時間がない人のための要約

    1.フォーマットを細分化して、〈ここでは何を書くべきか〉を示すフレームを作っていく
    2.フレームごとに、このトピックについて書けることを、順不同/思いつくだけ止まらずに書く(フレーム内で殴り書き)
    3.2のなぐり書きを読み返し重要そうなところに下線を引き、下線部を一文にまとめる。
    4.殴り書きできない(足りない)フレームについては、要調査、要発想のタグをつけておいて、まとめて処理する


    フレームドNSW
    (クリックで拡大)







    〈書きべきこと〉と〈書けること〉

     文章を書くには、正反対の方法が二つある。
     
     一つは書くべきこと(NTW: need to write)を先に定めるアプローチである。 
     何を書くべきかを細部に至るまで決めることができれば、究極には、文章を書くことは穴埋め作業に還元される。
     そこまでいくのは現実的には無理でも、多くの文章には、どんな順序で何を書けばいいかを示す大まかなフォーマットならば存在する。
     通常は、既存のフォーマットが与える大まかな枠組みからはじめて、これを細分化することでトップダウン的に〈どんな順序で何を書くべきか〉というアウトラインを決めていく。
     
     もう一つは、とにかく書けること(ATW: able to write)からどんどん書いていき、調整は後で考えるやり方。
     これは、書けなくなる要因である自己規制を振り払うために役立つ。
     このブログでも、時間を決めて、その間は止まらず書き続けることノン・ストップ・ライティングやレヴィ=ストロースの執筆法を紹介したことがある。




     

     しかし、どちらの方法にも限界がある。
     
     書くべきことを先に定めるアプローチの場合、よほど簡単な文章でもない限り、アウトラインを細分化する作業はいつしか行き詰まる。
     我々は、書こうとしている文章を、最初から完全に把握している訳ではない(しているなら、そもそも書き方に悩むこともなく、すらすら最後まで書き切ることだろう)。
     ほとんど同じことだが、書くべきことが明らかになったとしても、私がそれを書くことができるとは限らない。
     
     逆に、書けることから書いていくやり方にも、いくつか問題がある。
     ひとつは、何でもありで書き出すと、あとでまとめるのが大変なことである。
     さらにこちらの方が重要だが、「何でもいいから書け」と言われても、大抵の人はそんなには書けないことである。
     ガイドとして〈何を書くべきか〉や「お題」があった方が、むしろ書きやすい場合がある。
     
     では、どうすればいいか?
     すぐに思いつくのは(そして誰もがやっているのが)、〈書きべきこと〉からはじめるアプローチと、〈書けること〉をとにかく書き出すアプローチを、組み合わせることである。
     人それぞれに、様々な組み合わせ方が考えられる。
     
     以下は、読書猿の中の人が現在用いている〈組み合わせ〉である。


    1.〈書くべきこと〉を示すフレームを用意する

     フォーマットを細分化することでアウトラインをつくるのは同じである。
     
    (1)全体構成に使える文章の型紙として、できるなら最初にフォーマットから始める。
    ・手紙文や報告書のように、あらかじめ用意されている場合はそれを用いる。
    ・何らかの発想法や思考整理法で構成案を手に入れている場合はそれを用いる。

    ※ 誰に指示された訳でも依頼された場合でもない場合、あなたの〈書くべきこと〉とは自分の〈書きたいこと〉である。
     書きたいことのジャンルが判明している場合は、フォーマットを発見できる可能性があるが、それ以前のなんとも表現しようもない段階にある場合は、フレーム無しのノン・ストップ・ライティング(時間を決めて、その間は止まらず何でもいいから書き続ける)をおすすめする。
     
     
    (2)フォーマットをできるだけ細分化する
     この場合も、できるならパターンを用いる。
     主張文なら、クレーム、データ、ワラントといった3要素が使える。
     データの列挙なら、時系列順に分解したり、空間的に順序付けする。
     
     こうしたパターンが何も思いつかない場合やどんな分割パターンを使えばいいか不明な場合は、項目をとにかく二分割することを繰り返す〈サクランボ分割〉を使うといい。分けてみることで、内部構造が見えてきて、細分化の方向が分かることがある。

     
    2.フレームごとに〈書けること〉を順不同で殴り書きする

     アウトラインをできるだけ細分化し、行き詰まったら、そこで殴り書きに移行する。
     アウトラインの最下層は、何を書くべきかを示すフレーム(枠)であると考えて、その枠内で/書くべきことについて、思いつく限り書き出す。

    (1)書けるところから書く
     フレームをどこから埋めるかは、こだわらなくてよい。
     埋めやすいところから取りかかる。書きにくそうなところは後回しでよい。

     埋めていくうちに理解が進んでいく。
     ジグソーパズルのように他のピースが埋まると、分かることもある。
     後述のように、埋められない部分が分かるのも、進歩である。
     
    (2)〈書くべきこと〉について殴り書く
     〈書くべきこと〉について思いつくことを、単語・フレーズでいいので、止まらず書き出す。
     文章が出てきたらそれも書き留める。
     順不同でOK。重複してもかまわない。

    (3)手が止まったら、書き殴りを読み返して、重要そうに思えるところや気になるところに下線を引いておく

    (4)殴り書きを、(a)まとめるもの、(b)フレーム外に追い出すもの、(b)ゴミ箱行き、の三つに分類する。

    (a)まとめるもの
     下線を引いたものをいくつかに分けて、それぞれを、つなぎ合わせて一つの文にしてみる。あるいは、それぞれに小見出しを付ける。
     
    (b)枠外項目に集めるもの
     下線を引いたが、今のフレーム内に収まらないもの、「居るべき場所はここじゃない」と
    感じるもの、しかし捨てるのが惜しいものがこれにあたる。
     これらも、できればいくつかに分けて、それぞれを一文化して、枠外に出す。
     これがアウトラインの組み替えのきっかけになる。
     枠の中で殴り書くことで、枠を超えるものかどうか分かりやすくなる。
     
    (c)ゴミ箱項目に捨てるもの
     惜しくない殴り書きもすぐに消さずゴミ箱項目に集めておく。
     後で何かのきっかけになるかもしれない。


    3.書くべきことと書き得ることのギャップを浮かび上がらせる

     殴り書きでフレームを充填することができない部分は必ず出てくる。
     フレームのおかげで問題は局地化されているので、そこだけ対策すればいい。
     「知らないから書けない」のであれば、調査が必要である。そのフレームには「?」マークをつけておく。
     「誰もやってない新しいものが必要」であれば、発想が必要である。そのフレームには「!」マークをつけておく。
     調査と発想のどちらが必要か分からない場合もある。その場合は「!?」マークをつけておく。
     埋めることができなかったフレームすべてに、要調査/要発想マークが付け終わったらまとめて処理する。要調査マークの項目については調査/調べものし、要発想マークの項目について発想法を用いる。
     
     しかし殴り書きですら書けない理由が、無知/未知のせいでも、思いつかないのでもない場合もある。つまり必要なのは調査でも発想でもない場合、何らかのメンタルブロックが書くのを妨げている。
     この場合は、これ以上抵抗せずに「心の言い訳」を真摯に訊く(書き出してもいい)。
     あるいは、書かずに済ませる道を探る。この場合はアウトライン(構成)の変更が必要になる。
     我々は書くべきこと(あるいは書きたいこと)のすべてを書ける訳ではない。
     多くの文章はいくらかの断念をもって完結する。
     諦めたことは、次の文章を書き始める理由・動機となる。


    4.アウトラインを修正する

     3では殴り書きをまとめて、一文にしていった。
     フレームの外に放り出したもの、フレームに収まらないものたちが、収まるべき場所を要求する。これがアウトラインの変更につながる。
     ボトムアップでアウトラインが変更されたら、再度上位レベルからアウトラインを調整する。
     
     アウトラインが複雑になり、扱える限度を超え始めたら、全体のコピーを残しておいて、次のバージョンをつくる。
     削れるところをとことん削っていく(前バージョンとして全体のコピーが残っているので大胆にいく)。
     足りなくなるまで、言いかえると、思わず追加したくなるまで削っていくと、新しいアイデアを呼び込みやすい。


    (参考記事)





     筆の遅い人はどの分野にもいる。
     
     けれども、主として井上ひさしの貢献によって、遅筆といえばまず劇作家を思い浮かべてしまう偏見がある。
     これはおそらく、他のジャンルよりも遅筆のイメージが印象的でユーモラスなことによるのだろう。
     すでに幕が上がっているのに台本が完成せず、舞台袖で残りの台詞を書いているようなイメージである。
     
     しかし劇作家のすべてが遅筆という訳ではない。
     たとえば北村想は、本人の表現を借りるなら、初演に台本が出来上がっているどころか、脚本集として出版済みであるほど、筆の速い人である。
     「書くのが遅いのをなんとかしたい」という相談に答える形で、北村想は、何故自分は筆が速いのか、筆の遅い劇作家と何が違うのかを説明している。
     遅筆癖をやめ、はやく書くための〈秘訣〉としても読めるその説明は、ほとんどの秘訣がそうなように、身も蓋もないものであった。




    今回の出典は

    高校生のための実践劇作入門―劇作家からの十二の手紙高校生のための実践劇作入門―劇作家からの十二の手紙
    北村 想

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    具体的で身も蓋もないことしか書いてない、あらゆるジャンルで書き始めようとしている人が手元に置くべき実用書。





    遅筆から抜け出すための身も蓋もない教え

     北村想は何故はやく書けるのか?
     それは、筆の遅い劇作家が最後の最後まで作品を良くしようとぎりぎりまで努力と苦闘を続けるのに対して、自分は粘ってもそこまで大して変わらないだろうと、早々に完成させてしまうからだ、という。

     芸術家にあるまじき投げやりなスタンスだと眉をひそめる人もいるかもしれない。
     しかし芸術家が自身の芸術的衝動や霊感に従う義務を負っているとしたら、劇作家はまた別の義務を負っている。台本を間に合わせ役者や演出家やプロデューサその他関係者に犠牲を強要しないこと、その制約の中で(できるならなるべく良い)台本を書き上げることだ。でないと舞台公演は延期され、役者や劇関係者は仕事を失い、観客は何もみることができない。

    このような〈近代的〉な芸術家像は、料金の未払とかクライエントと揉めたりといった外的原因によってではなく、自らの創作的な意志と衝動によって作品製作を中断し、多くの未完成作品を残したミケランジェロを嚆矢とするというフォークロアがある。
     
     
     なるほどプロは仕事だから締切に間に合わせるのが当然だ。
     しかし誰に求められるでもなく好きに書いている自分には、その話に乗る理由がないという人もいるだろう。
     その心意気やよし。
     だが、上達のためには、「どのように書けばいいか」悩むよりも、最後まで書き終えることを優先したほうがいい。
     
     どう書こうか悩むことと、実際に書くことは、上達に関していえば等価ではない。
     言うまでもなく、実際に書いた方がずっと上達に寄与する。
     どんなものであっても(たとえ目を背けたくなるようなしろものであっても)書き終えることで、人は多くを知ることができ、次のステージに進むことができる。
     
     これらから導かれるのは次のことである。
     「もっとうまく書けるかも」という妄執をやめれば、人はもっとたくさん書くようにもなるから、最終的には、よりうまく書けるようにもなる。
     
     
     
    書き終えることでたどり着く地点

     これだけだと「お前なんかどう頑張ったって、うまく書けっこないのだからあきらめろ」とだけ言われているかのようで、書くことに真剣に向かい合う意識の高い文章書きさんは反発を覚えるかもしれない。
     なので、蛇足と思いながら、もう少し続けてみる。


     「もっとうまく書けるかも」という妄執に囚われていると、書き手はもっとマシな何かを書ける可能性を求めて、完成させることを引き伸ばすか、別の書き物に移る可能性が高い。

     〈完成させることを引き伸ばす〉という症状は、自分に対する要求水準の上昇といった形で現れる。
     「これだけ時間をかけてしまったのだから、並大抵のレベルでは満足すまい」といった心持ちが湧いてくれば、延期と要求水準の上昇の間で悪循環が形成され、完成はますます遠のいてしまうだろう。
     
     〈別の書き物に移る〉ことはこんな風に生じる。アイデアは新鮮な分だけ素晴らしく見えるものだ。より新しい思いつきは、今書いているものよりも〈新しい〉というだけで成功しそうな気がしてしまう。
     今書いているものがうまく行っていないなら、なおさら別の可能性を選ぶほうが利口で合理的な感じがする。
     
     言うまでもなく、これらは悪い選択だ。
     

     ヒトとしての成熟が、「自分はきっと何者にかなれるはず」と無根拠に信じていなければやってられない思春期を抜け出し、「自分は確かに何者にもなれないのだ」という事実を受け入れるところから始まるように(地に足の付いた努力はここから始まる)、書き手としての成熟は、「自分はいつかすばらしい何かを書く(書ける)はず」という妄執から覚め、「これはまったく満足のいくものではないが、私は今ここでこの文章を最後まで書くのだ」というところから始まる

    「どのように書くか how to write」につかまらない、また、つかまったとしてもできるだけすばやく抜け出すコツは、「何を書くか what to write」に注力することだ。「どのように書くのがよいか how to write」という問いは、「どのように振舞えば相手の好意を得られるか」にも似て、答えが無数にある問いである。
     
     これは可能性についての断念ではなく、(誰かに与えられた訳ではない)自分に対する義務を果たそうという決断だ。
     
     そうして書き続けても、書いている間中、それもひっきりなしに「違う!こうじゃない!」という感じに襲われるだろう。
     時には、思ってもみないほどスラスラと、まるで刷毛で撫でただけで土の中から遺物がどんどん現れるかのように、原稿用紙(エディタ)の上に書き言葉が生まれ出る場合もないではない。
     しかし、ほとんどの時間、書き手は違和感という壁に繰り返し頭をぶつける。
     はっきり言って不愉快だし、不快な感じばかりが続けば、「こうまでして書かなきゃいけないものか」という気持ちに襲われる。ついには書き続けることができなくなる。
     
     しかし、この違和感は、書き手を押しとどめる障害であるだけではなく、書き手に力を与え、次に進む足掛かりにもなる。
     こうしたギャップに繰り返し頭をぶつけ、未だ形をとらない〈表現〉と思い通りにならない〈書き言葉〉の間を繰り返し往復して、はじめて人は本当の意味で〈考える〉ことができるようになる。

     では最後まで書き終えれば、書き手はこの違和感から解放されるのか?
     否。
     むしろそこで分かるのは、(すぐにかき消えてしまう、つかの間の高揚感を除けば)「違う!こうじゃない!」という違和感から書き手が解放されることは、ほとんどないという事実である。
     しかし、これこそが書き終えた者だけが手にすることができるギフトである。
     《最後》まで書き終えて始めて、人は書きたいと思っていたことが本当は何であるか、自分が現に書いたものはそれといかに違っているかを知る。
     思っていたようには決して書けないということ、書こうとしていたもののすべてを書くことは決してできないのだと思い知る。
     
     このすぐ先に、「うまく書けない」(あるいは「書き方がわからない」「才能がない」)なんてことは、書くことを回避したり、書き終えることを引き伸ばす理由には全くならないのだと、覚知する瞬間がやって来る。こうして書き手としての幼年期は終わりを迎える。
     


     「この先は荒野です。道がありません」
     「そうか。では進もうか」

     

    (参考記事)






     
     
     
     
     これは、小論文を書くのが苦手な人のために書いた文章です。

     文章の言い回しや磨き方よりも、そもそも何を書いたらいいか、どう考えたら書くものを思いつけるのか、について分かるように書きました。


     小論文がどういうものであり、何を書くことを要求しているかが分かれば、少なくとも「何を書いたらいいか」分からず困ることがなくなると思います。
     「何を書いたらいいか」をどうやって思いつくか、必要な材料をどうやってアタマから引き出すかについても説明しました。
     

     文章を書くこと自体が苦手という人は、末尾にリンクを置いた参考記事が参考になるかもしれません。

    ※論文らしい文章の書き方については、以下の記事を参考にしてください。








    時間がない人のための要約


    ◯自分語り系の小論文
    (「私の仕事観」「私の抱負」)
    ・体験前の自分→自分を変えた決定的な体験→体験後の自分という《体験による成長ストーリー》を書く

    ◯課題文ありの小論文
    (「次の文章を読んで〜について論じよ」)
    ・課題文から「著者の主張」と「主張への賛成意見」「主張への反対意見」を抜き出す。
    ・自分でも主張への賛成意見と反対意見を書き加える
    ・書き加えた後、反対意見が上回ったら、著者の意見への批判を主張し、反対意見からその根拠を作る。
    ・書き加えた後、賛成意見が上回ったら、基本的には著者の意見に賛成し、付け加えの主張して、賛成意見からその根拠を作る。


     

    小論文が難しい理由

     小論文を難しく感じる一番の原因は、書き慣れていないこと(書き手側の問題)ですが、「小論文」の方にも悪いところがあります。
     かなり違うものが一緒くたされて、同じ「小論文」という言葉で一くくりにされてきたことも、話を余計にややこしくしていると思います。
     例えば、「大規模災害への備えとして情報科学技術をどのように活用するか,アイディアとその効果を述べよ」というのも「『私の夢』という題で大学生活の抱負を述べよ」というものも、どちらも「小論文」だというのです
     
    それどころか「一般会計税収・所得税・法人税・消費税の推移を示す図表を見て、その関係を整理し歳入・歳出の変化について書きなさい」や「アルカリ金属元素の名称とそれらの元素記号を可能なかぎり記し,共通する特徴や性質を述べよ。」といった小論文まであります。


     こうした「いろいろごった煮」の小論文への対策には、大きく分けて二つのアプローチがとられてきました。
     
     ひとつは「違うものは分けて扱う」アプローチです。
     もうひとつは「種類を越えて通用するやり方を考える」アプローチです。
     

    ◯違うものは分けて扱う

     たとえば、小論文を「論文系の小論文」と「作文系の小論文」に分けて、別の書き方をするというのが、これに当たります。
     
     論文系の小論文というのは、主張を立てて、その根拠を述べるという組み立ての小論文で、いわば学術論文の縮小簡易バージョンだと考えることができます。
     基本的に論文の書き方と共通するところが多いはずで、これから論文を書かなくてはならない大学生候補者に、つまり大学受験で主として必要となるのはこちらのタイプです。
     作文系の小論文というのは、書き手の経験や考え方(人柄まで)を知りたいという目的で要求される小論文です。就職試験の小論文は、今でもこちらのタイプが少なくありません。
     
     小論文のタイプ別に対策を考えるメリットは、場合分けすると、それぞれのやり方はシンプルにできることです。また自分に必要なタイプが過去問などから分かれば、そのタイプだけを学べばよいので効率もよいことになります。
     デメリットは、異なるタイプの小論文を受ける必要がある場合は、場合分けした分だけ、別々のやり方を学ばなければならず、学習コストがかさみます。
     あと、どのやり方を使うのがいいか迷うようなケースも出てくる可能性もあります。たとえば論文系と作文系のどちらでもあるような随筆系(?)の小論文といったものもあります。
     

    ◯種類を越えて通用するやり方を考える

     プチ論文である論文系小論文にも、自分語り的な作文的小論文にも、どちらにも通用するやり方があれば、それに越したことはないでしょう。
     
     実は、自分語り的な作文的小論文も、見方を変えれば、主張を立て、それを根拠づけている、と見なせなくもありません。
     書き手の経験や考え方(人柄まで)を知りたいという目的で要求される作文系小論文の「主張」は、「私(この小論文の書き手)は○○な人間である」というものです。もっとはっきり言うなら、就職試験なら「私は御社で働くべき○○な人間である」です。
     この「主張」は、言葉として直接はっきり書かれる訳ではありません。しかし「主張」の確からしさを支える「根拠」の方は、しっかりと書き込まれます。書かれるのは、書き手を変えた決定的な経験・体験というやつです。これは論文におけるデータにあたります。
     普遍的・一般的なことを主張する論文ではあまりよいデータではありませんが、書き手個人のことを主張する作文では、「書き手個人の経験・体験」はまさにうってつけのものです。
     このように考えていくと、論文の書き方と流用して、自分語り的な作文的小論文を書くことができそうに思えてきます。



    ◯この記事の構成

     この記事では、少し長くなることを覚悟して、どちらのアプローチも採用することにしました。
     つまり、第1部で作文系小論文の書き方を、第2部で論文系小論文の書き方を扱い、おまけで論文系のやり方を使って作文系小論文を書くやり方を説明します。
     
     作文系小論文しか必要ない人は、第1部だけを読めば用が足りるはずです。
     
     すでに論文の書き方に慣れている人は、第2部+おまけを読めば、作文系・論文系のどちらも書けるようになると思います。



    第1部:作文としての小論文

     このブログで以前、読書感想文の書き方を説明したことがあります。




     読書感想文の難しさは小論文の難しさと似ています。
     何を書いたら読書感想文になるのか普通説明されることはなくて(多分出題者もよく分かっていなくて)、努力しようにもその方向が分からないところです。
     
     先の記事では、読書感想文は、その本を読んで読み手(=読書感想文の書き手)がどのように変わったかという《読書による改心》を書くもの、と問題設定しました。
     そして、作文としての小論文もまた、何か決定的な経験・体験を経て、書き手がどのように変わったか(成長したか)を書くものなのです。
     
     もう少し詳しく言うと

     以前の自分 → 決定的な経験・体験 → 変化・成長した自分
     
     という《体験による成長ストーリー》が「作文としての小論文」で書くべきものです。

     

    ◯どうして成長ストーリーなのか
     
     なぜ作文系小論文では《体験による成長ストーリー》を書くことが必要なのでしょうか?
     
     それは、作文系小論文を書かせて出題者側が知りたいのが、書き手がどういう人間であるか、ということだからです。
     例えば「私は有能で正直で真面目で努力家です」と書いてあるだけでは、出題者側はそれを信じていいのか分かりません。言葉でそう書くのは誰でも、有能でも正直でも真面目でも努力家でもない人にとっても、簡単だからです。
     では、どうすれば信じてもらえるのでしょうか?
     もっともよいのは行動です。実際にやって見せること、例えば有能で正直で真面目で努力家らしく行動することです。
     しかし小論文は文章だけで勝負しなければなりません。
     行動の代わりになるのが、過去の行動=経験・体験を書くことです。
     一般的に「おれはすごかった」と書くことは誰でもできます。
     しかし、具体的に詳細に自分の経験を書くことができれば、「これは本当に体験した人でしか書けない」と説得力が増すでしょう。
     出題者側も、納得しやすくなります。
     
     そしてもう一つ大切なことがあります。
     出題者側が知りたいのは現在のあなた(小論文の書き手)がどうであるかです。
     過去にどれだけすごくても、今どうなのかが重要です。
     しかし書くことができるのは過去の体験だけです。
     過去の経験と現在のあなた(小論文の書き手)を結びつけ、納得できるよう説明するのが《経験による成長ストーリー》です。
     
     人間はよく物語仕立で物事を理解する動物です
     大げさに言えば、人間の認知構造の一部は物語的に構成されているのです。
     物語は効きます。
     さらに良いことに、同じような物語でも登場人物やシチュエーションが少し違えば、また同じように楽しむことができます。
     あなただけのディティールを盛り込めば、同じような成長ストーリーでも(いやむしろ、だからこそ)効果があります。
     
    「なんで更正した不良がエライのか。最初からずっと真面目な方が偉いじゃないか」という苦情がありますが、これも物語の力に人がやられる例証です。「以前は不真面目でいい加減だった→決定的な経験:それでひどい失敗をして大切な人を傷つけた→改心して少しずつだが真面目に取り組むようになった」という、既によく知った物語のパワーです。



    ◯「私を変えた経験」型という基本モデル

     こういう訳で、作文系小論文で武器となるディティールとストーリーを備えた基本モデルは、以下のような「私を変えた経験」型となります。


    0.(課題・テーマとの接続/引用)
    1.自分を変えた経験・出来事を端的に書く
    2.その経験の詳しい説明(真実らしさを示すのに必要なだけのディティール)
    3.経験・出来事の分析(なぜ/どのように自分に影響を与えたか・自分はどのように成長したか)
    4.未来の自分と絡めてさりげなく決意表明でまとめる



     基本モデルだけあって、多くの作文系小論文が変形することによって、この「私を変えた経験」型に落とし込むことができます。

     まず《過去の経験を問う》タイプの小論文は、そのまま「私を変えた経験」型を使うことができるでしょう。
     「学生時代に力をいれたこと」「これまでに最も打ち込んだこと」「学生生活で得たもの」「いちばん感動したこと」「これまでに苦労したこと」のような課題・テーマの小論文がこれに当たります。
     0.(課題・テーマとの接続)で、課題・テーマを反復・引用して、1.自分を変えた経験・出来事へつなぐとよいでしょう。
     例えば「これまでに最も打ち込んだことは、スキーである。2年前の春スキーで、それまでの人生観が変わる経験をした。それは_______」という感じです。
     
     
     《関心・興味を問う》タイプの小論文、たとえば「最近読んだ本」「見た映画」「私の趣味」「休日の過ごし方」のような課題・テーマも、「私を変えた経験」型に持ち込むことは難しくないでしょう。
     その本を読んだこと、映画を見たことを、自分を変えた体験として捉えて、自分の変化を軸にして、内容に触れていくのです。
     こうすることで、単に読んだ本、見た映画の要約+よかった・おもしろかったという小学生並の感想に終わらず、自分の変化・成長を切り口に語ることができます。
     あるいは「私の趣味」という課題・テーマなら、「半年前に___を始めた。これによって自分は____のように変わった」と、自分の変化を軸にすれば、自分にとってその趣味がどういう意味がありどんな価値があるか、説得的に伝えることができます。何よりあなたという人間の重要な部分が伝わります。

     
     《抽象的テーマ投げ出し》タイプの小論文、たとえば「夢について」「友情について」「ふるさとについて」「幸福について」「私の仕事観」のようなものも、「私を変えた経験」型に持ち込むことができます。
     こうした抽象的なテーマを抽象的なまま取り扱うのは中々難しいですが、「私を変えた経験」と絡めると、経験・出来事の記述で具体性が得られ、地に足の着かない議論が避けられます。経験というあなただけの武器で、抽象的なテーマと戦うことができます。
     なにより作文型小論文では、出題者はあなたがどういう人間かを知りたいのですから、友情について哲学者の議論を披露しても仕方がないのです。(あなたが哲学に詳しいということは伝わりますが)。
     あなたの変化・成長がポイントなので、たとえば「友情について」なら、


    ・経験前  「かつては友情とは____なものだと考えていた。」(常識一般な友情観)
       ↓
    ・クリティカルな経験 「しかし____な体験をして、その考えは一変した。」
       ↓
    ・経験後 「その結果、友情について____と考えるようになった。」



    という「友情観の変化」という形で《経験による成長ストーリー》に持ち込むことができます。

     つまり「○○(抽象的な言葉)について」→「私の○○観」→「私の○○観の変化」→「私の○○観の一変させた決定的な経験・出来事」という変形を施すことで、「私を変えた経験」型の小論文にすることができるのです。
     
     《経験による成長ストーリー》とすることで、単に○○(抽象的な言葉)について抽象的に論じるよりも、経験のディティールによる本当らしさと物語の力による説得力を持った小論文にすることができます。
     



    ◯未来志向の作文系小論文

     小論文で未来の展望・抱負を書くことが要求されることがあります。
     確かに今のあなたも重要ですが、ルーキーとして迎えられるあなたが今後どうなっていくかをより重要だと見なすのは不思議ではありません。
     
     このパターンの小論文も、時間のスパンの取り方を工夫することで《経験による成長ストーリー》の型に落とし込むことができます。
     
     この場合、小論文の構成は、たとえばこんな感じになるでしょう。
     


    0.(課題・テーマとの接続/引用)
    1.夢の宣言・抱負・未来の自分を端的に書く
    2.その夢を抱いたいきさつ(自分を変えた経験・出来事)を述べる(過去の自分)
    3.目標とそれに到達する具体的な方法(自分を変えるであろう経験:現在から未来への自分)
    4.課題の決定とそれに到達する決意表明でまとめる



     「夢・抱負・未来」が実現するかどうかは、それを追いかける本人の動機付けに左右されます。
     つまり「夢・抱負・未来」実現の担保として、あなたが今現在差し出せるのは、あなたの実力・性向の他は、動機付けの強さしかありません。
     あなたが夢を実現できる実力・性向をすでに身につけており、なおかつ十分な強さの動機付けを既に得ていることを示すために、自分を変えた経験・出来事と、それを軸とした《経験による成長ストーリー》を使うのです。
     キャッチフレーズ的に言えば「未来は既に始まっている」、自分を変えたあの経験・出来事によって、という訳です。
     





    第2部:プチ論文としての小論文

     第2部では、論文としての小論文の書き方を説明します。
     
     作文としての小論文では、その説得力はディティールとストーリーの力に支えられ、一番伝えたい「私は○○な人間です」「私は貴社で働くべき○○な人間です」というメッセージは直接的に言葉にされませんでした。
     
     論文としての小論文では、これとは逆に、伝えたい主張は明確に記されなければならず、主張が正しいことを支える根拠はデータと論理的推論をもって構成される必要があります。
     
     つまり論文系小論文に不可欠の要素は《主張》と《根拠》であり、《根拠》は〈データ〉と、データと主張を結びつける〈推論〉から成ります。
     

     trig-3.png



    ◯根拠付き主張文の汎用性

     《主張》と《根拠》が不可欠であり、〈データ〉と〈推論〉によって《根拠》が構成されるというのは、学術論文でも同じです。
     というより学術論文に要求されることが、その縮小版である小論文にも当然に要求されるのです。
     大学で書かなくてはならないレポートもまた、プチ論文としての性質を引き継ぎ、同じことが要求されます。
     レポート・卒業論文を含めて、大学生になると多くの論文・プチ論文を書かなくてはならないのですから、論文の書き方をマスターしておけば使い回しが聞きます。
     逆に小論文を学ぶ中で論文の書き方を知れば一石二鳥でもあります。
     
     書き言葉を用いたコミュニケーションということでいえば、自分語りの作文よりも、根拠付き主張文の方が汎用的です。いろんなところで使います。
     たとえば仕事で書かなければならないのは根拠付き主張文の方であって、自分語り文の方ではありません。
     自分語り文は主に私的領域を、根拠付き主張文は公的領域を担当します。
     書かなければならない文章というのは誰かに求められたものですから、公的領域に属するもの、つまり根拠付き主張文であることが多いのです。
     
     こうしたこともあって、就職試験の小論文でも、自分語りの作文系小論文よりも、《主張》と《根拠》が不可欠である論文系小論文が要求されることが多くなってきました。
     
     選考試験で自分語り文が小論文として求められることがあるのは、下手すると文章だけでなく本人がやって来てしまうからであり、その前に本人のことが知りたいからです。
     すでに本人が一員になっているのであれば、小論文など書かさずとも仕事をぶりを見ればよいはずです。
     
     
     
    ◯論文にはない小論文の制限

     論文系小論文の書き方は、基本的には学術論文の書き方が準用できるはずが、試験に出されるという側面から、学術論文にはない制限がいくつかあります。
     まず数十分という試験時間内に書かなければならないという時間的制限、そして、これともつながることですが、せいぜい1000文字前後という分量(字数)の制限です。
     そして基本的には外部の資料を使うことはできず、データを集めるため調査や実験を行うこともできません。
     そのため試験の小論文では、時間内に自分のアタマの中にあるものだけで、主張を組み立て、主張を支える根拠を構成しなければなりません。
     
     
     後でアタマの中から小論文の素材を引き出すいくつかの方法を紹介しますが、それらはこうした小論文に課せられた制限から必要になります。
     
     
     

    主張を立てる

    ◯主張とは何か?

     小論文には《主張》が必要です。
     そして当然、《主張》が小論文の中心となります。
     
     《主張》の作り方を見る前にまず、《主張》はどういうものであるかを見ておきましょう。
     
     小論文に必要な《主張》とは、賛成したり反対したりできる意見や考え(を言葉にしたもの)です。
     
     たとえば「郵便ポストは赤い」というのは主張ではありません。これは事実の報告です。事実と合致しているという意味で正しかったり、食い違っているという意味で間違っていたりはしますが、賛否が問えるようなものではありません。
     これに対して、今のを少しだけ変えた「郵便ポストは赤くなくてはならない」というのは主張です。「そうだ、そのとおり」と賛成することや、「いや青でも構わない」「むしろ白くすべきだ」と反対することができるからです。
     
     目印にしやすいものを挙げれば「〜すべきだ」「〜すべきでない」「〜である必要がある」「〜必要はない」という言葉を含んでいるなら、主張だと言えます。
     
     たとえば「日本人は平均して年間2080時間働いている」というのは事実であって、主張ではありません。
     しかし「日本人は働きすぎである」というのは主張です。欠けてる言葉を補うと、「日本人は働きすぎで、労働時間をもっと減らすべきだ」ということだからです。
     
     「幸福とは他者への貢献である」というのも主張です。欠けてる言葉を補うと「幸福とは他者への貢献である、と考えるべきだ(考えるのが良い)」ということになるからです。
     幸福についての考え方・定義は様々にあり得ます。「幸福とは他者への貢献である」という人は、他人にまでこの定義で考えるべき(押し付けよう)とまで主張していないとしても、他の様々な幸福の定義ではなく、それらよりも「幸福とは他者への貢献である」が選択するのがよいと考えているのです。ここには価値判断があり、この判断のために、「幸福とは他者への貢献である」は主張であると言えます。
     


    ◯疑問文で与えられる課題・テーマ

     小論文では、与えられる課題・テーマが、何を主張にすればいいか、教えてくれます。
     
     疑問文の形で小論文の課題・テーマが与えられているタイプの小論文が、一番わかりやすいでしょう。
     ほとんど機械的に、小論文の主張を決めることができます。
     たとえば「高校に制服は必要か、あなたの考えを述べなさい」みたいなのがそうです。この課題・テーマに対しての小論文に書くべき主張は、「制服は必要である」または「制服は必要でない」のいずれかです。


    ◯是非を問う形に変換できる課題・テーマ

     小論文の課題・テーマの与え方には、他に一つの言葉を挙げて「◯◯について、論じなさい」とか「◯◯について、考えを述べよ」というタイプのものもあります。
     
     たとえば「成果主義について考えを述べよ」みたいなのがそうです。
     こういう課題・テーマだと、成果主義について自分の知っていること(だけ)を書いてしまう人が少なくありません。しかし知っていることだけを書いても、主張がないので小論文にはなりません。

     確かに「成果主義について考えを述べよ」というのは、何だか言葉足らずです。
     「考えを述べよ」だって?もっと(たとえば肯定せよとか否定せよとか)どうして欲しいのか言ってくれないと、どうしようもないだろ、と思ってしまいます。

     しかし、これは小論文の課題・テーマというフレーム(枠組み)の中で示された指示です。
     小論文の課題・テーマであることと合わせて考えれば「成果主義について考えを述べよ」みたいな足りない言葉でも、何をすべきかが決まります。
     つまりさっきの疑問文タイプのように、言葉を補って作り変えればいいのです。
     
     たとえば以下のように、是非を問う疑問文から主張へと変換することができます。
     


    課題・テーマ「成果主義について」
      ↓
    問いに変換「成果主義は必要か」「成果主義を導入すべきか」
      ↓
    主張「成果主義を導入すべきである」
       あるいは
      「成果主義を導入すべきでない」


     
     しかし、さっきの「高校に制服は必要か」と比べると、まだ少し足りないところがあります。
     「高校に」というのがそれです。
     わずか3文字ですが、これがあるのとないのとでは小論文を書くのに大違いであることが分かるでしょうか?
     
     「成果主義」の例に戻りましょう。
     世の中のあらゆる場面に成果主義が必要かどうか考えるよりも、どこか特定のところに必要かどうか考えた方が、主張が明確にならないでしょうか?
     この課題・テーマをうまく限定することが、「○○について論じよ」というタイプの、テーマ放り投げ型小論文をスムーズに書き進めるコツです(これは大学で卒論をはじめとする論文を書くようになると痛感するでしょう)。
     しかし始めて論文を書く人が、大きすぎるテーマを掲げてしまうように、経験のない人にとって、一番難しいのがテーマを自分で絞り込むことのようです。
     与えられたテーマから書き手自身が絞り込むのが大学受験生には難しいために、大学入試の小論文では、テーマ丸投げ型の小論文はほぼ駆逐され、課題文や資料がヒントとして与えられる形態がほとんどになりました。


    ◯定義を問う形に変換できる課題・テーマ

     小論文の課題・テーマには、「幸福について」のように抽象的な概念を丸投げしてくるものもあります。
     この手のテーマは是非を問う形には変換しにくいでしょう。今の例だと「幸福」というのは良いものであるのが前提で、是非を問うものではないからです。
     この種の課題・テーマは定義を問う形に変換します。したがって主張すべきことは、与えられた抽象的な概念についての、自分なりの定義です。
     
     今の例だと
     


    課題・テーマ「幸福について」
      ↓
    問いに変換「幸福とはなにか?」「幸福とはどんなことを言うのか?」
      ↓
    主張「幸福とは____である」「幸福とは____である状態である」
      (幸福についての自分なりの定義)



     では、自分なりの定義をどうやって考え出せばいいのでしょう?
     比較的やりやすいアプローチは「理想状態を考える」ことです。
     言い換えると、現実的には取り除けない制約や条件をすべて取り除くことができたとしたら、どのようになるだろうかと想像してみるのです。
     
     
     
    ◯問題解決を問う形に変換できる課題・テーマ

     小論文ではよく、時事問題や社会問題が課題・テーマになることがあります。
     さっきの「幸福について」のような課題・テーマとは反対に、この場合は悪いものであることが前提されており、したがって問題の解決について論じるように求められていると考えることができます。
     たとえば「日本における女性の社会進出の遅れについて、日本の現状を踏まえて、自分の考えを述べなさい」という課題であれば、「遅れ」というくらいだから出題者はこれを問題として解決を求めている訳で、以下のように変換できます。


    課題・テーマ「日本における女性の社会進出の遅れについて」
      ↓
    問いに変換「日本における女性の社会進出の遅れをどのように解決すべきか」
      ↓
    主張「日本における女性の社会進出を進めるために___すべきである」
      「日本における女性の社会進出を進めるために___という対策を行うべきある」




     
    ◯課題文・資料が与えられる小論文

     では、テーマが1語で放り投げられるのではない、一定の長さの課題文を読んでから、あるいはグラフ・図表を読み解いてから、「○○について論じよ」「考えを述べよ」と求めてくるタイプの小論文では、どのように主張を決めればいいのでしょうか?
     
     課題文の主張を抜き出して、その主張に賛成するか反対するかして、小論文の主張にすればよいのです。
     たとえば「復興には雇用の拡大が必要だ」と課題文が主張しているなら、「復興には雇用の拡大が必要である」あるいは「復興には雇用の拡大は必要ではない」というのを、自分が書く小論文の主張にするのです。
     
     ここでもコツのようなものを付け加えるなら、単純に賛成・反対するよりも、限定や条件をつけた方が、小論文は書きやすいです。
     今の例だと、課題文の主張に反対するとしても、さすがに「復興には雇用の拡大は必要ではない」とまで言い切ってしまうと、うまく主張できないし、根拠も整わないのであれば、
    「復興には雇用の拡大も必要だが、他にも_____が必要である」
    という部分的賛成しつつ異論も付け加える形の方が書きやすいです。



    根拠の引き出し方・磨き方

     小論文の主張は、基本的には、与えられる課題・テーマから(課題・テーマに合わせて、あるいは反対することで)作り出すことができました。

     しかし自分の主張を支える根拠は、外部の資料など当てにできない試験の小論文では、自分の頭の中から得られる材料を使って、作り上げなくてはなりません。
     
     そこでまず、アタマの中から小論文の素材を引き出すやり方をいくつか紹介します。
     それぞれに長所短所がありますが、簡単なものから順に紹介します。



    1.極端なケース・最悪を考える

     日常会話でもよく使われるので比較的親しみやすい根拠の作り方に「極端なケースを考える」というものがあります。
     
     たとえば何かをおねだりする子供は、それが手に入ったらどれほどすばらしいか(理想状態)、それが手に入らないとどれほど残念か(最悪の状態)を訴えるというのをよくやります。
     人の思考は極端に偏りやすく、したがってこのアプローチは人の思考にとって「自然」に親しんでいるものだと言えます。
     

    ◯「〜が必要」→「もし〜がなかったら?」

     「〜〜が必要である」という主張に対して、根拠が何も思いつかない時は、「もし〜〜がなければ、どんなひどいことが起こるか?」を考えてみましょう。
     最悪の状態を具体的に列挙できれば、それだけでも「必要である」根拠にできます。
     例えば「消費税率を上げる必要がある」という主張の根拠を考えだすには、「上げないと、どんなひどいことが起こるか?」を自問自答します。
     逆に「消費税率を上げるべきではない」という主張の根拠は、「上げると、どんなひどいことが起こるか?」と問うことで得られます。
     

    2.反対側を考える
     
     しかし思考の癖のままに極端に走るだけでは、小学生並みの根拠にとどまります。
     自説に有利な証拠だけでなく、不利な証拠も無視せず取り上げることができれば、「この書き手は物事を広い視点から見ており、主張はその分客観的で信頼できる」と読み手に思わせることができます。
     自説に不利な証拠を取り上げることは「自然」な思考の働きではないという意味で、少しトレーニングが必要ですが、それゆえに価値があります。
     これは「この書き手は思いついたことをただ書いているだけでなく、少しは考えている」と思わせるための第一歩であり、つまり小論文が「物事を論じた文章」となるための第一歩です。
     
     今、「消費税率は引き上げるべきだ」という主張について、その根拠として「消費税率を上げないと生じる悪影響」を考えついたとしましょう。これを「非・増税→悪影響」とします。
     そうしたら、さらに(2)〜(4)のような3つを考えます。


    (1)「非・増税→悪影響」…「消費税率を上げないと生じる悪い影響」

    (2)「  増税→好影響」…「消費税率を上げると生じる良い影響」

    (3)「  増税→悪影響」…「消費税率を上げると生じる悪い影響」

    (4)「非・増税→好影響」…「消費税率を上げないと生じる良い影響」



     この4つのうち(1)と(2)は、「消費税率は引き上げるべきだ」という主張を賛成する理由となるもの、これらに対して(3)と(4)は「消費税率は引き上げるべきだ」という主張に反対するものです。
     


    3.フランクリンの表(比較衡量表

     主張に対して、賛成の理由と反対する理由をいくつか書き出すことができたら、それらを比較します。
     賛成の理由と反対する理由を列挙し、賛成の理由が反対する理由を上回る(下回る)のであれば、すべきである(すべきでない)と結論付けることができます。

    procon-summertime.png
     
     この表はシンプルなものですが、いろんな場面で使うことができます。
     たとえば、課題文が与えられた小論文なら、課題文が上げる主張の根拠から、賛成理由と反対理由を拾い上げて表に整理してすることができます。根拠をきちんと押さえて課題文を読むことに使えるのです。
     さらに、課題文から作った比較衡量表に、自分なりの賛成理由と反対理由を付け加えることもできます(表に整理していると「自分ならこう思う」というアイデアが思いつきやすいです)。

     例えば課題文から作った比較衡量表では賛成理由が多かった(だから課題文ではその主張をしているのでしょう)のに、自分なりの賛成理由と反対理由を加えた後には反対理由が多くなっていれば、しめたものです。
     あなたは課題文に反対する主張を小論文で唱え、あなたが理由を加えた比較衡量表を根拠付けに使うことができます。



    4.切り口チャート:複数の視点を得るために

     フランクリンの表(比較衡量表)にたくさんの賛成理由と反対理由が並ぶためには、主張や主張が扱っている事柄について、多くの視点から眺め、様々な側面を取り上げることが必要です。
     しかし複数の視点から物事を見ることは簡単ではありません。試験という短い時間の中でやろうとすれば、なおさらです。
     
     複数の視点に気づき、さまざまな側面について功罪を考えるための手助けに、こんなチャートを作る手があります。

    kirikuchi2.png
    (クリックで拡大)





     このチャートは


    ・類似のものと比較し「どこが違うか?」を考えることで独自性/特徴に気づく
    ・複数出た独自性/特徴ごとに、長所短所を書き出していく




    という2段構えで、多くの視点から眺め、様々な側面を取り上げるものです。
     主張についても、主張が扱う事柄についても、使うことができます。
     



    5.自問自答表

     主張をサポートする根拠とは本来、自分が主張を述べた後、誰かに「なぜそう言えるのか?」と問われた質問に対する返答として述べるものです。
     
     大学のゼミナールでの発表における問答や指導教官の指導(ツッコミ)への応答など、すべてこの「なぜそう言えるのか?」を巡って行われます。
     
     論文は、そうした受け手(読み手)が抱くかもしれない疑問への応答を、あらかじめ行っている(そしてそれを内蔵している)文章です。これが「論文は根拠付きの主張文である」ということの意味です。
     
     このことに立ち戻るなら、主張についての根拠を生み出す作業は、主張に対して「なぜそう言えるのか?」と自問自答することだと言えます。
     根拠として述べたことに対しても、さらに「なぜそう言えるのか?」という疑問が出てくるならば、それにも応答することになります。
     主張についての根拠を生み出す作業は、こうした自問自答の繰り返しです。
     
     主張に対して「なぜそう言えるのか?」を繰り返し自問自答していく方法は、シンプルかつ強力ですが、制限時間がある試験小論文で使うには、問題があります。時間がかかるのです。
     もうひとつ、適切なツッコミや疑問を出してくれる人がいないと(大学のゼミナールでの発表における問答や指導教官の指導は、このための経験です)、未経験者には難しい面があります。


     しかし自問自答法は、論文の骨子を作るための、本来的で汎用の方法であり、トレーニング法でもあります。
     やり方は主張に対して「なぜそう言えるのか?」とそれへの返答を繰り返していくだけですが、ノートを左右に二分割していくとやりやすいでしょう。

    (1)ノートの真ん中に縦線を引いて左右に欄を分け、左を自説欄、右を反論・疑問欄とする
    (2)まず自説欄の最初の行に〈主張〉を書き、同じ行の反論・疑問欄に「何故そう言えるのか?」と書く
    (3)以下、自説欄では反論・疑問欄に書いた疑問や反論への返答を、反論・疑問欄には自説欄へのさらなる疑問・反論を書いていく




    論文系小論文の構成

     ここまでで小論文を構成する「具」については出揃った事になります。
     最後に、小論文の構成をみながら、これまで作ってきた主張や根拠といった「具」が、小論文のどの位置に来るのか確認していきましょう。


    0.(課題・テーマとの接続)

     (課題文等がある場合)問題として取り上げる部分を課題文・資料から引用
     (テーマ放り投げの場合)テーマについての通説を読み手と書き手の共有前提として最初に置く。「◯◯については〜〜と言われている。」
     

    1.(問題提起と主張)

    ・問題提起=主張がその答えとなるような疑問文「〜〜は〜〜であるか。」
     (テーマ放り投げの場合)テーマを変換した問いをここに持ってくる。
     (是非を問う形に変換できる場合)「成果主義は必要か」「成果主義を導入すべきか」
     (定義を問う形に変換できる場合)「幸福とはなにか。」「幸福とはどんなことを言うのか。」
     (問題解決を問う形に変換できる場合)「(問題を)をどのように解決すべきか」
     
    ・主張=問題的に対する書き手の答えを端的に書く「〜であると考える。」
     

    2.主張の展開と根拠

    ・主張の展開=(必要なら)主張の補足説明
    ・根拠=何故そのような主張をするのか事実を挙げた根拠づけ(複数)
    ・(必要なら)主張への反論と、再反論……主張に反対の意見をここで使う

     
    3.もう一度主張を繰り返す

     主張=問題的に対する書き手の答え
     「以上の理由から、~であると結論することができる。」




    おまけ(作文系小論文を論文の書き方で)


     おまけとして「論文系小論文の書き方を流用して、自分語り的な作文的小論文を書く」やり方を説明します。
     
     論文系小論文は、見てきたように、主張を立て、これを根拠付けることで構成され、根拠はデータと、主張とデータを結ぶ推論からできています。
     うまく主張を立てることができれば、自分語り的な作文的小論文も、論文系小論文の書き方で書くことができるはずです。
     
     主張を立てるための、課題・テーマの変換は、論文系小論文の書き方の中で「主張を立てる」という章でやりました。
     以下は、その拡張オプションです。


    ◯価値観を問う小論文の場合

     「私の就職観について」「私にとって働くとは」のような、書き手の価値観を問う小論文の場合は、かなりシンプルに「主張を立てる」ことができます。
     この場合、瑣末なことを論じても仕方がないので、自分にとって何が重要であるかを考えます。
     つまり何を重要であるとするかに自身の価値観が反映する訳です。
     たとえば「私にとって働くとは」ならば、「仕事で重要(大切)なのは___である」という主張を立てることができます。
     
     次に何故「仕事で重要(大切)なのは___である」のかという問いに答えて、主張の根拠を作っていきます。
     重要なものは、おそらく必要なもの、なくてはならないものでしょうから、極端・最悪のケースを考えて、「それがもしなかったら、どんなひどいことになるか?」を考えることで、根拠のいくつかを手に入れることができるはずです。
     


    ◯過去の経験を問う小論文の場合

     「大学生活で力を入れたこと」「私が挑戦したこと」のような、書き手の過去の経験を問う小論文の場合も、自分にとって何が重要であるかを問うことが取っ掛かりになります。
     瑣末な経験を取り上げても仕方がないので、書くべきは自分にとって重要な経験であるはずです。
     
     単に「こんな経験をした」だけを書いても小論文としてはダメで、プラス「この経験は____という理由で私にとって重要である」ことを示さなければなりません。でなければ読み手は「そういう経験をしたのか。で、それがどうしたの?」と尋ねたくなるでしょう。
     「_____という経験は、私にとって重要である。」というのが、この場合の主張になります。
     そしてこの主張を支える根拠は、経験によって生じた自分の変化であり、その変化が現在の自分を創りだしたという因果関係です。
     
     根拠はデータと推論から構成されます。
     データとして自分の経験の前と後、そして経験の詳細が、データと主張をつなぐ推論として、体験と変化の関係付けを書くことになります。



    ◯未来の希望・抱負を求める小論文の場合

     「私の夢」「〜するにあたっての抱負」「入って何がしたいか」といった、書き手の未来を問う小論文の場合があります。
     「志望動機」を書く小論文も、広い意味でこのカテゴリーに入ります。
     
     基本的に「私は____したい」ということを書くわけですが、これは「何故私は___したいのか」「何故私にとって____することは重要なのか」という問いに変形することで、「____することは、私にとって重要である」という主張に結びつけることができます。
     あとは「何故私にとって____することは重要なのか」という問いに答えることで、主張の根拠を作っていきます。



    (参考記事)

    ◯文章を書くこと自体が苦手という人に






    ◯わかりやすく誤解されない文章にするために