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     「終戦の翌年、1946年の早春、いまだ新しい学制も確立されない前、“科学”の編集者と岩波書店は、戦後の若い世代におくる第一の贈りものとして、やさしくてしかも正しい自然科学の事典の出版を計画した。元来わが国の教育は、学校教育に全面的にたよる傾向が強く、教科書以外の本を座右において自ら考え、自ら研究しつつ学ぶということは、まことにまれな現象であった。わが国が多くの形式主義的な人間をつくりだしてきた大きな原因の一つは、ここにあったともいえよう。

     配線のきびしい情勢下にあって、いまこそいやおうなしに、自分の力で生きてゆかねばならないわが少年青年たちを思うとき、彼らの自力による勉強に応ずるだけの書物を準備しておくことは、私たちに負わされた義務であるとさえ思われたのである。

     私たちは、次の世代に限りなく大きな期待をかけざるを得ない。それだけに、青少年に与えるものについては、十分な吟味をとげなくてはならない。科学の真髄を伝えることが主眼である以上、それはけっして若き人々をあまやかすようなものであってはならない。たんなる‘科学のお話’に終わることなく、熟読して、科学なるものの真意を知り、くりかえし読んで、科学的探究そのものをしっかりとつかみとれるようなものでなければならない。私たちは、この事典によって、そのような書物を与えたいと願ったのである。

     そこでまず身辺の具体的な事物から200ばかりの項目をとりあげ、それを出発点として、その背後にある大きなまた高い段階にまで問題を展開し、読者をそこまで引き上げていくように計画した。また叙述や説明については、足弱のものにはわずかな凹凸もつまずくきっかけとなることを考えあわせて、できるだけやさしく、できるだけ明瞭にしようと努力することにした。

     身近な実例について説明をはじめることと、その説明のすすめかたが論理的に科学的に厳密であり正当であるということとを両立させなければならない。内容が現段階におけるもっとも新しい知識なり解釈なりを含んでいると同時に、それに対する批判と評価とを示すものでなければならない。事物に対する正確な広い知見を与えるとともに、さらに進んでそれが得られた歴史的背景なり、その発生の必然的な過程をも納得させて、今後の科学の進展する方法をあやまりなく見通せる力を得させたいとも考えた。

     こうして各項目を有機的に関連させ、全体としてこの事典によって、人間をめぐる生物・無生物のあらゆる現象についての本質的な見解を得させようとする意図のもとに、編集の仕事は開始されたのである。

    (中略)

     なお一言つけ加えたいことは、この事典が日本の歴史にかつてない敗戦後の混乱の中で成就されたということである。もちろんわが国の経済状態はけっしてかような長期の事業にとって有利なものではなかった。食料・交通・住居の事情も、しばしば私たちの仕事にとって大きな支障となった。それにもかかわらず、私たちがひそかに日本における科学書として、一つの画期的な成果ではないかと自負し得るこの事典を完成し得たのは、この事業に参加した数百人の人々を動かして、それらの困難を克服させた、ひとつの大きな意志の力によるものであったと思われる。この企画を遂行しようと決心した出版者から、めちゃくちゃに訂正の入った原稿を一字一字清書した人たちや、活字を一本一本指でひろいとった人々までをこめて、こういう文化的な事業を通じて日本の再建に力をつくしたいというのが、この仕事をしあげた人々と私たちすべてをつらぬく共通の念願であり意志であった。

     本事典完成の日にあたって、以上のすべての人々に限りない感謝とよろこびのことばを贈る次第である。

                              1950年3月」


     この事典を、あなたはきっと見たことがあるだろう。
     ちょっと古い中学や高校の図書室なら、おそらく書架にあったはずだ。
     Joseph Koshimi Yamagiwaの"Bibliography of Japanese encyclopedias and dictionaries"やAmerican Library Associationの"Guide to Japanese reference books"にも紹介されている。

     ただあなたが見た時には、この事典はすでに新しいものではなかったかもしれない。
     古い科学書を手に取る趣味を持つ若者は多くないだろう。

     確かに今ではいろいろとツッコミどころの多い序文である。
     だが、この事典の記述の水準は、序文の志とともに高い。
     わかりやすいだけでなく、‘科学のお話’に堕してないばかりでなく、むちゃくちゃかっこいいのだ。

     万人にお勧めしたいとは思わないが、親しい友人にそっと知らせるように紹介しよう。
     ページを開け、そして読め。
     ずっと新しい科学書を読んでいても、きっとこう考えるようになるだろう。

     「これをKagaku no zitenなら、どんな風に説明するだろう?」


    Kagaku no zitenKagaku no ziten (1964年)
    (1964)
    岩波書店編集部

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