ドイツ語だとAufklärung、英語だとenlightment)なのに、「啓蒙」とは誰かエライ人がバカをつかまえてほどこすことみたいに思われている。
     広辞苑で引くと「無知蒙昧な状態を啓発して教え導くこと」とある。

     しかしAufklärungとは自分でやるものである。
     でないと、カント「啓蒙について」の最初の一節は理解できない。


    「啓蒙とは、人間が自分の未成年状態から抜け出ることである。
    ところでこの状態は、人間がみずから招いたものであるから、彼自身にその責めがある」


     ここでいう「未成年状態」というのは、本文で続いて説明されるように、他人まかせの状態、他人の指導を必要としている状態のことである。だから人から「啓蒙される」ような輩は、まさに「未成年状態」にとどまってるのであって、全然「啓蒙」じゃないのである。

     では、「未成年状態」にとどまってる原因は何か。それは、そいつがバカだからではなく、自分の悟性(ドイツ語:Verstand、英語:Understanding、ぶっちゃけていうと知性、アタマ)を使用しようとする決意と勇気を欠いているからである(とこれもカントが言ってる)。

     だから啓蒙の標語は、
    「自分の悟性(アタマ)を使う勇気を持て!」
    であり、
    「あえて賢くあれ!」
    である。

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