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     エピクロスは、プラトンのおよそ100年後、古代ギリシア文明がとことん瓦解した最中に登場した。

     理想国家論を書いたプラトンとちがって、彼はもうどんな社会の集団的救済策も提示しなかった。
     けれども彼は絶望も諦念も勧めなかった。

     そして、後世の人がいう「繊細さを欠くがために、地上に幸福を求めることができる」人間であったために、迷える個々の魂の救いを彼岸に求めることもしなかった。


     エピクロスは、此岸にだろうが彼岸にだろうが、高い精神の王国を打ち立てようとする人々にとって、大顰蹙なことを言ってのける。

    「すべての善のはじめと根本は、胃袋の快楽である」。

     これが彼の倫理学である。

     多分、放縦をほしいままにするエピキュリアンと呼ばれるものは、こんなところに由来するのだろう。
     「精神の高さ」をもって身体を蔑む思想が攻撃するは、決まってこんなところだから。


     けれども俗に言う「快楽主義者」に対して、この「胃の哲学者」はあらかじめ釘を指す。

    「飽くことを知らないのは、多くの人々はそう言うのが、実は胃袋なのではない。かえって、胃袋についての誤った臆見、すなわち、胃袋はこれを満たすのに際限なく多くの量を必要とするという臆見こそが、「飽くこと」を知らないのだ」。

     「身」を滅ぼすまでにどん欲であるのは、「身」それ自身でなく、「魂」の方だ。
     だから「胃の哲学者」は、魂のあり方、自身の倫理学を説く。

     「哲学するふりをすべきではなく、本当に哲学をなすべきである。我々がもとめるのは健康に見えることでなく、本当の健康だから」。

     長年、胃と膀胱の病に犯され、日に2度も吐き(それは論敵がいうような過食のためではない)、最後は膀胱結石で命を落とした哲学者の、健康についての英知は単純かつ「ささやか」だ。

     死を、苦痛を恐れないこと、ありもしないものに引きずり回され眩暈のうちに方向を失い悲惨に突き進まないこと。


     たったこれだけ。


     人を恐怖に結わえ付け、不安と蒙昧のうちに閉じこめようとするものがふたつある。

     一つは死の恐怖、もうひとつは神の恐怖だ。

     「悪をなしてはならない。なせば神によって罰せられる」という怯えを、人は道徳や倫理と取り違えている。

     エピクロスは後世(とくにキリスト者によって)非難されたようには、無神論者ではない。
     彼は神を信じていた。
     彼が信じることができず、また信じるに値しないと思ったのは、神がわれわれに干渉し、そればかりか、わざわざ害までも加えるといったことだ。

    「神々はまったくわれわれを必要としない。そして我々も善行で神々の恩寵をつかむことはできない」。

     来世の罰や報いにいたっては、明らかに空想に過ぎない。

     不幸も幸福も、報いや罰とは関係がない。

     すべてはこの世の事どもによって起こり、引き起こされていく。

     死については、これはもはやこの世のことではない。
     死ねば、肉体は滅び、感覚も消滅する。
     感覚の消えたところに、なにものもない。
     あるのはいつも、空想に結びついた恐怖、死についての、いま生きている者の思惟や願望だけだ。

     エピクロスは、謂れのない恐怖を不幸の原因として見極めることを、そしてそれを捨てる術を教える。
     そうして不幸をとりのぞこくことを述べる。


     それだけだ。


     彼の哲学が迎えることのできる幸福は、その英知にふさわしくささやか(A SMALL, GOOD THING)なものだろう。

     けれどそれは、時代の絶望のなかで、「生きる手段」を求めることに夢中なあまりけっして「生きていない」人々に対して、差し出すことのできる彼のせいいっぱいだった。


     エピクロスは、世の悲惨も、自らの痛みも決して忘れない(忘れようがない)。

     けれどそのうえで「恐怖と苦痛を除く術」を述べようという、彼の倫理学が教えるのは、それでも人は歓びを得ることができるし、そのために生まれたのだ、と言うことだった。

     「われわれは、同時に、笑ったり、哲学を研究したり、家事をとったり、その他さまざまな営みをしなければならない」

     エピクロス、あるいは「最小の哲学」について。


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