落語の「紺屋高尾」*1のことを書こうと思ったが、肝心の高尾太夫*2について、諸説紛々で結局良くわからない。

    紺屋*3の方は「紺屋の白袴」*4の紺屋。慣用句としては、「医者の不養生」とだいたい同じ意味である*5。なお、英語ではこういうらしい(ちょっとシャレにならないが)。

    Few lawyers die well, few physicians live well. *6
    (笑って死ぬ法律家なんてまずないし、健康にくらす医者だってそうだ)。

    一方、フランシス・ベーコン*7は次の文句を愛用したらしい。
    Living physically is living miserably.
    (定訳:健康な人生は惨めな人生/くるぶ試訳:養生*8するなら死んだ方がまし)*9

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    これだけでは、あまりに不親切な気がするので、以下に注を記す。

    *1 「紺屋高尾」
     一介の染物職人が、当代きっての名花・高尾太夫に惚れて惚れて惚れぬいて、ついに彼女と結婚するまで(あるいは、結婚後、染物屋として独立し、「かめのぞき」をヒットさせるまで)を描いた超純愛サクセスストーリー(平凡社大百科事典には「高尾伝説のひとつ」と記される)。もともとは史実に基づく講談。落語では、4代目柳亭左楽、6代目三遊亭圓生などが得意とした。最近では、立川談春など。浪曲・浪花節では、初代篠田実(1898‐1985)が吹き込んだレコードが大正初期にバカ売れ。その振り出しの「遊女は客に惚れたと言い、客は来もせでまた来るという、嘘と嘘との色里え」は、戦後しばらくのころまで名文句として知られた(圓生の演じる「紺屋高尾」では、吉原遊郭のシステムの説明が割と詳しくされるけれど、それと対照的に主人公と紺屋高尾のやり取りは水のように淡白に描かれていて、「嘘と嘘との色里え」っぽさが希薄、純愛路線まっしぐらである)。
    (参考)
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%BA%E5%B1%8B%E9%AB%98%E5%B0%BE
    http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/konyatakao.html

    *2 高尾太夫
     京都島原の"吉野太夫"、大坂新町の"夕霧太夫"と並んで「日本三遊女」に数えられた 江戸吉原で最も高名な花魁。浜町の(明暦3年の振袖火事以後、吉原に再建転居した)遊郭三浦屋に伝わる大名跡であり、その名にふさわしい遊女が現れると、代々襲名された。何代目まで続いたかは、諸説があって判然としない。六代説、七代説(「洞房語園」)、九代説、十一代説(「燕石十種」本「高尾考」)の四説がある。

    *3 紺屋 (「こんや」、転じて「こうや」と読ませる)
     藍染め屋のこと。後に染物屋全般を指すようになる。
     なお、「かめのぞき」とは、ごく淡い藍色(C=32,M=0,Y=14,B=0/英語でいうペールアクア(ごくごく薄い水色)に近い)のことで、その名の由来には二つの説があり、一つは藍を染めるのに、甕のなかに染料を入れて発酵させるので、そのなかに、ほんのわずかな時間浸して染め、淡い色を付けるということ。もう一つは甕に水を張っておいて、それに空の青さが映っているものを、覗いて見た色というもの。
    「紺屋高尾」では、夫婦となって店を開いた職人 久蔵と女房の高尾が、手拭いの早染め(駄染め)を考案し、浅黄色のこの染物は、吉原に繰り出す酔狂の間で大流行したと言われている。
     そして「かめのぞき」の名の由来も、美人の誉れの高い高尾見たさにやってきた客が、高尾が藍瓶に手ぬぐいをつけ染める作業中で、下を向いていてその顔が見えないので、顔が映っている瓶の中を競ってのぞき込んだ、と言うエピソードにちなんでつけられたことになっている。

    *4 紺屋の白袴
     「他人のためにばかり忙しく、自分のことには手がまわらないことのたとえ。また、いつでもできるにもかかわらず、放置しておくことにもいう。一説に、染色の液を扱いながら、自分のはいている白袴にしみ一つつけないという職人の意気を表したことばであるとする。こうかきの白袴。こうやの白袴」(「小学館国語大辞典」)。
     なお医者の不養生は、「患者に摂生をすすめる医者が、自分では意外に不摂生なことをしている意)他人にはりっぱなことを教えながら、実行のともなわないことのたとえ。」(同上)とあり、似ているようで結構異なる。

    *5 「紺屋」についての慣用句には、もうひとつ「医者」の慣用句と意味が重なるものがある。「紺屋の明後日」と「医者のただ今」がそれで、前者は「紺屋は天候に支配されがちであるため、明後日になればできると言っては期日を延ばすことが多く、あてにならないこと」、後者は「(医者は往診の時、すぐ行くと言っても、なかなか来ないところから)あてにならないことのたとえ」、どちらも「転じて、一般に約束のあてにならないことのたとえ」(すべて「小学館国語大辞典」)。
     ところで「紺屋高尾」で、ヤブだが遊びには長じていると作中で言われる医者 竹之内雄藩は、職人と太夫の出会いを3年後に設定して「恋の病」の寛解(remission)を促し職場復帰させ、3年間働いて得た10両で実際にセッティングした後は放置する治療プランの野暮ったくない「引き際の良さ」は、最終的には職人の自己克服を生む(熊五郎にまかせっきりの「崇徳院」とはエライ違いである)。「ヘボンさんでも草津の湯でも」治らない「恋の病」が、ハッピーエンドの形で治ってしまった訳で(まあ結果オーライなんだが)、ひょっとすると結構な名医だったのではと疑う。

    *6 英語のことわざ

    *7 * フランシス・ベーコン (哲学者)(Francis Bacon, 1561年 - 1626年)
     イギリスの政治家・哲学者。科学的方法と経験論との先駆者。スコラ哲学に反対し、学の最高課題は、一切の先入見と謬見すなわち偶像(イドラ)を去り、経験 (観察と実験)を唯一の源泉、帰納法を唯一の方法とすることによって自然を正しく認識し、この認識を通じて自然を支配すること(「知は力なり」)であるとした。主著「新オルガノン」。

    *8 文の意味からすると「節制」ぐらいに訳しておいた方がよかったかもしれないが、以下に示す文脈と、もうひとつは語感から 「養生」の語を選んだ。

    *9 この文の文脈は、ひとつは自己の欲望を管理できない人間は、他人の上に立つことはできないという論理から派生する、医者に言われるがままに禁欲・節制することは、ジェントルマンが医学の奴隷になる、という考え方である。フーコーが『性の歴史』あたりで取り上げた自己陶治の考え方が近い。
     ジェントルマンは人の意見でなく、自分の意見で人生を律さなければならない存在なのだから、欲望にふけることは、ジェントルマンにあるまじき行為とされるが、一方で、言われるがままに禁欲(Living physically =医学的節制に基づき生きること)もまた、ジェントルマンにはふさわしくない。
     これは知識階級の医学知識が、同時代の医学者のそれと、まださほど開きがなかった時代(この状況は意外に長く続いた)を背景としているが、フランシス・ベーコンは、このように「禁欲」を警戒した思想家のひとりである。
     ベーコンは、食べ過ぎない危険のほうが食べ過ぎる危険よりも大きいと考え、10日に一回は食べ過ぎ・飲み過ぎるくらいが理想の節制であるとした。そうすればジェントルマンの活動的な社会的役割が維持される。
     ストア派からルネサンスまで続いたメランコリーな思索者を理想とする風潮は過去のものになりつつあった。いまや新興の実際的な活動を担う市民階層が歴史の主導を握る時代が間近に迫っていた。

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