ニーズがないと思っているが、記憶術(Imagery Mnemonic)について、やや詳しい目に何回か書くことにした。
     今回は総論。
     今後取り上げるシステムを表にまとめて、うしろに長所、短所をあげた。
     Phoneticシステムまでやれば、本を丸ごと覚えるくらいは、なんとかなるだろう。


     書物の入手が、奇跡とまではいかなくても、容易ならざることだった時代には、記憶術はリテラシー、つまり「読み書きができること」の一部だった。

     各地で修道院という組織がつくられ、それらを拠点に写本をつくる体制が整い、以前に比べればはるかに書物が手に入りやすくなっても、記憶術はリテラシーの一部でありつづけた。
     他人の《著作》を自分のアタマに入れるのは当然のことで、それらを参照する際にも、自分のアタマの中にある書物から語句を引いてくるのは普通のことだった。彼らはまたアタマの中で《著作》を完成させることができた。

     こうした時代には(記憶媒体の価格が下落し続ける時代とは異なり)、記憶(そしてその能力や技法)は、今よりずっと価値があるものだった。
     記憶は、知的営為の基盤であるばかりか、道徳心や市民性(シチズンシップ)や人間性の根源であるとさえ見なされていた。
     
     
     記憶の価値が下がると、記憶術は割にあわないものになった。
     古人の言葉を引くよりも、舌足らずにでも「自分の言葉」(なんてものが本当にあるのだろうか)で語る方が推奨される。

     記憶術は、ポピュラー・サイコロジーの「永遠のナンバー」だが、その手の本が吠えるほどのものではない。全能感が味わいたいなら他をあたるべきだ。
     速読が「本をたくさん読みたい人」よりむしろ「読書という苦痛を大急ぎで済ませたい人」のニーズによって下支えされるように、記憶術の潜在的ニーズもまた「たくさん覚えたい人」よりも「覚えること(あるいは学ぶこと)の苦痛を大急ぎで(以下略)」の人から請い求められるのだが、その注文は裏切られる。
     
     記憶術を使おうが、ものを覚えるというのは、面倒なものなのだ。

     そして、記憶術は練習して身につける必要がある。つまり追加コストがかかる。
     実のところ、記憶術ばかりか、問題解決法やいろんな学習方略などの「メンタル・スキル」はみんな、使い続ける人は結局ごくわずかであることが知られている。
     理由はいろいろあるが、ひとつは学んだことが違う文脈、違う対象、違う目的に応用されることが少ないこと、それため使い道が限られてしまい、使う機会が増えるはずもなく、数ヶ月もしないうちにテレビ・ショッピングで購入された健康器具のように見向きもされなくなってしまう。
     学んだスキルを自分なりに使いこなすのにも、追加投資が必要なのだが、そういうことはあまり「メンタル・スキル・トレーナー」の口にはのぼらない。

     加えて、記憶術は、人の記憶の仕組みを超えたり、取ってかわったりするものでは、全くない。記憶のメカニズムにあくまでも沿ったものだ。その長所と短所は、そのまま記憶術のものでもある。
     繰り返せば、よりよく覚えられる。スペースド・リハーサルも効く。
     一方で、人が忘れたり、似たような記憶を混同したり、都合のいいようにねじ曲げたりするように、記憶術で覚えたものも、忘れたり、混同したり、ねじ曲がったりする。


     口上が過ぎた。具体的な注意事項などは、次回以降に、それぞれのシステムを取り上げる中で説明することにする。


    Pairシステム Linkシステム Lociシステム Pegシステム Phoneticシステム
    創案者ソウアンシャ 不詳フショウ 不詳フショウ 不詳フショウ(シモニデス?) Henry Herdson (mid-1600s)  Winckelman (1648)
    Francis Fauvel-Gouraud (1844)
    イメージ ○ー○

    ○ー○
    ○→○→○→…… ○ ○ ○……
    ↑ ↑ ↑
    ■-■-■……
    ○ ○ ○……
    ↑ ↑ ↑
    □→□→□…… 
    ○ ○ ○……
    ↑ ↑ ↑
    □-□-□……
    ↑ ↑ ↑
    1 2 3…… 
    概要 一対イッツイのものをイメージでムスびつける。 A、B、C、D……ならば、AとB、BとC、CとD……という具合グアイにイメージでムスびつける。 現実ゲンジツまたは仮想カソウ場所バショに、オボえたいものをイメージでムスびつける。 順序ジュンジョ明確メイカクなもの(peg;かけくぎ)を記憶キオクしておいて、それにオボえたいものをイメージでムスびつける。 数字スウジ対応タイオウするキーワードを生成セイセイし、それに覚えたいものをイメージで結びつける。



    Pairシステム
    長所:
    簡単。
    他のシステムへの導入、練習にになる。
    イメージを結びつけるものをあらかじめ用意して覚えておく必要がない。
    短所:
    思い出す手がかりを設ける(アドレスをつける)意味での記憶術のレベルに至っていない。
    その意味で語呂合わせによる記憶法などと変わらない。

    Linkシステム
    長所:
    簡単。やることは、Pairシステムと変わらない。
    イメージを結びつけるものをあらかじめ用意して覚えておく必要がない。
    短所:
    リンクの途中で思い出せない項目があると、その先のリンクも思い出せない。
    ランダムアクセスに向かない。
    リンクした順番に先頭から思い出す必要がある。
    あまり数の多いものを覚えるのには適さない。

    Lociシステム

    長所:
    すでになじみのある場所を使うので、イメージを結びつけるものをあらかじめ用意する必要はない(ただし使えるようにイメージできるようにしておく必要があるが、同じ場所を何度か使ううちにできるようになる)。
    短所:
    ランダムアクセスに向かない。リンクした場所をたどって思い出す必要がある。
    多くの種類のものを覚えるには、たくさんの場所が必要になるが、個人がなじみのある場所はそれほど多くない。
    同じ場所に、複数のものを結びつけるか、peg法への移行を考えるべき。

    Pegシステム
    長所:
    ランダムアクセスが可能。つまり何番目のものであろうと、直接取り出して想起することができる。
    あることを思い出せなくても、他の記憶・想起には影響がない。
    何番目のことが思い出せないのか知ることができる。
    短所:
    イメージを結びつけるもの(peg;かけくぎ)をあらかじめ用意して覚えておく必要がある。
    たくさんのpeg;かけくぎを用意するのが手間がかかる。
    そのためあまり数の多いものを覚えるのには適さない。

    Phoneticシステム

    長所:
    Pegシステムの長所をそのままを生かし、しかも大量のものを覚えることができる。
    短所:
    システムが他のものより複雑で、習得に時間がかかる。
    規則だって生成したキーワードは、やはり事前に記憶しておく必要がある。


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