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2009.11.24
著作権と「作者」の起源(はじまり):ロジェ・シャルチエ『書物の秩序』
「作者」は、今日では、名声を得るため、カネを得るため、自分の考えの影響を増すため、就職するため、敵対する考えの影響を減らすためなどの他に、さまざまな「読者の利害とは一致しない」理由から書物を著す。結局のところ、「作者」は作者自身のために執筆し出版するのであって、それは本来的には読者のためではない。
本当のところ、独創性のために「作者」が費やす苦労によって、どれほど読者が悩まされ、余計な時間を費やすはめになっているか。
とりわけ「作者」が伝えなければならない新情報や重要情報の欠如が、この「独創性への労苦」をかけあわせることによって、しばしば多大な損害を読者にもたらす。
ただ新奇にみせかけられた考えや表現を受け取るために費やされる時間を少しでも減らせるのであれば、人はその分を、たとえば自ら思考することにあてることができるばかりか、泳ぎにだって出掛けられるというのに、である。
(もちろん、同じような作者の同じような----せいぜいが予想を裏切るだけで決して期待を裏切らない----おびただしい作品を読むことがこのうえない喜びであり慰安である読者----彼らに幸あれ!----のことを、ここでは考えない)。
「作者」が、あるいは文学著作権が登場したのは、直接には、「出版特認」を剥奪されそうになった出版業者が、その対抗手段としてそれらを持ち出してきた時だった。
「出版特認」は従来国王から書物の販売特許として与えられ、これまでロンドンやパリの出版業者に利益をもたらしてきたものだったが、イギリスでは1709年に「アン女王の法令」と呼ばれる法律によって、この独占販売体制に対する攻撃がはじまる。そしてフランスでも1760年代に入って「出版特認」の延長廃止をめぐる動きが激しくなった。
このような危機に対し、これまで独占的な利益をあげていたパリの出版業者は、この時代最も戦闘的な「古典主義の攻撃者」であった百科全書派のディドロに依頼し、論陣を張る。
彼らの戦略は、これまでは国王から授けられた「特権」に過ぎなかったものを、コモンローや自然権として位置づけ直そうとすることだった。
出版業者たちは、「作者の、作品に対する所有権」に「出版する権利」を基礎づけることで、従来からの「特権」を守ろうとした。
逆に言えば、「アン女王の法令」が、そしてフランスにおける1777年の国王顧問会議裁決が、出版業者の独占を排し「守ろう」とした「作者の、自分の作品に対する権利」とは、作者自らが有する「出版特認」だった。
したがって、ディドロの主張もこの点をめぐり、次のようなものになる。
「作者は自らの作品の主人であり、さもなければ社会の誰ひとりとして自己の財産の主人ではないことになる」。
そして出版業者の代弁者として、ディドロはこうつけ加えるのを忘れない。
「書籍商はこの作品を、作者が所有していたのと同じように所有するのだ」。
ところがこれには反論が起こった。
それではあらゆる知的成果は、たとえば思想や様々な真理までもが、私有占有されることになるではないか。
時は啓蒙時代、「思想は万人のものである」と権力者(王侯貴族や聖職者)による知識の独占に対しての戦いがすでに始まっていた。
世界の共有財産であるべき、思想や真理を、私有独占するとは何事であろうか。
「世界の共有財産であるべき思想や真理」(似たようなのが岩波文庫のうしろに書いてある)という考えが、今度は出版の独占状況を産み出す「版権の恒久性」に異議を唱える者たち、例えば地方の出版業者の理論的支柱となった。
彼らはロンドンやパリの業者による独占状況が解消されるようになって初めて、出版で儲けを得ることができるようになる連中だった。
彼らによれば、文学作品は機械の発明と同列に置かれなくてはならない。
誰もが使用できその恩恵を受けることのできる発明品(それをただ発明者の研究室に閉じ込めておくのは、人類にとって大きな損失である)。
これらはいずれもコモン・ローによって規制される所有権と見なすことはできない。
したがって版権もまた、特許のように時効を設けるべきだ。
文学著作権という所有権は、公益によって制限されなければならない、と。
「文学著作権の公益による制限」を主張する意見に対して、版権の恒久化を図ろうとする連中は、再反論する必要があった。
なるほど思想は普遍的なもの、人類共有されるものである(べきだ)。しかし作品で用いられるその「表し方」は、作者独自なものではないか、と。
「表し方」を独創的な創造物と見なす、この新しい考えは、「表現」を「作品」と同一視する見方のひとつの端緒だった。
そして「表現=作品」の「独自性」でもって「表現=作品」の私的所有を取り戻すことで、独占出版業者は(今度は「表現=作品」の)私的所有権から版権の財産化、版権の相続化・恒久化を図る戦略をもう一度復活させようとしたのだった。
ここにおいて(ようやく)「作品」は、これまでのように神意の現れでも伝統でもジャンルでもなく、作者の「独自性」に直接結びついたものとして登場する。
つまり「作品」は、「商品」となるために(そして「商品」となると同時に)「(作者のみに帰属する)独創的な創造物」となったのである。
(関連記事)
読書猿Classic: between / beyond readers Q.D. Leavis."Fiction and the reading public"(Chatto&Windus,1932)

本当のところ、独創性のために「作者」が費やす苦労によって、どれほど読者が悩まされ、余計な時間を費やすはめになっているか。
とりわけ「作者」が伝えなければならない新情報や重要情報の欠如が、この「独創性への労苦」をかけあわせることによって、しばしば多大な損害を読者にもたらす。
ただ新奇にみせかけられた考えや表現を受け取るために費やされる時間を少しでも減らせるのであれば、人はその分を、たとえば自ら思考することにあてることができるばかりか、泳ぎにだって出掛けられるというのに、である。
(もちろん、同じような作者の同じような----せいぜいが予想を裏切るだけで決して期待を裏切らない----おびただしい作品を読むことがこのうえない喜びであり慰安である読者----彼らに幸あれ!----のことを、ここでは考えない)。
「作者」が、あるいは文学著作権が登場したのは、直接には、「出版特認」を剥奪されそうになった出版業者が、その対抗手段としてそれらを持ち出してきた時だった。
「出版特認」は従来国王から書物の販売特許として与えられ、これまでロンドンやパリの出版業者に利益をもたらしてきたものだったが、イギリスでは1709年に「アン女王の法令」と呼ばれる法律によって、この独占販売体制に対する攻撃がはじまる。そしてフランスでも1760年代に入って「出版特認」の延長廃止をめぐる動きが激しくなった。
このような危機に対し、これまで独占的な利益をあげていたパリの出版業者は、この時代最も戦闘的な「古典主義の攻撃者」であった百科全書派のディドロに依頼し、論陣を張る。
彼らの戦略は、これまでは国王から授けられた「特権」に過ぎなかったものを、コモンローや自然権として位置づけ直そうとすることだった。
出版業者たちは、「作者の、作品に対する所有権」に「出版する権利」を基礎づけることで、従来からの「特権」を守ろうとした。
逆に言えば、「アン女王の法令」が、そしてフランスにおける1777年の国王顧問会議裁決が、出版業者の独占を排し「守ろう」とした「作者の、自分の作品に対する権利」とは、作者自らが有する「出版特認」だった。
したがって、ディドロの主張もこの点をめぐり、次のようなものになる。
「作者は自らの作品の主人であり、さもなければ社会の誰ひとりとして自己の財産の主人ではないことになる」。
そして出版業者の代弁者として、ディドロはこうつけ加えるのを忘れない。
「書籍商はこの作品を、作者が所有していたのと同じように所有するのだ」。
ところがこれには反論が起こった。
それではあらゆる知的成果は、たとえば思想や様々な真理までもが、私有占有されることになるではないか。
時は啓蒙時代、「思想は万人のものである」と権力者(王侯貴族や聖職者)による知識の独占に対しての戦いがすでに始まっていた。
世界の共有財産であるべき、思想や真理を、私有独占するとは何事であろうか。
「世界の共有財産であるべき思想や真理」(似たようなのが岩波文庫のうしろに書いてある)という考えが、今度は出版の独占状況を産み出す「版権の恒久性」に異議を唱える者たち、例えば地方の出版業者の理論的支柱となった。
彼らはロンドンやパリの業者による独占状況が解消されるようになって初めて、出版で儲けを得ることができるようになる連中だった。
彼らによれば、文学作品は機械の発明と同列に置かれなくてはならない。
誰もが使用できその恩恵を受けることのできる発明品(それをただ発明者の研究室に閉じ込めておくのは、人類にとって大きな損失である)。
これらはいずれもコモン・ローによって規制される所有権と見なすことはできない。
したがって版権もまた、特許のように時効を設けるべきだ。
文学著作権という所有権は、公益によって制限されなければならない、と。
「文学著作権の公益による制限」を主張する意見に対して、版権の恒久化を図ろうとする連中は、再反論する必要があった。
なるほど思想は普遍的なもの、人類共有されるものである(べきだ)。しかし作品で用いられるその「表し方」は、作者独自なものではないか、と。
「表し方」を独創的な創造物と見なす、この新しい考えは、「表現」を「作品」と同一視する見方のひとつの端緒だった。
そして「表現=作品」の「独自性」でもって「表現=作品」の私的所有を取り戻すことで、独占出版業者は(今度は「表現=作品」の)私的所有権から版権の財産化、版権の相続化・恒久化を図る戦略をもう一度復活させようとしたのだった。
ここにおいて(ようやく)「作品」は、これまでのように神意の現れでも伝統でもジャンルでもなく、作者の「独自性」に直接結びついたものとして登場する。
つまり「作品」は、「商品」となるために(そして「商品」となると同時に)「(作者のみに帰属する)独創的な創造物」となったのである。
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