原文はここです(プレジデント3月 2日(火) 10時15分配信 / 経済 - 経済総合)
    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20100302-00000001-president-bus_all

    雑誌記事のため、取材構成した編集者等によって、ものすごい改悪が行われている可能性もあるのですが、誰もが確認できる公表された文章を対象に考えてみたいと思います。

    以下は、引用とそれに対するコメントです。

    原文からの引用コメント
     英文や難しい古典を読む際に、辞書を引きながら、一語一語丁寧に訳していくと、いつしか根気が続かなくなり、全体で何をいっているか、さっぱりわからないまま時間切れになってしまう。「文系人間」と呼ばれる多くは、このような完璧主義の落とし穴に陥っているのではないだろうか。それは「文系人間」というより、単純に語学能力の低い人です。
    そもそも調べものをしていて、30分ほどしてわからないことは、そのあと5時間費やしてもわからないものだ。普通に調査能力がある人は、どれくらい調べればどの程度わかるか、見通しがつくものです。5時間費やしてわからないことと、30分で分かることを取り違えることはあまりありません。
    研究の世界では、100%のデータが揃わなくても、先に論文を発表したほうが勝ちだ。一方で、完璧なクオリティでも、発表が他人より1日でも後になれば、評価はゼロになる。そのため理系の人間は、不完全なデータを活かして、どれほどの成果が上げられるか、クオリティと期限を天秤にかけて作業している。まるで「研究の世界」にいるのは理系の人間だけのような表現ですね。
    不完全を許容できない文系の人間が、完璧を求めるあまり陥る「不安」の「底なし沼」にはまることもない。メンタル面においても優れた戦術といえるだろう。不完全を許容できない人は、“完璧を求めるあまり陥る「不安」の「底なし沼」”にはまる可能性が高いのだとしても、それは文系の人間だけとは限りませんね。
    もともと活字を読むことが好きな文系の人間は、説明書でも論文でも、活字であれば最初から最後までぜんぶ完璧に読もうとしてしまう。そうしないと本人の気持ちが許さないからだ。「本人の気持ちが許さない」というのが本当ならば、不完全を許容するという戦略自体も「本人の気持ちが許さない」ので採用されないのではないでしょうか? もっともテクストを研究対象にする研究者が、「完璧な読み」なるものが可能だと無邪気に考えるとは、到底思えないのですが。
    オンの時間では「知的生産」が最優先されるべきなのに、読書中の文系人間の頭の中は「知的消費」の時間になってしまっている。だが、仕事で成果を出すことを考えるのであれば、まずは必要な部分だけをピックアップして熟読し、あとは飛ばし読みしていく理系方式が一番いい。必要な部分だけをピックアップして飛ばし読みするのが「知的生産」につながる理系方式であり、これに対して本を全部読むのは、“もともと活字を読むことが好きな”嗜好から生じる「知的消費」であると決め付けるのはどうでしょうか。
     たとえばある作家の作品を研究対象としている文学研究者は、活字嗜好とは別にして、研究の必要性からその作品を繰り返し読むのが当然だと思うのですが。
     文学研究などはそもそも学術研究とは呼べない(娯楽に過ぎない)? それは失礼しました。
    実際に、普通に読めば数カ月かかるレヴィ=ストロースの名著『野生の思考』ですら、仕事に必要なことは序章と最終章に収められていると知っていたので、私は1時間ほどで内容を理解することができた。仕事の都合上、概容を把握し、学問上の意味を得ることが目的ならば、前からすべてを読む必要はない。『野生の思考』を普通に読めば数カ月かかる!? 
    遅過ぎです。
    『野生の思考』程度の人文書を1年間に数冊しか読めない勘定になってしまいます。それで人文系の研究者が研究を行うことができると思われますか?


    ここまで読んで来て「英文や難しい古典を読む際に、辞書を引きながら、一語一語丁寧に訳していくと、いつしか根気が続かなくなり、全体で何をいっているか、さっぱりわからないまま時間切れになってしまう」になってしまうのは、「文系人間」ではなくて、『野生の思考』を普通に読めば数カ月かかってしまう鎌田教授(京都大学大学院 人間・環境学研究科)ご自身ではないかと、勘ぐってしまいました。

     しかし、以上のような「文系人間への偏見」を差っ引いても、鎌田教授が掲げられた【日常カイゼンのコツ】、すなわち

    point1…わからないところは飛ばして進む
    point2…不完全になる勇気を持つ
    point3…いい加減を「良い加減」で使いこなす

    は、多くの人に希望を与えると思います。

     「文系人間」イコール活字好きに見えてしまうほど、活字キライで読書能力の低い人物であっても、自然科学の分野であれば、立派に第一線の研究者としてやっていける工夫と、そうした研究者が存在する事実とを、我々に教えてくれるからです。



    (関連記事)

    「問い」を持って読む/あまりに基本的過ぎてあまり触れないこと 読書猿Classic: between / beyond readers 「問い」を持って読む/あまりに基本的過ぎてあまり触れないこと 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加
    関連記事
    スポンサーサイト
    Secret

    TrackBackURL
    →http://readingmonkey.blog45.fc2.com/tb.php/230-d06a8523