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     『詩学』第2節で、アリストテレスは、それが描写している対象によって、文学作品を分類することを提案している。文学作品に登場する人物は、「優れているa higher type」か「劣っているa lower type」のいずれかであり、それによって区別することができるだろう、と。ところで英語ではgoodnessとbadnessと訳され、道徳的文学観による価値判断を表すかに見える語は、アリストテレスが使った語ではσπουδαιοsとφαλωsであるが、これは元々単に「重い」と「軽い」を意味する語だった。(「重い」→「忙しい」→「重要な」→「卓越した」/「軽い」→「つまらない」→「劣った」)。

     ノースロップ・フライはこれを取り上げて、今でも文学の分類に使えないかと考えた。「重文学」と「軽文学」といった分類ではない(そんなのは、明示的でないだけで、今でもよく使われている)。フライが提案するのはもっと単刀直入で、かつ「強力」なものだ。フライは、ここで「ドラゴンボール」的裁定によって------あと10年も経てば「ドラえもんが心の救いでした」なんていう人間は駆逐され、『ドラゴンボール』によって思考する人間が席巻するだろう------、文学作品のプロットを分類することを思い付く。

     つまり彼は、作品の主人公たちに「おめえ、強ええか?」と尋ねるのだ。


    主人公とジャンル
    カテゴリー 主人公 ジャンル 説明
    神様 神話 自然的諸条件(制約)からも、当然人間的諸条件(制約)からも、卓越している
    英雄 ロマンス・伝説 自然的諸条件(制約)は一部凍結されている(魔法や奇跡的な能力など)が、物語が始まれば、彼も制約に従う。我々には信じがたいが、彼も物語では人間ということになっている。
    優れた人間 悲劇・叙事詩 自然的諸条件(制約)にも、人間的諸条件(制約)にも拘束される。彼が普通より優れた人間ではあるが、自然の秩序に従うし、社会の批判も被る。
    普通の人間 リアリズム 彼はどこからみても、我々と同じ普通の人間である。外的 条件(制約)においても、内的条件(心理)においても、 平凡な人間らしさの内に置かれている。正義を知っていて も全うできなかったり、感情に流されたりする普通の人間である。
    劣った人間 アイロニー 知性においても、どんな力においても、我々に劣る存在であり、彼を見ていると、あたかも挫折、屈辱、不条理な人生を見おろしているかのように思う。


     フライの分類(カテゴリー)は、おおむね歴史順になっている(1→5)。ときどき、昔のカテゴリーが復活することがあるけど(フライはそれを「感傷的」という。たとえばロマン主義は、カテゴリー2の感傷的形態である)、おおむねは歴史順になっているという。
     つまりフライが主張するのは、文学史とは「主人公がどんどん弱くなってきた」歴史である、ということだ。
     これだけだとしかたないので、フライはもうひとつ座標軸を導入する。つまり「悲劇的」「喜劇的」である。
     フライはこれらの伝統的用語も、定義し直す(つまり劇の形式でなく、プロットの形態について、用いることができるように)。いわく、

    • 「悲劇的」とは、主人公が自分の属する社会から孤立させられるプロットについて言われ
    • 「喜劇的」とは、主人公が自分の属する社会に包摂されるプロットについて言われる。
    (これは桂朱雀の落語の「オチの分類」そのままである)。


    主人公とプロット(悲劇的/喜劇的)
    カテゴリー 主人公 悲劇的 喜劇的
    神様 [神話悲劇]
    神々が死を迎える、追放される。
    ・毒の下着をつけて燃える薪の山を登るヘラクレス
    ・ロキの裏切りによって殺されるバルダー
    ・十字架にかけられるキリスト
    [神話喜劇]主人公が神々の仲間として迎えられる。
    ・オリンポスへのぼるヘラクレス
    ・ダンテ『神聖喜劇』
    ・試練を果たす神々
    ・救済、あるいは昇天の物語
    英雄 [哀歌(エレジー)、ロマンス悲劇]
    英雄が死を迎える、孤立する。
    ・メソポタミアのギルガメッシュ
    ・古英語詩のペオウルフ
    ・日本神話のヤマトタケル
    [田園詩(アイデアル)、ロマンス喜劇、牧歌]
    哀歌が自然の一部と結びつくように、ロマンス喜劇は羊の群や気持ちの良い草地と結びつく。
    現在では西部劇として復活し、牛の群や囲い柵と結びつく。
    優れた人間 [悲劇(パセティック)]
    指導者の没落の物語である。主人公は優れた人間であるが、たとえば運命の力によって打ち倒される。
    神的ヒロイズム(願望充足とつながっている)と人間的アイロニー(これは日常的な苦痛、手厳しい現実とつながっている)との、中間に位置し、そこで均衡をとっている。
    ・ギリシャ悲劇
    ・ラシーヌなどの悲劇
    [旧喜劇(アリストパネス)]
    アリストパネスの中心人物は、周囲の強い反対を押し切って、自己の社会を打ち立てる。邪魔者や搾取者をつぎつぎ取り除き、英雄的勝利を手にする。
    願望充足につながるヒロイズムと喜劇アイロニー(風刺、現実批判)が均衡をとっている。
    普通の人間 [家庭悲劇(等身大の、ニュースのような、悲劇)]
    主人公自身がある弱点をもっていて、そのために孤立している。
    主人公は我々と同じ水準にあるので、その弱点は我々の共感を呼ぶ。
    女性や子供、それから動物が主人公として登場する。
    弱点はしばしば知性の乏しさや表現力のなさ。そのことがより我々の哀感(ペーソス)を増す。
    ・メロドラマ
    ・扇情的(センセーショナル)な物語
    ・お涙頂戴もの
    [家庭喜劇(等身大の、ニュースのような、喜劇)]
    普通は、若い男女のたくらみを描く。
    ちょっとした困難が彼らが「うまくいくこと」(結ばれること、結婚、など)を妨げているが、最後にその困難は取り除かれる。
    主人公達は、あまり魅力的ではなく、むしろ読者の共感をひき、身代わりをつとめる。自分たちそっくりの「あまり魅力のない」登場人物が幸せになることが、読者の喜びを生む。
    ・シチュエーション・コメディ
    ・ハッピーエンドもの
    ・向田邦子
    ・新喜劇(メナンドロス)
    ・ハーレムアニメ
    劣った人間 [悲劇的アイロニー]
    主人公の悲劇的孤立そのものをただ単に描く。
    その孤立は(かつての悲劇のような)理由・原因がない。
    主人公の悲惨は、彼の責任ではない。その意味で不当である。
    主人公の悲惨は、彼の存在そのものがその理由である。その意味で不回避である。
    ・カフカ
    ・ヘンリー・ジェイムス
    ・ヨブ記
    [喜劇的アイロニー]
    主人公はパルマコン(生け贄)として追放される。その結果、社会は平和と安定を取り戻す。読者は安堵を得る、鬱憤晴らしする。
    ミステリーの主人公は、探偵でなく、最終的に罪が明らかにされ、退場する犯人である。悪人が純粋に「悪」であるほど、アイロニーとしては純粋に(物語は単純に)なる。そこでは推理は極度に人為的で恣意的ですらある。
    スポーツ(これも現代の大衆的文芸の一形態である)における、審判にも、パルマコンの機能が見られる。

     そして歴史は繰り返す。

     我々は、詩人(作家)であるにせよ、聴衆(読者)であるにせよ、あまり強くはない。
     歴史を経るに従い、物語の登場人物が「強さ」を失っていくかわりに、物語は我々により近いものになる(つまり「もっともらしさ」を獲得する)。
     歴史が経るに従い、主人公は「強さ」の階段を駆け下りていく。そして勢いあまって、我々からまた離れていく。

     極度のアイロニー(すごく劣った人間の物語)は、再び神話(神の物語)に近づいていく。
     旧約聖書のヨブは、ボコボコにされながら、ほとんど神々しさを身に纏う。彼は最後に神に受け入れられる。悲劇的アイロニーが神話喜劇に結びつく。

     また「近代科学」「啓蒙主義」という物語は、神自体をパルマコン(生け贄)として追放する、それが人類の進歩、無知蒙昧の状態に閉じ込められてきた人類の、暗黒時代の解放だとする。
     喜劇的アイロニーが「神の死」をうたう神話悲劇と結びつく。




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