今、あなたは探しものをしている。行き先は図書館だ。

     図書館でまず向かうのはどこか? 
     レファレンス・カウンター? それもある。

     しかし、毎回、厄介な事案を持ちこんでくるあなたは、すっかり顔馴染みになったレファレンス係に軽く会釈をして、そのまま参考図書のコーナーへ向かう。

     出来事を追って、新聞や雑誌の記事を、あるいは海外の論文を探すなら、データベースを使うために、館内のパソコンに向かっていただろう。

     まったく未見の分野なら、ネットやCDROM版の百科事典(かならず複数)をチェックする。
     共通する記述(これが調査の前提、そして到達度を計るベンチマークになる)と相違する記述(突き合せ、比較し「違い」を見つけることから調査は始まる)に印をつけ、キーワードになりそうなものにマーキングしたものをプリントアウトして図書館へ持参する。

     必要なら、さらに『日本語大事典』や『国史大事典』、関連分野の専門事典などもチェックして、関連箇所をコピーしておく。
     たとえば、ある歌人の和歌を探すのに、彼の生前の位や役職を知らぬまま探しても徒労に終わるだろう。大岡越前ではないが、同時代の通り名を和歌集編纂者も用いている可能性が高いからだ(もちろん、『新編国歌大観』の索引に、あるいはそのCDROM版に、いきなり当たることもできるが)。

     こうした下調べを抜きに、徒手空拳のまま挑んでも、調査ははじまらない。
     

     しかし、今回の探しものは、書誌を見つけるところから、はじまりそうだ。

     翻訳家にとって辞書は「金で買える実力」というが、リチェルカトーレ(探求者) 図書館で生涯をおくる彼らを人はリチェルカトーレ(探求者)と呼ぶ 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加にとって書誌は文献の大海を渡り切るための海図だ。
     あなたは、「書誌の書誌」ともいうべき、『日本の参考図書 解説総覧』『日本書誌の書誌』『主題書誌索引』などを手に取る。
     書誌は、膨大な一次資料から、ある目的からみて重要なものを抜きだし整理したものだ。事典などと並んで二次文献と呼ばれる。たとえばある主題についてつくられた書誌には、そのテーマについて書かれた書籍なら、その目次など記されていることが多い。書籍も論文も、併せて収録され配列されているのも便利なところだ。
     書誌はかならずしも書籍として出版されているとは限らない。個人全集の別冊付録だったり、研究書や論文の一部分である場合も珍しくない。こういった書誌(2次文献)について、どんなものがあるかを集めたのが「書誌の書誌」、3次文献とも呼ばれたりするものだ。
     かつて文献探しの達人は、例外なく、熟達した「書誌使い」だった。この分野を調べるにはあの3次文献が使える、そこの部分にはあの「書誌の書誌」があるが、あれは索引がないので(法学系のものに索引なし3次文献は多い)ちょっと時間がかかる、といったことが頭に入っている。というより血肉になっている。

     はじめて『日本の参考図書 解説総覧』を教えられた時のことを、あなたは鮮明に覚えている。
     それまでもレファレンス・カウンターにはよく世話になったが、レファレンス・ライブラリアンなら基本中の基本書を開いて、愕然としたものだ。
     たとえば『増訂武江年表』をその中に見つけ、その解説を読んだのもその時だった。
     天正18(1590)年の家康の入国から明治6(1873)年に及ぶ江戸市内外に起こった事柄を中心に、地方の事項も含めて、編年体で詳細に綴ったものだ。
     これもその専門家なら常識中の常識なのだろうが、地誌、沿革にはじまり風俗の変遷や巷談、異聞まで、およそ江戸時代の江戸という街の「すべて」が載っているんじゃないかと、あの頃あなたには思えた。
     もちろん、これは、どんな意味でもゴールでなく、小さなはじまりのひとつに過ぎなかったのだが。
     
     あの時応対してくれたレファレンス・ライブラリアンは、当時レファレンス係でも最高齢だった初老の男性だ。
     長身の彼は、まるで体重がないみたいに軽やかに立ちあがり、カウンターから出て、あなたを誘った。
    「どうぞ、こちらへ。……このあたりの図書は私どものカウンターの後に並んでいるものと、ほとんど同じものです。いわば、私どもの世界への入り口とでも申しましょうか。うむ、今のあなたでしたら……これなど、いかがですか?」
    「え、ええっ? すごい! こんな本があったなんて!」
    「こうした先人や同業者の仕事のおかげで、私どもの業務は成り立ちます。時折、この館の本を全部知っているのか?全部読んだのか?と尋ねる方がおられます。古代アレクサンドリアの図書館員なら、ただの一言、『仕事ですから』と答えることができたでしょう。今は、決して充実したとは言えないこの図書館でも、答えに窮します。先人の仕事と互いに仲間の力を借りなければ、我々は迷宮に置かれたねずみ同様です。ですから私どもはお互いのため、書誌をつくり、文献解題を書くのです」
    「参考図書の棚は、これまでだって結構使ってたんですが……」
    「ええ、そうお見受けします。……運が良かったんでしょう。いえ、私の話、それも昔話ですが、縁あって海外で学ぶ機会を得ました。大学の図書館に半ば寝泊まりするかのようにして、学位論文の準備をしていた頃、あの日、私に応対してくれたライブラリアンは、カウンターの内側から助言をくれるのでなく、私を参考図書の棚へ連れてゆき、調べるべきものを、あれとこれ、そっちのも、と指差して、そしてさっさと行ってしまいました。Guide to Reference Books、それにGuide to Reference Materialのふたつも、その中にあったと思います。彼女が指差した本はライブラリアンにとっては常識中の常識、しかし私にとって宝の山でした。私が何かしら研究といったものを為したとすれば、それはあの瞬間に始まったのです。……図書館員の矩(のり)をいささか出過ぎてしまったようです。個人的な昔話までしてしまって」
    「いいえ!あの、ありがとうございます!」
    「……もったいないお言葉です。ですが、お静かに」
    「す、すみません」
    「他の来館者へも、さることながら、本たちが目を覚ますといけません。それでは、これにて」




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