科学技術者の現在は、すでに決してばら色ではない。
     老練の技術者が、新たな技術の登場によって退場する羽目になり、慣れぬ営業などに異動配属されることは、見慣れた光景となった。
     自分の親がそうした憂き目にあったところを見た子供たちは、さて科学技術を学んでそれを職業にしようと思うだろうか。
     現在の「最新の科学技術」を身につけても早晩陳腐化することを知りながら、現在の科学技術を学ぶことに時間と労力を費やそうと思うだろうか。


    「A:科学が進むとB:科学(理科)離れが進む」

    なぜなら、
    A:科学が進む(A1:科学研究の体制が大きくなる→A2:科学進歩の速度があがる)
    →C:科学知識の更新コストが上がる(C1:科学知識の陳腐化の速度もあがる→C2:科学知識から同じだけの利益を上げるためには、ますます多くのコストを新しい科学知識の取得・更新にかけなくてはならない)
    →B1:科学知識を取得が多くの人にとってペイしないもの、「高くつきすぎる」ものになる
    →B:科学(理科)離れが進む。


    (命題を整理する)

    A:科学が進む(≒A’科学進歩の速度が上がる)

    B:理科離れが進む(≒B’科学を学ぶことのコストがペイしない人が増える)

    ¬A’:科学進歩の速度がゆっくり(例えば産業革命以前のヨーロッパ)

    ¬B’:科学を学ぶことのコストがペイしない人が増えない(減る)


    (反証)
    A’→¬B’ (科学進歩の速度がゆっくりだと、科学を学ぶコストがペイしない人は増えない(減る)
    科学進歩がゆっくりな時代は、そもそも科学を学ぶコスト自体が高かった。
    一部の人しか学べず科学に携わる人も少なかった。それが科学進歩がゆっくりな理由のひとつでもあった。

    D:科学知識の習得コストが高い→E:科学を学べる人が少ない→¬A’:科学進歩の速度がゆっくり


    (考察)
    「理科離れ」がパラドックスであるのは、学会などの科学者コミュニティ、大学などの研究+教育機関、公教育でのカリキュラム化などにより科学知識の生産・流通の仕組み・経路が整えられたことで、科学知識の習得コストが低くなったはずなのに、その結果(しかも意図した結果)として「A’科学進歩の速度が上がる」ことから、科学知識の陳腐化の速度も上がり、科学知識の更新コストがあがり、科学知識の習得コストの一部分が高まった(最初の変化と反対の動き)ところにある。
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