした。

    30日で達人級の実力がつく日本語トレーニング〈縮約〉はこうやる 読書猿Classic: between / beyond readers 30日で達人級の実力がつく日本語トレーニング〈縮約〉はこうやる 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

     今回は、その続きとして、要約の話をする。


     日常書かれる実用文のほとんどは、何かの要約であるか、一部に要約を含むものである。
     そのため文章を要約する技術は、書き言葉を使った情報伝達に不可欠であり、身につければ今日から役に立つ。
     
     そればかりでない。
     要約は、読み書きに関する基礎スキル(必要な情報を探す、異なるソースからの情報を突き合わせる、異同を確認しどの部分についてはどのソースからの情報を選ぶか選択する、趣旨を変えずに同義の言葉に言い換える、要約するなど)のほとんどを含む、ことばのサーキット・トレーニングにもなる。
     
     以下に、母語はもちろん、外国語の読み書きについても、総合訓練となる要約づくりのトレーニングを紹介しよう。
     
     より実践に近く、(ひとつの文章ではなく)複数のソース(文章)を元に、それらを突き合わせ/つなぎ合わせて、ひとつの要約をつくるものである。
     
     元ネタは英語のアカデミックライティングの教科書にあったものだが、最初から専門文献を素材にするかわりに、同一トピックについての複数の文章を見つけやすいという理由から、ブリタニカやアメリカーナといったgeneral encyclopedia(一般の百科事典)を用いている。
     
     トレーニング素材として百科事典は、

    ○ 一つの記事の長さがあまり長くない(本1冊に比べればはるかに短い。すぐ読めるし、繰り返せる)
    ○ 短すぎない(国語辞典のような2行説明では要約もたいへん)
    ○ 専門以外の人間が読めるように難易度は低く抑えられている
    ○ ちゃんとした書き言葉で書かれている

    など、ビギナー向けの特徴を持っている。
     また探し物の《はじめの一歩》として使うべき百科事典に熟知するにも最適である、という余禄もつく(引いたり読んだりするだけよりも、はるかに効果が高い)。

     かつては図書館へでも行かないと、複数の百科事典を引き合わせることはできなかったが(そして百科事典の選び方ガイドがあるほど、たくさんの百科事典がある国・言語ならではのやり方だと思ったが)、今ではネットに接続さえすれば、どこででも可能となった。




    (1)同じトピックを扱った複数の文章を用意する

     手っ取り早いのは、先に述べたとおり、同じ項目を複数の百科事典で引くことである。
     最初はあまり長くない項目を選ぶ。
     あるいは異同が少ないので、人物を扱った項目を引く。



    (2)読みながらキーワードに線を引く

     元になる文章のひとつを読んでいく。
     読みながら、重要である、あるいは要約をつくる際にキーワードになると感じた言葉に線を引く。
     重要だと思う部分が一つの文だったり、それ以上の長さがある場合も、その中の一語だけに線を引く。
       一語を選ぶのが難しい場合は、とりあえず多めに線を引いておき、最後まで読んだ後、線を引いた部分を読み直して、その中から一語を選ぶ(一語を囲む、二重線を引くなどする)という二段階方式を使う。
      一つの文章についてキーワードに線が引けたら、別の文章についても同じようにする。これを文章の数だけ繰り返す。
     
    ※本当は、線を引き始める前に、すべての文章を軽く見ておいた方が、どこに線を引くべきか判断しやすい。
     しかし、下読みせずに、後で「しまった、先に一通り読んどけばよかった」と一度後悔した方が、下読みの習慣が身につきやすい。
     


    (3)キーワードの重複を数える

     すべての文章に線が引けたら、キーワードを抜き出していく。キーワードの横には、いくつの文章に含まれていたかを数字で書く。たとえば用意した3つの文章すべてに、そのキーワードが含まれていたら「3」を、2つの文章に含まれていたら「2」を、1つの文章だけに含まれていた場合は「1」を、キーワードの横に書く。
     
     時には、複数の文章で登場するにも関わらず、(接続詞や助詞、助動詞、指示詞などの機能語は除いて)自分がキーワードとして抜き出せていない言葉があることがある。
     大うっかりによる読み落としの場合もあるが、多くは当たり前すぎて背景に沈んでいた言葉である。
     そうした言葉については、改めてキーワードとして抜き出すか検討する。



    (4)キーワードを使って文をつくる

     そうして拾い上げたキーワードをつかって1文ずつ、要約の元をつくっていく。
     まず、キーワードをいくつかを使って、どうしても落とせない内容を表す一つの文をつくる。
     一文を完成させてから、さらに追加したい内容について、キーワードを使って一文をつくる。
     これを使っていないキーワードがなくなるまで続ける。
     この段階では伝える順序や構成は考えなくてもよい。
     


    (5)構成を整える

     キーワードを使って文をつくる作業が終わったら、必要ならば、文を並べ替え、接続詞を加えて、構成を整える。


    (6)原文を読み返しチェックする

     元になった文章と、できあがった要約を読み比べ、内容・表現の過不足などを確認する。



     慣れてきて、もう少しトレーニングに負荷を加えたい場合は、キーワードの拾い出しと、文章づくりの間に時間を空ける。
     たとえば数日空けて、元の文章の記憶が薄れると難しくなる。



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