昔、今思うと随分昔に、「脳内麻薬」というのが流行ったことがある。なんでも「脳内麻薬」で説明できるのであるが、「説明」ばかりではあまり実践的ではない。
     あ、いま脳内麻薬でてる、と思うことはあっても、それではあまりに受け身過ぎる。
     もっと自由自在に脳内麻薬してこそ、幸せでアクティブな脳内麻薬生活がおくれるのではないか。

     脳内麻薬を出すのは難しいことではない。少し、そのメカニズムを知っていれば、簡単に出せる。

     まず脳内麻薬の機能であるが、これは「痛み」とカップリングになっている。

     痛覚は、生命体にいろんなことを、例えば身に起こった異常や異変を知らせる。これはすばやい伝達が必要となる。怪我をしたら、すぐ痛い。でないと手おくれになるかもしれないからだ。

     しかし、いつまでも痛いばかりでは、生活に支障を来す。いつまでものたうち回って、ものも食えず眠れもせずでは、治りやしない。
     なので、こんどは痛みを抑制するメカニズムが、こんどはゆっくりと効きはじめる。あんまりすばやく抑制してしまうと、もともこもないから、その働きには時間差が必要である。これが脳内麻薬の機能だ。

     しかし脳内麻薬を出すのに、いちいち体を傷つけていては、あまり喜ばしくない。

     御安心あれ。

     脳内麻薬は、肉体的のみならず精神的な「いやなこと」でも分泌される。それも時間差で。ストレスかかってると、おくれて脳内麻薬が出る。

     これもあまり嬉しくない。しかしストレスにもいろいろあって、例えばマラソン・ランナー(あんな長距離を走るのはかなりの肉体的ストレスだ)の場合、レースのしばらく前から、それを察知した脳内麻薬の分泌が起こる。妊婦も出産の前から脳内麻薬の分泌が起こる。しかし我々はもう少し大事なく脳内麻薬したい。

     動物にとってゲージ(檻)に閉じ込められるのはかなりストレスフルだが、すると彼等は檻の中をぐるぐるとひたすら歩き回る。

     実は脳内麻薬は、単調な肉体的刺激によっても分泌される。彼等は確かにイライラしている。それを押さえるための無意識の行動は、繰り返しの動作となることが多い。

     たとえば貧乏揺すり。思えば我々は、小さいころから年老いてまで、無意味に思えるほどの「繰り返し行動」をほんと繰り返し、飽きもせずやっている。事によると、これこそ、このストレスフルな社会で生きる生体防衛行動なのだ。


     しかし猿の毛づくろいは、それ以上の意義がある。

     毛づくろいはもちろん脳内麻薬を分泌させるが、それだったら相手は誰でもよさそうなものである。しかし毛づくろいは、ちゃんと相手を定めて行われる。

     しかも録音した猿の声をつかった実験では、お猿は自分の毛づくろい相手の声を聞き分ける。毛づくろいは、猿社会の紐帯なのだ。

     より大きな群れをつくるお猿ほど、より長い時間を毛づくろいにかける。しかし毛づくろいはかなりコストが高い。それをやってる間は他の事ができないからだ。

     最大の群れ(平均で個体数50)を持つ猿は、起きてる時間の1~2割もの時間を仲間との毛づくろいに費やす。

     人間の大脳皮質の割合から換算した「群れの大きさ」は約150人だから、式に当てはめると大体起きている時間の40%を「毛づくろい」に費やさなければならない。
     大変だ。
     もっと効率のよい手段としてコトバをつかうことにした、というのがオチ(親密に話すには4人程度という限界があるが、それでも1対1の毛づくろいよりは、3倍効率がよい)。

     つまりこういうことだ。
     内容のないコトバの交わし合い(これが言葉の使用の実に3/4を占める)=ゴシップこそは、コトバによる「毛づくろい」だ、と。
     
     あと、昔の人類は150人の群れでよかったが、都市に暮らす現代人はそんなに「毛づくろい」する相手がいないから、ゴシップ小説やカルトが流行る、とか、言わなくてもいいようなことを、最後にちょっとダンバーは付け加えてる。






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