数学の営みは、我々が想像する以上に古く長い。
     先史時代の遺物にも、計数の概念や天体観測に基づいた測時法があったことを示すものが発見される。


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     今回は、可能な限り(というかやり過ぎなくらいに)遡り、専門研究から数学遊戯、ポピュラー文化まで渉猟し、数学の歴史を画するマイルストーン(画期的出来事)を見つけ出そうとするクリフォード・ピックオーバーのThe Math Bookが取り上げる項目を手掛かりに、人類(すらも踏み越えているのだが)の営む数学の歴史を振り返ってみる。


    The Math Book: From Pythagoras to the 57th Dimension, 250 Milestones in the History of MathematicsThe Math Book: From Pythagoras to the 57th Dimension, 250 Milestones in the History of Mathematics
    (2009/09)
    Clifford A. Pickover

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    c. 150 Million B.C.
    経路積分する蟻
    Ant Odometer

    サハラサバクアリCataglyphis fortisは、経路積分によって巣からの位置を把握する。回り道をしながら食べ物に辿り着いても最短距離で巣へ戻る。風のために砂丘の高さが変わっても、登りのために増えた分を差し引いて、巣までの水平距離を間違うことがない。


    c. 30 Million B.C.
    数える猿
    Primates Count

    サル目(霊長目)のサルは数の感覚をもっており、ヒト上科(類人猿)のサルは6まで数えることができる。


    c. 1 Million B.C.
    素数セミ
    Cicada-Generated Prime Numbers

    17年または13年で成虫になセミ。周期が素数であるため、同時発生する頻度が低く抑えられる。


    c. 100,000 B.C.
    結び目
    Knots

    結び目は人工物の端緒である。異なる素材を結え付けて武器やシェルターをつくったり、繊維を結び合わせて布を織り上げたり、そしてやがて数や出来事を記録したり(キープの項目を見よ)。


    c. 18,000 B.C.
    イシャンゴの骨
    Ishango Bone

    アフリカ・コンゴで発見された後期旧石器時代の骨角器。骨につけられてた刻み目の数が素数や掛け算を示している。


    c. 3000 B.C.
    キープ
    Quipu

    出来事や数値の記録のために用いた結び目による記録法。インカ帝国のものが有名だが、結び目のある繊維の断片が古代アンデス文明のカラル遺跡から発見され、これまで想定されていたよりもずっと古い起源をもつ可能性が出てきた。


    c. 3000 B.C.
    さいころ
    Dice

    最も長く使われる乱数発生装置。最古のものは、2004年に発掘されたイラン東部のShahr-e Sūkhté (ペルシャ語: شهر سوخته‎、焼かれた都市の意)遺跡で発見されたもの。


    c. 2200 B.C.
    魔方陣
    Magic Squares

    縦・横のどの列を合計しても、同じ数になるように、違った数を四角に並べた図形。ピックオーバーは、中国古代の伝説的な帝である禹が治水事業をしたとき,洛水から現れた亀の背にあらわれた洛書数を魔方陣の最古のものとしている。とてもナイーブ。


    c. 1800 B.C.
    プリンプトン322
    Plimpton 322

    バビロニア数学について記された粘土板の最も有名なものの1つ。バビロニアの60進法で記された4列15行にわたって記された数表であり、かつてはピタゴラスの定理を満たす数や三角関数が記されていると言われていたが、近年、逆数の組、平方完成、正則な共通因数での除算などの計算練習であるとの見解が出されている。


    c. 1650 B.C.
    リンド・パピルス
    Rhind Papyrus

    パピルスに記された古代エジプトの数学文書。モスクワ・パピルスと共に古代エジプト数学パピルスの好例として知られる。パンや大麦の分配や面積・容積を求める問題などが書かれる。


    c.1300 B.C.
    三目並べ
    Tic Tac Toe

    3×3の格子を交互に埋め、縦・横・斜めのいずれか1列に自分のマークを並べると勝ち。古代エジプトの時代から知られ、このゲームをすることはファラオの重要な日課だった。先手・後手ともに最善を尽くすと必ず引き分けとなることが証明される。


    c. 600 B.C.
    ピタゴラスの定理
    Pythagorean Theorem and Triangles

    直角三角形の斜辺の平方は他の二辺の平方の和に等しいという定理。実はピタゴラス以前から知られており、インドのバウダーヤナ・シャラウタ・スートラは紀元前8世紀頃のものと言われる。


    548 B.C.
    囲碁
    Go

    2人のプレイヤーが、碁石と呼ばれる白黒の石を、通常19×19の格子が描かれた碁盤と呼ばれる板へ交互に配置するゲーム。ゲーム中の考えうる局面数はオセロが10の60乗、チェスが10の120乗、将棋が10の220乗であるとされるのに対し、囲碁は10の360乗程度である。囲碁についての最古の記述は『春秋左氏伝』に見られる。


    c. 530 B.C.
    ピタゴラス教団
    Pythagoras Founds Mathematical Brotherhood

    哲学者のピタゴラスによって創設されたとされる同志団体・宗教結社。数学の研究を中心に据えた、おそらくは最初の団体。


    c.440 B.C.
    ゼノンのパラドックス
    Zeno's Paradoxes

    古代ギリシアの哲学者エレア派のゼノンの考えたパラドックス。「速いアキレスは遅い亀に追いつけない」など。結論はいかにも非現実的であるにもかかわらず、結論を導く論証過程自体は正しそうに見えることから、多くの哲学者がこのパラドクスを破ることに挑戦した。のちの級数(無限級数)や極限の概念につながる萌芽でもある。


    c. 440 B.C.
    ヒポクラテスの月形求積法
    Quadrature of the Lune

    厳密に証明された最初の曲線図形の求積(積分)。キオスのヒポクラテス(医者のヒポクラテスとは別人)は円積問題(定規とコンパスで与えられた円と同じ面積の正方形をつくる。1882年に実現不可能だと証明)を解く前段として、月形(二つの円弧で囲まれた領域)の求積を行った。この人はエウクレイデス(ユークリッド)の原論の元になった著作の作者と伝えられる。


    c. 350 B.C.
    プラトンの立体
    Platonic Solids

    すべての面が同一の正多角形で構成されてあり、かつすべての頂点において接する面の数が等しい凸多面体のこと。正多面体regular polyhedronともいう。は正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体の五種類しか存在しない。


    c. 350 B.C.
    アリストテレスのオルガノン
    Aristotle's Organon

    古代ギリシアの哲学者アリストテレスの論理学関係の著作群の総称。『カテゴリー論』『命題論』『分析論前書』『分析論後書』『トピカ』『詭弁論駁論』の6巻から成る。命題を構成するものは何か、命題をどう結合するか、学問の構成の出発点を公理と前提、定義とすることなど、その後の西洋の知識・学問に大きな影響を与えた。


    c. 320 B.C.
    アリストテレスの輪のパラドックス
    Aristotle's Wheel Paradox

    アリストテレスに擬された『機械学』(アリストテレス全集に入っているが、現在は異なる著者によるものとされる)の中にあるパラドクス。中心が同じ大小2つの円を固定して平面上を一回転させると、大小の円は円周の長さが異なるのにも関わらず、平行な直線の上を同じ長さだけ移動する。ここから大小の円の円周は等しい事になり、したがってすべての円の周の長さは等しいことになる。


    300 B.C.
    エウクレイデス(ユークリッド)の原論
    Euclid's Elements

    紀元前3世紀ごろにエジプトのアレクサンドリアで活躍した数学者エウクレイデス(英語式には Euclid(ユークリッド))によって編纂された数学書。定義・公準・公理を最初に置き、それらとすでに証明された命題だけを前提に定理とその証明を積み上げていく構成は以来数学書の典型とされた。


    c. 250 B.C.
    アルキメデスの砂の計算、牛の問題、ストマッキオン(小筥)
    Archimedes: Sand, Cattle & Stomachion

    アルキメデスは紀元前3世紀に活動した、古典古代最大の数学者・科学者。現代の積分法と同じ手法で無限小を利用した取尽法で円周率の近似値、放物線の面積、回転面の体積を求めているが、他にも多くの数学の問題を提示し、自ら取り組んだ。

    砂の計算
     アルキメデスは宇宙空間を埋め尽くす砂粒の数を試算している。 牛の問題
     アルキメデスは太陽神ヘーリオスが持つ牛の群れが果たして何頭なのか、ディオファントス方程式の整数解を求める問題として提示した。この問題は現在ならx^2-4729494y^2=1という式で表せられるが、この式を満たす最小の整数は206,545桁もある。
    アルキメデスの小筥
     正方形に組み立てられる14個のピースを研究し、何通りの組み合わせがあるかを考えていた。




    c. 250 B.C.
    円周率
    π

    どのような円をとっても,円周の長さの直径に対する比は一定である。この比の値を円周率といい,周を意味するギリシア語 perimetros の頭文字をとって π で表す。。π の近似値としては3が古くから用いられ,古代エジプトでは(4/3)4も用いられていた。250 B.C. 頃アルキメデスはは円周と直径の比と、円の面積と半径の平方の比が同じであることを証明し、さらに円に外接、内接するそれぞれの正 3×2n 角形の辺の長さについて漸化式を求め、これを計算することにより223/71 < π < 22/7となることを理論的に導いた。


    c. 240 B.C.
    エラトステネスの篩
    Sieve of Eratosthenes

    古代ギリシアの科学者、エラトステネスが考案した、指定された整数以下の全ての素数を発見するための単純な手続。世界最古のアルゴリズムであるとも言われる。


    c. 240 B.C.
    アルキメデスの半正多面体
    Archimedean Semi-Regular Polyhedra

    半正多面体(semi-regular polyhedron) は、アルキメデスの立体 (Archimedean solid) とも呼ばれ、凸な一様多面体のうち、正多面体以外のものである。また、対称性が低い (Dihedral) 角柱・反角柱・ミラーの立体も除く。全部で13種類ある。


    225 B.C.
    アルキメデスの螺旋
    Archimedes' Spiral

    アルキメデスが考案したといわれる揚水装置。「アルキメデスのポンプ」ともいわれる。構造は細長い円筒の中に、ねじ状に深い溝を刻み込んだ軸をぴったりはめ込んだもの。場所をとらないことから、近世初めのスペイン、ポルトガルその他の鉱山で盛んに使われた。日本へも中国を介して1637年(寛永14)に佐渡金山に導入され、竜尾車、水上輪などとよばれ、その後農業用に普及した。


    c.180 B. C.
    ディオクレスのシッソイド
    Cissoid of Diocles

    線分 OA を直径とする円 C および、点 A における円 C の接線 L を考える。点 O を通る直線と C, L との交点をそれぞれ K, N とし、OQ = KN を満たす点 Q を半直線 OK 上にとる。直線を動かしたときの点 Q の軌跡がシッソイドである。特に、C を円とし、O を C 上にとり、C′ を O の反対側における C の接線とした場合が冒頭に定義されたものであり、古代ギリシアの幾何学者にちなんで、ディオクレスのシッソイド (Cissoid of Diocles) とも呼ばれる。


    c. 150
    プトレマイオスの「アルマゲスト」
    Ptolemy's Almagest

    2世紀頃活躍したギリシアの天文学者プトレマイオス,が著した天文学書。彼以前の天文学をまとめ、自身の観測と合わせて、地球中心の宇宙体系と,離心円,周転円の組合せで諸惑星の運動を説明する精密な天動説理論を完成させた。


    250
    ディオファントスの「算術」
    Diophantus's Arithmetica

    図形幾何学が優勢な古代ギリシア数学において稀有な代数学書。マイナス、未知数、相等しい、累乗を表す記号を導入し、ら三次までの定方程式と不定方程式の問題と解を論じ、記号代数の域に達している。最終定理を含めてフェルマーが余白に書き込みをしたのは、この書のラテン語訳である。


    c.340
    パップスの定理
    Pappus's Hexagon Theorem

    3点A,B,C が直線 l に含まれ,3点 A',B',C' が直線 l' に含まれているとき,B と C' を含む直線および B' と C を含む直線の両方に含まれる点をP,C と A' を含む直線および C' と A を含む直線の両方に含まれる点を Q,A と B' を含む直線および A' と B を含む直線の両方に含まれる点を R とすれば,点 P,Q,R は共通の1直線に含まれることをいう定理。中線定理とも言われる。三角形OABにおいて点Mは辺ABの中点とすると、OA^2+OB^2=2(OM^2+Am^2)が成り立つことと同値である。4世紀の前半に活躍したアレキサンドリアのパップスにちなむ。


    c.350
    バクシャーリー写本
    Bakhshali Manuscript

    1881年、北西インドのバクシャーリで発見された写本で、当初は紀元3,4世紀のものだと考えられ、最古の負の数の使用を示すものと見なされた。その後8~9世紀のものと見直され、さらにその時代より後に書かれた証拠が発見されている。


    415
    ヒュパティアの死
    The Death of Hypatia

    ヒュパティアは、史上名の知られている最初の女流科学者。数学者アレクサンドリアのテオンの娘で,とくに哲学,数学,天文学,医学に通じていた。父を助けてプトレマイオス《アルマゲスト》の注釈の改訂版を完成し,ディオファントスやアポロニオスの注釈を書いたと言われている。彼女はアレクサンドリアの新プラトン学派の学校で教えたが,キリスト教の狂信者の一団により虐殺された。この死によって、多くの学者たちがアレクサンドリアを離れ、古代の学問の中心地であったアレクサンドリアの凋落し、古代ギリシア数学の伝統は断絶した。


    c.650
    零の発見
    Zero

    バビロニアとマヤ文明では、位取り記数法で空位を示す記号としての 0 が使われていた。バビロニアを含むメソポタミア文明は六十進法、マヤは二十進法を用いており、それぞれで位が 0 であることを示す独自の記号が発明された。しかし 0 そのものを数として扱ってはいなかった。一方、古代エジプト文明では 0 の存在を知っていたが発達せず、それを表す記号もなかった。0 を四則演算などで扱うと矛盾が生ずるので、無理数同様、受け入れられなかった。その後、インドで数としての 0 の概念が確立された。ブラーマグプタは、628年に著した『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』において、0 と他の整数との加減乗除を論じ、0 / 0 を 0 と定義した以外はすべて現代と同じ定義をしている。これが世界に広まっていったと考えられる。


    c.800
    アルクィンの「青年達を鍛える問題集」
    Alcuin's Propositiones ad Acuendos Juvenes

    アルクィンは、カール大帝に請われてその宮廷に仕え、教会と教育の改革に尽力した神学者。彼の算術問題集は、以後何百年に渡ってヨーロッパで使用された。


    830
    アル・フワリズミの計算の書
    Al-Khwarizmi's Algebra

    「al-jabr約分とalmuqabalah消約の演算について簡約化された本」。題名のはじめのal-jabrは「バラバラのものを再結合する」という意味の jabara を語根とする語で、「移項する」を原義とし、ヨーロッパで代数学Algebraの語源となった。


    834
    ボロメオの輪
    Borromean Rings

    二つの輪では結びつかず三つ目の輪が加わって初めて結び合わされる不思議な輪。イタリア・ルネッサンス時代有名なボロメオ家の紋章として用いられていたのでボロメオの輪と呼ばれた。この三つの輪は分けることは出来ないがどの二つをとってみても連結していない。


    850
    マハーヴィーラの「ガニタ・サーラ・サングラハ」
    Ganita Sara Samgraha

    題名は「計算・真髄・集成」の意味。インド数学の集大成であり、代数については、零に関する演算、除法、平方、平方根、立方、立方根、それから級数の総和などを扱う。幾何については四辺形の面積、直角三角形の辺の関係、円周率、球の体積の公式を与える。中国の数学を知っていたらしく、「九章算術」にある円弧の公式などを含む。


    c.850
    サービトの友愛数の公式
    Thabit Formula for Amicable Numbers

    友愛数(ゆうあいすう)とは、異なる2つの自然数の組で、自分自身を除いた約数の和が、互いに他方と等しくなるような数をいう。ピタゴラス学派の時代にはすでに知られていたが、850年頃にアラビアの数学者・天文学者サービト・イブン=クッラ によって友愛数を求める事が出来る可能性のある関係式が導き出されていた。サービト・イブン・クッラサービトは母語のシリア語の他にギリシア語にも堪能であり、アポロニオスやアルキメデス、エウクレイデス(ユークリッド)、プトレマイオスの著書を訳し、古代ギリシア数学・科学をイスラムにもたらすのに活躍した。


    c.953
    アル・ウクリーディシーの小数
    Kitab al-Fusul fi al-Hisab al-Hindi (The Arithmetic of Al-Uqlidisi)

    アル・ウクリーディシー(ユークリッド派との意味をもつ呼称)が知られるまで、はじめて小数をつかったのはアル・カーシー(1172年)だと考えられていた。アル・ウクリーディシーは小数の概念をつかみ、また小数記号をつかった最初の人だと、彼の算術書の校訂者たちは主張する。但し、この30年アラビア数学史を刷新したロシュディー・ラーシッドは、先行者たちの勇み足を指摘し、この主張に留保をつけている。


    1070
    ウマル・ハイヤームの算術書
    Omar Khayyam's Treatise

    後世、詩人として知られるウマル・ハイヤームは、同時代的には数学者・天文学者として著名だった。彼の算術書は、三次方程式の解法や二項展開を含み、エウクレイデス(ユークリッド)の平行線公理を批判をする。後に再発見され、非ユークリッド幾何学が生まれる発端となった。


    c. 1150
    アル=サマウアルの「代数の驚嘆」
    Al-Samawal's The Dazzling

    アル=サマウアルが19歳で書き上げた数学書。0-a=-aや1^2+2^2+...+n^2=n(n + 1)(2n + 1)/6、そしてパスカルらに先んじて二項定理や数学的帰納法(アル・カーシーとともに、おそらく世界最初)の試みを含んでいる。


    c. 1200
    算盤
    Abacus

    珠を使って数を表したり計算をする方法は西洋東洋でも古くからありが、現在につながる算盤の起源となるとはっきりしない。北宋,1108年(大観2)の洪水のあとから,質屋の看板とともに木製の穴のあいた珠が見つかり、『静修先生文集』(1248‐93)に〈算盤〉の語が、また元代の『輟耕(てつこう)録』(1366)に〈擂盤珠〉〈算盤珠〉〈仏頂珠〉の語があり、さらに漢字を覚えるための絵本『魁本対相四言』(1371)には,今日の中国算盤と同じ絵が書かれていることなどから、少なくとも100年以上前にそろばんが普及していたと考えられる。


    1202
    フィボナッチの「算盤の書」
    Fibonacci's Liber Abaci

    はフィボナッチによって書かれた算術に関する歴史的な本。この作品においてフィボナッチはアラビア数学をヨーロッパに紹介した。商人や学者に説くことにより、新しい数学がこれまでの数学より優れたものであるということを人々に確信させた。算術だけでなく、ではユークリッド幾何学の証明や、連立一次方程式そしてディオファントス方程式についての研究についても述べられている。これらの知識はフィボナッチが父親のグリエルモ・ボナッチオと共に北アフリカに住んでいた時、アラブ人と学んだ。


    1256
    将棋盤問題
    Wheat on a Chessboard

    古代のインドのセーラムという王の家来、セッサ・イブン・ダヘルがチャトランガ(将棋やチェスの原型となったとされるゲーム)を発明した時、王はこれを喜び、望むだけの褒美を取らせる、と言った。この時の彼の希望は、「盤の最初の升目に一粒の小麦を置き、二升目には二粒、三升目には四粒と増やしていって、最後の升目の分だけを頂きたい」というものであった。この数は、2の63乗であるが、実際の小麦として計算すると、世界の小麦生産高の2500年分を越えるという。


    c. 1350
    調和級数の発散
    Harmonic Series Diverges

    等差級数の各項の逆数を項とする級数1+1/2+1/3+……を調和級数 harmonic series という。調和級数が発散することの最初の証明は14世紀のニコル・オレームによるものだが、これには誤りがあった。後に正しい証明がなされるのは17世紀、ピエトロ・モンゴリ、ヨハン・ベルヌーイ、ヤコブ・ベルヌーイらによってである。


    c. 1427
    余弦定理
    Law of Cosines

    平面上の三角法において三角形の辺の長さと内角の余弦の間に成り立つ関係を与える定理。ユークリッド原論にも余弦定理と本質的に同じ命題が示されているが、1427年頃、アル・カーシーが精密な三角関数表を作成し、余弦定理を三角測量に使いやすい形にした。このためフランスでは余弦定理の事を アル・カーシーの定理(Theore_ me d'Al-Kashi) と呼ぶ。


    1478
    トレヴィーゾ算術書
    Treviso Arithmetic

    西洋で最も初期に印刷された数学書として知られる(現在知られる最初に出版された数学の本は1472年のゲオルク・プールバッハの『惑星の新理論』)。独習用として、またヴェネツィア貿易への利用を目的とした実用的な本として利用された。


    c. 1500
    円周率の級数公式
    Discovery of Series Formula for π

    円周率は古来に円に外接、内接する多角形の辺の長さから計算されてきたが、インドのマーダヴァが無限級数1-1/3+1/5-1/7+1/9-……=π/4を発見した。これは後にヨーロッパでも再発見され、ライプニッツの公式と呼ばれることになる。


    1509
    黄金比
    Golden Ratio

    黄金比にあたるものは古代ギリシアより知られていたが、線分を分割するやり方に過ぎず(線分AB上にAB/AC=AC/CBとなる点Cは一つしかなく、このときのAB/AC=AC/CBの値が(1+√5)/2=1:1.6180339887……で黄金比にあたる)、美学や芸術と結びついたものではなかった。レオナルド・ダ・ヴィンチの友人だったルカ・パシオリは1509年、黄金比を含む「神の比率(Divina Proportione)」を出版した。「黄金比」という言葉は1835年に1835年刊行のドイツの数学者マルティン・オーム(オームの法則で有名なゲオルク・ジーモン・オームの弟)の著書『初等純粋数学』に登場する。1859年にピラミッドの構造を決めたという俗説が生まれた。長方形は縦と横との関係が黄金比になるとき安定した美感を与えるという説がが、グスタフ・フェヒナーの1867年の実験を論拠に唱えられたが、ジョージ・マルコフスキーの実験(1992)によれば、もっとも美しいと感じた長方形の縦横比は1.83だった。


    1518
    トリテミウスの多表式暗号
    Polygraphiae Libri Sex

    Johannes Trithemius(ヨハネス・トリテミウス、1462 - 1516)が著した『POLYGRAPHIE - libri sex』は、交換された最初の暗号学書。1518年(初版)、1550年(第2版) 多表式暗号(polyalphabetic cipher)を再発明している。


    1537
    航程線
    Loxodrome

    航程線は、地球面の各子午線に同一角度で交わる線。Mercátor tràckともいう。 船が航海する場合,出発地から到着地まで羅針盤上で一定の方位を保って航海するときのコースとなる線である。2点を結ぶ航程線は、2点間の最短線ではなく、また極の方に寄っている。このため地球を航程線に沿って航海すると,渦巻線となってやがて両極に収束する。ポルトガルの数学者ペドロ・ヌネシュはこのことに気づいた最初の人間である。Loxodromeの呼び名は、その後オランダの数学者W.スネル(光の屈折の法則、スネルの法則で有名。三角測量を用いた嚆矢)の『バタビアのエラトステネス』 Eratosthenes Batavus (1617)に 由来する。


    1545
    カルダーノの「大いなる術」
    Cardano's Ars Magna

    内に弟子の L.フェラリが発見した4次方程式の解法を含む。


    1556
    「簡潔な概要」
    Sumario Compendioso

    新大陸で発刊された最初の数学書。メキシコ・シティで聖職者であるフアン ディエツによって出版された。


    1569
    メルカトル図法
    Mercator Projection

    地理学者ゲラルドゥス・メルカトルが発表した世界地図に使われたことから有名になった地図投影法。等角航路が直線で表される唯一の地図投影法であり、世界中の海図に標準として用いる地図投影法となっている。国際水路機構の規程で,国際間で用いる海図の地図投影法に指定されている。


    1572
    虚数
    Imaginary Numbers

    負数の平方根。二乗して負になる数。1572年にラファエル・ボンベリが定義。なお虚数という呼び方は、1637年デカルトの『幾何学』のなかで、「想像上の数 (フランス語: nombre imaginaire)」と呼ばれたのが語源。


    1611
    ケプラー予想
    Kepler Conjecture

    球充填問題:同じ球を最も詰め込む並べ方に関する予想。1998年に証明された。


    1614
    対数
    Logarithms

    対数の概念は、16世紀末にヨスト・ビュルギ(1588年)やジョン・ネイピア(1594年)によって考案され、便利な計算法として広まった。対数によって積の計算を、より簡単な和の計算に置き換えることができるため、対数の近似値を表にした対数表を用いることにより煩雑な数値計算の労力を減らすことができる。ネイピアは、20年かけて対数表を作成し、1614年に発表した。


    1620
    計算尺
    Slide Rule

    ネイピアが対数を発表した6年後、イギリスのガンターが対数尺を考案した。これは数の対数や三角関数sin, tanの対数などを幾何的に配置したものであり、コンパスを利用して2つの目盛の長さの加減をしていた。現在の形式の計算尺、つまり複数の尺をずらして計算をするという形の計算尺は1632年オートレッドによる。小型ですばやく近似値を求める携帯計算器として、科学技術電卓が登場する1970年代まで、科学者・技術者に常用された。


    1636
    フェルマーの螺旋
    Fermat's Spiral

    極座標でr=±a√θ(r^2=a^2θ)で表される曲線。原点で滑らかに繋がる2本のらせんからなる。


    1637
    フェルマーの最終定理
    Fermat's Last Theorem

    3以上の自然数 n について、x^n + y^n = z^n となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがない、という定理。フェルマーが驚くべき証明を得たと書き残したと伝えられ、長らくその証明も反例も知られなかったことからフェルマー予想とも称されたが、1993-94年アンドリュー・ワイルズによって完全に証明された。


    1637
    デカルトの「幾何学」
    Descartes' La Géométrie

    1637年に葉発表された『みずからの理性を正しく導き、もろもろの学問において真理を探究するための方法についての序説およびこの方法の試論(屈折光学・気象学・幾何学)』のうち、幾何学についての論考を指す。座標により図形を扱う方法を示し、後の解析幾何学の発展の基礎が築くとともに、アルファベットで未知数、既知数ともに表し、また文字の左側の数字で係数を、右肩の数でべき数を表す表記法を示し、記号代数への道を確かなものにした。


    1637
    カージオイド
    Cardioid

    極座標rθについての方程式r=a(1+cosθ)で表される曲線。心臓形ともいう。カージオイドは、一つの円の外部にあってこの円と半径の等しい円が、この円に接しながら滑ることなく転がるとき、この転円上の定点の軌跡として描かれる。


    1638
    対数螺旋
    Logarithmic Spiral

    等角螺旋(、equiangular spiral)、ベルヌーイの螺旋ともいい、「螺旋」の部分は螺線、渦巻線(うずまきせん)、匝線(そうせん)などとも書く。自然界のさまざまなところで観察される。例えば、]]軟体動物の殻、牛や羊の角、象の牙など、硬化する部位で、本体の成長に伴って次第に大きい部分を追加することで成長するような生物の器官において、対数螺旋が観察される。またハヤブサは獲物に近付くとき対数螺旋を描いて飛行するが、これは獲物を一定の角度で視認するためと考えられる。


    1639
    射影幾何学
    Projective Geometry

    フランスの数学者,建築技師デザルクは透視画法 (遠近法) の純粋幾何学的研究を企て,今日の射影幾何学の基礎をつくった。。デザルグの数学的業績のほとんどは,その主著『平面と円錐との出合いから生ずる出来事をとらえるための研究計画草案』 (1639) のなかに見出される。とくにデザルグの射影の方法は、パスカルに大きな影響を与えたが、それが真に評価されたのは、およそ 200年後のことである。


    1641
    トリチェリのトランペット
    Torricelli's Trumpet

    エヴァンジェリスタ・トリチェリが示した、y=1/xのグラフをx≧1の範囲についてx軸に沿って回転させてできるトランペット状の立体。この立体は、体積Vは有限(πになる)であるが、その表面積Sは無限となることを、微積分以前の無限小解析を使って示した。


    1654
    パスカルの三角形
    Pascal's Triangle

    二項展開における係数を三角形状に並べたもの。


    1657
    ニールの半立方放物線の長さ
    The Length of Neile's Semicubical Parabola

    直交座標でy=±a x^(3/2)で表される曲線を、指数3/2にちなんで半立法放物線(semi-cubical parabola)という。ウィリアム・ニールが弧の長さを計算する際に発見した。


    1659
    ヴィヴィアーニの定理
    Viviani's Theorem

    「正三角形内部の点から3辺に下ろした垂線の長さの和は一定である」という定理。


    c. 1665
    微積分の発見
    Discovery of Calculus

    17世紀半ば、ニュートン、ライプニッツの微分積分法の発見は独立になされたが、2人のうちどちらの発見が早かったのか、あるいは、どちらかは他の発見に負うているのではないかということをめぐって、イギリスと大陸の間で海を挟んで論争が起こった。


    1669
    ニュートン法
    Newton's Method

    方程式(系)を数値計算によって解くための反復法の一種。。解として試しに与えた初期値の周辺でのテイラー展開を元にして,初期値からより解に近い値を、逐次的に得ていく。対象とする方程式系に対する条件は、領域における微分可能性と2次微分に関する符号だけであり、非線形方程式にも用いることができ、また収束の速さも比較的速いことから、長く使用された。


    1673
    等時曲線問題
    Tautochrone Problem

    垂直な平面内に点 P,Q が与えられていて,質点 p が重力によって P から Q まである曲線に沿って運動するとき,その所要時間を最短にするためにはどのような曲線に沿って動けばよいかという問題。変分法の端緒となった。


    1674
    アステロイド
    Astroid 158

    平面曲線の一つ。xy座標についての方程式x^(2/3)+y^(2/3)=a^(2/3)で表される曲線。星芒形(せいぼうけい)ともいう。


    1696
    ロピタルの「無限小解析」
    L'Hôpital's Analysis of the lnfinite Small(L'Analyse des Infiniment Petits pour l'Intelligence des Lignes Courbes)

    ヨーロッパで最初の微分積分学のテキスト。ライプニッツ流の記号法を採用し、その後の微分積分学で、この記号法の優勢を決定づけた。 ド・ロピタルは序文にこう記す。「この計算法(微積分法)の適用範囲は広大なものである。力学的な曲線にも幾何学的な曲線にも適用される。根号も何の困難も起こさず、しばしば便利でさえある。望むだけの数の変数にも拡張される。あらゆる種類の無限小量の比較も容易である。その上、接曲線や接線、最大最小問題、曲線の変曲点や尖点、反射や屈折の焦点などなどに関する驚くべき発見を無数に生み出す。そのことを本書で見ていくことにしよう」。


    1702
    地球を巻くロープの問題
    Rope around the Earth Puzzle

    「地球の円周よりも1メートル 長いロープを地球の周りに巻くとすると、そのロープと地上との間にできる隙間はどれくらいになるか?」という、ニュートンを継いでルーカス教授職に就いた数学者ウィリアム・ホイストンが出した問題。


    1713
    大数の法則
    Law of Large Numbers

    ある事象 A の起る確率 p が,毎回の試行で一定値を示す場合,独立試行の回数 n を十分大きくすると,事象 A の起る回数 r と n との比,すなわち n 回の独立試行で A が起きた相対度数 r/n は,確率 p に近づいていくという法則。経験上の確率と理論上の確率が一致することを示す点で重要である。最初にJ.ベルヌーイによって定式化され、その死後 1713年に発表された。


    1727
    オイラー数
    Euler's Number, e

    オイラーの名前を冠した数はいろいろあるが、ここでは、自然対数の底に用いられる数のこと。た。オイラーは1727年からこの数を表すのに e という記号を使い始めた。


    1730
    スターリングの公式
    Stirling's Formula

    自然数 n が大きいときの n の階乗 n! の近似値を与える公式。


    1733
    正規分布
    Normal Distribution Curve

    統計的方法で最もよく用いられる連続型の確率分布。アブラーム・ド・モアブルによって1733年に最初に導入された。


    1735
    オイラー・マスケローニ定数
    Euler-Mascheroni Constant

    オイラーのγ (Euler's gamma) とも呼ばれる定数。


    1736
    ケーニヒスベルクの橋問題
    Königsberg Bridge Problem

    オイラーによって出された、グラフ理論の発端となった、一筆書きの問題。「ケーニヒスベルクの中央に流れる川に架かっている7つの橋を2度通らずに、全て渡って、元の所に帰ってくることができるか。ただし、どこから出発してもよい。」一筆書き可能な場合の必要十分条件を求め、この一筆書きが不可能なことを証明した。


    1738
    サンクトペテルブルクのパラドックス
    St. Petersburg Paradox

    サンクトペテルブルクに住んでいたダニエル・ベルヌーイが提示した次のような問題。偏りのないコインを表が出るまで投げ続け、表がでたときに、賞金をもらえるゲームがあるとする。もらえる賞金は1回目に表がでたら1円、1回目は裏で2回目に表がでれば倍の2円、2回目まで裏で3回目が表ならまたその倍の4円というふうに倍々で増える。このゲームには参加費が必要であるとしたら、参加費の金額が何円までなら払っても損ではないと言えるだろうか。 多くの場合、この種の問題では賞金の期待値を算出して、賭け金がそれ以下であれば良いとする。ところが、この問題で実際に賞金の期待値を計算してみると、その数値は無限大に発散してしまう。。したがって、期待値によって判断するならば、賭け金がいくら大金であっても参加すべきであるということになる。ところが実際には、このゲームでは 1/2 の確率で1円、1/4 の確率で2円、1/1024 の確率で512円の賞金が得られるに過ぎない(賞金が512円以下にとどまる確率が1023/1024)。したがって、そんなに得であるはずがないことは直観的に分かる。ゆえにこれはパラドックスとされる。


    1742
    ゴールドバッハの予測
    Goldbach Conjecture

    「4より大きい偶数が二つの奇素数の和で表せる」という予測。著名な未解決問題のひとつ。


    1748
    アーネシの曲線(魔女)
    Agnesi's lnstituzioni Analitiche

    直交座標の方程式 x^2 y=4a^2 (2a-y) によって表される曲線。18世紀イタリアの数学者マリア・ガエターナ・アニェージ(アーネシ)が研究したことからこの名がついた。「魔女」というのはイタリア語のVersiera「縄」を誤訳したもので意味はない。なおアニェージは、ヨーロッパで大学教授となった史上2人目の女性。


    1751
    オイラーの多面体定理
    Euler's Formula for Polyhedra

    表面がいくつかの多角形の面からなっている立体を多面体という。とくに,多面体の面を含む平面がこの面以外では多面体と交わらないようなものを凸多面体という。一つの多面体において,その頂点の個数を α0,辺の個数を α1,面の個数を α2とするとき,α0-α1+α2をその多面体のオイラー標数(種数)という。凸多面体ではオイラー標数はつねに2になることを示すのがこの定理。オイラーの多面体定理より正多面体はたかだか5種類しか存在しないことが容易に示される。    


    1751
    オイラーの多角形分割問題
    Euler's Polygon Division Problem

    1751年初秋に、オイラーは文通仲間であったゴールドバッハに「与えられた多角形を対角線により三角形に分割する仕方は何通りあるのか」という手紙を書いた。この問題は、与えられた凸多角形(便宜上n+2角形とする)を互いに交わらないn-1本の対角線によって、n個の三角形に分割する仕方は何通りあるかということである。オイラーの手紙に記載された問題に挑戦して、カタラン数と一致することを導いたのはセグナーである。さらに、この問題と括弧の付け方の問題の関連を見抜き、1838年に問題を完全に解決したのがフランスの数学者であるカタランである。


    1759
    ナイト・ツアー
    Knight's Tours

    チェスボード上のナイトを移動させ64マスすべてを一回ずつ通過させるにはどう動かせばいいかというパズル。「騎士の巡歴(じゅんれき)」「けいま拾い」ともいう。


    1761
    ベイズの定理
    Bayes' Theorem

    排反的な原因事象E1,…,Enの生起する確率(事前確率)と,各原因Eiから特定結果Eの生ずる確率が分っている場合に,結果Eの起きたことを知ったうえで各原因Eiの生起確率の修正値(事後確率)を与える定理。


    1769
    フランクリンの魔方陣
    Franklin Magic Square

    8X8の魔法陣。縦横の各々の行、列の和は260。フランクリンは20X20の魔法陣も完成させている。


    1774
    極小曲面
    Minimal Surface

    与えられた境界条件に対し面積を極小・最小にするような曲面である。カテノイド(懸垂面)やヘリコイド(常螺旋面)がその例。


    1777
    ビュフォンの針
    Buffon's Needle

    実験で円周率を求める方法。モンテカルロ法の先駆。


    1779
    36人の将校の問題
    Thirty-Six Officers Problem

    六つの連隊に所属する6階級の将校計36人を、縦横6人の正方形に整列させるとき、どの列にも同じ連隊、同じ階級の将校が重ならないように並べられることは可能か、というパズル。オイラーが挑んだ。


    c. 1789
    「神壁算法」
    Sangaku Geometry

    公刊された最初の算額集。藤田貞資が編集。


    1795
    最小二乗法
    Least Squares

    測定で得られた数値の組を、適当なモデルから想定される1次関数、対数曲線など特定の関数を用いて近似するときに、想定する関数が測定値に対してよい近似となるように、残差の二乗和を最小とするような係数を決定する方法。ガウスが天体の運動理論を展開するにあたって,多くの観測結果にもっともよく一致するよう軌道を決定するために考案した。


    1796
    正十七角形の作図
    Constructing a Regular Heptadecagon

    正十七角形がコンパスと定規で作図できることを、19歳のガウスが目覚めてベッドから起き上がる時に発見した。作図できる正(素数)角形は古来から知られていた正三角形と正五角形のみだと長らく考えられており、作図できる正多角形の種類が増えたのは約二千年ぶりのことだった。


    1797
    代数学の基本定理
    Fundamental Theorem of Algebra

    複素数の係数をもつ代数方程式は複素数の範囲で少なくとも 1 つの実数または複素数の根をもつことをいう定理。17世紀前半にアルベール・ジラールらによって主張され、18世紀の半ばからダランベール、オイラー、ド・フォンスネ、ラグランジュ、ラプラスらが証明を試みたが、どれも不完全なものであった。ガウスが学位論文でそれまでの証明の不備を指摘し最初の完全な証明を与えた。


    1801
    「ガウス整数論」
    Gauss's Disquisitiones Arithmeticae

    公刊されたガウス唯一の著作。24歳のとき出版されたが、17歳の時点で原稿は完成していたと言われる。ガウスの研究は数学はもとより、天文学、物理学、測地学と多分野にわたりかつきわめて多産であったが、その多くを発表しなかった。


    1801
    三桿分度器
    Three-Armed Protractor

    3点の目標から得た方位をもとに海図上へ位置を一度に作図するための分度器。角度の目盛りがついた円板の中心に、一つの固定アームと二つの可動アームがついている。


    1807
    フーリエ級数
    Fourier Series

    関数から導かれ、その関数自身に収束する三角級数。J.フーリエが熱伝導の問題を扱っているときに導入し、周期的な現象を研究するときに欠かせないもの。


    1812
    ラプラスの「確率論の解析理論」
    Laplace's Thoriey Analytique des Probability

    数学者ピエール=シモン・ラプラスによる、これまでの確率に関する数学的知見をまとめ、古典的確率論を完成させた書物。その後 100年以上にわたって,確率論の標準的テキストとなった。


    1816
    ルパート公の問題
    Prince Rupert's Problem

    立方体を、同じ大きさの穴に通すことができるか、という問題。この問題を提示し、賭けに勝ったルパート公(プリンス・ルパート・オブ・ザ・ライン)にちなんで名付けられた。ルパート公は、クロムウェルと戦った軍人であり、ハノーヴァー朝初代のイギリス王ジョージ1世の叔父であり、1660年にできた王立協会の創立メンバーとなった科学者でもあった。この問題はオランダの数学者ピーター·ニューランドによって解かれた。1辺の長さが1である立方体を通り抜けることのできる立方体の大きさは1辺3√2/4となり1より大きい。すなわち立方体を、同じ大きさ(か少し大きい)の穴に通すことができる。


    1817
    ベッセル関数
    Bessel Functions

    .ベッセルの微分方程式 z2y''+zy'+(z2-p2)y=0 の解として現れる関数。ラプラス作用素の軸方向を表わすので,応用数学において非常に重要な役割を演じる。


    1822
    バベッジの階差機関
    Babbage Mechanical Computer

    チャールズ・バベッジが王立天文学会に提出した「天文暦と数表の計算への機械の適用に関する覚え書き」という論文で示した、多項式の数表を作成するよう設計された機械式計算機。。英国政府は当初この計画に資金を提供したが、予算は膨れ上がり、機会は完成しなかった。


    1823
    コーシーの「無限小解析講義」
    Cauchy's Le Calcul infinitésimal

    それまで厳密な基礎付けを持たなかった微分積分に対して、極限と連続性の明確な概念に基づいて,論理的に厳密な方法で再構成した書物。以後の解析学の基本的スタイルを決定付けた。 19世紀から 20世紀へと続く厳密な数学の端緒ともなった。


    1827
    メビウスの「重心算法」
    Barycentric Calculus

    メビウスの輪(帯)で知られる、ドイツの数学者アウグスト・フェルディナント・メビウスの主著。1827年に出されたが、1843年に至って偶然師のガウスの目に留まるまでは注目されることがなかった。『重心算法』では重心の考えによって点の「斉次座標」を導入し、一つの平面(一般に空間)から他の平面へのアフィン変換、射影変換を考え、射影幾何学の基礎づけの先駆をなした。


    1829
    非ユークリッド幾何学
    Non-Euclidean Geometry

    ユークリッドの平行線公理,「Pを通って l と交わらない直線は1本,そしてただ1本だけ引ける」とのかわり、「Pを通って l と交わらない直線は無数に引ける」(ロバチェフスキーとボヤイ)、また「Pを通って l と交わらない直線は1本も引けない」(リーマン)と仮定しても,まったく矛盾のない幾何学を展開しうることを示された。これら非ユークリッド幾何学という。


    1831
    メビウス関数
    Möbius Function

    、数論や組合せ論における重要な関数である。メビウスの輪で有名なドイツの数学者アウグスト・フェルディナント・メビウス (August Ferdinand M_bius) が1831年に紹介したことから、この名が付けられた。0 を含めない自然数において、メビウス関数 μ(n) は全ての自然数 n に対して定義され、n を素因数分解した結果によって -1、0、1 のいずれかの値をとる。


    1832
    群論
    Group Theory

    、群と呼ばれる代数的構造を研究する学問である。群の概念は抽象代数学における中心的な概念で、他の代数的構造、たとえば環・体・ベクトル空間などは、演算や公理が付与された群とみなすことができる。すでにJ.ラグランジュらによる高次方程式の代数的解法に関連して置換群の概念が導入されたいたが、やがて N.アーベルや E.ガロアによる代数方程式の研究において群の概念がその中心的な役割を果すこととなり,群の重要性が認識されるようになった。


    1834
    鳩の巣原理
    Pigeonhole Principle

    n 個の物を m 個の箱に入れるとき、n > m であれば、少なくとも1個の箱には1個より多い物が中にある、という原理である。別の言い方をすれば、1つの箱に1つの物を入れるとき、m 個の箱には最大 m 個の物しか入れることができない(もう1つ物を入れたいなら、箱の1つを再利用しないといけないから)、ということである。鳩の巣原理は数え上げ問題の例の一つで、一対一対応ができない無限集合など、多くの形式的問題に適用できる。


    1843
    四元数
    Quaternions

    W.R.ハミルトンにより、複素数の一つの拡張として考えだされた数である。四元数 α は2乗して-1になる三つの数 i,j,k によって,α=a+bi+cj+dk (a,b,c,d は実数)と表される。


    1844
    超越数
    Transcendental Numbers

    代数的無理数でない無理数,すなわち有理数を係数にもつ代数方程式の根とはなりえない無理数。,円周率 π=3.14159… ,自然対数の底 e=2.71828… ,10の累乗を除く整数の常用対数,θ° ( θ は整数値) の角の三角関数の大部分などは超越数である。超越数の存在は,J.リュービルによって,1831年に初めて証明され,e が超越数であることは,73年に C.エルミートによって,π が超越数であることは,82年に F.リンデマンによって証明された。なお 74年に,G.カントルは超越数は代数的数より多く存在することを示した。


    1844
    カタラン予想
    Catalan Conjecture

    次の不定方程式x^a - y^b = 1 (x, a, y, b > 1 )を満たす自然数解の組み合わせはx = 3, a = 2, y = 2, b = 3.だけであるという予想。1844年ベルギーの数学者カタランによって提唱され、2002年にプレダ・ミハイレスクによりその完全な証明が行われた。


    1850
    シルベスターの行列
    The Matrices of Sylvester

    行列matrixの概念は、中国の魔方陣にヒントを得たジェームズ・ジョセフ・シルベスターによって、1850年の論文"On a New Class of Theorems"ではじめて示された。シルベスターは、ケンブリッジのジョンズ・カレッジ卒業後、なんどか大学で教えたが、数学教師の職がなくなり、保険会社の外交員や個人教授などで生活を支えた(この頃ナイチンゲールを教えている)。その後、法律学校に学んで弁護士の資格を取り、ロンドンで弁護士を開業。このときの同僚がアーサー・ケーリーであり、この2人の弁護士仲間の手によって線形代数は建設されることとなる。固有値や階数など線形代数の基本的概念もまたシルベスターによるといわれる。


    1852
    四色定理
    Four-Color Theorem

    いかなる地図も、隣接する領域が異なる色になるように塗るには4色あれば十分だという定理。]。1852年に法科学生のフランシス・ガスリーが数学専攻である弟のフレデリック・ガスリーに質問したのを発端に問題として定式化された。


    1854
    ブール代数
    Boolean Algebra

    論理的な命題の真偽関係を演算形式で扱うこと.命題を抽象的な要素と考えて記号化し,その結合を代数演算として表わすもの。ブール(Boole,G.)が開拓したので,その体系をブール代数(Boolean algebra)と呼ぶ。


    1857
    ハミルトンの世界一周ゲーム
    Icosian Game

    正十二面体の20個の頂点を、稜を伝って1回ずつめぐって最初の頂点に戻る経路を見つけるパズル。


    1857
    ハーモノグラフ
    Harmonograph

    19世紀ヨーロッパで流行し1890年代には人気のピークを迎えたとされる、2つの振動の調和を視覚化できる装置。2つないし3つの振り子と、ペン、紙を組み合わせた単純な装置であるが多彩で美しい図像、いわゆるリサージュ曲線を生み出す。この名は、互いに直交する二つの単振動を順序対として得られる点の軌跡が描くこの平面図形を示した1855年にフランスの物理学者ジュール・アントワーヌ・リサジューに由来する。それぞれの振動の振幅、振動数、初期位相の違いによって、多様な曲線が描かれる。振動数の比が無理数の場合は閉曲線にはならず、軌道は有限の平行四辺形領域を稠密に埋める。


    1858
    メビウスの輪
    The Möbius Strip

    細長い矩形(くけい)ABCDの短い対辺ADとBCを貼(は)り合わせる。このときAとB、CとDを貼り合わせると普通の帯(円柱)ができるが、AとC、DとBを貼り合わせてできる図形がメビウスの帯である。メビウスの帯の上を矢印のついた小円板を転がして1回転してみると、矢印の向きが逆転する。もう1回回転すれば元に戻る。よってメビウスの帯は表裏のない曲面で不可符号曲面とよばれる。


    1858
    ホルディッチの定理
    Holditch's Theorem

    平面閉曲線Cがあり、内側にp+qという長さの線分を、両端点がCに接するようにすべらし、線分の端点からp(他の端点からはq)の点の軌跡をC'とするとき、CとC'で囲まれる部分の面積はpqπとなる、という定理。


    1859
    リーマン予想
    Riemann Hypothesis

    、ドイツの数学者ベルンハルト・リーマンによって提唱された、ゼータ関数の零点の分布に関する予想。数学上の未解決問題のひとつであり、クレイ数学研究所はミレニアム懸賞問題の一つとしてリーマン予想の解決者に対して100万ドルの懸賞金を支払うことを約束している。


    1868
    ベルトラミの擬球
    Beltrami's Pseudosphere

    面においては任意の直線にその直線上にない一点を通る平行線は一本しかないが、無限に開き続ける漏斗(もしくはラッパ)のようなものに表面においては、任意の直線にその直線上にない一点を通る平行線は無限に存在する。このような面はベルトラミの擬球(面)と呼ばれ、双曲幾何学(ボヤイ・ロバチェフスキー幾何学)の成立する面(双曲平面)の一種である。


    1872
    ワイエルシュトラス関数
    Weierstrass Function

    カール・ワイエルシュトラスにより提示された、実数関数で連続関数であるにもかかわらず至るところ微分不可能な関数である。「孤立点を除くと連続関数は微分可能である」という従来の考えに対して初めて挑戦したという点で、歴史的に重要な関数である。


    1872
    グロスのチャイニーズリングの理論
    Gros's The'orie du Baguenodier

    Baguenodierはチャイニーズリングとも呼ばれるパズル(一種の知恵の輪)。


    1874
    コワレフスカヤの博士号
    The Doctorate of Kovalevskaya

    ソフィア・コワレフスカヤはロシア出身の数学者。女性が大学で公に講義を聞けなかった時代に、ワイエルシュトラスの指導を受け、偏微分方程式に関する論文によって、ゲッティンゲン大学において学位を得た。この論文に示された成果は、コーシー=コワレフスカヤの定理と呼ばれ,今日に至るも偏微分方程式論における基本定理である。


    1874
    15パズル
    Flfteen Puzzle

    4×4のボードの上で15枚の駒を、空いたマス目を利用して動かし、目的の形にするパズル。。15パズルは任意の可能な配置へ80手以内で変形できるが、80手が必要な配置は存在する。なおn×nパズルにおいて、最短手数を求める問題はNP困難である。


    1874
    カントールの超限数
    Cantor's Transfinite Numbers

    カントールは、代数的数の全体は自然数全体と一対一に対応させうる(可算集合)が、実数全体はどんな可算集合とも一対一に対応できないことを示し(いわゆるを対角線論法)、超越数の存在を示した。


    1875
    ルーローの四面体
    Reuleaux Triangle

    正四面体の各頂点を中心とし、正四面体の辺長(以下 s とする)を半径とする、4つの球の積集合。は4つの頂点、6つの辺、4つの面を持ち、正四面体と同相である。しかし、面が平面ではなく膨らんでおり、各頂点を中心とし半径 s の球面の部分集合になっている。また辺も線分ではなく、各頂点を中心とし半径 s の円弧である。そのため、多面体ではない。


    1876
    ハーモニック・アナライザー
    Harmonic Analyzer

    ジェームズ・トムソンとその弟ケルヴィン卿が発明した、回転軸と円板を使って積分を行う機械式アナログコンピュータ


    1879
    リッティ兄弟のキャッシュ・レジスター
    Ritty Model Cash Register

    商品化された世界最初のキャッシュレジスター(金銭登録機)。


    1880
    ベン図
    Venn Diagrams

    論理における推論を図形的に表すもので、オイラーの図式を修正してベンJohn Venn(1834―1923)が導入した。


    1881
    ベンフォードの法則
    Benford's Law

    自然界に出てくる多くの(全てのではない)数値の最初の桁の分布が一様ではない、ある特定のものになっているというもの。この法則によれば、最初の桁が1である確率はほぼ3分の1にも達し、大きな数値ほど最初の桁に現れる確率は小さくなり、9になると最初の桁に現れる確率は20分の1よりも小さくなる。この直感に反するような結果は、電気料金の請求書、住所の番地、株価、人口の数値、死亡率、川の長さ、物理・数学定数、冪乗則で表現されるような過程(自然界ではとても一般的なものである)など、様々な種類の数値の集合に適用できることがわかっている。


    1882
    クラインの壺
    Klein Bottle

    境界も表裏の区別も持たない(2次元)曲面の一種。円柱の上下の境界の二つの円周にある向きをつけておく。この向きが相反するように二つの円周をあわせると、輪環面(トーラス)ができる。ここで、この向きが一致するようにあわせると、円柱は自身を横切ることになり、円周で自己交差する(自身と重なる)図形ができる。しかし、この図形を四次元空間中に入れて図形の一部分を四次元方向へずらすと、この自己交差をなくすことができ、この閉曲面が、フェリックス・クラインによって発見されたクラインの壺である。


    1883
    ハノイの塔
    Tower of Hanoi

    以下のルールに従ってすべての円盤を右端の杭に移動させるパズル。(1)3本の杭と、中央に穴の開いた大きさの異なる複数の円盤から構成される。(2)最初はすべての円盤が左端の杭に小さいものが上になるように順に積み重ねられている。(3)円盤を一回に一枚ずつどれかの杭に移動させることができるが、小さな円盤の上に大きな円盤を乗せることはできない。解法に再帰的アルゴリズムが有効な問題として有名であり、プログラミングにおける再帰的呼出しの例題としてもよく用いられる。


    1884
    フラットランド
    Flatland 280

    エドウィン・アボット・アボットが書いた、二次元の平面世界を舞台にした小説。イアン・スチュアートが数学的な観点から詳注を付けた The Annotated Flatland: A Romance of Many Dimensions が2002年刊行されており、それを日本語に訳した『フラットランド 多次元の冒険』が入手可能である。


    1888
    正八胞体
    Tesseract

    8個の立方体からなる、四次元の超立方体。


    1889
    ペアノの公理
    Peano Axioms

    自然数の概念を公理的に規定するためイタリアの数学者ペアノが提案した5つの公理。これらから自然数のもつすべての性質が導出され、またどんな二つのペアノシステムも同型である(この意味で、ペアノの公理を満たすシステムは唯一つ存在する、と言える)。 なおペアノの1889年の最初の論文(「算術原理」)には、本来必要とされるよりも多くの命題が述べられていた。 1891年の「数の概念について」において現在知られる5つの公理が示された。


    1890
    ペアノ曲線
    Peano Curve

    曲線とは連続的に動く点の描く図形と考えられる。したがって,例えば平面上に直交座標系を設定すれば,その平面上の曲線とは,f および g を区間[a,b]上で定義された連続関数としたとき,a≦t≦b であるようなすべての t に対する点(f(t),g(t))のつくる図形ということができる。しかしこのように曲線を定義するとき,意外なものが曲線の仲間に入ってくることを G. ペアノは1890年に発見した。すなわち,彼は正方形のすべての点をくまなく通るような曲線の実例を与えて当時の数学界を驚かせた。このように面積をもつ図形を塗りつぶすような曲線の例はその後も多く与えられた。このような曲線を総称してペアノ曲線という。


    1891
    文様群
    Wallpaper Groups

    平面に繰り返しパターンで埋め尽くすことのできる文様のパターンは17種類に分類できることが、ロシアの幾何学者・結晶構造解析研究者フェドロフによって、群論を使って数学的に証明された。


    1893
    シルベスターの共線点の問題
    Sylvester's Line Problem

    平面上にn点があってこれらのうちのちょうど2点のみを通る直線が存在しなければ、そのn点は同一直線上にあるか、という問題。


    1896
    素数定理の証明
    Proof of the Prime Number Theorem

    自然数 x をこえない素数の個数を π(x) で表わすと,π(x) は x が大きければ x/ log x によって与えられ,求められる近似値は x が大きくなるほどより真の値に近づく,言い換えれば,π(x) は x→∞ のとき,x/ log x との比が1に近づく。これを素数定理という。これは,C.F.ガウスが少年の頃に予測してから,19世紀を通じて大きな課題になっていた。これについては,1850年代に P.チェビシェフが初めて両者の比が上下に有界なことを示したが,最終的な証明は,J.アダマールとベルギーの数学者 C.ド・ラ・バレ=プーサンによって,ほとんど同時に (1896) ,ほとんど同じ方法でなされた。


    1899
    ピックの定理
    Pick's Theorem

    等間隔に点が存在する平面上にある多角形の面積を求める公式。多角形の内部にある格子点の個数を i、辺上にある格子点の個数を b とするとこの種の多角形の面積 S はS=i+(1/2)b-1となる。


    1899
    モーリーの定理
    Morley's Trisector Theorem

    任意の三角形においてそれぞれの内角の三等分線を引く。各辺に近い線同士の交点を P, Q, R とすると、三角形PQR は正三角形になるという定理。この正三角形をモーリーの三角形という。内角の三等分線の他に外角の三等分線などでも同様に正三角形を作ることができる。


    1900
    ヒルベルトの23の問題
    Hilbert's 23 Problems

    数学者ダフィット・ヒルベルトによりまとめられた、当時未解決だった23の数学問題。1900年8月8日に、パリで開催されていた第2回国際数学者会議 (ICM) のヒルベルトの公演で、23題の内10題(問題1,2,6,7,8,13,16,19,21,22)が公表され、残りは後に出版されたヒルベルトの著作で発表された。


    1900
    カイ二乗分布
    Chi-Square

    確率分布の一種で、推計統計学で最も広く利用されるものである。ヘルメルトにより発見され、、ピアソンにより命名された。


    1901
    ボーイの曲面
    Boy's Surface

    ボーイの帽子(Boy's hat)とも呼ばれる。メビウスの輪やクラインの壺と同様、境界のない向き付け不可能な曲面の一種。なおクラインの壺とこの射影面とは種数 (簡単に言うと穴の数) が違うので、曲面として違うものである。3次元空間への射影平面のモデルとして、ワーナー・ボーイにより示された。


    1901
    床屋のパラドックス
    Barber Paradox

    「ある村でたった一人の男性の床屋は、自分で髭を剃らない人全員の髭を剃り、それ以外の人の髭は剃らない。この場合、床屋自身の髭は誰が剃るのだろうか?」という形で与えられるパラドクス。床屋が自分の髭を剃らない場合、彼は規則に従って、髭を自分で剃らなくてはいけなくなり、矛盾が生じる。また床屋が自分の髭を剃る場合も、「自分で髭を剃らない人の髭を剃る」という規則に矛盾する。このパラドックスはイギリスの論理学者バートランド・ラッセルにより考案されたラッセルのパラドックスを分かり易くしたものであり、親しみやすさからか、しばしばジョークやなぞなぞに転用される。


    1901
    ユングの定理
    Jung's Theorem

    任意のユークリッド空間における点集合の距離と、その集合を包含する最小の球の半径の関係についての定理。たとえば平面上の点集合 P について、その中のどの 2 点間の距離も 1 以下であれば、Pの点全体を半径 1/3 の閉円盤で覆うことができる。最初に研究したハインリッヒ・ユングにちなんでユングの定理と呼ばれる。


    1904
    ポアンカレ予想
    Poincare' Conjecture

    フランスの数学者アンリ・ポアンカレによって提出された「単連結な3次元閉多様体は3次元球面S3に同相である」という予想であり、ほぼ100年にわたり未解決だったが、2002年から2003年にかけてロシア人数学者グリゴリー・ペレルマンによって証明された。ペレルマンは、証明したとする複数の論文をプレプリント投稿サイarXivに掲載し、これらの論文について2006年の夏ごろまで複数の数学者チームによる検証が行われた結果、証明に誤りのないことが明らかとなり、ペレルマンには、この業績によって2006年のフィールズ賞が贈られた。


    1904
    コッホの雪片曲線
    Koch Snowflake

    数学者ヘルゲ・フォン・コッホが考案した、線分を3等分し、分割した2点を頂点とする正三角形の作図を無限に繰り返すことによって得られる図形をコッホ曲線という。1回の操作で線分の長さが 4/3 倍になるので、操作を無限に繰り返して得られるコッホ曲線の長さは無限大となる。このコッホ曲線をつなぎ合わせ、始点と終点を一致させたものコッホの雪片曲線である。これは有限の面積であるにもかかわらず、無限の周囲を持つ。


    1904
    ツェルメロの選択公理
    Zermelo's Axiom of Choice

    E.ツェルメロは,G.カントルが考えた命題「任意の集合は整列集合に直すことができる」を,1904年に次のような公理を仮定して証明した。すなわち「任意の集合はすべての部分集合 (空でない) に,それぞれの代表元を同時に対応させることができる」というものである。この証明によってカントルの命題は,ツェルメロの整列可能定理と呼ばれている。これと同値な命題が多数あるが,選択公理は集合論の他の公理と独立であって,他の公理から証明することはできない。


    1905
    ジョルダンの曲線定理
    Jordan Curve Theorem

    ある点から出発して自分自身とはけっして交わらずに進み最後に出発点へと戻るジョルダン閉曲線は,平面を2つの部分に分ける。すなわち,平面内のジョルダン閉曲線 (単一閉曲線) は,平面を内および外の2つの領域に分けるという定理。直観的には自明だが,C.ジョルダンが初めて定理として述べて証明を試みたので,この名がある。


    1906
    チュー=モールスのシーケンス
    Thue-Morse Sequence

     チュー=モールス・シーケンスは、次のような2進数の数列である。「01101001100101101001011001101001.... 」。漸化式をつかうと次のように定義される。{ t(0)=0, t(2n)=t(n),t(2n+1)=1-t(n)}。あるいは次のような置き換え規則「0→01、1→10」を繰り返し使うことで生成される。この数列は自己相似的である。タートル・グラフィックをつかって、この数列に従って{0}のとき1ステップ進む、{1}のとき60度曲がる、ようにすると、タートルはコッホの切片曲線を描く。


    1909
    ブラウワーの不動点定理
    Brouwer Fixed-Point Theorem

    ある図形Xを自分の中へ写す写像f:X→Xが与えられたとき、f(x)=xすなわちfによって自分自身に写されるようなXの点のことを、fの不動点という。Xやfが適当な条件を満足するときには、かならずfの不動点が存在することを保証してくれるのが、不動点定理である。ブラウワーの不動点定理は、線分と円板について知られていた不動点定理を一般化したもので、Xが n 次元ユークリッド空間の有界閉集合ならば,X から X 自身へのどんな連続写像も不動点をもつ、というもの。不動点定理は数学における各種の存在定理の証明に強力な方法を提供する。常微分方程式の解の存在定理や力学系における周期軌道の存在や,経済理論における均衡の存在を示すのにも応用される。


    1909
    正規数
    Normal Number

    無限小数表示において数字が一様に分布しており、数字の列が現れる頻度に偏りがないという性質を持つ実数。一般論として「ほとんど全ての」実数が正規数であることが知られているが、その証明は構成的でないため、正規数であることが判明している具体的な数は非常に限られている。例えば、2の平方根、円周率、ネイピア数はそれぞれ正規数だと信じられているが、その通りか否かは未だ謎である。


    1909
    メアリー・ブールの「代数の考えと楽しみ」
    Boole's Philosophy and Fun of Algebra 322

    ジョージ・ブールの同志にして配偶者だったメアリー・エベレスト・ブールが書いたおもしろ数学教本。メアリーは、「曲線のステッチ」など遊びこころいっぱいのアクティビティを数学教育に導入する、数学教育の改革者だった。


    1910-1913
    「プリンキピア・マテマティカ」
    Principia Mathematica

    イギリスの哲学者,数学者ホワイトヘッドとラッセルの共著による数学書。3巻,1910~13年刊。論理主義学派の基本的かつ記念碑的な書物。彼らは数学を論理学の一部門と考え,記号論理学の成果に基づき,論理的概念 (記号論理) によって数学を基礎づけることを試みた。本書の根本的な問題点は,逆理の問題であり,その解決法として還元公理,無限公理などが提出された。


    1912
    毛玉の定理
    Hairy Ball Theorem

    球の上には消えないベクトル場を定義できない、という定理。球面の各点Pでその点での接平面πPを考える。点Pから出発するこの接平面上の矢印を点Pにおける接ベクトルという。いま、球面上の各点でその接ベクトルが連続的に(すなわち、その向きと長さが連続的に変わる)描かれているとする。これを球面上の接ベクトル場という。このとき、球面の接ベクトル場の定理「球面上のどの接ベクトル場にも、その長さが0のベクトルが少なくとも一つ存在する」が成り立つ。この長さ0のベクトルが出発する点を、このベクトル場の特異点という。この定理は、球面を人間の頭とみ、接ベクトル場を髪の毛とみると、特異点はつむじに匹敵するので、「人間の頭には少なくとも一つのつむじがある」ことを述べている。


    1913
    無限の猿定理
    Infinite Monkey Theorem

    ランダムに文字列を作り続ければどんな文字列もいつかはできあがるという定理である。比喩的に「猿がタイプライターの鍵盤をいつまでもランダムに叩きつづければ、ウィリアム・シェイクスピアの作品を打ち出す」などと表現されるため、この名がある。


    1916
    ビーベルバッハ予測
    Bieberbach Conjecture

    単位円盤の内部(|z|<1)で,正則単葉な複素関数 f が級数 f(z) = z + a2z^2 + a3z^3 + ... + anz^n + ...で与えられ,ある n に対して |an| > 1 となっていれば,f は単位円盤の内部で 0 になる、というもの。ルイ・ド・ブランジュによって1984年に証明された。


    1916
    ジョンソンの定理
    Johnson's Theorem

    同じ大きさの3つの円が共通する1点を通過する場合,他の3つの交差点は同じ大きさの別の円上にある、という定理。きわめてシンプルな問題であるにも関わらず、20世紀になるまで(証明したロジャー・ジョンソンが指摘するまで)誰も指摘した者がいなかったことで有名なもの。


    1918
    ハウスドルフ次元
    Hausdorff Dimension

    細にわたってジグザグしている線Lの長さを,長さρの棒を順次にあてて測ると,あてる回数Nはρが小さいほど大きい.ρ↓0でN∝ρ^⁻Dのとき,DをLのハウスドルフ次元という。点は0次元,線は一次元,平面は二次元,立体は三次元というような位相的次元と異なって,非整数の次元も考えられるようにしたもの。これで計ると例えばコッホの曲線では D=1.26……という非整数の次元となる。


    1919
    ブルン定数
    Brun's Constant

    B_2と表記される、双子素数の逆数の和の極限として定義される定数。 つまりB_2=(1/3+1/5)+(1/5+1/7)+(1/7+1/11)+……。ヴィーゴ・ブルンは1919年にこの和が収束することを示した。この事実は、素数の逆数の和が発散することと好対照である。もし双子素数の逆数の和が発散するならば、双子素数が無限に存在することが容易に従うが、この値が収束することが分かった為、双子素数の個数が有限か無限かは明らかになっていない。またこの数が有理数であるか無理数であるかも分かっていない。


    c. 1920
    グーゴル
    Googol

    辞典に載っている二番目に大きな数。アメリカの数学者エドワード・カスナーの当時9歳の甥ミルトン・シロッタが造語した。1グーゴルは10の100乗であり、これは観測可能な範囲の宇宙に存在している原子の数(およそ1079から1081個と推算されている)よりも多い。インターネットの検索エンジンであるGoogleの名はこれに由来する。 なお辞典に載っている一番大きな数はグーゴルプレックス、1グーゴルプレックスは10の1グーゴル乗であり、10の10の100乗乗である。


    1920
    アントワーヌの首輪
    Antoine's Necklace

    3 次元ユークリッド空間にカントール集合の埋め込んだ図形。フランスの数学者ルイ・アントワーヌが発見した。カントール集合は、フラクタルの1種で、閉区間 [0, 1] に属する実数のうち、その三進展開のどの桁にも 1 が含まれないようなもの全体からなる集合である。


    1921
    ネーターのイデアル
    Noether's ldealtheorie

    ネーター環は、イデアルの昇鎖条件などのある種の有限性を持つ環の一種。エミー・ネーターによって提唱された。イデアルが有限生成であるということからは単項イデアル整域の一般化とも見ることができる。アマーリエ・エミー・ネーターは、20世紀初めに活躍したドイツ出身の女性数学者。レオン・レーダーマンによれば「歴史上最も偉大な数学者の一人」であり、アルバート・アインシュタインによれば「(物理学に)最も価値ある貢献をした数学者」である。


    1921
    ポリヤのランダムウォーク定数
    Lost in Hyperspace

    "数直線の上を各確率1/2で右または左に移動する過程を1次元単純ランダムウォーク、同様に平面の格子上を東(+1,0)西(-1,0)南(0,-1)北(0,+1)ランダムに各確率1/4で移動する過程を2次元単純ランダムウォーク、同様に空間の格子上を東西南北上下をランダム各確率1/6で移動する過程を3次元単純ランダムウォーク……(以下、n次元)という。 1次元と2次元の単純ランダムウォークを繰り返すと、いつかは出発点に戻ってくる可能性は1であるが、3次元では出発点に戻ってくる確率は約34%(0.3405373296...)、4次元で約19%(0.193206...)、5次元で約13.5%(0.135178...)…となる。これらの確率をポリヤのランダムウォーク定数という。"


    1922
    ジェオデシックドーム
    Geodesic Dome

    できるかぎり同じ長さの直線部材を用いて球面分割を行なったトラス構造によるドーム形式の一つ.正20面体を基本に細かく分割していくことが多い。アメリカの発明家、建築家であるバックミンスター・フラーによって1947年に考案されたものが有名だが、1922年にカール・ツァイス光学会社のワルサー・バウエルスフェルトらが世界初のプラネタリウムを作った際、そのドームにすでに用いられている。


    1924
    アレクサンダーの角付き球面
    Alexander's Horned Sphere

    トーラスを途中で切り、切断面を別のトーラスでつなぐことを繰り返してできる図形。


    1924
    バナッハ=タルスキーのパラドックス
    Banach-Tarski Paradox

    球を3次元空間内で、有限個の部分に分割し、それらを回転・平行移動操作のみを使ってうまく組み替えることで、元の球と同じ半径の球を2つ作ることができるという定理。この定理は選択公理 (axiom of choice) を用いて証明できるが、その内容が直観に反するため、パラドックスと言われる。


    1925
    ルジンの問題
    Squaring a Rectangle

    「任意の正方形を、全て異なる大きさの正方形に分割できるか」という問題。問題の提示者ルジンはこの問題の解は存在しないと予想したが、その後幾つかの例が発見された。


    1925
    ヒルベルトの無限ホテルのパラドックス
    Hilbert's Grand Hotel

    客室が無限にあるホテルでは、満室の場合でも次のようにして新たな客を泊めることができる。客が1人来たら、1号室にいた客を2号室へ、2号室の客を3号室へ、3号室の客を4号室へ、…、n 号室の客を n + 1 号室へ、…と順番に移せば、客室は無限にあるのだから誰もあぶれることはない。このように無限集合を認めると、有限集合の場合と全く違った奇妙な事態が起こることを示すパラドックスで、ダフィット・ヒルベルトによって示された。


    1926
    メンガーのスポンジ
    Menger Sponge

    自己相似なフラクタル図形の一種であり、立方体に穴をあけたもの。メンガーのスポンジの面は同じくフラクタル図形のシェルピンスキーのカーペットでできている。そのフラクタル次元(ハウスドルフ次元、相似次元)は log20/log3(=2.7268....)次元。


    1927
    微分解析機
    Differential Analyzer

    ハロルド・ロック・ヘイゼンとヴァネヴァー・ブッシュがMITで製作した6個の機械式積分機を組み合わせた実用レベルの機械式アナログコンピュータ。


    1928
    ラムゼーの定理
    Ramsey Theory

    B.ラッセルは,数学を構成するためには,「無限の公理」「選出の公理」,そして「還元の公理」が必要であるとした。「還元の公理」というのは,ラッセルの導入した概念の型において,高次の型の概念を最低次の型の概念に還元しうることを要請する公理である。 F.ラムゼーは,「還元の公理」が実は不必要であることを「ラムゼーの定理」として主張した。


    1931
    ゲーデルの不完全性定理
    Gödel's Incompleteness Theorems

    数学の公理系が1つ与えられていて、その公理からは肯定も否定も証明できない数学的命題があったとき、その命題を、その公理系の決定不能命題という.ゲーデルによると、内容的解釈において真な数学的命題だけを公理とする公理系を実際に与えれば、その公理系には必ず決定不能命題が存在する.彼は、与えられた公理系から決定不能命題の1つを見出す具体的な方法を示した。


    1933
    チャンパーノウン定数
    Champernowne's Number

    0 と小数点のあとに自然数を 1 から小さい順に並べた十進小数表示をもつ実数 0.12345678910111213141516… 。単純な形で定められるにも関わらず無理数であり、超越数でもある。名前の由来のデイヴィッド・チャンパーノウンは、この数が十進正規数であることを示した経済学者。


    1935
    ブルバキ
    Bourbaki: Secret Society

    架空の数学者であり、フランスの若手の数学者集団の筆名。この事実は有名ではあったものの、裏方の数学者集団は秘密結社として活動し、ブルバキを一個人として活動させ続けた。1934年に解析学の教科書を編纂するプロジェクトが始まり、1935年にニコラ・ブルバキという人物が生み出され、のちに「1886年生、モルダヴィア出身」というプロフィールが与えられた。


    1936
    フィールズ賞
    Fields Medal

    数学上の業績に対して与えられる国際的な賞。数学のノーベル賞ともいわれ,4年ごとに開かれる国際数学者会議で,それまでの4年間に優れた業績をあげた,原則として40歳までの数学者2~4人に与えられる。ノーベル賞は功成り名遂げたその分野の権威が受賞することが多いが、フィールズ賞はいままさに活躍中の数学者が受賞している。トロント大学数学科教授であったフィールズ J. C. Fields(1863‐1932)の遺言によって,その遺産から基金が寄付されて 1936年に始められた。日本人の受賞者としては,小平邦彦,広中平祐,森重文がいる。


    1936
    チューリングマシン
    Turing Machines

    計算模型のひとつで計算機を数学的に議論するための、単純化・理想化された仮想機械。


    1936
    ヴォルダーベルクのタイル
    Voderberg Tiling

    有名な螺旋充填の例。


    1937
    コラッツの問題
    Collatz Conjecture

    任意の0でない自然数 n をとり、n が偶数の場合は、n を 2 で割り、n が奇数の場合、n に 3 をかけて 1 を足すという操作を繰り返すと、有限回で 1 に到達する、という主張である。コラッツの予想あるいは角谷の予想ともいい、数論の未解決問題のひとつである。1937年にローター・コラッツが問題を提示して以来、コラッツの問題と呼ばれるが、「3n+1問題」「Syracuse予想」などの異名もある。


    1938
    フォード円
    Ford Circles 376

    直線の同じ側に接し、外接する2つの同じ大きさの円を描く。次に円の間の隙間に両側の円のどちらとも外接する円を描く。さらに隙間に両側の円と外接する円を描く。これを繰り返してできる図形をフォード円という。


    1938
    フィッシャー=イエイツ・シャッフル
    The Rise of Randomizing Machines

    最初の擬似乱数生成アルゴリズム


    1939
    誕生日のパラドックス
    Birthday Paradox

    「何人集まればその中に同じ誕生日の人がいる確率が50%を超えるか?」という問題から生じるパラドックスである。普通に考えれば365日の半分、だいたい180人前後と考えるが、答えは23人であり、多くの人の直感を裏切るためパラドックスといわれる。


    c. 1940
    外接多角形
    Polygon Circumscribing

    円→三角形→円→四角形→円→…と円とn角形の外接を続けていった図形


    1942
    ヘックス
    Hex

    六角形が並んだ菱形状の盤を使い2人で対戦するボードゲーム。


    1945
    ピッグ・ゲーム
    Pig Game Strategy

    PigはJeopardy系ダイスゲームのなかで最もシンプルなもので、1945年ジョン・スカーニによってつくられた。2人以上何人でもできる。プレイヤーは自分の手番に、ダイス1個を何度でも振ることができる。出目の合計がその手番における得点になるが、1の目が出たら得点0で手番終了となる。数学の授業で確率の概念を教えるのに使われる。2人で行うPigでの最適戦略は、2001年トッド・ネイラーによって計算された。


    1946
    エニアック
    ENIAC

    世界最初のコンピュータと言われた


    1946
    フォン・ノイマンの平方採中法
    Von Neumann's Middle-Square Randomizer

    フォン・ノイマンの提案した擬似乱数生成アルゴリズム


    1947
    グレイ符号
    Gray Code

    デジタル回路用の数値符号。ベル研究所のフランク・グレイが1947年の特許出願した際には交番二進符号(Reflected Binary Code)と呼ばれていた。


    1948
    情報理論
    Information Theory

    1948年に C.E.シャノンが発表した論文に始る通信における情報伝達の数学的理論。


    1948
    クルタ計算機
    Curta Calculator

    手のひらに収まる手回し式の機械式計算機。1970年代に電子式計算機に取って代わられるまで、利用可能なものではもっとも携帯性に優れた計算機だった。四則演算のほか、より複雑な操作で平方根などの演算も行うことができる。クルタ計算機の設計はゴットフリート・ライプニッツの歯車式計算機の派生であり、歯車で数値を累算し、段付歯車機構で加算・補数演算を実行する。


    1949
    チャーサールの多面体
    Császár polyhedron

    ハンガリーの数学者チャーサール(Akos Csaszar)の発見した14の面を持つ環状多面体(ドーナツのように穴があいた立体)。


    1950
    ナッシュ均衡
    Nash Equilibrium

    ゲーム理論における非協力ゲームの解の一種であり、他のプレーヤーの戦略を所与とした場合、どのプレーヤーも自分の戦略を変更することによってより高い利得を得ることができない戦略の組み合わせ。ゲーム理論の解の概念の中で最も基本的な概念である。


    c. 1950
    海岸線のパラドクス
    Coastline Paradox

    フラクタルの有名な例。大きな縮尺では滑らかに見える海岸線は、縮尺を上げるほど複雑に凸凹しており、厳密にはその長さを図ることができない、というパラドックス。


    1950
    囚人のジレンマ
    Prisoner's Dilemma

    ゲーム理論や経済学において、協調したほうが互いにとってよい結果をもたらすのにも関わらず、独立して行動を決定する個人の間では協調を実現することができず、お互いにとって望ましくない結果をもたらしてしまうような状況を指す。このような状況は経済現象以外でも頻繁に見られるため(値下げ競争、環境保護など)、ゲーム理論における重要な研究対象とされた。1950年、アメリカ合衆国ランド研究所のメリル・フラッド (Merrill Flood) とメルビン・ドレシャー (Melvin Dresher) が考案し、顧問のアルバート・W・タッカー (A.W.Tucker) が定式化した。


    1952
    セル・オートマトン
    Cellular Automata

    、格子状のセルと単純な規則からなる、離散的計算モデルである。計算可能性理論、数学、理論生物学などの研究で利用される。非常に単純化されたモデルであるが、生命現象、結晶の成長、乱流といった複雑な自然現象を模した、驚くほどに豊かな結果を与える。


    1957
    マーチン・ガードナーの数学コラム
    Martin Gardner's Mathematical Recreations

    この年、『サイエンティフィック・アメリカン』でマーチン・ガードナーの「数学ゲーム」 (Mathematical Games) のコラムが始まった。


    1958
    ギルブレース予想
    Gilbreath's Conjecture

    アメリカの数学者でありマジシャンであるノーマン・L・ギルブレースが提示した素数に関する未解決の予想。素数を小さいものから並べた数列をつくり、連続する値の差をとって新しい数列をつくる(但しプラスにする)ことを繰り返す。すなわち2,3,5,7,11,13……から1(=3-2),2(=5-3),2(=7-5),4(=11-7),2(=13-11),……という数列をつくり、1,2,2,4,2,……から1(=2-1),0(=2-2),2(=4-2), 2(=4-2),……という数列をつくり、ということを繰り返す。こうして次々できる数列の先頭の数字は必ず1であるというのがギルブレースの予想である。 


    1958
    球面の反転
    Turning a Sphere Inside Out

    スティーヴン・スメールは、球面を切れ目を入れたりせず裏返すことができることを(球面を裏返すような正則ホモトピーの存在を)数学的に証明した。具体的な裏返し方については7年後アーノルド・シャピロが見つけ、その後より簡単な方法がベルナール・モランらによって発見された。


    1958
    プラトンのビリアード
    Platonic Billiards

     この問題はルイス・キャロルによって始めて提示されたものである。立体の内部でビリアードの玉が面にあたって跳ね返るところを想像しよう。摩擦や重力は無視する。すべての壁(面)で跳ね返った後、ボールが最初の場所に戻ってくることはできるだろか? 1958年、ポーランドの数学者ヒューゴ・スタインハウスによって、立方体の場合について、玉が元の位置に戻ってくる経路が存在することが証明された。1962年には正四面体でも経路の存在が証明された。しかし他のプラトン立体については長年そうした経路は見つからなかった。1997年、コンピュータを駆使したアメリカの数学者マシュー・ハドソンによって、八面体、12面体、20面体について、そうした経路が見つかった。


    1959
    外部ビリヤード
    Outer Billiards




    1960
    ニューカムのパラドックス
    Newcomb's Paradox

    未来予測をめぐるパラドクス。次のような問題として示される。「未来がわかるという予言者があなたに2つの箱を提示する。箱Aは透明で中に100万円が入っているのが見える。箱Bは不透明で中が見えない。「(1).箱Bのみを取る」か「(2).箱Aと箱Bの両方を取る」か、いずれかの行動を選択することができる時、どちらの行動を選択するべきか? 但し、あなたが行動1を選択すると予言者が予測していた場合、箱Bの中には彼によってあらかじめ1億円が入れられている。あなたが2を選択すると予言者が予測した場合、彼は箱Bの中を空にしている。」このパラドックスとは選択肢(1)と(2)、どちらを選んでも合理的な選択肢ということができるというものである。期待効用(利益)を最大にする原理に従えば選択肢(1)が合理的であり、優越原理(ある行為が他の選択肢よりも事態が改善する可能性があり、少なくとも事態を悪化させないならばその行為を選ぶ)に従えば選択肢(2)が合理的になる。


    1960
    シェルピンスキー数
    Sierpiński Numbers

    ポーランドの数学者ヴァツワフ・シェルピンスキは、全ての n について k × 2^(n + 1) が決して素数とならない正の奇数 k が無限にあることを証明した。この数をシェルピンスキー数という。


    1963
    カオスとバタフライ効果
    Chaos and the Butterfly Effect

    バタフライ効果(バタフライこうか、butterfly effect)とは、カオス力学系において、通常なら無視できると思われるような極めて小さな差が、やがては無視できない大きな差となる現象のことを指す。カオス理論を端的に表現した思考実験のひとつ、あるいは比喩。 大気変動モデルを研究していたマサチューセッツ工科大学の気象学者、エドワード・N・ローレンツ (Edward N. Lorenz) が、論文「決定論的非周期な流れ( Deterministic Nonperiodic Flow)」 (1963) の中で提示した。図では、この論文でローレンツが与えた p = 10、r = 28、b = 8/3 という設定での x, y, zの軌跡が示されている。決定論的な連立常微分方程式が初期値鋭敏性を持つことは驚きをもって迎えられ、カオス研究の端緒となった。なお、「バタフライ効果」という表現は、ローレンツが1972年にアメリカ科学振興協会でおこなった講演のタイトル『予測可能性-ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』に由来する。


    1963
    ウラムの螺旋
    Ulam Spiral

    自然数を渦巻き状に並べ、素数である部分を黒く塗りつぶすと斜め方向に連なる特徴的なパターンを含む図ができる。この図をウラムの螺旋という。


    1963
    連続体仮説の決定不可能性
    Continuum Hypothesis Undecidability

    連続体仮説(れんぞくたいかせつ、Continuum Hypothesis, CH)とは、可算濃度と連続体濃度の間には他の濃度が存在しないとする仮説。19世紀にゲオルク・カントールによって提唱された。現在の数学で用いられる標準的な枠組みのもとでは「連続体仮説は証明も反証もできない命題である」ということが、強制法と呼ばれる新しい手法を用いてポール・コーエンにより証明された。


    c. 1965
    スーパーエッグ
    Superegg

    スーパー楕円 (superellipse)は、デンマークの詩人・科学者ピート・ハインがテーブル天板や都市設計のデザインに用いて一般に知られるようになった。広場のロータリーやホットプレートなどでよく見かける。これを対称軸で回転させ立体化したものがスーパーエッグ。


    1965
    ファジィ論理
    Fuzzy Logic

    ロトフィ・ザデーが生み出したファジィ集合から派生した多値論理の一種で、真理値が0から1までの範囲の値をとり、古典論理のように「真」と「偽」という2つの値に限定されないもの。


    1966
    インスタント・インサニティ
    Instant Insanity

    各面に絵柄が描かれたキューブ数個(多くは4、5個)を1列に並べ四角柱にした時、各側面ごとに絵柄が全て異なるようにするパズル。


    1967
    ラングランズ・プログラム
    Langlands Program

    ガロワ表現のゼータと保型表現のゼータの間の双対性に関する野心的なプログラム。数学における統一理論とも呼ばれる


    1967
    スプラウト
    Sprouts

    紙に4〜6個程度の点を書き、二人で互いに点を結んでいくゲム。 紙の上に図形ができあがっていく様子が植物の芽が伸びていくようなのでこう命名をされた。


    1968
    カタストロフィー理論
    Catastrophe Theory

    カタストロフィーとは周期的な秩序だった現象の中から不意に発生する無秩序な現象の総称。カタストロフィー理論 は、力学系の分岐理論の一種を扱う理論。不連続な現象を説明する、画期的な理論として注目をあび、さかんに研究、議論された。代数的および微分トポロジーの第一人者であったルネ・トムにより提唱された。


    1969
    トカルスキーのイルミネーション問題の解
    Tokarsky's Unilluminable Room

    1969年、凸集合を研究していた数学者ビクター ・ クレーは次のような問題を提示した。多角形の全面鏡張りの部屋の中の1箇所に光源をおき、直接光および反射光によって部屋を照らすとき、部屋のどこに光源をおいたとしても、部屋のなかのすべての場所が照らされるか? この問題をイルミネーション問題と呼ぶ。1995年、トカルスキーは光が届かない部分ができる24辺の多角形を示して、否定的に問題を解いた。


    1970
    クヌースと「マスターマインド」
    Donald Knuth and Mastermind

    マスターマインドは、隠されたピンの色をヒントを元に推理するゲーム。1970年代前半にイギリスのインヴィクタ社から発売。その後アメリカではハズブロ社から発売され、世界中で販売された。特定の道具を使用しなくても遊ぶことができ、その際にはピンの色の代わりに数字を当てる形式にすることが多い。ドナルド・クヌースは1977年に、5回以内にピンの色をあてることのできる戦略を考案し発表している。


    1971
    ポール・エルデシュの図抜けた共同研究
    Erdős and Extreme Collaboration

    数学史上、最も多産な研究者ポール・エルデシュは、最も多く共同研究を行った数学者でもある。83歳で死ぬまで現役の数学者であり放浪者であったエルデシュは、自分の家を持たず、25カ国の友人知人の家を渡り歩く。粗末なスーツケースひとつで四大陸を驚異的なスピードで飛びかい、大学や研究センターを次々と移動して回った。知り合いの数学者の家の戸口に忽然と現れ、こう宣言する。「わしの頭は営業中だ、君の頭は営業中かね?」。そして数学者の家にころがりこんで、一緒に問題を解く。その数学者が音を上げるか、エルデシュが飽きるまでひたすら問題を解き続け、その後、次の家へ向かう。ユーモアとリスペクトを込めて、共著論文による結び付きにおいて、ハンガリー出身の数学者ポール・エルデシュとどれだけ近いかを表すエルデシュ数という概念が提案されている。


    1972
    HP-35
    HP-35: First Scientific Pocket Calculator

    、ヒューレット・パッカード社が販売した初のポケット電卓であり、世界初の科学技術計算用ポケット電卓である。た。HP-35 以前には、三角関数や指数関数を計算する携帯可能なツールとしては計算尺しかなく、既存のポケット電卓は四則演算しかできなかった。市場調査を裏切る爆発的ヒットと、ライバル社のテキサス・インスツルメンツが同様の電卓をリリースしたことによって、これ以降計算尺は急速に廃れていった。


    1973
    ペンローズ・タイル
    Penrose Tiles

    ロジャー・ペンローズが考案した平面充填形で二種類の菱形によるものである。正多角形を利用した充填の場合、周期的なパターンが現れるが、ペンローズ・タイルは、他の平面充填とは違い周期的なパターンがないため、平面充填しようとすると非周期的な並べ方が強制される非周期的平面充填の一種であり、二種類のみを使う唯一のもの。


    1973
    美術館定理
    Art Gallery Theorem

    視線を遮る壁がない限り、360度全ての方向を監視することができるカメラを、任意の多角形の形をした美術館に設置したする場合、 死角をつくらずにすむ最少台数を求める問題。


    1974
    ルービック・キューブ
    Rubik's Cube

    ハンガリーの建築学者エルノー・ルービックが考案した立方体パズル。群論と関連が深く、論文も発表されている。


    1974
    チャイティンの定数
    Chaitin's Omega

    計算機科学の一分野であるアルゴリズム情報理論の概念で、非形式的に言えば無作為に選択されたプログラムが停止する確率を表した実数である。グレゴリー・チャイティンの研究から生まれた。停止確率(ていしかくりつ、英: Halting probability)ともいう。停止確率は無限に多数存在するが、Ω という文字でそれらをあたかも1つであるかのように表すのが普通である。


    1974
    超現実数
    Surreal Numbers

    ライフ/ゲームの創案者などで知られるジョン・ホートン・コンウェイが提示した超現実数をモチーフに、ドナルド・E・クヌースが1974年に書き下ろした数学小説(原題:Surreal Numbers: How two ex-students turned on to pure mathematics and found total happiness。邦訳もある。『至福の超現実数―純粋数学に魅せられた男と女の物語』)。元ネタの超現実数はコンウェイにとっても一番のお気に入りで、数学の教科書を見つけると必ずページをめくって、超現実数の発見について書かれていないか探すという。


    1974
    ペルコ対
    Perko Knots

    1899年、リットルは非交代結び目を分類し、はじめて10交点の結び目について43個の非交代結び目の一覧表を発表した。この表は75年間正しいものと信じられていたが、1974年、ペルコが重複を発見し、10交点の非交代結び目は42個であったことがわかった。ペルコが同じ結び目であることを発見したペアを「ペルコ対 Perko pair knots」「ペルコの結び目 Perko Knots」という。


    1975
    フラクタル
    Fractals

    不規則な断片に砕かれた状態を表わすラテン語のfractusに基づき,ある特異な性質をもつ集合ないし幾何学的図形に対し,マンデルブロ(Mandelbrot,B.B.)により命名された概念。非整数のハウスドルフ次元をもち,自己相似構造(図形の各部分またはそれらの統計的性質が図形全体の縮小された像またはその統計的性質に等しいような構造)をもつ。


    1975
    ファイゲンバウム定数
    Feigenbaum Constant

    ミッチェル・ファイゲンバウムの名にちなんで名づけられた、2つの数学定数である。両方とも分岐図の比に表れる。そのうち1975年に発見された第一ファイゲンバウム定数の値は、分岐図における分岐の間隔やマンデルブロ集合における連続する2つの円の直径の正弦比である。ファイゲンバウムは本来、この数をロジスティック写像における分岐に関連する数としていたが、他にも多くの図と関係があることが分かった。現在では、この写像に当てはまる全てのカオス系は同じ比を持つことが明らかになっている。ファイゲンバウム数は、このような系でいつカオスの状態に達するかを予測するのに使われている。


    1976
    公開鍵暗号
    Public-Key Cryptography

    暗号化と復号に別個の鍵(手順)を使い、暗号化の為の鍵を公開できるようにした暗号方式。
    イギリスの政府通信本部 (GCHQ)のジェイムズ・エリスは、1960年代、公開鍵暗号(非秘密暗号)のアイデアを提出していたが、この実用化に必要な一方向関数が見つけられずにいた。1973年、GCHQに入所したクリフォード・コックスがこのアイデアに取り組み、素数と素因数分解を基に30分程度で一方向関数を組み立てた。さらにマルコム・ウィリアムソンが鍵配送問題に解決の糸口を見つけ、今日の"RSA"と呼ばれる暗号システムの基礎を確立した。しかし英軍の管理下であったGCHQでは、この暗号システムは国家機密とされた。
    一方、米国のアマチュア数学者、ウィットフィールド・デフィーは、エリス=コックス=ウィリアムソンたちとは独立に、独学で公開鍵暗号開発に取り組んでいた。1976年に、ウィットフィールド・デフィーとマーティン・ヘルマンは、公開鍵暗号に関する世界最初の論文を発表し、このアイデアと有効性が世界に知られることとなった。こうして、本発明の特許権と栄誉はデフィーとヘルマンに与えられることとなった。
    エリス=コックス=ウィリアムソン組は国家機密を守るための契約により、公開鍵暗号が広く普及したことで本暗号に関する機密扱いが解除されるまで、このことを口外できなかった。



    1977
    シラッシの多面体
    Szilassi Polyhedron

    ハンガリーの数学者のシラッシ(Lajos Szilassi)が発見した7つの面を持っている環状多面体。チャーサールの多面体の双対多面体にあたる。


    1979
    池田のアトラクター
    Ikeda Attractor

    レーザー光学のモデルとして池田研介氏によって研究された、複素力学系による渦巻状の流線形のストレンジアトラクタ。レーザー光学のモデルとして池田研介氏によって研究された、複素力学系による渦巻状の流線形のストレンジアトラクタ。


    1979
    スピドロン
    Spidrons

    スピドロンは、正三角形の辺に二等辺三角形をつなげ、二等辺三角形の辺に正三角形をつなげて作る図形である。1979年、ハンガリー大学のデザイン科の宿題として示されたのが最初である。


    1980
    マンデルブロ集合
    Mandelbrot Set

    漸化式{Z(n+1)=Z(n)^2+c ; Z(0)=0 }で定義される複素数列 {Z(n)}n∈N が n → ∞ の極限で無限大に発散しないという条件を満たす複素数 c 全体が作る集合がマンデルブロ集合である。複素数 c を複素数平面上の点として(あるいは同じことだが c = a + ib と表して c を xy-平面上の点 (a, b) として)表すと、この平面上でマンデルブロ集合は自己相似的なフラクタル図形として表される。


    1981
    モンスター群
    Monster Group

    26個の散在型単純群のうち、位数が最大のもの。


    1982
    ランダムな3点が鋭角三角形となる確率
    Ball Triangle Picking

    単位円内のランダムな3点を結ぶと鋭角三角形になる確率を計算する方法は、グレン・リチャード・ホールによってn次元の場合に一般化された。


    1984
    ジョーンズ多項式
    Jones Polynomial

    数学の結び目理論の分野において、ヴォーン・ジョーンズが発見した多項式不変量。


    1985
    ウィークス多様体
    Weeks Manifold

    ホワイトヘッドリンク上の (5, 2) と (5, 1) のデーン手術によって得られる閉じた双曲3次元多様体。この多様体は、独立に、Weeks (1985) と Matveev & Fomenko (1988) により発見された。ウィークス多様体は、約 0.9427... に近い体積を持ち、のちに閉じた向き付け可能な双曲3次元多様体の最小の体積であることが示されている(Gabai, Meyerhoff & Milley (2009) )。  


    1985
    アンドリカ予想
    Andrica's Conjecture

    アンドリカ予測とは、素数間のギャップに関するもので、n番目の素数Pnとその次の素数Pn+1の間には、いつでも√Pn+1-√Pn<1となる、というものである。2008年現在、n=1.3002×1016までは、この予想通りであることが確認されている。 


    1985
    ABC予想
    The ABC Conjecture

    1以外の公約数を持たない自然数a, b, cがa+b=cの関係で結ばれているとき、a, b, cに約数として現れる異なるすべての素数の積dがある程度大きい(例えば、「c<(dの2乗)、が必ず成り立つ」)という予想。これが正しければ、フェルマーの最終定理は簡単に証明でき、多くのディオファントス方程式(多変数の多項式の方程式)の整数解に関する決着も得られるなど、数論におけるさまざまな予想や定理がABC予想から導かれるため、整数の方程式の解析では「最も重要な未解決の問題」と呼ばれる。1985年にマーサ-とオステルレという2人の数学者によって提起された。2012年8月に、京都大学教授の望月新一がABC予想を証明したとする論文を自身のWebサイトで発表した。


    1986
    外観数列
    Audioactive Sequence

    次のような整数の数列である。「1, 11, 21, 1211, 111221, 312211, 13112221, 1113213211,……」。1986年、ジョン・コンウェイによって提示され分析された。Look-and-sayシーケンスともいう。


    1988
    Mathematica
    Mathematica

    代表的な数式処理システム。スティーブン・ウルフラムが考案、彼の率いる数学者とプログラマのチームが開発し、1988年に最初のバージョンがリリースされた。


    1988
    マーフィー法則の結び目理論による証明
    Murphy's Law and Knots




    1989
    バタフライ曲線
    Butterfly Curve




    1996
    オンライン整数列大辞典
    The On-Line Encyclopedia of Integer Sequences

    無料で利用可能な整数列(各項が整数である数列)のオンラインデータベース。2012年1月時点で20万を超える整数列の情報が収められており(ibid.)、この種のデータベースとしては最大のもの。


    1999
    エタニティーパズル
    Eternity Puzzle




    1999
    完全四次元方陣
    Perfect Magic Tesseract

    伝統的な魔方陣は正方形の格子に整数が配置され、タテrows・ヨコcolumns・ナナメdiagonal(dia2の-gonalアングル) に並ぶ数を足すと等しいものである。この「2次元平面に並べられた魔方陣に対して、四次元方陣magic tesseractは魔方陣を4次元に拡張したものであり、rows方向, columns方向, pillars方向, files方向そしてquadragonals(quad4の-gonalアングル)方向に並ぶ数がすべて等しい。さらに完全四次元方陣Perfect Magic Tesseractは、これらに加えてdiagonal方向とtriagonals(tri3のgonalアングル)方向に並ぶ数を足しても等しいものである。世界でも有名な高次元魔方陣ハンターのジョン・ヘンドリクスは、16次元未満では完全四次元方陣は存在しないことを証明し、どの方向に並ぶ数を足しても534,296となる、完全四次元方陣となる16次元魔方陣を発見した。


    1999
    パロンドのパラドックス
    Parrondo's Paradox

    期待値がマイナスの2つのゲームを組み合わせて50%の確率でどちらかのゲームを行うようにすると期待値がプラスになる、というパラドックス。例えばゲームAの方は勝率が48%、ゲームBは元金が3の倍数のときは勝率1%それ以外は勝率85%とし、どちらも勝てば1円元金が増え負ければ1円減る設定のゲームでこうなる。


    1999
    ホリヘドロン
    Solving of the Holyhedron

    それぞれの面が少なくとも一つの多角形の穴を持ち、その穴の境界は他の穴や表面の境界と共有しないような3次元立体。ジョン・H・コンウェイによって提案され、デビット・H・ウィルソンが、多面体polyhedronをもじって「holyhedron」という名前をつけた。発見に対して10000ドルの賞金がかけられたが、1999年にジェイド・P・ビンソンがholyhedronの条件にかなう78,585,627の面をもつ立体を発見した。


    2001
    ベッドシーツ問題
    Bed Sheet Problem

    紙のような薄いものを二つ折りすると厚さは二倍になる。折るたびに厚さは倍々で増えていく。あなたのベッドのシーツが0.4mmの薄さだとすると、40回折れば月に到達し、51回折れば太陽にも届く。しかし実際は物理的限界から、そのはるか手前で折ることができなくなる。普通の紙であれば、どんなに大きなものであっても7〜8回で限界に突き当たる。しかし2002年、高校生だったブリトニー・ギャリヴァンは望外の12回折りに成功し世界中を震撼させた。実はこの前年ギャリヴァンは、1方向へ半分に紙を折るための損失関数L=(πt/6)(2^n+4)(2^n-1)[Lは紙(もしくは他の素材)の最小限の長さ、tは素材の厚さ、そしてnは可能な折り目の数]を証明しており、ある回数紙を半分に折るために必要な紙の大きさはいくらになるかをこの式から計算した結果、長さ1200mの特注トイレットペーパーを利用し12回折りに成功したのだった。


    2002
    ゲーム「アワリ」の終わり
    Solvmg the Game of Awari

    Awariはアフリカで行なわれていた36個の石と7本の棒を使った石うつしゲームである。2002年、アムステルダム自由大学の研究者は、コンピュータを使ってすべての手を総当りで検討し、このゲームがプレイヤー双方が最適な手を打った場合必ず引き分けになる事を証明した。


    2002
    テトリスはNP完全問題
    Tetris Is NP-Complete

    エリック・D. ドメインらは、2002年、与えられたテトリスの組とフィールドに対して、特定の列数だけ消すことができるかという判定問題がNP完全であることを証明した。
    ドメインの著作は『ゲームとパズルの計算量』という翻訳がある。



    2005
    「NUMBERS 天才数学者の事件ファイル」
    NUMB3RS

    アメリカ合衆国で2005年から2010年にかけて放送さた、FBI特別捜査官と、数学の天才で犯罪者の行動を予測する公式を導き出す弟の活躍を描くテレビドラマ。番組制作には複数の数学者が協力しており、番組内で提示される方程式は各回のエピソードの状況に実際に適用できるものである。数学嫌いが蔓延するポピュラー文化の中で(ほとんどすべての登場人物が数学嫌いであり、稀に登場する数学好きの人物は必ず変人)、数学教育関係者が長年待ち望んできた、数学(者)を肯定的に取り扱う人気ドラマであり、この人気を受けてテキサス・インスツルメンツと全米数学教師評議会は、ドラマのエピソードで使用される内容に基づいた教材をWebで提供していた。


    2007
    チェッカーゲームの解決
    Checkers Is Solved

    プレイヤー双方が最善を尽くした場合必ず引き分けになる事が証明された。


    2007
    E8と万物の理論
    The Quest for Lie Group E8

    248次元、階数8の例外型単純リー群。アントニー・ギャレット・リージは、2007年、E8の幾何構造に基づく万物の理論を発表した。


    2007
    数学的宇宙仮説
    Mathematical Universe Hypothesis

    マックス・テグマークによって提唱された、物理学および宇宙論における思弁的な万物の理論 (TOE)。


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    司書:何かお探しですか?

    少女:あ、こんにちは、先生。

    司書:このあたりの棚でお会いするのは初めてですね。

    少女:ええ、ちょっと数学でひどい点数とっちゃって。

    司書:何か参考になりそうなものは見つかりましたか?

    少女:・・・ごめんなさい、本当は先生が声をかけてくれるのを待っていました。

    司書:失礼ですが、数学をあまりお好きでないようですね。

    少女:大嫌いです。何でやらなきゃいけないのか全然分かんないです。何やってるのか、段々分からなくなるのもあるけど。

    司書:なるほど。

    少女:……今までは、やり方を丸覚えしてやり過ごしてきたんですけど、なんか、それでいいのかな、って最近思えてきて。……ちょっとスランプなんです。

    司書:それはちょうどよい機会なのかもしれませんね。

    少女:あの、機会って何の?

    司書:ご迷惑でなければ、ひとつ提案があるのですが。

    少女:はい!ありがとうございます。

    司書:実はこの図書館の常連の方なのですが----どこかでお会いになったことがあるかもしれません----ちょうど今のあなたと同じぐらいの頃に、数学にひどく苦しめられたそうです。もっとも彼女の場合は、数学嫌いが高じて、最後には数学と連れ添うことになったのですが。

    少女:お気の毒です。

    司書:もし良ければお会いになりませんか? ええ、今日は朗読ボランティアで図書館にいらしているはずです。






    少女:あの、はじめまして。

    禁煙:まあ、あなたが? どうぞ、おかけになって。いつも事典の坊やといっしょにいるお嬢さんね。

    少女:事典の、って・・・ああ。

    禁煙:小さい頃から百科事典に首っ引きだったから、常連さんの間で誰彼なしにそう呼ぶようになったの。

    少女:そうなんですか。えーと・・・。

    禁煙:私のことは「禁煙さん」と呼んでください。

    少女:え、禁煙してるんですか?

    禁煙:ええ。

    少女:? えーと・・・。

    禁煙:数学がお嫌いなのね?

    少女:はい、ものすごく。あの、禁煙さんは……

    禁煙:今のあなたぐらいだったかしら、私も「なんでこんなもの勉強しなきゃならないんだ!?」って噛み付いたことがあったわ。その相手が悪かったのね、きっと。

    少女:それって、もしかして?

    禁煙:ふふ。どんな答えが返ってきたと思う?

    少女:・・・論理的思考力がどうのこうの・・・とか?

    禁煙:答えは3つあったの。もっと具体的なのと、もっと抽象的なのと、それにもうひとつ、少しおかしなのが。

    少女:具体的ってどういう?

    禁煙:数学を学ぶ理由は、微分方程式(という言葉)の読み書きができるようになるため。

    少女:へ?

    禁煙:科学のミニマムな作業言語だから、できないと入口(力学)でこける。強制振動のところで確実にこける。イメージだけで理解できるほどサイエンスはゆるくありません、っていうの。

    少女:具体的といえば具体的ですけど、もっとこう、数学っていろいろあるんじゃ?

    禁煙:少なくとも学校数学はそう組み立ててあるって。

    少女:微分方程式を知らないせいか、全然ピンと来ません。というか将来、理系に進まない人はどうすれば?

    禁煙:足し算引き算も、九九も分数も、文字式も方程式も、いろんな関数も、その微分積分も、すべては微分方程式をやるための準備。ベクトルと行列、これらを一般化した線形代数は、線形微分方程式を解くための強力なツールだし、フーリエ変換(級数)、ラプラス変換はもともと微分方程式を解くために開発された手法。フーリエ級数の(復元の)一意性の問題から集合論ははじまった。多くの人は準備の途中でやめてしまうから、結局何のために数学を学ぶのか永遠に分からない。

    少女:わあ言い切った。・・・あの、抽象的な方の答えは?

    禁煙:自然言語(ことば)では伝えきれないことを伝えるため。

    少女:美人に言われると、なんかドキドキします。

    禁煙:だから、日本語に訳さず理解できるなら、そうした方がいい。

    少女:え、数学の話ですよね? 「日本語に訳すな、英語のまま理解しろ」じゃなくて?

    禁煙:ええ。

    少女:英語だったらまだ、なんとなく分かるんですけど。

    禁煙:数学でも、元々は自然言語(ことば)をつかって数や図形をあつかっていたわね。後になって、もっと簡潔に表せる表現手段として、数を記号で表現するやり方や数式の書き方なんかが生まれたのだけれど。

    少女:はい、それは分かります。

    禁煙:自然言語(ことば)から離陸することで、数学はそれまでよりずっと複雑で込み入ったことを扱ったり考えたりできるようになったの。

    少女:うーん、数学の歴史というか、お話としてはきっとその通りなんだろうと思うんですけど。それを実感するには、さっき微分方程式が出たけど、もっと難しい数学が分からないとダメですか?

    禁煙:ニュートン算ってご存知?

    少女:受験のとき、やりました。仕事算の親戚みたいなの。

    禁煙:ニュートン算の元は、ニュートンが作った代数の教科書Arithmetica Universalis(1707)(→ラテン語英語)だと言われているわ。ニュートンは、自然言語(ことば)で考えると大変だけど、方程式という数学の表現を使って自然言語(ことば)から離陸すると、簡単に解ける例としてこの例題をつくったというのね。

    少女:今では、解き方を知らないと面倒すぎてお手上げのお受験算数です。

    禁煙:他には、そうね、マイナスとマイナスを掛けると何故プラスになるのかと考えたり、誰かに尋ねたりしたことはない?

    少女:うーん、そんなに悩んだわけじゃないけど。でも、自分ではうまく説明できないです。

    禁煙:数学が分からないと感じると、人は〈分かりやすい説明〉を求める。これは自然なことね。そして〈分かりやすい説明〉というのは、多くの場合、自然言語(ことば)への言い換え、そして日常体験から類推できる範囲への移しかえのことだったりするの。

    少女:あ、前に、・・・えーと、友達が、数学の入門書には〈分かる本〉と〈解ける本〉があって、みんなが読みたがるのは〈分かる本〉の方だと言ってたんです。今の話って・・・

    禁煙:ええ、似ていると思うわ。

    少女:友達は〈解ける本〉を優先しろ、って言ってたんですけど。

    禁煙:「日本語に訳すな、英語のまま理解しろ」でいうとね、学び始めの頃は、英語の単語を日本語の単語と結びつけて理解しようとする。例えば英語の「is」は日本語の「~である」だとかね。けれども英語と日本語は別のものだし、対応付けしようとしてもムリが出てくるでしょ。今の例でも「is」を本当に理解しようとすれば、英語の中で、「is」という単語がどんな働きをするか、他の単語とどんな関係を結ぶかを見ていかないといけないでしょう。同じように、最初は「3-2=1」を、最初は日本語の「3から2を引くと1である」と翻訳して理解するけれど、「-」マイナスを理解するには、数学の中でどんな働きをするかを見ていくの。

    少女:どうしてですか?

    禁煙:そうしないと「マイナスにマイナスをかけるとプラス」というのが何故なのか分からない、みたいなことになるのかしら。

    少女:じゃあ、ひょっとすると、むりやり自然言語(ことば)に訳して理解しようとするのが、かえって数学を難しくしてるってことですか?

    禁煙:「マイナスの数」というのがすでに、自然言語(ことば)から離陸した、数学の世界の表現だと思わない?

    少女:「マイナス」を負債や損失だと〈翻訳〉してたから、「負債に負債かけてなんでプラスになるの?」みたいなことになってたんですか?

    禁煙:数学の中でだけ考えれば「マイナスにマイナスをかけるとプラス」は、そんなに難しくも複雑でもなく導き出せる。むしろ導けてしまうからこそ、みんな困っちゃったのね。

    少女:ええ?そうなの?

    禁煙:たとえば、−1×−1=1だと

     

    どんな数でも、その数から同じ数を引くとゼロになるから

     (-1)-(-1)=0 …(1)  
     

    またマイナスの数を加えることは、対応するプラスの数を引くことに等しいので、(-1)から(-1)を引いたものは、(-1)+1に等しいから(1)は(2)のように書き換えられる。
     
     (-1)+1=0 …(2)


    (2)の両辺に同じ数をかけてもイコールのままだから

     {1+(-1)}×(-1)=0×(-1)…(3)
     
     
    (3)の左辺については分配法則を適用し、(3)の右辺については、どんな数でもゼロをかけるとゼロになることを使うと、(3)は(4)のように書き換えられる。
     
     {1×(-1)}+{(-1)×(-1)}=0…(4)
     
     
     どんな数と1をかけてもその数のままだから1×(-1)=-1より、(4)は(5)に書き換えられる。
     
     -1+{(-1)×(-1)}=0 …(5)
     
     両辺に同じ数1を加えても、イコールは変わらないから、(5)は(6)に書き換えられる。
     
     -1+1+{(-1)×(-1)}=0+1 …(6)
     
     (3)から-1+1=0。またどんな数と0を足してもその数のままだから0+1=1となり、(6)は(7)に書き換えられる。
     
     0+{(-1)×(-1)}=1 …(7)
     
     どんな数でも、その数にゼロを足しても、その数のままだから、(7)は(8)に書き換えられる。
     
     (-1)×(-1)=1  …(8)

     これが、我々が証明したかったものである。
     
     


    少女:すみません。ちんぷんかんぷんです。・・・きっと数学的には間違ってないというか、飛躍があるとかズルしてるって思ってる訳じゃないんですけど。いったい何をやってるかが追え切れないというか、着いていけないって感じです。

    禁煙:「ある数から同じ数を引くとゼロになる」みたいな、誰もが認めてくれそうな当たり前のところからスタートして、どれも既に知っている数学中のルールだけをつかって、(-1)×(-1)=1にたどり着いただけど。最初と最後はともかく、その途中で〈何をやってるか〉が分からなくなる感じがする?

    少女:はい。さっぱり。

    禁煙:ひょっとすると、証明の途中に登場する式が何なのか=何を表しているのか=自然言語や日常体験で対応するのは何なのかが〈分からない〉のかしら?

    少女:・・・って、あ、これも自然言語(ことば)に翻訳しようとしてるからですか?

    禁煙:半分はそう。もう半分は・・・「こんなの自分では思いつかない」という感じもある?

    少女:あ、それもあります。

    禁煙:どうすれば思いつくようになるのかは、次のステップでやりましょう。今は自然言語(ことば)に移そうと悪戦苦闘するかわりに、数学の中で数学のルールだけを(飛躍やズルなしに)使うことで、「マイナスにマイナスをかけるとプラス」という、自然言語(ことば)に翻訳しづらい事柄を示すことができたことを寿ぎましょう。

    少女:これがさっき言ってた、「自然言語(ことば)から離陸することで、数学はそれまでよりずっと複雑で込み入ったことを扱ったり考えたりできるようになった」例ですか?

    禁煙:まだとても単純だけれどね。さっき言ったように、〈マイナスの数〉というものが、自然言語(ことば)からちょっと〈離陸〉したところがあるわ。「マイナス2個のりんご」なんてなさそうだし。数学の歴史でも(少なくともヨーロッパでは)、中々認められなくて、マイナスの数は「ばかげたもの」「存在しないもの」という扱いを長い間受けてきたの。

    少女:そうなんですか。

    禁煙:けれども、既に長い間使ってきた数式の変換規則やその他の数学のルールをつかって、例えば一次方程式の解を求めようとすると、マイナスの数がどうしても登場する。それから、どうしても(-1)×(-1)は1になる。そうでないと、今度は長年使ってきた数式の変換規則の方を変えなくてはならなくなる。

    少女:つまり〈マイナスの数〉を認めるか、数学のルールを変えるか、どっちを選ぶかということになって、〈マイナスの数〉を認める方を選んだってことですか?

    禁煙:実際には、どちらかを選ぶことなく、さっきもいったように〈マイナスの数〉「ばかげたもの」「存在しないもの」として「なかったことにする」というのがよく取られた手だけれど。けれども今となって振り返れば、長年使ってきた数学のルールの方ははそのまま持ち越しつつ、新しい対象を追加する形で、数学は発展してきたように見えるわね。他にも二次方程式を解くことで出てきた虚数(二乗するとマイナスになる数)だとか、自然言語(ことば)にうまく翻訳できないから、長い間数学者にも「ばかげたもの」「存在しないもの」という扱いを受けたものは多いわ。

    少女:でも、その数学の〈発展〉っていうのは、今の話だと、数学が自然言語(ことば)から離陸して、ますます離れていくことなんですよね?

    禁煙:より遠くへ飛ぶためにより高く飛ぶ、と言い切ることができれば良いのだけれど。それでも数学は、自然言語(ことば)や日常体験という地面から離陸することで、地面を行ったのでは渡れなかった〈向こう側〉だとか、歩いては一生かけても行き着かなかった〈遠いところ〉に向かうための乗り物になれるかもしれない。

    少女:うーん、それでもやっぱり自然言語や日常体験という地面にしがみついちゃいそうです。

    禁煙:飛ぶ練習をするのに、何度でも地面に帰ってくるのは当然。数学でやってることを自然言語(ことば)に翻訳するのを全否定している訳じゃないの。自然言語から離陸することを恐れないのと、自然言語に着陸することを厭わないのは、同じコインの両面だから。それに、翻訳を読んで面白かったから原書を読んでみたいと思うことだってあるもの。

    少女:あ、面白い翻訳ってのを、まず読んでみたいです。

    禁煙:そうねえ。面白い話題を紹介する本はたくさんあって、数学を学ぶ動機づけにはなるけれど、数学ならではのトピックを扱ったものだと、途中に降り立つ地面がないところを飛んでいくものが多いの。

    少女:オーバーシー(over sea)?

    禁煙:だから前提と結論だけは自然言語(ことば)に翻訳してあるけれど、途中経過は省略してある読み物になっちゃう。じゃないものは、途中のところはしっかり数学語で書いてあったり。

    少女:うう。やっぱり自分で飛ばなきゃいけないんですね。

    禁煙:〈解ける本〉という話をしてくれたわね。数学を学ぶのにくりかえし問題を解くことはきっと、数学の〈用例〉に数多く接することで、そうして自然言語(ことば)で息継ぎするのを少なくしても、ずっと数学の中に潜って進めるようになる練習なのかもしれないわ。

    少女:うーん、先は長いって感じです。

    禁煙:英語でも「I love you.」というのを「私はあなたを愛する」といちいち訳して理解してないでしょ? 繰り返すうちに、やがて数学のルールの一部でも〈自然なもの〉と感じられるようになればなるだけ、自然言語(ことば)へ翻訳するという苦労の多い努力をなるべく介さずに、数学で書かれたものを理解できるようになるのじゃないかしら。

    少女:そうでしょうか? ・・・友達も「理解は後からついてくる」って言ってたけど。

    禁煙:それから自然言語(ことば)の方だって他の言語から〈外来語〉を取り入れていくように、数学から自然言語が学ぶこともあるかもしれない。温度の表し方だとか帳簿で負債を表すやり方を経由して慣れたから、今は日常会話でマイナスを使っても、それほど地面から離れた感じはしなくなっていない?

    少女:じゃあ、虚数とかも、そのうち……って無理かな、やっぱり。

    禁煙:ふふ、どうかしらね。

    少女:…‥あの、禁煙さんが「なんでこんなもの勉強しなきゃならないんだ!?」って噛み付いた時、3つの答えが返ってきたって。

    禁煙:そう、3つめの答えがまだだったわね。

    少女:はい。どんな答えだったんですか?

    禁煙:「今日話したことも、二次方程式の解き方も、忘れてしまってかまいません」

    少女:え、それはまずいでしょ?

    禁煙:「あなたが忘れても、私が覚えていますから」

    少女:……。

    禁煙:「あなたや私が忘れてしまっても、一生使わないと呪っても、私達が知識を失わないのは、誰かが覚えていてくれるからです。二次方程式の解き方を忘れても、このことは忘れないでください。これで今日の授業を終わります。」


     アメリカの作文教育では、感想文でなく、主張する文章のトレーニングをやる。

     主張には、根拠を必ずつけなくてはならない。それも複数つけなくてはならない。
     
     しかしいきなり根拠を挙げろと言われても難しい。
     
     今回紹介する思考ツールはFour Square Writing Methodで使われるものだが、学校にあがったばかりの幼少の子から、パラグラフ・ライティングができるまでを、同じフォーマットでシームレスにつなぐものである。
     
     これより複雑な思考ツールはいくらもあるが、物心がつくかつかないかぐらいから、大きくなってもずっと使えるものはまれである。




    作り方

    1.長方形の紙を用意する。

    2.紙を半分に折り、さらにもう一度半分に折る。

    3.広げると真ん中になる角を折る。

    4.広げるとこんな風に中心にひし形の領域ができ、周りに4つの領域ができたら完成。


    4sqfolding.jpg



    基本の使い方

    1.真ん中のひし形の中に、中心テーマを書く
    2.周りの4つの領域に、テーマをサポートすることを書く




    使い方 grade1

    1.先生が、真ん中のひし形の中に、お題を書く
    (例(1)私の家族、(2)好きなもの、(3)昆虫の仲間……)

    2.生徒は、周りの4つの領域に、お題に合ったものを書く、描く、あるいは貼り付ける

     例(1)家族の写真を持ってきて、切り抜いて、周りの4つの領域に貼り付ける+その下にそれぞれの単語や名前を書き入れる

     例(2)好きなものの写真を持ってきて貼る。あるいは好きなものの絵を描く+その下にそれぞれの単語や名前を書き入れる

     例(3)図鑑やインターネットから昆虫の写真を集めてきて貼る+昆虫の名前を貼ったその下に書き入れる


    square1.jpg





    使い方 grade2

    1.生徒が、真ん中のひし形の中に、お題を書く
    (例(1)昆虫 (2)料理人、(3)……)

    2.生徒は、周りの3つの領域(左上→右上→左下)に、お題に合ったものを書く、描く、あるいは貼り付ける

    (例)お題「昆虫」→3種類の昆虫

    3.右下の領域に、全体の感想を書く

    (例)お題「昆虫」→3種類の昆虫→怖い!!

    square2.jpg




    使い方 grade3

    1.生徒は自分で、お題やテーマをひし形の中にお題を書く

    (例(1)自分の一番好きなもの/人→最初に誰/何が好きかを書く  (2)学校の好きなところ……)


    2.生徒は、周りの3つの領域(左上→右上→左下)に、好きなところ/どこが好きかを書いていく

    3.次のようなフォーマットで発表する
    (1)「私は@@が好きです」で始める
    (2)「@@は~だからです」×3回
    (3)「こうした訳で、私は@@が好きです」で締める

    square3.jpg





    使い方 grade4

    1.生徒は自分で、お題やテーマをひし形の中にお題を書く

    (例(1)自分の一番好きなもの/人→最初に誰/何が好きかを書く  (2)学校の好きなところ……)


    2.生徒は、周りの3つの領域(左上→右上→左下)に、好きなところ/どこが好きかを書いていく


    3.それぞれの理由について、具体例をあげて書き込む


    3.次のようなフォーマットで発表する
    (1)「私は@@が好きです」で始める

    (2)接続詞で区切って、周りの3つの領域に書いた理由を一つずつ述べる。
    「まず、〜〜」
    「つぎに~~」
    「さらに~~」

    (3)「だから、私は@@が好きです」で締める

    square4.jpg




    使い方 grade5

    1.生徒は自分で、お題やテーマをひし形の中にお題を書く。お題は「(主語)は~~だ」と文(センテンス)の形にする。
    (例)「夏休みは楽しみだ」「いじめはゆるせない」

    2.生徒は、周りの4つの領域にひとつずつ、中心に書いたセンテンスの理由を書いていく。
    (例)「夏休みは楽しみだ」→(理由)学校がない、旅行へ行く、

    3.次のようなフォーマットで発表する
    (1)「私は、**は~~だと思います。その理由は……」で始める。

    (2)接続詞で区切って、周りの3つの領域に書いた理由を一つずつ述べる。
    「(第一に)、~だからです」
    「(第二に)、~だからです」
    「(第三に)、~だからです」

    (3)「以上の理由から、私は、**は~~だと思います。」で締める。




    使い方 grade6

    1.生徒は自分で、お題やテーマをひし形の中にお題を書く。お題は「~~をすべきである」または「~~をすべきでない」という文(センテンス)の形にする。


    2.生徒は、周りの4つの領域のそれぞれに、問題の側面を割り当てる。


    3.それぞれの側面について、1~3つの理由や根拠を考えて書き入れる。


    4.次のようなフォーマットで発表原稿をつくり、発表する/原稿を提出する。


    (1)「私は、~~をすべきであると考えます。その理由は……」で始める。

    (2)接続詞で区切って、周りの4つの領域に書いた理由を一つずつ述べる。

    「まず、~~の側面については、次のようなことが考えられます。第一に~。第二に~。」

    「つぎに~~の側面については、次のようなことが考えられます。第一に~。第二に~。」

    「最後に~~の側面については、次のようなことが考えられます。第一に~。第二に~。」


    (3)「以上の理由から、私は、~~をすべきであると考えます。」で締める。




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