レファレンスには、dictionaryやencyclopediaの他にも、handbookやcompanionというのがある。

     ハンドブックの方はもう外来語(つまり日本語)として定着していて、改めて説明など必要ないように思えるが、コンパニオンの方は本のタイトルに見ることも少なくて、何なんだと改めて問われるとうまく答えられそうにない。日本語を当てると「必携」となるようだが、何故に「必ず携えるべき」なのか、もう一歩踏み込んで訳を聞いてみたくなる。

     ちょうどここに、「なるほどコンパニオンとはこういうものを言うのか」と納得した書物があるので紹介したい。


    The Princeton Companion to MathematicsThe Princeton Companion to Mathematics
    (2008/09/08)
    Timothy Gowers、

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     辞典・事典はビギナーにやさしくない、と言われる。
     その分野に関わり出して間もないので、右も左も分からない、それどころか今目の前にあるコトバが理解しがたい場合に、この不案内な状況を助けてもらおうと、わからないコトバをその分野の辞典・事典で調べてみると、今度はジテンに書いてあることが分からない。有り体に言えば、その人はジテンではなく、何か概説書や入門書を手に取るべきだったのかもしれないが、そうしたことも不案内なうちは気付かず、途方に暮れやすい。
     ジテンが分かりにくいのは、いくらか仕方がないところもある。ジテンに載せるべきことは多い。多くのことを登載しようとすれば、有限のスペースという制約がある以上、いきおい一つ一つの説明は切り詰められることになる。背景知識を含めてイチから解き語ることも、予備知識のない人にもわかるように説明することも、別の機会に譲らざるを得ない。
     けれども、もし網羅性をいくらか断念して、初心者のためにスペースを割くことにしたならば、それは普通のジテンにない有益さを備えることになるだろう。何度でも、基本的なところ、一番最初の肝心なところに、立ち戻ることが許されるならば、その分野でもう何年か経験を積んでいる人であっても、実は分かったことにしてやり過ごしてきたことを、改めて振り返りやり直して理解する機会だって得られるかもしれない。

     数学のレファレンスだというのに驚くほど数式が少ないこの本は、そのために大きなハンディを負っている。
     数式を使えばすごぶる少ない分量で伝えられる内容を、コトバでもって説明しようとすれば、必要なスペースは爆発的に増える危険がある。同じスペースなら、多くのことを掲載することを諦めなくてはならなくなるだろう。円環をなす全き知識(エンサイクロペディアの語源だ)は、断念せねばなるまい。
     しかし、この断念によって、この本は天下無双のreadableな数学レファレンスとなった。と言っても、道具としてであれ目的としてであれ(「純粋」数学に限ることなんて今やできない相談だ)、数学に取り組む人たちが何を考え、どんなことに挑んでいるのかについて、伝えられる限りのことは伝えるべく、この本は編まれている。コンテンツを描くのは、それぞれの分野の第一人者たち。何でも載っている訳ではないが、それでも驚くほどたくさんのことが、言葉を尽くして説明されている。

     1000ページ3kg弱というボリュームは、さすがに「必携」は勘弁してくれと思わせるに余りあるが、ならばこの良書を座右に呈しよう(といってもオススメするだけで、本当に差し上げるわけではないが)。ぜひ手にとって(できればPart I Introductionあたりから)拾い読みしていただきたい。





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