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     果たして、あなたが読んだ『三国志』はホンモノか?
     ほら、「吉川」なんてハンコが押してない?

    孔明曰愚有一計。並不労牽羊担酒納土献印亦不須親自渡江只須
    遣一介之使扁舟送両箇人到江上。操若得此両人百万之衆皆卸甲
    捲旗而退矣。周[王愈]曰用何二人可退操兵。
    (「演義三国志」)


     これがオリジナルである。岩波文庫でも訳が読める。

     そして同じ箇所が、江戸の戯作者にかかると、こうなってしまうのである。

    孔明「イヤモシ、然様(そん)ならば斯(こう)すると宣(よう)ございますネ、曹操に降参するも否(いや)なり、軍(いくさ)をしては味方が小勢で覚束(おぼつか)ないと思し召すならば、両方を止(やめ)て曹操を引返して仕舞せる手段(てだて)がありやす、今度曹操が此国を攻めようといふ望(のぞみ)の極意は只二人の者が欲(ほしい)から発(おこっ)たのだから、夫(それ)を遣ると直に軍を止て本国へ帰るに相違ないから、早く其為要(ほしがる)二人を曹操の所へお遣り被成(なさる)が能(いい)ぢア御座いませんか」

    周ゆ[王愈]「二人とは何者の事でございやせうネ、何様(どう)も不解事(げせねえこと)」

    (為永春水「いろは文庫」)



     翻訳とは何か、いろいろ考えさせられた(笑)。
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     困ったことに、丸山真男はいま読んでもぜんぜん「古くない」。
     これは丸山真男のもちろん「エライ」あるいは「正しい」ところだが、「不幸」あるいは「無益」なところでもある。

     丸山真男は「日本(の知識)人はバカだ。そのバカのパターンはこれとこれとこれだ」というのを、実にわかりやすく書いたのだが(もちろん彼はそういうバカはもうやめにしようとして書いたのだ)、いろんな人が、つまり日本の知識人たちは、「バカとはなんだ、バカとは」と、この丸山真男をいろいろと批判した。
     もちろん、「当たってる」ことを「わかりやすく」書いたので、随分と賛同者やファンやエピゴーネンも現れた。

     「不幸」あるいは「無益」というのは、丸山真男がそう言ったのはずっと昔のことなのに(この新書は1961年に出てる。
     しかも丸山真男が直接扱ってるのは日本の戦前の思想家たちである)、あいかわらず日本(の知識)人はバカだからである。
     しかも、その「バカのパターン」は、あいかわらず丸山真男が『日本の思想』に書いたもので出尽くしてる。だからこの本は、「日本の思想」と名乗る権利が(今でも)あるのである。

     丸山真男が書いたのは未だに「当たっている」。けれど逆に言えばそれは、せっかく(人に恨まれるくらい本当のことを)書いたのに、何の役にも立たなかったということでもある。

     丸山真男に向けられたたくさんの反論も、のこらずその「バカのパターン」を繰り返していた。それどころか、丸山真男に向けられたたくさんの賛同も、のこらずその「バカのパターン」を繰り返していたのである。


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     「室内で本を読むとき、電灯の光があまり暗いと、どの本を読んでもはっきりわからないが、その光に相当するものを智力と呼ぶ。この智力の光が最近の学生は暗いように思う。………いったいどのくらいか計ってみた。ノーマルな智力をもっておればただちにできるはずのことに要する時間を私たちの世代といまの学生でくらべ、その逆数をとってみたわけである。
     まず私たちの「ただちに」を計るため、ストップウオッチをかまえて友人の中谷宇吉郎さんと連句を試みた。宇吉郎さんが「初秋や桶に生けたる残り花」と詠み、これに私が「西日こぼるる取り水の音」とつけるのに十秒、また「秋の海雲なき空に続きけり」と詠み「足跡もなく白砂の朝」とつけるのに十秒、これで「ただちに」とは十秒だとわかった。そこで学生たちに、ただちにわかるはずの問題をやらせたところ、実に三日もかかる。何度やり直しても同じことだった。驚くなかれ、二万七千分の一の智力である。」
    39-40頁

     岡潔は、多変数複素関数論を独力で開拓し、文化勲章ももらった数学者である。
     国立奈良女子大学の教授をしていたこともある。

     話はつづく。

     追測定の結果を、岡潔は、東海林さだおのインタビューでこう話している。


    「最近の若者の無知ぶりはひどい。わたしはせんだってある女子学生の知力をはかってみましたところ、わたしの二万七千分の一しかありませんでした。そして最近になって、もう一度はかってみましたら、更にそのときの三十分の一になっていました。これはじつに、合計百万分の一ということです。」


     話はつづく。


     岡潔先生(おもわず敬称だ)はこんなことも言っている。
    「マッカーサーは日本に来て、日本人の精神年齢は十二歳だと言いましたが、実にとんでもない話で、私は十四歳になっていると思うのです。」


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