知りたくもないことは、人がいろいろと教えてくれるが、自分が知りたいことが見つかった人は、同時にそれは独力で見つけなくてはならないことを知る。

     あなたが知りたいことは、調べればわかることかもしれない。
     調べても分からないことかもしれないが、それでも途中までは調べなければならない。

     これもあまり人は言ってくれないことだが、調べものはストレスフルだ。

     「上の人」は簡単に、「調べておきなさい」「自分で調べなさい」と言うが、その調べものがどれくらいの困難さを伴うかは、ふつう言ってはくれない。

     「調査法」だとか「情報検索法」だとかいう本は多いが(中にはもちろん有用なものもある)、ストレスの多寡や、調査中のストレスの取り扱い方(コーピング)については、ほとんど触れていない。


     身近で小さめなストレスの例と、あまり体験することはないかもしれないが非常に大きなストレスの例をあげてみよう。

     外国語を読む時、あなたは辞書を引くだろう。
     大きなものではないが、これもそこそこのストレスだ。そして外国語学習の中で感じるストレスの、実はかなりの部分を占める。

     一度、連続で何回までなら辞書を引くことに耐えられるか、数えておくと良い。
     学び始めた言語や、身に付いたとは言えない言語の場合、驚くほど少ない回数でリタイアしたくなるものだ。

     活用や単語の変化がある言語だと、活用形が頭に入っていないと、そもそも辞書を引くことすら難しい。初心者用の辞書は、活用した形も見出し語にしてくれているが、そうした辞書は語彙が少ないので、自分が知りたい単語が載っていない場合が多い。
     教科書ではない文献や資料を読む段階になれば、辞書もひとつだけでは間に合わなくなる。
     辞書を調べ尽くしても、探し物がみつからないことだってある。これも最初のうちは、結構堪える。そして調べ方がまずい最初のうちにこそ、こういう羽目に陥りやすい。

     上記のようなことは、日常的に外国語を読む人たちには「当たり前」になっており、従ってかつては感じていたストレスにも耐性がついている(そして昔の苦労は都合良く忘れやすい)。
     といった理由から、意地悪をしている訳ではないが、外国語を読むストレス、辞書を引くストレスがどの程度のものか、あなたに教えてくれる人は稀だろう。


     異民族の中にその身を投じて、その中に長期間滞在してフィールドワークを行った現代人類学の創始者(パイオニア)のひとりといえる研究者が、その成果(『西太平洋の遠洋航海者』)とは別に、書き残し、死後発見された日記がある。『マリノフスキー日記』というのがそれだ。

     自文化と異文化の狭間で苦しみ、苦しみから逃避(自文化から携えて来た小説を読み耽ったり)している自分に気付いてまた苦しみ、といったフィールド・ワーカーの苦悩が赤裸々に記されている。


     では、調べものに伴うストレスにどう対処すればいいのだろう?

     項目を列挙すると、普通のストレス・コーピングとあまり変わらない。




    (1)調べものは、大なり小なりストレスを伴うものである、と知っておくこと

    (2)調べものを、いくつかの小さめの作業に分割しておくこと


    (3)分割した作業のそれぞれについて、どれくらいの時間が必要か、どれくらいのストレスか、完了した時の満足度はどれくらいか、予測しておくこと


    (4)分割した作業をひとつずつ片付けること

    (5)完了時に、要した時間、感じたストレス、満足度を、それぞれ記録すること

      この記録は、そのうち、つける必要がなくなるが、新たな調査や仕事にチャレンジするとき取り出してみると参考になる。その際は、せっかくの新しいストレス体験ができるので、また記録をつけてもみるのも良い。

    (6)ストレスが大き過ぎて、作業が止まった場合(投げ出したくなった場合)は、しばらく時間を取り、ストレスに浸ること。そしてその最中にストレスの度合いを数字で刻々と記録すること。
      ストレスに「浸る」時間はとりあえず20~30分(やってみると、それほど必要ない場合がほとんどである)。
      ストレスの度合いを数字で表したものをSUD(Subjective Units of Distress 又は Subjective Units of Disturbance)という。たとえば最大のストレスを10、ストレスなしを0にして、10段階評価にする。訳せば「主観的苦痛指数」といったものだ。自分が感じた数字でかまわない。1分毎にSUDを記録して行くと、意外と早めに数値が下がって行くのを体験するだろう。




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