私ですか?
     最初に夢中になったのは図鑑です。
     文字を覚えるのが人より遅かったもので。
     国旗や昆虫や恐竜の名前を詳しく覚えている子供達が時々いますが、私の場合は野鳥でした。シラサギではなく、コサギ、チュウサギ、ダイサギの3種がいること、羽ばたいては止めを繰り返し、波形を描いて飛んでいるのはセキレイの仲間だということ、そんな知識を喜びとしていました。

     実際に、鳥を見たのはずっと後です。
     半ば無理やりにバードウォッチャーたちの集まりに連れて行かれ、そこで双眼鏡や望遠鏡を覗かせてもらい、それから一人の老人に出会いました。
     彼はナチュラリストでした。
     まわりの大人は、あれはえらい先生だ、と私を無理に老人の前に押しだしたのですが、子供にそんなことはわかりません。
     彼の高名を知るのはさらに後です。

     ですが、好運でした。
     ふりかえれば、人生を変える出会いであったかもしれません。

     「わしは虫屋やった」

     それが彼の自己紹介でした。

     「あんたぐらいの歳からずっと虫をとってきた。コレクションするようなきれいな虫やなかったけどな。あるとき、わしが狙とった虫を、魚に食われた。イワナや。それから釣りをするようになって、今度はイワナを鳥に食われた。そこで考えたんや。虫を魚が食うやろ。魚を鳥が食うやろ。人はどちらも食うが、魚は水の中泳ぎよるし、鳥は空を飛ぶ。井の中の蛙の頭上にも空がある。空は世界に広がっとる。目の前のもん、しっかり離さずたぐりよせてたら、いつか広いところに出とるやろ。わしなんか50なるまで無給やった。まわりは迷惑したやろけどな」

     どうして、研究をつづけられたのか、と私は尋ねました。

     「ふーん、知りたいか。……ここからは内緒の話や。ええか? 今時の学者は知らんことやけどな、自然いうのは女神なんや。ヨーロッパやったら、ラテン語を読める人間やったら誰でも知っとった常識や。今は向こうでも知らん奴の方が多い。けど、わしは知っとる。そやから、向こうも手招きする。『ここまでおいで』ちゅうてな。……笑わんな、わしの『とっとき』やのに。弟子はみんな笑うで。わしより偉うなった奴はぎょうさんおるけど、まあ笑う奴は、そこまでや。あ、但し、わしは山も登るけど,山でそういうのに出会(お)うたら、ついてったらあかんで。連れて行かれる、あの世行きや」

     自然(natura:ナトゥーラ)が女神であることを知る自然科学者は少なくなりました。オウィディウスの詩で語られた「宇宙生成論」を、その4世紀後、クラウディアヌスが引き継いでから、すくなくとも、読み書きのできる人達の間では、常識に属することでしたが。
     今もノーベル物理学賞と化学賞のメダルの裏面は(表はノーベルその人の肖像です)、ナトゥーラがつけているベールを、女神スキエンチアが持ち上げて、自然の女神の素顔を見ている図像が使われています。

    novel_medal.jpg

    ラテン語の「scire(知る)」を語源とするスキエンチア(scientia)は、単に「認識」、百歩譲って「学問」と考えるのが相当ですが、メダルをデザインした人はそうは考えていないようです。元々このモチーフは、ルネサンスをあらわす寓意画で、真実(彼女も女神です)のベールを取り去る図像の引用です。かつては「veritas filia temporis(真実は時の娘)」の言葉通り、真実の女神からベールを引きはがすのは時の翁(クロノス)の役目でした。

    vouet.jpg

    時の翁は、愛の女神からもベールを引きはがしています。愛の真実は時が明らかにする、という訳です。ラテン語の「scire(知る)」が、インド=ヨーロッパ祖語(PIE)にまで遡る「*skei- (切る、分つ)」にどうやら由来することを思えば、科学が自然の真の姿を「そっとうかがう」というのはペテンというのが言い過ぎだとしても、穏当すぎる改変ではありませんか。近代科学が備えるべき実験精神の擁護者だったフランシス・ベーコンは、彼自身が法務官僚のトップであったことを割り引かなければなりませんが、実験を「自然を拷問にかけること」と表現しているのは、むしろでき過ぎた挿話だと言わざるを得ません。
     無論、こうしたことを知らなくとも、たとえばウラヌスがどこの神話でどういう役割を担う神であるかについて無知であっても、ウラニウムの濃縮はできます。しかし、その元素がなぜウラニウムと呼ばれるかに関して、重大な知識の欠落があることを認めなければならないでしょう。

     ええ、彼と会ったのは、その一度きりです。
     正確には、生身の彼と出会ったのは、というべきですね。
     『彼』と、次に出会ったのは、図書館の書架で、でした。全集がありました。それに彼の弟子が論文を寄せた古希記念論集、還暦記念論集。

     実際に出会った人物の書いたものを読んだのは、それが初めてでした。
     すべて読んで、彼の『自然』に愛された幸福と、人に理解されぬものを抱えた孤独を感じました。いや、当時、本当にそこまで感じたのか。記憶は上書きされることがありますから、定かではありませんが。
     彼が切り開いた領域の一部が、アカデミズムに根付くには、もう一世代を必要としました。そして、多くは彼のところに残りました。

     ですが、彼に会ったのは、私一人ではないのです。
     何人とは数えられない人たちが、彼と話し、虫を捕まえ、猿を観察し、それから彼の書いたものを読み、そしてこれからも読んでいくでしょう。彼のことを話し、彼のことについて書く人もいるかもしれません。

     誰の言葉でもありませんが、心に残る言葉があります。

    「同じものを読む人は、遠くにいる」

     私は、たった一人の人物から、きっかけを与えられ、本に関わるさまざまな体験をしました。その体験だけから危うい外挿(Extrapolation)を行うなら、この言葉は何かしら真実を含んでいます。

     ヨーロッパの小国でしたが、私は一晩を留置所で過ごしたことがあります。
     同室の男は、額ににじむ血を手の甲でぬぐいながら、エヴリマンズ・ライブラリのプラトン(確か「饗宴」と「パイドロス」が入った巻です)を読んでいました。
     私が入って30分あまり経った頃でした。男が私に、おまえはこの本を読んだことがあるか、と尋ねました。随分昔だがあると答えると、男はいくつか質問をし、私は汗をかきながら質問に答えました。
     男はその途中で私が日本人だと気付いたようでした。そして、なんと、私を本の世界に誘(いざな)ったナチュラリストの名前を出し、最近読んだ彼の本のことを話し出したのです!

     どうして泣いているのか、と不思議そうに彼は尋ねました。泣いている? 私が? 今度は私が手の甲で目を拭い,彼の言葉を確かめました。
     懐かしい名前だ、と私は答えました。私は彼のおかげで本を読み始めたのだ、と。
     では、おまえの父親か? と彼は尋ねました。
     いいえ、と答えました。私は彼を知っているが,彼は私を知らないだろうとも。

     独学者とは、学問的独身者であり、学問的私生児なのです。自分を継ぐ者を期待することはできません。誰かを名指して、自分の師であると「認知」を迫ることもありません。師がないというのは、無数の師を持つということでもあります。

     しかし、誰とも関わりを持たないということではありません。友人として交流することは可能だし、また必要でもあります。

     これだけは約束できます。

     あなたが何かを真剣に学び、自分に学ぶ意思と力とがあることを示すことができたなら、あなたを迎え入れる人たちを必ず見つけることができるでしょう。





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