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     2度の殴打事件の後、棲む着くようにしていた大英博物館を離れ(出入りを禁じられ)、無為に毎日を過ごしていた熊楠に、一通の便りがあった。
     懇意にしていたバザー博士が、熊楠に大英博物館の分室であるナチュラル・ヒストリー館(自然史博物館)を使えるよう取り計らったというのだ。
     
     熊楠はそこで、ある標本を目にすることになる。
     当時、人類学の徒はおろかイギリス紳士の口にのぼらぬ日のない、あの標本だった。
     アマチュア古生物学者の弁護士が、英国ピルトダウン地方の地層から発見した人類の骨。
     これが自然史博物館の地質部長(発掘の最高権威)ウッドウォードに、50万年前の化石人類と鑑定され、やがて学会に人類と類人猿を結ぶ「ミッシングリンク」(失われた輪)と認められた「ピルトダウン人」の頭骨だった。
     
     弁護士ドーソンが発掘したのは、大きな頭蓋骨とそれにぴったり合う原始的な顎の骨であり、「ピルトダウン人」は、次のことを表していた。
     つまり人類の祖先はまず、知性を先に発達させたこと(原始的な顎に対して、発達し大きくなった頭蓋骨はこのことを示している)。
     そして、人類の祖先は、アフリカなんぞでなく、現在西洋文明の先端であるこのイギリスで生まれたことを、である。
     
     やがて明らかになるように(しかしそれには半世紀の年月が必要だった)、それらは西洋人の(後者についてはイギリス人の)偏見だった。
     ダーウィンを受け入れているつもりの人類学者たちも、人を猿から分かつ知性に今もしがみついていたのだ。
     もちろん、標本の真偽は当初疑われた。
     たまたま人の頭蓋骨と、猿の顎が、同じ場所でみつかったにすぎないのではないか。
     しかしその後、自然史博物館のウッドウォード博士(彼は鑑定者だった)と弁護士ドーソンが共同で行った幾度の発掘で、完全な頭の骨が、そして石器が発見された。
     証拠は、信じたい事実を示していた。

     標本の歯が透明すぎること(熊楠にはそれが化石でないように思えた)、骨に薬品で彩色すればこのような「標本」は作り上げることが可能なことから、熊楠は「ピルトダウン人」に疑いを持つ。
     彼には、学者づらした連中の(彼らは世間や学会ではいっぱしの学者と認められていたが)、欺瞞や偏見をうんざりするほど見知っていた。
     何よりこのバカ騒ぎにも似た騒動は虫が好かなかった。
     独力で調査を始める熊楠にまた邪魔が入る。
     「標本」が偽物であることを突き止めながら、熊楠は自然史博物館をも追放され、失意の内にロンドンを後にする。
     
     ロンドンを立ち去る熊楠と、ちょうど行き違う一人の英文学者がいた。
     やがて精神から胃を悪くしたその男はやむなくある大学医学部の診療所を尋ねるが、そこで風変わりな医者に会う。
     彼が何か語る前に、どこから来たのか、何のためにか、何を研究しているのか……すべからく言い当てていく医師こそ、熊楠の標本染色の実験に協力したジョン・ベル博士だった。
     気晴らしになれば、とベル博士は、とある日本人に協力した、ちょっとした冒険、とある「贋作人類」の捜査の話を同じ日本から来た彼、夏目金之助に物語る。
     
     「私の考えるところ、容疑者は4人いる。どうだろう、君の推理をきかせてもらえないかね?」
     ベル博士のいう容疑者とは、第一発見者のチャールズ・ドーソン、鑑定者兼のちの協力者A.S.ウッドウォード、発掘協力者の教区神父(彼は外国人だった)、そしてドーソンの隣人コナン・ドイル。
     「前の二人は功名心という動機がありますが、神父というのは?」
     「彼は人類学の素養があったが、また敬虔な神学者として、進化論を認めていなかった、という訳だよ。そして神に仕える身でありながら、いやかえってそのために、神にそむく連中をペテンにかけた」
     「サー・コナン・ドイルというのは、高名な作家では」
     ドイルはベル博士の教え子だった。
     そしてかのシャーロック・ホームズこそ、恩師ジョン・ベル博士をモデルにした、ドイルの創造だった。
     
     「彼は晩年になってから心霊術にのめり込み、それに批判的な、いやむしろ科学者全体を憎んでいた。科学者への仕返しが動機という訳だ」
     ドイル自身がドーソンに劣らぬ化石の収集家であり、ベル博士の教え子にして医者の知識・経験があり、発掘個所の近くに住み、しばしば現場を訪れたことも目撃されていた。
     
     ベルと金之助の捜査は、とうとうドイルが犯人である証拠をつかむ。
     しかし捜査の最後に、証拠品とともに、膨大な妖精画のコレクションを発見した二人は、どういう訳か情にほだされて(このへんのリクツは忘れた)、すべてを闇に葬る……。


     という、南方熊楠と夏目漱石(金之助)を主人公にした漫画。なお、この物語の後日談は次の通り。

     「ピルトダウン人」と命名されたこの化石(ウッドウォードはエオアントロプス=曙原人(笑)と名付けた)は、以来大英自然史博物館に展示され、世界中の地学・人類学の教科書にずっと載っていた。
     ところがその後の人類学の発達は、人類の進化について、最後に知性が生まれるとの説を有力にし(しばらく、最初に知性が発達した猿がヨーロッパ人の祖先になり、最後に知性が生まれた猿がアジア・アフリカ人の祖先になったという、二本立て進化論も登場した)、ピルトダウン人に疑いの目を向けた。
     1949年から53年にかけての徹底的な調査で、フッ素含有量、放射性物質分析、X線解析などから、頭部の骨は現代人、下あごはオランウータンの骨で、化学的に染色して古く見せかけ、歯は人工的に擦り減らしたものと判明、約40年間信じてきた世界を驚かせた。
     教科書に載っていた「ピルトダウン人」は削除され、博物館の展示からも撤去され、代わりに「科学史上、最大のねつ造事件」として知られるようになった。
     
     その後、犯人探しがはじまり、「発見」したアマチュア古生物学者の弁護士がまず疑われ、80年代に入って高名な推理小説の作者ドイル犯人説が唱えられだした。
     
     真犯人が不明のままこの事件は忘却の彼方へ消えようとしていたが、キングズ・カレッジのブライアン・ガーディナーは1953年当時からこの事件の犯人を調べ続けていた。
     彼の調査結果ではあらゆる状況証拠が古生物学者のマーチン・ヒントンを指していたが、決定的な証拠は得られなかった。
     
     その後、1970年代半ばに、ロンドン自然史博物館 (かつての英国博物館) の塔の修理に伴い、屋根裏部屋からマーチン・ヒントンのイニシャルのついた帆布製の旅行かばんを、同博物館の (ヒントンと同じく) げっ歯類の化石を専門とする研究者のアンドリュー・カラントが発見した。
     トランクの中にはげっ歯類の解剖体の入ったビンが多数納められており、無気味な様相を呈していた。
     しかしその底に、ピルトダウン人骨と同じように削ったり染めたりしたカバやゾウの歯の化石が見つかった。
     カラントはそれをガーディナーのところへ持っていって年月をかけて分析し、1996年5月、英科学誌「ネイチャー」に捏造の真犯人であることを発表した。


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