マッド・サイエンティストは、どうにも偉大なコミュニケーターとは言い難い気がする。
     プロジェクト・リーダーが勤まったり、コーチングに長けていたり、傾聴のスキルを磨いていたりしているマッド・サイエンティストは想像しにくい。

     一方、科学研究は、随分前から集団的営為になってしまっている。
     周囲とうまくやれず、学会から追放されてしまう人物が、どこかの研究職にありつくのは、少なくとも長く続けるのは、ちょっと難しい気がしてしまう。

     するとマッド・サイエンティストは、その多くがアマチュア・サイエンティストということになる。
     無論、アマチュアをなめてはいけない。プリーストリもキャヴェンデュッシュもボイルも、アマチュアだった。科学者が職業として成り立つのは19世紀半ばになってからである。つまり、それまでの間、重要な発見もそうでもないものも、みなアマチュア科学者によるものだったし、それ以前の著名な、あるいは無名の科学者はみなアマチュアだったのだ。

     しかし、日本のような後発国に顕著だが、研究に必要なカネやモノやヒトは、極めて少数の機関に(日本なら帝国大学に、そしてさらにその一部に)集中していて、その一員となり、ひとかどのポジションを得ないと、莫大な研究資本が必要な「実証研究」は、諦めるより他ない。

     では、マッド・サイエンティストはどうするのか?

     帝国大学を放逐された彼らは、専門知識にレトリックとイマジネーションを加えて、筆だけを武器に世間と渡り合うことになる。
     千里眼事件で東大を追われた福来友吉が、中村古峡が編集する半学会誌『変態心理』で筆をふるったように。

     つまり、マッド・サイエンティストに残された道は、ヒューマニティーズ(人文学)という知の静脈部門、文献に埋蔵される知のリサイクル・リユースを生業としたジャンルしかない(文藝評論家は別として)。
     ここでは、大した研究資本は要らない。
     たった一人でも長い年月をかけて、しずくが岩を穿つように、学問を大成することができる。

     こうして、かつてならマッド・サイエンティストとなっていたであろう孤高の才能は、マッド・ヒューマニストになるのである。

     ここでは私立大学出身故に、学者コミュニティから相応の承認を得られず、無視シカトといじめにあいながら、大輪の花を咲かせた白川静の漢字学と、そこまではいかないが谷沢栄一の近代書誌学を挙げておこう(谷沢の場合、書誌学だけではルサンチマンが昇華せず、『紙つぶて』になるのだが。書誌学の方も、もっと頑張れ。『日本近代書誌学細見』の後に予告されていた『日本近代書誌学要綱』『読書参考文献備要』はいつ出るのだ?)。



    サルでも分かる人文科学/社会科学/自然科学の見分け方(分割図つき) 読書猿Classic: between / beyond readers サルでも分かる人文科学/社会科学/自然科学の見分け方(分割図つき) 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

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