100冊読む時間があったら論文を100本「解剖」した方が良い 読書猿Classic: between / beyond readers 100冊読む時間があったら論文を100本「解剖」した方が良い 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加の冒頭に、


    何かインプットしたら、アウトプットすること。
    アウトプットを予定して、思い描いて、インプットは行うこと。


    と書いた。同じようなことは、いろんな人が言っているけれど、畢生の大著『古事記伝』を仕上げた本居宣長が、長年弟子たちに求められていた「入門書」を書いたもの『うひ山ぶみ』に、こんな一節がある。


    何事にもせよ、著述をこゝろがくべき也

     
     『うひ山ぶみ』は、強いて訳すと「はじめての山登り」ぐらいの意味だが、少し変わった書き方で書かれている。
     短い総論のようなものが最初にあり、そのところどころに“<ナ>”といった印がついていて、総論の後に、印を付けたところをやや詳しく説明する、といった体裁である。
     『古事記伝』というのがそもそも『古事記』の註釈書なのだが、『うひ山ぶみ』は冒頭の総論とそれへの注釈という形で書かれているのである。
     だから宣長が、


    <ナ>古書の注釈を作らんと、早く心がくべし、物の注釈をするは、すべて大に学問のためになること也、


    と書くのは至極当然のことだった。

     <ナ>とあるように、この箇所には注がつけられている。この注こそ、先の「何事にもせよ、著述をこゝろがくべき也」に終わる一節なのだ。まるごとを引用しよう。


    <ナ>古書の注釈を作らんと云々、 書をよむに、たゞ何となくてよむときは、いかほど委く見んと思ひても、限リあるものなるに、みづから物の注釈をもせんと、こゝろがけて見るときには、何れの書にても、格別 に心のとまりて、見やうのくはしくなる物にて、それにつきて、又外にも得る事の多きもの也、されば其心ざしたるすぢ、たとひ成就はせずといへども、すべて学問に大いに益あること也、是は物の注釈のみにもかぎらず、何事にもせよ、著述をこゝろがくべき也、


    (少し長いので現代文にしてみた)

    <ナ>古書の注釈を作りたまえ、という箇所について
     書物を読むのに、ただなんとなく読んでいるときは、どれほど詳しく読もうと思っても、限界があるものだ。自分で注釈をつけようと心掛けて読んでいくと、どんな書物であっても、意識が集中して、読み方も精確なものになるし、他にも得るところが多い。だから、注釈をつけようという目標が、たとえ達成できなくても、学問にとっては大変ためになるのだ。このことは注釈をつけることだけに当てはまるのではない。どんなことであっても、書くこと(アウトプット)を心掛けるべきだ(その執筆が完成しなくとも、学問にとっては大いにためになるのだから)。


     
     ぐっと時代は下がって、2世代くらい前の人たちが、こんな風に「古典」を勉強していた、という話を紹介しよう。
     「大きなマージン法」とは、今勝手に名づけたのだが、レシピ風に述べるとこんな感じである。


    1.アタマにいれようとする本を、岩波文庫で2冊買います。

    2.買って来た岩波文庫を丁寧にバラして、1ページずつにします。

    3.大きめの台紙(「美濃表紙」と言ってた気がするが現在ならB4版か)の中央に1枚ずつ、解体された岩波文庫のページを貼り付けましょう
    (なぜ2冊買ったかと言えば、その当時はコピーがバカ高く、1つのページの表も裏も必要だから。つまり、今なら大きな用紙に最初からコピーすれば、2~3の作業は不用である/今ならパソコンの中だけで完結するやり方がいくらもある気がするが、紙を工作する感覚がいい、らしい)。

    4.いよいよ読んでいき、気になったところに印をつけて、そこから矢印を外側の台紙の部分(つまり「マージン」)に引いてメモを書いていきましょう。最初は鉛筆、読む回数を重ねるごとに、黒ペン、赤鉛筆、色ペン……と筆記具をかえていきます。

    5.注釈書や研究書の内容も、該当ページのマージンに書きこみ、該当箇所に印を付けて結び付けましょう。

    6.書きこみを重ねながら、繰り返し読むことで、マージンに書き切れなくなるころには、本の内容がだいたいアタマに入っているでしょう。



     なお、宣長は、なるべく早く注釈つけをやった方がいい、と言っているが、ずぶの初心者には、もっと軽い気持ちであれこれ読むことを勧めている。さすが宣長、話がわかるぜ。


    凡て件の書ども、かならずしも次第を定めてよむにも及ばず、たゞ便にまかせて、次第にかゝはらず、これをもかれをも見るべし、又いづれの書をよむとても、<ヨ>初心のほどは、かたはしより文義を解せんとはすべからず、まづ大抵にさらさらと見て、他の書にうつり、これやかれやと読ては、又さきによみたる書へ立かへりつゝ、幾遍(イクヘン)もよむうちには、始メに聞えざりし事も、そろそろと聞ゆるやうになりゆくもの也、さて件の書どもを、数遍よむ間ダには、其外のよむべき書どものことも、学びやうの法なども、段々に自分の料簡の出来るものなれば、<タ>其末の事は、一々さとし教るに及ばず、心にまかせて、力の及ばむかぎり、古きをも後の書をも、<レ>広くも見るべく、又簡約(ツヅマヤカ)にして、さのみ広くはわたらずしても有リぬべし


    (かってに現代文にする/改行も勝手に入れた)

     前段で読むべき本として挙げた書物を読むのに、必ず順序どおりに読まなければならない訳ではない。ただ都合にあわせて、順番にこだわらず、あれもこれも、といった感じで読めばいい。
     また、どの書物を読むにも、初心者のうちは、はじめから意味を理解しようとするのではなく、最初はおおざっぱにさらっと流して読んみて、他の書物を読んでみて、あれこれいろいろと読んでみては、また最初の書物に戻ったりして、何度かそうして読んでいくうちに、最初は理解できなかったものが、だんだんと分かるようになっていくものだ。
     さて、そういった書物を何度か読む間に、他にどんな本を読めばいいか、どんな風に学んで行けばいいか、といったことも自分のスタンスが固まってくるので、ここから先のことはいちいち教えるに及ばないものだし、あとは心に任せて力の及ぶ限り、古い書物も後世の書物も広く読んでいけばいいし、あるいは簡単に済ませて、そこまで広げなくたってかまわない。



     デカルトも哲学書(自分の本)の読み方について、似たようなことを勧めている。




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