「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」なんてことは、似たようなことをいろんな人が言っていて、ヘラクレイトスなどは「二度と同じ川に足を踏み入れることはできない」といい、その弟子のクラチュロス(これはイデア説のプラトンの先生だった人だ)は、「いや、一度だってできない」と言ったりした。
     
     有名すぎる、この「無常のことわり」につづいて、鴨長明は、「世間の苦相」という一種のルポルタージュを載せているけれども、どう考えてもこちらが本編だ。「火の災い(安元の大火)」「風の災い(治承の旋風)」「水の災い(養和の飢饉)」「地の災い(元暦の大地震)」と、他に福原遷都の話なんかがあるのだけれど、どこでも天変地異は人を傷つけ、そして人の世を変えてしまう。

     ゲーテに「神はどこだ?どこで何をしてるんだ?」と叫ばせた、1755年のリスボン大地震(3万人死亡)は、ヴォルテールに、楽天主義者(予定調和野郎)たちを徹底的に揶揄する傑作『カンディード』を書かせたし、もっと大きくはヨーロッパの「啓蒙」時代を破産させてしまった。

     もっとさかのぼれば、1347年 クリミアにはじまり3年で北欧に達した(つまりヨーロッパを制覇した)初のペスト大流行は、ヨーロッパ人口の1/4あるいは1/3を死に至らしめ、労働力不足から農奴の地位(発言力)を向上させ、また宗教については、マリア信仰がこの後盛んになり、また聖職者などもたくさん死んだから、ラテン語でない世俗語が正式文書に使われるようになった。聖職者に独占されていた「宗教情報」の「自由化」が、後の宗教改革を準備して、ルターの聖書のドイツ語翻訳による「標準ドイツ語」の成立にもつながっていく。

     同じく「宗教改革」が、天変地異を通じて、東洋の端っこの島でも行われていたことを、「方丈記」の作者は、正しく見て取っていた。

     呪術が滅び、念仏が興隆する。

     1181年の養和の大飢饉(そして伝染病)、死者の数を数えに行った(!)人によれば、その数は4万2300人ほどだったと言われる。主として(貴族たちの)現世利益のためのテクノロジーだった平安期の呪術仏教が最終的に破産し(だっていくら祈祷をやっても雨が降らないんだもの)、これを期に、「念仏」をはじめとする、鎌倉仏教(その後の日本の仏教の中心となる葬式仏教の元)が登場する。その象徴を鴨長明は、飢饉で死にそのまま打ち捨てられた死者をみるたびに、その額に「阿」の字を書いて、なんとか「成仏」させようとした僧に見ている。


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