取り扱う資料が増えていくと、その取りまわし(ハンドリング)の方法に工夫が必要になる。

     カードを使う方法は、有用な方法の一つだが、日本では、菅原道真が『類聚国史』(892(寛平4)年成立)を編集したときに使ったのが嚆矢である。

     これは、国家編纂でつくられたそれまでの歴史書(いわゆる六国史=日本書紀、続日本紀、続日本後紀、日本文徳天皇実録、日本三代実録*1)の記事を、「類聚」すなわち分類・再構成したものである。

     日本の歴史書は、史記以来の紀伝体という複雑な形式をとってきた中国のそれと異なり、基本的に、時間の流れに沿って出来事を並べる編年体というシンプルな構成で編まれている。

     道真は、この時間順に並べられた歴史書の記事を、1項目ごとにカード(道真はぶっきらぼうに「短策」と呼んでいる)に抜き書きしていき、同種の事項を束ねた上で時間順に並べ、それらをさらに上位分類に配して、『類聚国史』を編んだ。

     道真は、この作業を、神祗、帝王、後宮に始まり、歳時、音楽・賞宴、政理、刑法、職官を経て、瑞祥、災異、仏道、風俗、殊俗に及ぶ分類体系すべてについて行ったので、扱うものは森羅万象に及んで一種の百科事典となっている。

     このレファレンスは、平安時代に政治の実務に携わる官吏には必携の書となった。
     たとえば、平安時代の末に官人の心得を記した『貫首秘抄』には、蔵人が必備すべき書として『類聚国史』が挙げられている。

     必携の書となった理由はこう考えられている。
     律令制度が解体していく中、政治・行政の実務において、何らの提案や意志決定を行おうとすれば、(すでに律令という法体系ではなく)過去の事実を参照し「前例」によって根拠づけることが不可欠となったからだ。

     9世紀末から10世紀にかけて、律令時代とは異なる情報環境下におかれるに至った平安王朝の天皇・貴族らは、政務や儀式を執り行う上で必要な情報を収集・蓄積するために、日記を記した。日記に私蔵された「公事情報」は、たとえば摂関家の政治資源の源泉となった。

     これに対して、道真が編纂したこの書は、律令国家が営々として蓄積していった《公的》な記録という素材を、すぐれた学者でありまた官僚であった道真が編纂したものだ。
     道真にとっては、摂関政治へと向かう時代の流れに抗して、内包的には修復不能なまでにほころび出した律令制を、律令国家が蓄積し史書に編纂された記録によって、いわば外延的に再構築する試みであったのかもしれない。
     学者である道真が、藤原氏に対抗し得るとの期待を宇多天皇から受けたのは、直接には阿衡事件に際して藤原基経を諌め説得する書を送り基経の怒りを解いたことに端を発するが、このネゴシエーションも含め《公的》な記録を自在に参照し得る学識による。
     道真は、その己が力をレファレンスとして編み上げることで、他の者にも行使できるようにしたのだ。


     『類聚国史』で道真が採用した分類法は、日本では長く類書(多くの書籍から資料を集め、分類順や韻順に編集し、検索・閲覧の便をはかったもの。引用でできた一種の百科事典)の範となった。
     江戸時代後半、膨大な古典を蒐集し、『群書類従』という大叢書を編成した塙保己一は、事に先立ってその完成を天満宮に願をかけているが、それはただ「学問の神様」というのでなく、類書の始祖として道真に祈願するものであった。
     『群書類従』の図書分類は、『類聚国史』に始まる「類従」の伝統を継承してたものである。


     『類聚国史』は、今日も有用なツールである。六国史のなかで失われたの逸文(散逸した書籍を「佚書」、佚書から類書に引用された文章を「佚文」という)を多く含むだけでなく、分かりやすい例で言えば、地震について日本書紀以来の史書の記録を残らず拾い上げ、地震ばかりを時系列順に編集してくれているからだ。
     平安時代以前の古地震を研究するには、断層の調査とともに、この『類聚国史』第171巻の災異部を参照することになる。



    *1 『日本三代実録』は道真が大宰府に左遷された後の901年(延喜元年)完成であることから、そこからの記事は後に誰かによって追補されたと言われている。しかし道真は『日本三代実録』の編集にも参加しており、草稿段階のものから道真自身によって取られたと考えられる箇所も少なくない。


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