本を読むと、知識が増える、アタマが良くなる、カネが儲かる、廊下を走らなくなる、などと言う人があまりに多い。

     読書家とは本を読むことを恥ずかしいと思っていない者、と書いたことがあるが、もちろん事実とは違う。


     本を読むのが好きな人は、自分が「良いこと」をしてるとは思っていない。
     むしろ「うしろぐらいこと」をしていると思っている。

     本を読むのが好きでない人は、読書が「良いこと」だと思っている。
     これでは永久に本を読む楽しさを知ることはないだろう。
     そればかりか、読書を「良いこと」だとすすめて、周囲の人間まで本嫌いにしてしまうだろう。


     寺山修司は、暗いところで何か読んでいると「目が悪くなるからやめなさい」と叱られる、「本当の理由」を看破している。

     問題は、視力低下でも、照明の暗さでもない。

     ヨーロッパ中世では、黙読していると「あいつは今、悪魔と喋ってやがる」と後ろ指を指されることがあった。

     それと同じで、暗がりで本に向かい合う行為それ自体が、大人たちを不安にさせるのだ(そして大人は、不安や恥辱を打ち消すために、怒りをよく使う)。

      
     レイ・ブラッドベリ『華氏451度』は、ただ情報統制や言論弾圧の危険性だけを描き出した作品ではない。
     パブリックな文脈においては肯定できない書物や読書のダークサイドを、これ以上ないくらい照らし出してもいる。

     書物を読むことは罪悪か? 反社会的行為か? もちろんそうだ。

     だからこそ、人は読むことをやめず、そして発禁・焚書は、いつも現在の問題なのである。


     繰り返そう。読書は、人に言えない愉しみである。

     読む者を所属する社会から引き剥がし、帰って来れなくなるかもしれない世界へと導く魔笛であり、その魂に現世(うつしよ)にまで溢れるほど夜の夢を注ぎ込む邪な水差しである。

     だが、影をなくした者が消え去るほかないように、すべてを白日の下にさらせば読書の愉楽は消え失せる。
     わたしやあなたの魂もまた……。



    華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)
    (2008/11)
    レイ ブラッドベリ

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    百禁書―聖書からロリータ、ライ麦畑でつかまえてまで百禁書―聖書からロリータ、ライ麦畑でつかまえてまで
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    人に言えない習慣、罪深い愉しみ―読書中毒者の懺悔 (朝日文庫)人に言えない習慣、罪深い愉しみ―読書中毒者の懺悔 (朝日文庫)
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    高橋 源一郎

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