陸の民ノアたちは、神の怒りによる洪水=災難でもって、船に乗り水上生活を余儀なくされ(ちゃんと家畜も積んでいた)、そして陸地を目指さなくてはならなかった。

    1:がんばらないぶんめい、水の民アジアのウォーターフロントの連中は、最初から洪水の上に住まっている。4~5mもある水深の「畑」で、作物(米)まで作っている。船にのって、収穫する。

     ある村では、どの家にも周りに20mの高い4本の柱が立っている。それらは家のどの部分も(床、屋根)支えていない。どの家も、実は床はいかだの上につくられている。柱は、水に浮かんだ住宅を綱でつなぐためのものだ。ひとたび洪水になれば、全コミュニティは、家や商店、集会所、そして犬小屋までも、住民の意思とは関係なく、自動的に浮かび上がる。

     それで連中は、ポスト温暖化=ポスト・ノア洪水を(要するに「文明」の終わりを)生きている。地面が水没したり、また現れたりすることは、人類史的記憶でもある(もちろん日常茶飯事でもある)。

     一番新しい氷河期には、海面がいまより187m低かった。地図帳の、陸のすぐとなりの一番淡い水色は、水深200mまでの範囲を表している。そこを陸にかえるとどうなるだろう。東南アジアでは、マレー半島がバリ島まで延長し、ジャワ海、シャム湾、すべてが陸となり、インドシナ半島からボルネオ島~スマトラ島・ジャワ島までを含む巨大な「東南アジア亜大陸」が出現する。北緯20度以南に位置するこの亜大陸は、アマゾン河流域に次ぐ巨大な熱帯雨林を形成し、氷河期には極地からゆっくりと押し寄せてくる氷から逃げようとする人類の絶好のシェルターだっただろう。もっとも洪積世の氷河期は何度も中間期と寒冷期を繰り返した。「東南アジア亜大陸」は繰り返し現れ、繰り返し水に分断された。

     水に生まれ、水に生きる人たち=水生人たちの住処は、いまでも、干潮満潮や洪水など絶え間のない環境の変化への適応を求められている。柔軟性と適応性。がっしりした石造建築物の永続性、恒久性は無意味であるばかりか、有害である(すくなくとも水没したらそこには住めない)。

     ところで、我々が目にすることができる、「古代文明(の跡)」とは、それら永続的な石造建築物に他ならないのだ。

    2:だから、がんばらないぶんめいについて、学校で教えるには、考古的証拠が全然少なすぎる。


     たとえば学校で教えるのは、つぎのような話の方だ。

     堤防の孔を指でふさいだ英雄的少年のうそ:1865年メアリー・メイプス・ドッジの『ハンス・ブリンカーまたは銀のスケート』のなかの逸話で,アメリカの子供たちはこの話に心酔し,まもなくオランダで本当にあった話だと思うようになった.オランダのハーレムの人びとはあまりしつこくアメリカ人がどこだどこだと尋ねるので(ベーカーストリート宛てに、名推理を求めて手紙を書くようなものだ),まいど作り話だというのが面倒になり,スパーンデム閘門のちかくに像を建ててアメリカ人もオランダ人もみんなよろこび,まるく収まった.(C.シファキス『詐欺とペテンの大百科』)

     石の文明に対して、木の文明(船の文明)を考える。

     石で住処をつくることはできても、船をつくることはできない(ここがポイント)。

     建材としての石は、圧縮力には強いが、引っ張り力には、その2000分の1の強度もない。

     組積造(煉瓦造・石造・ブロック造のように、塊状の材を積み重ねて造る建築)は、より小さな模型(モデル)を、そして過去の建物の寸法比率(プロポーション)を、盲目的に参考にできるほとんど唯一の構造である。

     ガリレオも指摘した平方立法則(square-cube law):
     重量を支える材料の断面積は寸法の2乗倍になるが、重量の方は3乗倍になる。重量の方が激しく増える。これが模型が大丈夫でも、それを拡大したものが大丈夫とはかぎらない理由である。
     重力下では、自重で崩れないように、サイズを大きくするとき、プロポーションも変えなければならない。長さに対して太さ(断面積)を3/2乗増やす(平方立法則から、重量増加の比率分だけ太くする)。重力下では、サイズが大きくなると、構造物は一般にデブになる(横に先に大きくなる)。

     組積造は、その例外である。理由は、建材に引っ張りの力が加わらないからである。圧縮力だけを考えればいい。そして建材としての石は、圧縮力にはめっぽう強い。
     だから組積造の破壊は、材料の破壊から起こることはなく、構造がバランスを失うことから始まる(材料自体の強度はずっと余裕がある)。そしてバランスは、同じ寸法比率の模型でチェックできる。に言えば、形をそっくり似せれば、構造計算を全然しなくても、くずれない建造物をつくることができる。だから昔の巨大建築は、圧倒的にこのタイプが多い。

     バランスを失うとどうなるのだろう。トマス・ヤングは、応力やひずみといった概念を知らずに(つまり彼の時代にはそういった便利な「道具」がなかった)、ミドル・サードの法則を発見した。組積造の柱を考えよう。重心(正確には自重による加重の作用)が中央にある場合はよい。これがずれて、柱の厚みの1/3を越えて、どちらかにずれたとする。すると、ずれた側にはより大きな加重(圧縮力)がかかるが、反対側には釣り合いで引っ張りの力が生じてしまう。わずかな引っ張り力でも建材にヒビを入れるには十分である。このズレがひどくなり、壁の外に出ると当然建材はひっくり返る。建物は破壊される。

     ただの柱でないなら、建造物の建材には、様々な方向からの力が加わっている。横からの力は、加重の向きを横にずらす。これを壁の中にとどめるには、鉛直方向の加重が大きいほどいい。建材の圧縮強さには余裕があり、より大きな鉛直方向の加重は、横からの力と合力になって、向きのずれを下方鉛直方向へと修正するからだ。つまり組積造は重いほど安定する。

     組積造で船をつくるのはたいへんなことだ。
     まず重い。
     それを割り引いても、組積造の安定性は、他から力が加わらないことによる(あるいは自重でもって他からの影響をもみ消せることによる)。水の中で、もみくちゃにされる(あっちには圧縮の力が、こっちには引っ張りの力がかかる)船には、圧縮力だけに対応する組積造は向かない。

     逆に言えば、船に向く構造は、軽くて、圧縮力にも引っ張り力にも対応しているはずだ。

    3:高い石組み城壁を誇ったトロイアは、船乗りたちのヒーロー、オデッセウスの智恵に敗れてしまう(「木馬」は、大工エペイオスがつくった攻城器;城壁の高さまで人を運ぶ機械だったともいう)。

     建築についてはいえば、石という圧縮材による恒久的な構造体、重くて、積み重ねられた建物に対して、木という伸張材が使えれば、軽くて強いトラス(構造骨組の一形式)がつくれる(トラスはまたの名を「結構」という、このことばの「ちょうどよい」という意味も見逃せない)。トラスの部材には、圧縮力も引っ張り力も加わるからだ。木が圧縮力にも引っ張り力にも耐えることは、船(丸木舟)で実験済みだった。

     つけ加えると、トラスの方も、船で実験済みだった(考古資料としてはエジプトの船に見られる、マストのてっぺんから船の先とお尻をひっぱりあげる、3000年前のホギング・トラス)。

     木材組織には、成長の過程で、表面と中心では伸び率が違うので、プレストレス(外力を受けていない状態で、応力が加わっている)が働いている。木材はそもそも引っ張りにはより強く圧縮にはより弱い。曲げようとする力が木材に加わると、当然外側には引っ張り力が、内側には圧縮力が働く。木材に掛かってるプレストレスは、圧縮力を半減し、引っ張り力をその分増やす働きがある。木が圧縮力にも引っ張り力にも強いことはここからくる。

     重い材料を積み上げること(がんばるとはそういうことだ)は、大変だ。すごいエネルギーと時間がかかる。圧縮材による構造体が恒久的なのは、頑丈だからではない。ひとつは壊すのがもったいないからだ。もうひとつは、バラすのが大変だからだ
    バランスを崩せば壊すのは壊せる。けれどその結果は重い圧縮材による構造体の場合、致命的だ。方法のひとつは、城壁(強くて重い組積造)を崩すのに使われたやり方だ。まずトンネルを掘って城壁の下に潜り込む。トンネルを掘っている最中は、つっかえ棒でトンネルが崩れないよう支えておく(なにしろその土にはすごい重みが掛かってる)。トンネルの完成後、城壁の下のつっかえ棒に火をつける。つっかえ棒は燃えてなくなる。城壁の加重の一部を受けていた地面が、支えるものがなくなって陥没する。バランスがくずれ、城壁はくずれる……。古来、城壁の周りに水堀をつくったのは、土の上から城壁に近づけないようにするためよりむしろ、トンネルを掘られないようにするためだった。

     軽い材料を組み立てるなら、かかるエネルギーは少ない(けれどかわりに知恵がいる。前例を盲従することは、組積造とちがって危険な結果を生むからだ)。伸張材によるトラス構造体(それに膜を張ったりする)をはじめとする、軽い建築は、丈夫だけれども仮設性も高い。簡単に建つから、取り除くのも惜しくない。バラすのも簡単。部材はそれぞれ軽いから、持ち運びだってできる。

     水上住宅は、イカダ式にしろ、高床式にしろとても軽い。
     あるとき運転のヘタな蒸気船が誤って水上住宅に接触したことがある。住宅は壊れなかった。そのかわり、住宅はそれをつなぎ止めていた杭から引き離されて、蒸気船に引きずられていった。
     住民達は大声で叫んだが、船と家の姿は河をまわって数分後には見えなくなった。向こう岸にたどり着いたのだ。だれも大怪我したものはなかった。というのは、誰も移動を望んだものはいなかったけれど、そのやり方自体は、いつもの引っ越しの仕方と同じだったからだ。

     軽い構造体は、何も建築だけに限らない。凧や障子や竹網篭その他……。大英博物館が「世界最古の玩具」として展示しているのは、ビルマで発見された、竹ヒゴを三方向から編み込んでつくった6インチのボールだ。これは軽くて頑丈で、弾力があってよく弾む(でないと玩具にならないが)。タイの王様が考えた残忍な刑罰は、これの大型のものに(とても安定した構造物なので、大きなものだってつくれる)罪人を入れて、それをゾウにサッカーさせるというものだった(ゾウが蹴っても壊れない)。

     こんな具合なので、水についての付き合い方も随分違うことになる。

     洪水の防ぐ町(オランダ)と、洪水の上に住んでしまう町(タイランド)。あるいは利水(治水)と親水。
     堤防やダムは、圧縮材による組積造の構造体で、水に対する要塞(軍事施設)だ(身をていして守った少年はだから英雄になる)。オランダは本当なら「水の住処」であった、海抜0メートル以下のところまで、水を追い払い、地面にしてしまった(どれだけ「土地」が大切だったかわかる)。
     その一方、がんばらないぶんめいは、その水の上に住んでしまうのだ。

     タイ人が、古代文明の粋をつくしたクメール人の利水都市を占拠したとき、彼らはためらいなくその高度な治水・利水システムを手放した。運河と池堀は泥にうまり、水門はどこだかわからなくなった。いたるところに井戸が掘られて、都市はあらためて水びだしにされた。区画整理された都市構造と無関係に高床式住居を建てて、住みはじめた。

     20世紀になって発表されたヴィットフォーゲルの学説と比較すること。彼は、水稲栽培(米文明)が大規模な潅漑設備を必要とし、それを生みだし維持する体制が、米文明のアジアの政治的・社会的・文化的体制を決定づけてる、例えば大量官僚体制がそうだ、などと述べていた。

     戦争術(時間の稼ぎ方)については、ヴォバーンの築城術と現存艦隊(ヴィリリオ)が参考になる。

    4:ここで芝崎先生のおことば

     インターネットはだらだらつかいたい。
     インターネットは網というより江戸時代の水脈交通のイメージがあって、下町に住んでいても、気がついたら篭より便利、みたいな。船宿もあれば屋形船もあり、客船あれば黒船もある。ただ、そいつらは自分は移動と言えるような行動はしない。電子の速さで行って帰ってくる。気がついたらぼくら水のうえに住んでいたのだ。江戸時代の写真や版画に水がらみの風景がなんとおおいこと。
     タイ(?)の奥地の民族は貧困とは無縁で、王様もこないだまで高床式水上住宅にすんでいた。不動産登記という集税方法がとれないのでなんとか陸地にすまわせようとしてるが。その家の内装たるや日本の並みの住宅以上である。シャンデリアとか暖炉とか(いやうそかも)カラオケセットとか(これはあった)。なのにトイレは例のタイプである。ああ、水上の豊かさ。とにかく水上のことはだらだらに限る。

     すばらしい。

     アジアのウォーターフロント、がんばらないぶんめいに特有の「物品」は、高床式住居・六つ目編み目・稲作である。

    六つ目編み目:「あのさ、これひょっとしてウロコ文様、みつうろこってこれ?蛇のうろこであり、魔除けであり、女の厄年にはこれの長い紐をむすび、波の青海波のイメージもある最もふるくてピュアな紋様であるよ」

     然り。そしてナーガは水の神である。

     洪水に、床下/床上浸水の区別があるところは、すべて高床式住居である。レベルが2つ以上ある。

     ベニスもじつは高床式だ。たとえば1階に住むことはできない、これは法律で決まってる。
     葦の生えるばかりだった砂洲(ラグーネ)に出現したこの「石の都市」は、イストリア産の潮風にも塩水にも強い石灰岩を基礎とし、あらゆる水路も大運河もみんな石で護岸されている。そして大理石でできた大寺院や宮殿、二、三万の民家の土台石を、石造りの全重量を支えているのは、やはりイストリアから運ばれたオークやカラマツ----大聖堂サンタ・マリア・デルタ・サルーテには17万本、カムパニーレ(鐘楼)には10万本、リアルト橋には1万2千本、魚市場には1万8千本……、水上の石造都市の重量を支えているのは、水中の「眠れる大密林」なのである。

     あとは稲作である。


    5:がんばらないぶんめいは、高い効率性と低い計画性に基づいている。


     1年にうち半分は洪水のなかにあるチャオプラヤ河流域を、18世紀にこの地を訪れたフランス人がこうスケッチしてる。
     「ここの住民達は完全な自然に恵まれている。そこでは潅漑の必要がないのである。たんに耕し、種をまけばよいのだ。天然の洪水と温暖な気候とがイネを育て、すばやく実らせる。しかし豊かさは彼らを怠惰にしている」
     前2世紀には、この「なまけもの」は、中国人たちにも知られていた。「チンとユエの地(揚子江南岸地帯、原タイ地域を含む)は、食物が豊富で、人々は飢えを知らない。だからモノを蓄えようとしない」。

     アジアのウォーターフロントに不必要なのは潅漑だけではない。水が肥料を運んでくる、蓄積する毒を洗い流す。このことは休耕地とそれを組み入れた(何年も先の土地利用を計画した)輪作システムを不必要なものとする。水稲では、毎年毎年、いつまでも同じところから収穫するのだ。

     陸生の麦(や他の代用穀類)に依存する文明は、耕作地のどれか一部を、いつも必ず休耕地として牧草地や牧場にあてる必要があった。したがって家畜の肉や乳製品を食生活に組み入れた。実のところ、植物資源を家畜に食わせてからその家畜を食うよりも、いきなり植物資源を食べた方がエネルギー損失が少ない。

     総じて投下エネルギーについても、単位面積あたりの収穫量についても、水稲栽培は効率が高い。牛一頭を飼う土地があれば、アジアでは何人の人間を養えるだろう。このことは、世界人口の54%をアジアのウォーターフロントが担っているひとつの理由になっている。

     
     「完全な自然に恵まれている」というほどに、この文明は「よくできている」。不必要な努力や計画から、この程度遠いと「自然」だとか「なまけもの」だとかみなされる。

    6:愉快な神話

     タイ文学の民衆的英雄シータノンチャイの物語。当時シャム王国は隣国のビルマと戦争になった。シータノンチャイはシャム王を説得して、仏塔建造の速さで戦いの決着をつけることにした。ビルマはこの挑戦を受けてたった。陸上文明の祖先、チベット人から受け継いだ陸地民の本能をむき出しにして、ビルマ人はただちに人海戦術によって多くのレンガと石材を運び始めた。一方タイ(シャム)側だが、実はぬきんでた建築家でもあったシータノンチャイは、わずかな人手ですばやく木造の架構を組み上げて、それに布をまいて定められた形と大きさの仏塔を作り上げ、見事勝負に勝ったのである。

     このように、がんばらないぶんめいにも、「向上心」がないわけではない。上に向かう気持ちは皆無ではない。がんばらないぶんめいも、高い建物を建てる。圧縮材・組積造の文明で最大級のモノ、ピラミッドやカトリック寺院の尖塔は最大のものでも150mを越さない。大抵はその半分もない。がんばらないぶんめいも、ときには100mを越すものを建てる。

    7:しかし、がんばらないぶんめいの「向上心」はポータブルである(がんばらないぶんめいの、たいていのものがそうなように)。

     これが気に入らないという。圧縮材・組積造の文明の人(神話ではやられ役のビルマ人)は、シータノンチャイはインチキだというのだ(あるいはそんなやり方は信用できないという)。

     たとえば「架空」といった言葉がそれを物語る(その反対は「基礎」という言葉だろう)。「空中に架け渡すこと」が「根拠のないこと、絵空事」と言われるのだ。

     圧縮材・組積造の文明の人が、何より信用を置くのはGrund(大地)であって(それはそのまま「根拠」を意味する)、「積み重ね」たり、「踏み固め」たりするのは、つまり「大地」をつくるやり方だったのだ。

     「根ざす」というのも大地的だ。「根拠」とは、「根のありどころ」のことだからだ。

     「地面」はポータブルではない。バラしたり、後で組み直したりもできない。

     彼らの勝ち誇った言い方は、次の通り。「見よ、大地は圧縮材でできている(組積造でできている)ではないか!」。

     「重み」が安定や信用をもたらすものとして賞賛されたり(重いほど安定する)、「下積み」や「ひとつひとつの積み重ね」が大事だったり、「基礎」(土と石だ)をちゃんとやっておかないと後から苦労すると言われたり、だいたい「努力」や「富」を示してみせる(誇示する)やり方と来たら、例の「積み上げる」きりしか知らなかったりするのは、そういう訳だ。

     そんなところに、「組み立てる」人がやってきたら、勝負にならない(成立しない)。

     「組み立てる」人は、くだらない勝負が終わったら、そんな仏塔はさっさと片づけてしまう。素材を組み合わせる、バラす(ポータブルにする)、組み替える(再利用)。

     業績を積む/徳を積む/フロイト式トラウマ:以下、引用。
    「社会的な歴史の根拠は、人間それ自体の生の在り方に起因する。歴史学が可能となるのは我々が誕生から死にいたるまでの「間」の存在として歴史を持つからである。我々は、現在の自己をこの自身の歴史つまり「記憶」によって規定されている。自由とはこの固定された自己の歴史をたえず解きほぐし、新たな意味を産出していくことにほかならない。しかし、悪しき解釈も存在する。ある種の「精神分析」によれば、現在の自己は誕生以来の幼児体験によって規定されている。現在の我々にとって自由なものはない」

    8:ところで、組積造の建物(大地も含めて)が「揺れない」というのは、近視眼的偏見だ(まるで地球が平らだ、というような)。

    石材も大地も弾性体であり、伸びたり縮んだり、その結果ぶるぶるふるえたりは、やはりする。

     トラスの上も、もちろん揺れる(まるで船の上、水の上みたいに)。

     地面が消えたりまた現れたりするところで、ガイア(ゲー)=大地だけを信じろというのも、無理な話ではないか。

     「揺れないこと」と「安定していること」を取り違えていると、細長い脚を水中に差し込む、高床式住居が不安定に見える(風が吹くと、確かに揺れる)。イカダハウスは、実際、汽船に持っていかれもする。

     船が揺れるのは当然だ(そこでは静かに歩くことが、重要な礼儀になる)。

     思考の動きを、我々なりにできるだけ誠実に見ていく限り、「根拠」というものは絶対的確実性を本分とするより、大きな(場合によっては非常に大きな)蓋然性を有しているのだと言わざるを得ない。
     例えて言うなら、「根拠」とは、地中に深く打ち込まれた杭であるよりも(そして大地そのものというよりも)、小型船の舟底につけられたバラストのおもりのようなものだ。そのおかげで、それだけ転覆の可能性は小さくなる。---しかし船は決して揺れないのではなく、転覆の可能性はいつだってゼロではない。

     「ねえ、君、良く考えてみたまえ。万事につけて我々の本当の意見というものは、我々が決して動揺しなかった意見ではなく、しょっちゅう立ち返っていった意見なのだ」(ディドロ)

    9:イカダハウスも時には「失敗」する。

     アマゾン川のフローティングハウスも、洪水によって、その水かさにしたがって上下する(もっとも住民はあまり気にとめていない)。
     洪水期が終わって、水かさが減って、気が付いたら土手にフローティングハウスが「着地」していることもある。土手は川に向かって、下っている。「着地」したフローティングハウスは、斜めになっている。次の洪水まで、「斜め」のままだ。もっとも住民はあまり気にとめていない(ハンモックで暮らしているからだ)。水上生活と架空生活。

    10:しかし、デラシネ(根無し草)にも、流れ止めロープは大切だ。テレビの写りが悪くなる。

     ないと、いつのまにか流されて、家の向きが変わってしまい、屋根にとりつけたアンテナの向きも変わってしまう。



    水の神ナーガ―アジアの水辺空間と文化水の神ナーガ―アジアの水辺空間と文化
    スメート ジュムサイ,Sumet Jumsai,西村 幸夫

    鹿島出版会
    売り上げランキング : 880635

    Amazonで詳しく見る


    ヴェネツィアの石―建築・装飾とゴシック精神ヴェネツィアの石―建築・装飾とゴシック精神
    ジョン ラスキン,John Ruskin,内藤 史朗

    法藏館
    売り上げランキング : 608428

    Amazonで詳しく見る






    関連記事
    Secret

    TrackBackURL
    →http://readingmonkey.blog45.fc2.com/tb.php/137-92a16018