司書:何かお探しですか?

    少女:あ、先生。いいえ、わたしは特に何も。

    司書:「先生」はやめてください。……彼ですか。しょうがない人です。探しものになるとどうも……。

    少女:あ、大丈夫です。わたしも見たい本があって、と言ってもこれも教えてもらったんですけど、いまそれを読んでるところですから。

    司書:天野敬太郎『日本書誌の書誌』ですね……。

    少女:どうかされたんですか?

    司書:いえ。すばらしい仕事です。我が国最古の書誌と言われる建治三年「御請来目録」、応安年間の「弘法大使請来録」に始まり、国初以来の書誌という書誌をすべて見逃すまいとしたものです。公共の文書から個人蔵書の目録、果ては古書店の販売目録すら看過しない。「ライフワーク」とはこうした仕事のために使うべき言葉でしょう。
    しかし、天野先生の仕事の中で最上のものだとは言えません。先生の至上の仕事は、むしろ個人書誌にあります。『河上肇博士文献志』をぜひ手にとってください。それと先生の古稀記念論集である『図書館学とその周辺』に収められた、天野敬太郎著作書誌をご覧になってください。書誌学という分野で、人がいかほどのことを成し得るのか、伺い知ることができるかもしれません。

    司書:手を広げすぎたという人もいれば、書誌に優劣をつけ取捨選択すべきだったという人もいます。書誌は誰かの役に立ってこそ書誌であろう、と。
     目録から索引へ、とは天野先生が言われた言葉です。文献データがただ羅列されたものから、そこに利用者の便に供する必要な注釈をつけること、つまり書誌目録から書誌解題への移行、その先駆者こそ天野敬太郎でなかったか、と口さがない人は言うのです。
     厳しい言い方をすれば、「書誌の書誌」は、天野敬太郎以前の目録書誌へと退行してしまった。日本のすべての書誌を、この中に収めようというのですから、優劣の判断も、解題的なコメントも、そこでは禁欲されています。
     あるいはこの仕事はやはり未完成であり、この書におさめられた書誌それぞれに対して、さまざまな接近が可能な大索引が構想されていたのかもしれません。索引を持つのは、「総載編」「主題篇I」「人物篇I」「主題篇II」のうち「人物篇I」だけですから、先送りにされていたと考えられなくもない。

    司書:ですが、私の考えは少し違います。
     あらゆる書誌を集めようとしたこの本には、紛失した書物や焼失した書物についての書誌をまとめている部分があります。それらは今はなき本についてのリストであると同時に、二度と手にすることのないものについても記録しようとした人達の存在を示す痕跡です。では何故、人は失われてしまった書物の記録を残そうとするのでしょう? いったい何の役に立つのですか?
     ライブラリアンは、私のような、つむじまがりのレファレンス係ですら、ほんのかけらほどであっても、必ずアルキビストの側面を持っています。我々はガイド役である以前に、ガイドすべきものを次代の人達へと届ける保管人なのです。ええ、そうでなくてはなりません。
     そして、たとえ何かが失われようとも、それをとどめおく事が私達には不可能であった場合でさえも、せめてその痕跡だけでも残そうとするのが、アルキビストの使命であり本能なのです。目録はその手段です。時間という激しくおおきな流れのなかでは、書誌データの羅列すら、贅沢なものかもしれません。しかしタイトルのリストだけでも、それらが確かにこの地上に存在したことを、私達自身は会えないであろう未来の友人達に伝えたいのです。そうした便りを、私達もまた、過去の友人達から、確かに受け取ったのですから。





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