古代ギリシャの哲学者には、大きく分けて2種類ある。その著作が、せいぜい断片ぐらいしか残っていない哲学者と、ほとんど欠けることなくすべて残っている、むしろ全作品よりも《多くのもの》が残っている哲学者である(というのは、偽作が混じっているからである)。
     後者にプラトンとアリストテレスがいる。前者にそれ以外の大勢がいる。

     著作の残っていない哲学者には、ソクラテスのように最初から書かなかった人もいるが、デモクリトスのように人知のおよぶあらゆる領域にわたって書いた者もいる。

     プラトンよりは遥かに多く広く、アリストテレスに優るとも劣らないくらいだったらしい。
     自然学者・原子論者として扱われることが多いが、現存する断片には、倫理や社会についての論考の方が多かったようだ。


     ところがデモクリトスの著作はわずかな断片を除いて何一つ残っていない。
     これにはこんな話がある。

     哲学者たちのなかで最もすぐれた者になろうとしたプラトンは、デモクリトスが自分にとっての競争相手になるだろうということをよく知っていた。それでプラトンは、集めることのできるかぎりのデモクリトスの書物を燃やしてしまおうとした。

     ピタゴラス派のアミュクラスとクレイニアスが、そんなことをしても何の益にもならない、デモクリトスの書物はすでに多くの人たちの間に出回っているのだからと言って、プラトンにそのことを思いとどまらせたらしい。

     ところがデモクリトスの著作は何一つ残っていないのである。


     著作がないのでデモクリトスは読書猿できない。が、ここにこんなものがあった。なかなか読書猿な内容だったので、インチキして取り上げることにしたのは、私のわがままな喜びである。

     ラ・フォンティーヌとイソップの違いは、ラ・フォンティーヌの方はずっと後のものであることである。イソップは、デモクリトスもヒポクラテスも知らなかった。イソップは、デモクリトスやヒポクラテスよりも、ずっと以前の時代に生きた。

     さて、ラ・フォンティーヌの『寓話』から。


    「わたしはいつも卑俗な人々の考えをどれほど嫌悪してきたことか。
     かれらがどれほど無知で、不当で、無礼だと思っていることか。
     かれらは事物と自分たちとのあいだにいつわりの媒体をおき、
     他人のうちに見るものを自己を基準にして考える。

     エピクロスの師*1はそれを経験させられた。
     かれの国の人々は彼を狂人だと信じた。けちくさい連中! しかし、ああ、
     なんびとも故国では預言者になれぬ。
     その連中は愚人、デモクリトスは賢人だった。
     思いちがいはひどくなって、ついにアブデラ*2は
     ヒポクラテスのところへ代表を派遣し、書面をもって、
     また使者の口上をもって、病人に理性を回復させるために
     来てくれるようにと、かれを招いた。

    (*1エピクロスの師  デモクリトスのこと)
    (*2アブデラ  古代では有名な、愚者の町)

     「われらの同国人は」とかれらは涙ながらに語った。
     「正気を失ってしまいました。読書がデモクリトスをだめにしたのです。
     かれが無学だとしたら、わたしたちはもっとかれを尊敬することでしょう。
     かれはこんなことを言っています。数かぎりない世界がある、
     そして、おそらく、それらの世界には
     数かぎりないデモクリトスがいる、と。
     そんな夢みたいなことを言うだけでなく、さらに、原子を、
     空っぽの頭から生まれたもの、目に見えない幻を、もちだし、
     この地上にじっと坐ったまま天のことを考え、
     かれは宇宙のことを知りながら、自分のことを知らないのです。
     むかしはかれは人々の争いを解決することができましたが、
     今は自分ひとりに話をしています。
     いらしてください、尊い人よ。彼の狂気は極まれり、です。」

     ヒポクラテスはその連中をたいして信用しなかった。
     しかし、かれはでかけていった。そこで、見たまえ、読者よ、
     人の世におけるいかにすばらしいめぐりあわせを
     運命がもたらしたかを。ヒポクラテスがやってきたとき、
     理性も分別も持たないといわれていた人は
     人間の、また動物の、どこに理性は宿っているのか、
     心臓か、頭か、ということを探求していた。
     茂った木陰、小川のほとりに腰を下ろして、
     脳の謎を
     考えていた。足もとにたくさんの書物をおき、
     友人がやってくるのもほとんど目にはいらなかった、
     いつものように考えにふけって。
     ふたりのあいさつはかんたんだった、読者にも考えられるように。
     賢人は時間と言葉をむだにはしない。
     そこで、たわいない話はやめにして、
     人間と精神について大いに論じたのち、
     かれらは倫理の問題に移った。
     ふたりが語ったすべてのことを
     ここで述べる必要はない。

     以上の話で十分に
     証明されよう、民衆は信用のおけない審判者だと言うことが。
     いったい、どういう意味で正しいのだろう、
     わたしがどこかで読んだこと、
     民の声は神の声なり、というのは?」


    (ラ・フォンティーヌ『寓話』 デモクリトスとアブデラの人)


     古伝は、このときデモクリトスとヒポクラテスが親友となったと伝えている。


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