リカーシブ編 ふりかえる/社会科学は方法論を語りたがるのか?

     知識社会学は、知識の起源や生産や流通や分配を問う。そして、研究対象とする知識の中には、当の知識社会学という知識も、むろん入る。

     自己言及(自分について何か言うこと)は、すべてが危険なわけではないが、自己相対化から相対主義の氾濫とペシミズムへの転落という危険が付きまとう(繰り返すが、すべてが危険なわけではない。完璧な意思疎通がたとえ不可能であっても、我々は何一つ伝えることができないわけではないように)。

     自己言及の危うさを知るには、なにも「私を含むすべてのクレタ人はうそつきです」とまで言わなくてもいい(だいたいあなたはクレタ人じゃないだろう)。

     「私は正直です」と言わなければならない場面を考えてみるといい。たしかに今認めて欲しいのはその言葉が指す内容(コンテンツ)なのだが、そう言わなければならない場面
    (コンテクスト)に追いこまれている時点で、「私は正直です」という言葉の有効性はほぼ失われている。熱心に繰り返せば繰りかえすほど、その行為が言葉の内容を裏切っていくのだ。自身の科学性を声高に主張することもまた……おっとっと。


    人類学「あ、あの、入ってもいいですか?」

    社会学「いいんじゃないか?ほかに誰も居ないし」

    人類「じゃあ、あの、おじゃまします」

    社会「妙に腰が低いな。いや、むしろ、キョドってる」

    人類「ふんぞり返ってたら、フィールドワークはつとまりません。宣教師が、原住民の人喰いや嬰児殺しなどえげつない事例(Extreme Case Formulation;極端な事例による構成)を報告して、そこから好き勝手な取捨選択を安楽椅子人類学者が博識ぶって行い、世界の洪水神話をまとめ上げる時代は終わったんです」

    社会「それはテレビのない時代の話だろ?」

    人類「でも、経済学者って自分でデータをつくる訳でもないのに、なんであんなに威張ってるんでしょうね? あの人たちが使ってるデータなんて、実際は国がコンサルタントやなんたら総合研究所に委託してつくったものでしょ? そのくせコンサルや総研のエコノミストを似非だなんだと蔑んでるんですよ。自分達はそのデータに依存、いやパラサイト(寄生)してるくせに」

    社会「卑屈なまんま、悪態つきだしたぞ」

    人類「社会学だってデータは自分でつくるでしょ?」

    社会「ぶっちゃけ、この国で《実証》ってのは、データを独占(して反論できなく)することだしな。アメリカじゃ社会調査なんかで集めたデータは公共物だ、手続きさえすれば、学生だって使える。日本もようやく、そうなりはじめてるけどな。元々、「実証」なんてできたのは、大きな研究室を持てて、研究費と、ただ同然で学生っていう労働力とをつかえる、帝大で講座を持って君臨する学者先生だけだった。無作為抽出なんてものは意味がなくて、ただむやみにデータの数が多いほどエライっていう世界だ」

    人類「いまでも国語学とか言語学系はそうですよ」

    社会「まあランダム・サンプリングするようになっても、まともに検定しようとしたら、全国で3000件くらいのデータを集めることになる。すると何百万から何千万の金がいる。個人じゃ当然できんわな。だから「実証」できるだけの研究資源(いや資本か?)にアクセスできるエリートは「実証」して、それ以外の連中は、研究資本がないから、文芸評論家か社会思想家にでもなって、徒手空拳で奇抜なアイデアとレトリックだけを駆使して思想でもって社会を語るぐらいしかなかった。実証なき社会科学の出自のひとつがこれだ。マルクス主義なんかも、研究資本を持たざるインテリ階層のレトリックとして重宝されたんだ。これひとつで、なんだって論じられるからな。あまりに何でも論じることができるんで、論同士対立し合うと決着がつけられなくて、結局政治的に裁断する羽目になったんだが」

    人類「マーチンデールの社会学史を見てたら、社会主義自体はコントあたりの実証主義を母体に出て来たのだけれど、マルクス主義はロマン主義と野合した唯一の社会主義であると、にべもないですね」

    社会「日本の文脈で言い直すと、文学者にも唯一取り扱える社会理論ってことだな」

    人類「でも研究資本の話は大きいですよ。1970年代になっても、具体的に固有名詞を出しますが、早稲田大学の教授が、都内の国立大学の図書館にある本を借りるのに半年待たされた挙句断られたりした話がありますよ。アメリカの議会図書館やイギリスの大英図書館だと、相手が日本人だろうとコピーして製本までして送ってくれるのに」

    社会「アメリカだと、第二次大戦に、社会科学も戦争に動員された。人類学だって、日本で有名なのだと、ベネディクト「菊と刀」とか」

    人類「亡命してきたマルクス主義者ですら、量的研究してますね。アドルノのF尺度とか」

    社会「1920年代から社会調査が商売として成り立ってたからな。ルーズベルト大頭領の、選挙予測に、サンプリングをつかったギャラップ社の当てたもんで、社会調査でもサンプリング手法が台頭した。これも亡命してきた口だが、ラザースフェルドみたいな極右は、社会学の量的研究をすすめて、コロンビア大学の応用社会科学研究所でマートンとくみ、数理化、計量化、社会工学化、ビッグサイエンスと化して《実用化》する。いまじゃエクセルで誰にだってできるクロス集計だって当時は当時は大変だった。どこかの脳タレントが心理学者ヒルガードが日本を洗脳したとか、また寝ぼけたことをいってるが、ラザースフェルドがやったのが、プロパガンダや影響力やマス・コミュニケーションの研究、こっちは本物だ(笑)。おっさんにとっては、アメリカが、ファシズムから自分を守る最後の砦だったからな。ところが、この大型国策社会学は、2つの方面から衰退して行く。ひとつは、調査結果に基づく政策がうまくいかなくなった。もうひとつは、社会学の中から批判の火が吹き上がって」

    人類「なんで当たらなくなったんですか?」

    社会「これまで社会全体、と、この場合は合衆国って『国家』全体のことだが、そいつを調査する手段なんてなかったし、国家全体の調査に基づいて国家全体で政策を実施するなんて仕組みもなかった。ローカルな調査結果を、まあ余所も多分同じだろうと、敷衍して理論をでっち上げるのがせいぜいで、理論は書物と学者サークルの中に留まって来た。ところが研究と現実社会の間に、でかいフィードバック・ループができてしまった。だが、社会という研究対象はモノじゃない。一人一人の人間の行動が集まって出来上がってる。政策という働きかけのある/なしじゃ、そいつらの行動だって変化したっておかしくない。政策は、政策がない状態での人々の行動からできた社会を対象にした調査を前提に作られた。しかし政策を実施すると、個人の行動は、そして社会は、変化してしたんだ」

    人類「はあ、驕れるものも久しからず、ですね」

    社会「人類学だってそうだろ。人類学者が出入りしだすと、狩猟採集をしてた部族だって、どうしたって変化する」

    人類「影響を与えたのは、人類学だけじゃないですけど。人類学者が入っていけるのは、そこまで移動手段があるという訳で、物品は入って来るし、情報も入って来る」

    社会「社会学も、でかい話をしたが、もっとつまらないことを言えば、社会調査が名を挙げた選挙予測で、予想が当たらなくなった。そのころの、計量的な社会調査ってのは、ぶっちゃけ、社会的属性と選挙行動についてクロス集計するだけでね。つまりある社会集団は、共和党に投票するのは何%、民主党に投票するのは何%ってのが、調査結果=研究結果だ。社会政策がもたらすよりもっと大きな変化が社会に引き起これば、社会集団をつくってる個々人の行動が変わる。社会集団自体が分裂したり、消えてなくなることだってある」

    人類「この辺の事情は、当たり前だけど、分かりづらいんですかね。研究や研究の利用によって、研究対象自体が変わってしまうなんてアタリマエじゃないですか。量子力学だって……」

    社会「剣呑剣呑。そういうこというとソーカル厨がよって来るぞ。向こうは、波動関数で確率的には状態を記述されてる。つまり観測が行われると一つの状態がある確率で実現することが言える。研究対象との間に多かれ少なかれフィードバック・ループができる社会科学は、ループの無視しても問題が目立たないときは威勢がいいが、ループがきつくかかるところだと、社会ってのはもともとそういうループでできてるんだ、とだけは強く主張するが、じゃあ何が起こるんだ?おまえらは何が分かるんだ?と言われると途端にごにょごにょ言い出す」

    人類「学者と素人もほとんど変わらなくなるし、相対主義に落ち込んで何も言えなくなるか、何でも勝手なことを言う/言えるようになるか、って感じですか?」

    社会「だが、科学史が自然科学の相対性を主張しようと世間がそれにどれだけ盛り上がろうと、自然科学者の研究生活も意識も何も変わらなかったように、社会科学者の意識も研究もそんなに変わってない。だからダメなんだ、とも言えるがね。社会科学では、内部批判のかたちで、研究と研究対象のループの問題は取り上げられた。それこそ、従来のメイン・ストリームだった大型計量社会科学からすれば、抜けてる部分で手つかずのフロンティアだったし、批判だけなら大した研究資本もいらんし」

    人類「経済学ならルーカス批判、社会学や社会心理学なら社会構築の問題、文化人類学なら文化について書く営為における表象性の危機から表象の政治性や操作性にまつわる権力の問題とか」

    社会「人類学だけ、随分かっこいいじゃないか」

    人類「経済学なんて、社会科学の物理学だから人数だけは多いし威張ってるけど、マクロ経済学にミクロ的基礎を与えりゃいい、ってとこでおしまいでしょ? あとは経済政策なんて人々の予期でいつも甲斐なくに終わるとだけ言ってりゃ、劇場型大臣にだってアルファブロガーにだってなれるし(笑)」

    社会「やれやれ。卑屈なまま調子づいて来たぞ」



    (次回予告 人文科学はきえていく/そしてヒトはどこへいくのか?)


    人類学者:卑屈なもの同士、残されましたね。
    文学研究者:わしは卑屈じゃないぞ。それに残されたんじゃなく、残ったんだ。
    ……




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