「司書は『物知り』ではありません。何故だかわかりますか?」

     少年はいぶかしむ。司書はその顔を見て、続きを話す。

    「もし私たちが『物知り』なら、あなたは質問して、答えをもらい、そして満足しておしまいでしょう。
     しかし司書は答えを言いません。
     いくつかの『扉』を示し、あなたを送り出すだけです。捜索はあなたがやらなくてはなりません」

    「先生に知らないことなんてないと思ってた」

    と少年は言う。

    「『先生』はやめてください」

    と司書は応じる。いつものやりとり。

    「何をやってるんですか?」

     少年は尋ねる。司書は少年に応じながらも、手を止めていなかった。

    「本の修復です。専門の係もあるのですが、学んだ技はこうして時々使わないといけません」

    「世界大百科事典の索引の巻!? ぼくが壊したやつ?」

    「壊すほどたくさん引いた人を何人も知りませんが、百科事典は索引から引くのが鉄則です。特に平凡社の世界大百科事典は索引がおもしろい。この事典のすぐれた特徴を反映しています。
     編者の林達夫氏は恐ろしい博識を備えた知性です。自分の専門分野の知見にしか触れない各項目の執筆者たちに、ヒントを与えて再三書き直しを要求しました。
     「宗教改革」を索引で引けば、「読み書き算盤」という項目もあがっています。今で言うところのリテラシーですが、聖書は長らくラテン語で書かれたものしかなく、聖職者以外には読めないものでした。
     ルターはそれをドイツ語に訳し、聖職者以外にも読めるようにした。これは書き言葉としてのドイツ語の成立に深く関わりますが、各国語訳聖書は、教会抜きに、各自が神と直接通ずるためのルートとなりました。これこそプロテスタントに欠くべからぬ部分です。
     こうしたことは、今では常識ですが、当時は必ずしも広く知られていなかったし、重要視されていませんでした。この事項は、教育学の範疇か、宗教史の範疇か、いずれとも言い難い。
     しかし、何の専門家でもなかった林氏には、とりこぼしようがない事項でした」

    「なんの専門でもないって、どういうことですか?」

    「本人の言葉でいうならアマチュアです」

    「アマチュアがプロに勝てるんですか?」

    「勝つ、というのはどうでしょうか? J.S.ミルはこう言っています。専門家はsomethingについてeverythingを知る者、アマチュアとはeverythingについてsomethingを知る者だと。ミル自身、オックスフォードからの研究の場を提供しようという誘いを断り、生涯東インド会社に務めながら、多くの仕事をした人です」

    「うーん」

    「ただし平凡社のこの百科事典は、参考文献がついていない。
     おそらくそうした書き直しを通して書き改められた項目には、それをカバーするのに少数の参考文献では困難だったことと関係しいているのかもしれません。
     一方、小学館の日本百科全書は、すべての項目ではありませんが参考文献があげられています」

    「古いけど」

    「書籍が持つ情報は、どれも最新ではありません。
     本をつくるには時間がかかります。百科事典ともなれば、なおさらです。
     しかし百科事典があげる参考文献は基本的なもので、また多くの人に知られたものです。そのテーマで何か研究をするなら、必ず知っているような。
     そして、その参考文献より後に生まれた文献であっても、いいえ、後に生まれた文献だからこそ、必ずそのテーマを扱った以前の文献を参照し、引用します。
     百科事典が成立した時点より《未来》に書かれた文献は、百科事典が示した文献を直接ないし間接的に参照・引用している可能性が高い。
     被引用関係をたどることで、私達は百科事典から見て未来へと探索の手を伸ばすことができます。……以前、簡単にレファレンス・ワークの説明をしましたね」

    「あ、はい」

    「あなたの目下の関心領域ということで日本文学の研究を例にしました。すべてが日本語文献の範囲に留まるのも、最初の案内としては都合がよかった。覚えていますか?」

    「はい。全集があるような作家を研究する場合、でした。
     まず最初に複数の百科事典、それから専門事典、今回は日本文学の事典(『日本近代文学大事典』『時代別日本文学史事典 ; 近代編』)を、これも複数引いて、それぞれ書いてあることを比べて、どこが同じでどこが違っていて、正反対のことを書いてるものがあればそれもチェックしておく。
     それから、何故違うのかについて予想する」

    「あなたが将来、外国語で何か書くことになった場合も、同じ作業を行うことをお勧めします。引き移すだけでなく、要約すること。特に自分がこれから書こうとするテーマについてこれができれば、最小限の語学力があることになります」

    「えーと、つぎに参考文献リストを作りました。『国文学年鑑』や『近代文学研究叢書』や『日本文学研究文献要覧』を使って。何百っていう文献を拾ってリストができました」

    「ええ。インターネット上の資源やパソコンを使えば、ずっと楽できたはずですが、冊子体だけを使って手書きで、という制限をつけましたね」

    「先生はぱっと見ただけで、これとこれは写し間違えてます、って言いましたね。あと、こっちのは本の方の間違いだけど、って」

    「あと重複も残っていました。
     この先、文献にじかに当たっていけば、そこにも参考文献があげてあります。これを取捨選択して追加して行けば、文献リストはさらに育っていくでしょう。
     自分の疑問や知りたいことを最終的に文献リストに変換することができるようになれば、その人は独学者となったと言って良いでしょう。ようやくその入り口に立ったにすぎないとしても」

    「はい」

    「写し間違いですが、これは必ずあるものです。そして書籍にも必ず間違いがあります。
     また書誌はどれほどしっかり調べられたものであっても、カバーすべき文献の8割を収録できていれば及第点をつけなくてはなりません。つまり2割以上、載っていない文献が必ずあるのです。
     私達の仕事に否応なく存在する不完全さについて、知っておく必要があります。たとえば……これを見せるのは初めてですね」

    「うわ、すごい。広辞苑ですか? ものすごく古いし、何度も修理した跡が」

    「中もお見せしましょう」

    「やっぱり!すごい書き込みですね」

    「間違いの多い辞書です。気付くたびに誤りに赤を入れ、足りないものを補ってきました。今、これを引くことは、ほとんどなくなりましたが、自分で初めて買ったものです。愛着もあります。さて、その次は?」

    「年譜を作りました。いろんな資料を見て行くと、細かいところがいろいろ食い違っていて……」

    「生まれた日さえ、資料によって異なることがよくあります。
     親族の方を直接訪ね、戸籍を見せてもらっても、それは『届けられた出生日』がいつなのか分かるだけなのです。
     ここでは複数の資料を突き合せて、それぞれの資料の信憑性を判断することと、その中で根拠を持って判断すること、あるいは判断を留保することを学びます。
     ある人がいつ生まれ、いつからいつまでどこに住んでいたか、ある作品が発表された時期と作品が実際に書かれた時期、そういったことを知るために、リスティングした文献のどれとどれを使うのか、あるいは何が足りてないのか。
     そんなことを考えながら、文献を読み進めて行くと、あなたのこの作家に関する知識は、最初に見た百科事典の項目を越えていたはずです」

    「はい!」

    「そして、今一度、最初の百科事典に戻って、その項目の著者がどんな資料をつかってそれを書いたかを、類推するのです。
     あなたが見ていて、項目の著者が見ていない資料はあるでしょうか?
     逆に項目の著者が見ていて、あなたが知らない資料は?
     最期のまとめに、あなた自身がその作家の項目を書くとしたら?
     これは実際に書いてみるのが一番良いです。何度か行なえば、文献を探し方と取り扱い方が身に付きます。
     人物だけでなく、事柄を説明している項目について、同じことを試みてみてもいいでしょう。それには、その分野を基礎から学ぶ必要がありますが、そのために何を読めばいいか、自分で探して考え、決めるのです」

       ○  ○  ○

     「さて、いまのうちにあなたに話しておいた方がよいことがあります。意気消沈せずに聞いてください。
     ……文献を読んで得ることができるのは、その時代の人が知り得る知識の、おそらく半分を越えません」

    「たった半分ですか?」

    「半分なら十分すぎる、と言えます。
     読みきれないほど多くの本が出版されていますが、それらに書かれている知識の総量は、絶望的なほど少ない。
     さらに知るためには、自然という書物、社会という書物を読まなくてはなりません。
     ただし、どの書物も、すべてを読み尽くすことはできません。
     選択は必然です。全知についての断念を受け入れなくてはなりません」

    「先生でも、ですか?」

    「先生はやめてください。私は……ずいぶん早くにそう教えられていたのに、断念できたのはずっと後になってからでした。
     すべてを知りたかったのです。
     ちょうど、今のあなたと同じように。
     しかし私にはファウスト博士のところに来た悪魔は訪れませんでした」

    「……」

    「同じ志を抱いた友人のひとりは哲学を学ぶことにしました。別の友人は数学を、また別の友人は医学を。物理学、あと文学を選んだ人もいます。
     そして私は、図書館を選びました。
     ええ、司書というよりも図書館を、です。資格はとりましたが、どんな司書になろうと考えたことは正直ありません。
     図書館でなら、図書館となら、何ができるだろうか? それはどんな図書館なのだろうか? 
     そんなことばかり考えて来たのです。……いけませんね、顔をあげてください」

    「……」

    「さっきの言葉には続きがあります。……全知を断念してもなお、無知に対する抗いを止めてはいけません。
     これは選択ではないのです。そう、抗うしかない。なぜなら……」

     つぶやくように、司書は言った。

    「なぜなら、私達は、生きているのですから」





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