「氏より育ち」という言葉があるが、「育ち」は二つに分けて考えるべきである。すなわち「親の影響」(躾)とそれ以外とに。
     結論を言えば、人の行動パターンに影響を与えるのは「遺伝子」と「仲間」であって、「親の影響」(躾)はそれほど影響を与えない。このことは変化する環境下にさらされる(枯渇しやすい資源に依存するため自ら移動することも同様である)生き物にとっては有利かもしれない。一世代前の経験を模倣するよりも、同世代を模倣した方が、変化に適応する確率が高いと考えられるからだ。

     いろんな意味で有名な言語学者スティーブ・ピンカーは、今日では「グループ・ソーシャリゼーション・セオリー」と呼ばれる理論と出会ったときのことを、こう述懐する。

    「三年前、サイコロジカル・レヴユーに掲載されたある論文が子ども時代と子どもに関する私の考え方を一変させた。私も多くの心理学者同様、人がもって生まれた遺伝子と親の育て方との相関的な役割について議論を展開してきた。遺伝子に起因しないものは親に起因するに違いない、と皆が当然のことのように考えていた。」
    「真実だが都合が悪いものファイルには、奇妙な事実らしきものが保管されている。子どもは親ではなく仲間の言語や訛りを身につけるという現象だ。心理言語学者の中にはこの事実に着目した者も、ましてや説明を試みた者もいない。」
    「ところが、それを説明する理論がそこにあったのだ。親が子どもに対してあまり話しかけない多くの文化においてですら、子どもたちは言語を習得する。わずかに年上の仲間たちの会話を聞くだけで十分なのだ。」(Harris1998=2000、まえがき)
     
     どこの伝統的社会でも、一定の年齢になれば、日本で言う「若者(若衆)組」のような同世代集団に入ることになり、一定の年齢に達すると脱退する仕組みがあった。今も多くの社会が、フォーマルな制度として学校制度を有していて、そこではやはり同世代の者を集められる。
     人類学や教育学からすれば「前提」に近い「当たり前なこと」に見えるために、親(ペアレント)によってではなく、むしろ同世代集団(グループ)によって社会化(ソーシャリゼーション)されることは、ピンカーのいうように注目されて来なかったらしい。
     しかし、観察対象が「言語」という比較対照しやすいものである言語学において、この人類学や教育学の「前提」は、かなり長い射程を持った理論として鋳造されることとなった。
     ピンカーが読んだ論文の著者、ジュデイス・リッチ・ ハリスは、この理論を、言語だけでなく人の行動パターン、とりわけ文化行動に敷衍して次のように言う。

    「文化を改変できるのは十代後半から二十代前半で独自集団をもつ人々だ。
     集団性により、親や教師の世代とは一線を画したいという気持ちが駆り立てられる。
     自分たちは一世代前とは違った存在でありたいという気持ちがあまりに強いため、両者の違いは改善する方向へ向かうとは限らない。
     実際、改善ではない場合がほとんどだ。
     彼らは違う行動、違う思想を受け入れ、新語を造語し、斬新なファッションも生み出す。さらにこれらの行動、思想などを携えたまま成人になる。
     彼らは自分の子どもに差別化を図る新たな方法を生み出すという重圧を残すのだ。
     ママとパパはマリファナを吸っていたらしい。嫌だ嫌だ、私たちは別のものを吸いましょう!」(Harris1998=2000)


     ところで、社会学者のデュルケムは、『宗教生活の原初形態』において、儀礼という様式化された行動が、集団を作り出し、また集団を持続=再生産するのに不可欠であることに指摘している。
     儀礼とは、集団の外から見れば、およそ何故そんな行為に意味があるのかわからない(ほど細かく定められている)ものなのだが、集団の内にいる人からすれば、その細かい所作のひとつひとつが(時に「神聖なもの」であるほどに)重要であり、自分がしくじれば(外から見れば不可解なほどの)恐怖や後悔の念にかられ、また他人がその儀礼に従おうとしていないところをみると、「冒涜された」かのような激しい怒りを覚えるものである。この点にデュルケムは注目したのである。
     宗教で重要なのは、その教義(教え)が含み持つ思想などではなく、一見(外部からは些末事に見える)宗教儀礼の方であり、神に対する冒涜は、実は儀礼に対する違反への怒りに他ならない。
     同じ儀礼を行う者が仲間であり、違う儀礼を行うものは仲間でない。進化心理学者なら、そこに「裏切り者探知モジュール」の発動を見て取るだろう。
     実際、詳細に定められた儀礼は、習得するのに少なくないコストがかかり、そのため集団に属した振りをして、集団維持のコストを負担せずに利益だけを持ってこうとするフリーライダー(ただ乗り野郎)を見分けるのに、きわめて都合が良い。

     デュルケムは『社会分業論』においてすでに、「犯罪」が果たす社会的機能について、次のような説を述べていた。
     「犯罪」において、社会的に重要なのは、多くの人々が、その行為に対して「怒りを覚える」ことである。
     すなわち、「犯罪」に対して人々の内に生じる怒り(義憤)が、その社会において何が正しく何が間違っているのかについての、人々に共有されてきた境界を再定義し、また人々の「道徳心」を賦活し、それによって社会の凝集性を生み出す。
     デュルケムの儀礼論は、この延長線上にあることは明白である。


     庖丁人味平のように、材料はすべて揃った。

    (1)人間は、変化の多い環境や移動の多い生活に適応するため、一世代前の経験を模倣するよりも、同世代を模倣するように進化してきた。
    (2)集団を作る種である人間は、同世代集団を作り、そこで一世代前とは異なる行動や違う思想や異なる文化や価値観を習得し、また生み出す。
    (3)集団を作る種である人間はまた、集団へのフリーライダーを見つけ出す能力を、進化の過程で発達させてきた。
    (4)集団の外の人にとっては無意味にみえる「儀礼」は、それを違反することで集団の内にいる人を感情的にかつ集団的に「沸騰」させる。このことはフリーラーダーの「摘発」に効果があるばかりか、集団の一体感を高めるのように機能する。
    (5)集団の外の人にとっては無意味にみえる「儀礼」には、集団内で生まれた新語やスラング、斬新で奇抜なファッション、そして(少し検討してみれば間違いだとわかる)俗説なども含まれる。それらは、自分がどの集団に属するか、またどの集団に属しないかを示し、他の集団に属するものには怒りを覚えさせる。
    (6)「最近の若者はダメ」そして「大人を信じるな」という言説も、そうした集団儀礼のひとつと見なせる。
     なお「最近の若者はダメ」についてはより古くから見られ、対して「大人を信じるな」に類する言説がより最近になって「見られる」のは、言説を(集団の境界を超えて)伝達・流布させる資源が、現代ほどには「均等」に分布していなかったことを示すのかもしれない。これについては、別の検討が必要であろう。



    (文献)
    Cosmides,L. and Tooby, J. (1989) “Evolutionary Psychologyand the Generationof Culture,Part 2. Case Study: A ComputationalTheoryof Social Exchange.”Ethology and Sociobiology, 10:51-97.

    Durkheim, EmileLes (1893) De la division du travail social=田原音和訳 (1971)『社会分業論』青木書店

    Durkheim, EmileLes (1912) Les formes élémentaires de la vie religieuse : Le système totèmique en Australie =古野清人訳 (1975) 『宗教生活の原初形態』 岩波書店 (岩波文庫)

    Harris, Judith Rich (1998) The nurture assumption : why children turn out the way they do =石田理恵 訳 (2000) 『子育ての大誤解 : 子どもの性格を決定するものは何か』早川書房




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