ぼくらは、この人がもうすぐ死ぬことを知っているのだが、それはこの人だってちゃんと知っているのだが、それでもこの人は生きていて、だからモノを食べて、脱糞して、イタズラを考え、看病してくれている妹を「冷淡だ」「強情だ」「同情同感なき木石の如き女なり」とののしり、母親に「たまらん、たまらん」と叫び、日記を書く。


      朝 粥四碗 はぜの佃煮 梅干し(砂糖つけ)
      昼 粥四碗 鰹のさしみ一人前 南瓜一皿 佃煮
      夕 奈良茶飯四碗 なまり節(煮ても少し生にても) 茄子一皿


     ぼくらは、この人がもうすぐ死ぬことを知っているので、ずっと寝たきりであることも知っているので、いくらなんでもこれは食べ過ぎじゃないかと思う。


      この頃食ひ過ぎて食後にいつも吐きかへす
       二時過牛乳一合ココア交て
          煎餅菓子パンなど十個ばかり
        昼飯後梨二つ
        夕飯後梨一つ
       服薬はクレオソート昼飯晩飯後各三粒(二号カプセル)
       水薬 健胃剤
       今日夕方大食のためにや例の左脇腹痛くてたまらず 暫くして
      屁出て筋ゆるむ

     ほら、みろ、とぼくらは思う。
     けれど、この人は少しも改めない。
     反省がない。
     「十個ばかり」とは何事か。
     「夕方大食のためにや例の左脇腹痛くてたまらず」。
     大食のためだろうか、だって? 
     もちろん、「ため」に決まってる。

     ここまでくると、この人がもうすぐ死ぬことを知っているのに、ざまあみろとさえ思ってしまう。


      母は黙つて枕元に坐つて居られる
      余はにわかに精神が変になつて来た
     「さあたまらんたまらん」
     「どーしやうどーしやう」
      と苦しがつて少し煩悶を始める 
      いよいよ例の如くなるか知らんと思ふと
      益乱れ心地になりかけたから
     「たまらんたまらんどうしやうどうしやう」
      と連呼すると母は
     「しかたがない」
      と静かな言葉、


     それはそうだ。しかたがないのだ。

     自分がもうすぐ死ぬことを知っているこの人は、この母を使いに出し、そして枕元の小刀と千枚通しに手を伸ばしてみる。

     ぼくらは、この人がもうすぐ死ぬことを知っているけれど、またこのことでは死なないことも知っているので(なんとなれば、その後に、彼はこのことを日記に書いたのだから)、この人の日記を淡々と読み進める。



     死は来ない、けれど遠くはない。



    仰臥漫録 (岩波文庫)仰臥漫録 (岩波文庫)
    (1989/05)
    正岡 子規

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