読んでいる人が居ることがつぶやき(Twitter)で分かったので続きを書いてみる。

     「自然科学は激高する」のつづきで、第2回である。我々はようやく社会科学を取り扱う。

     しかし長くなりそうなので、「科学である」との自己表明の度合いが高そうな経済学、心理学を扱うナイーブ編と、いろいろとぐずぐず言ってる人類学、社会学を扱うリカーシブ編とに分けることにした。


    ナイーブ編 社会科学はいかにして科学であると主張するか?


     
     さて、今回は特別ゲストとして、自然科学の中でも、もっとも自己確信的に「我々は科学をやっている(生物学あたりになるとずいぶん怪しい)」と思っていそうな物理学に参加を願うことにした。社会科学の中で、最も自己確信的に「我々は科学をやっている(社会学なんて文学に過ぎない)」と思っていそうな経済学がいろいろ言い出しそうなのを見越しての措置である。


    経済学「経済学は科学である。なぜなら反証可能性を備えている。確かに経済学の中でも、実証的な部分と異なる規範的な分野があるが、少なくとも実証的な部分は科学である。経済学の抽象的モデルは、計量経済学という部門で現実のデータと突き合わせられ、検証をされている。古典的な例で言えば、マクロ経済学で、所得と消費の関係をあらわす消費関数は、当初ケインズが想定したモデルでは、現実のデータと合致しなかった。そのため、さまざまな消費関数が提案され、理論は発展して来たのである」

    物理学「笑止。経済学の予想は当たらぬことで有名ではないか。『来期は今期と同じだろう』という素人だとかbotの予想の方がまだ良く当たるくらいだ。本当にデータと合致しない仮説を本当に廃棄しているなら、経済学は今頃何も残っていないだろう。つまり丸ごと反証されるという訳だ。経済学者がやっているのはその逆で、非現実的で都合のいい仮定をいつまでも固辞し続けている」

    科学哲学「まあ、いまどき反証可能性なんて基準で、科学と非科学の線引きができるなんて信じてるのは、物理学者と経済学者くらいだけどなあ」

    物・経「「こんなのと一緒にするな!!」」

    心理学「経済学の現実離れした概念構成体(でっちあげ)は、その先祖の社会思想を継承してるのだろう。数学的には《洗練》されたとはいえ、いまだ理論社会科学の域をでないのはそのためだ。その意味いうと、近年の行動経済学や実験経済学の台頭は、遅ればせながらも望ましい進展だ。これには心理学からも多くを提供している。心理学もまた哲学から分化した歴史があるが、当初から生理学などの実験科学からの血を入れて、その方法論を洗練し、実験社会科学として自立して来た。心理学の仮説はむろん実験によるテストを受ける。もし心理学が科学でないというなら、多くの実験科学もまた同様だということになる。あ、念のために言っておくが、精神分析なんか、心理学とは何の関係もないぞ」

    科学哲学「そうか、まだ心理学がいたか。だから反証じゃダメなんだって。反証と見える事象があっても、補助命題で補ったり実験手続きの不備だってことにして、いくらでもごまかして、守りたい仮説を保持することは可能だし、実際よく行われてもいる」

    物理学「本当の科学者はそういうことはしない」

    科哲「じゃあ物理学の事例を出すが、年周視差が観測されないことは、コペルニクス説の明白な反証例だったのに、コペルニクスの支持者たちは、恒星が遥か彼方にあるというアドホックな仮説を付け加えることで、反証をやりすごしたじゃないか?」

    物理「ニュートン以前のことなど知ったことか!!」

    科哲「じゃあ、マイケルソン=モーレーの実験と相対性理論の話は? 通俗的な科学史の解説じゃ、マイケルソン=モーレーの実験によってエーテルが存在しないことが実証されたために古典的な世界観が修正をせまられ、ローレンツらの試みを経てアインシュタインの特殊相対論が生み出されたみたいに説明するが、実際はマイケルソン=モーレーの実験が古典電磁気学の反証とみなされるようになるのは、特殊相対論がでた後、つまり後づけじゃないか?」

    物理「科学史など知ったことかア!!」

    経済「あんた、もう帰っていいよ」

    物理「いや、心理学に一言いってからだ。初期の精神物理学はまだしも、あの質問紙ってのはどうなんだ? あんなもの本人の自己申告にすぎんじゃないか? いろいろ統計処理して体裁を整えてるが、あんな主観まじりのくそデータで、実験科学が聞いてあきれる!」

    行動心理学「我々は外的に観測可能な行動だけを扱うので、そうした問題はクリアーしてる」

    認知心理学「行動主義は、確かに心理学が科学になるために役立った時期もあったが、なによりも心理学の扱う領域とアプローチをあまりに狭くしてしまった。非人間化したとも言える」

    行動心理学「きさまか。スキナーが巨大なスキナー箱で娘を育てて発狂させたというデマを流してる奴は?」

    科哲「心理学が多すぎるぞ。最近は、精神分析も、対照群を用意して、精神分析を受けた人とただおしゃべりしただけの人の脳をfMRIなんかで撮って比較したりしてるけど。「物理的データ」が取れるようになって、さて精神分析は科学になったんだろうか?」

    心・行・認「「「そんな訳ないだろ! 精神分析の理論はそもそも反証できるように出来とらん」

    経済「あとマルクス主義の理論もな」

    科哲「ポパー大明神は、今日も霊験あらたかだなあ」

    人類学「あのお、出番まだ?」

    物・心・経「「「おまえの出番は永遠に来ん!! よくもこの『科学の間』に顔を出せたもんだ!」」」

    人類学「だって、そこに科学哲学だっているじゃん」

    物・心・経「「「きさま、いつのまに!?」」」

    科哲「いや、最初から」



    (個別面談:経済学)
    科哲「なんかインタビュアーにされてたんだけども。自然科学の側からは、データはどうなってるんだ、という疑惑があるみたいだ」

    経済「だから実験経済学だけが科学だなんて、トンデモ発言が出てくる。だったら実験物理学だけが科学だというのと、同じじゃないか。実験経済学と言っても、これまでの経済学と切り離されてるわけではない。もしそうだとしたら、わざわざ「経済学」と名乗らなくてもいい訳だ。実験内容も、経済学の蓄積を前提にしてる」

    科哲「いや多分、発言の真意は、旧ソ連だとか業績主義の下の富士通(笑)みたいに嘘のデータを報告するインセンティブがあるところで、報告され集められるデータ自体が信頼できるのかって話と、あと実験経済学の成果を反映したような理論構築なり改訂なりが行なわれてないことに疑問を投げかけているのでは? これは、経済学が前提にする、経済合理性というのが、実際の人間の行動からすると、とんでもなく強引すぎる仮定に感じられるからじゃないかな。もちろんモデルがシンプルにできるというメリットがあるんだろうけど」

    経済「確かにそこでつまづく入門者も少なくない。ただ、そういう単純すぎるモデルで、現実のパターンをかなりのところまで説明できてしまう。研究者だって、一事業者なんだ。モデルにかけるコストと、モデルから得られるベネフィットの両方を考えて、経済合理的には(笑)、自分が取り扱おうとしてる事象を説明できるなら、なるべくシンプルなモデルが選ぼうとすることは自然だろ?」

    科哲「『かなりのところまで説明できている』と、経済学者じゃない者はあまり思わないのかもしれないな。だけど、経済学者の経済モデルは少し面白いな」

    経済「研究者だって飯を食うし、時にはうまいものだって食いたくなる。あとこんなことも説明できるぞ。主流の位置にいない研究者がニッチを狙って、複雑系だなんだ、というのも、経済合理的だ(笑)。物理学を参照している風なのも、うなずける。経済学は何度となくそういうことをしてきたからな。エントロピーとか(笑)」

    科哲「経済学の均衡概念は、静力学でいうダランベールの定理からの借用らしいね」

    経済「経済学から貸したものだってある。インフレーション宇宙(笑)。非現実的な仮定の話でもうひとついうと、モデルがうまくいかない時にも、できるだけシンプルなところからはじめて、前提条件をすこしずつ足していく方がいい。最初から複雑なモデルでスタートすると、はずれたとき何がまずかったのか、どう手を加えたらいいのか、わかりにくい。あと、教育上の配慮もある。大抵の場合、もっとも単純なモデルから教科書はスタートする」

    科哲「だけど、もっとも単純なモデルは、もっとも現実からの解離が大きくて、余計に親しめないってことがあるかもしれないな。あと予想があたらない話については、何か言い訳ある?」

    経済「医者に対して『わたしはいつ風邪を引きますか?』『いつ癌になりますか?』と聞くバカはいないだろ? だが経済活動にどこか不具合が生じているなら、その原因やメカニズムは経済学者にだってわかる」

    科哲「じゃあ風邪を引いた経済を前にして、経済学は正しい処方ができる?」

    経済「少なくとも何をしたらいけないか、どうしたら症状を悪化させるかは言える」

    科哲「古いジョークだけど、経済学者が10人いると、処方箋が11枚出てくるというのがあった」

    経済「経済学者の間で処方が一致しないことは認める。ただこの国は、経済学とは無関係に、特定の利益団体や政治的立場に寄り添って吠えるエコノミストが多すぎる。前半は、教科書の程度の知識を広げてみせて確かに間違ったことを言ってる訳じゃないが、結論はいつも経済政策は無効だの一点張りの輩とか(笑)。そういう似非ノミストを除けば、処方はそれほど大きく違ってるとは思わない」

    科哲「それも経済学者の尺度で計った違いと、それ以外の人が思う違いのスケールは差があるかもしれないな」

    (下)リカーシブ編につづく




    (関連記事)
    社会科学は言いよどむ/社会科学者は、なぜ「方法」ばかりを論じるのか?(下)リカーシブ編 読書猿Classic: between / beyond readers 社会科学は言いよどむ/社会科学者は、なぜ「方法」ばかりを論じるのか?(下)リカーシブ編 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

    自然科学は激高する/科学について論じることは、なぜ科学者の逆鱗に触れるのか? 読書猿Classic: between / beyond readers 自然科学は激高する/科学について論じることは、なぜ科学者の逆鱗に触れるのか? 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

    サルでも分かる人文科学/社会科学/自然科学の見分け方(分割図つき) 読書猿Classic: between / beyond readers サルでも分かる人文科学/社会科学/自然科学の見分け方(分割図つき) 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加


    社会科学の神話―通説にごまかされないための18章社会科学の神話―通説にごまかされないための18章
    (1983/01)
    スタニスラフ・アンドレスキー

    商品詳細を見る


    科学的発見の論理 上科学的発見の論理 上
    (1971)
    カール・ライムント・ポパー

    商品詳細を見る


    流れを読む心理学史―世界と日本の心理学 (有斐閣アルマ)流れを読む心理学史―世界と日本の心理学 (有斐閣アルマ)
    (2003/10)
    サトウ タツヤ高砂 美樹

    商品詳細を見る


    経済学とは何だろうか (岩波新書 黄版 182)経済学とは何だろうか (岩波新書 黄版 182)
    (1982/01)
    佐和 隆光

    商品詳細を見る


    経済学という教養 (ちくま文庫)経済学という教養 (ちくま文庫)
    (2008/07/09)
    稲葉 振一郎

    商品詳細を見る
    関連記事
    Secret

    TrackBackURL
    →http://readingmonkey.blog45.fc2.com/tb.php/215-3a2a3df1