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     単に既存の知識の組み合わせでなく、現実と思考の間を往復しながら新しい認識・知見を生み出す方法を学びたいなら、モデルを仮説として用いて思考するモデル・スペキュレーションを学ぶといい。

     モデルを仮説として用いて思考する仕方を解説したテキストは、

    社会科学のためのモデル入門社会科学のためのモデル入門
    (1992/01)
    チャールズ・A・レイブ、ジェームズ・G・マーチ 他

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    などいくつかあるが、シンプルにして興味深い実例があった方が、よほど胸に落ちるだろう。

     物理学者であり、漱石の弟子でもあった寺田寅彦の随筆「電車の混雑について」は、シンプルさとインプリケーションの深さがモデル・スペキュレーションの好例になっているので、少し詳しく紹介する(本文は「青空文庫」で読める)。



    フェイズ1:日常の観察、発見
    寅彦先生、混雑の律動(リズム)に気付く

    「停留所に立って、ものの十分か十五分も観察していると、相次いで来る車の満員の程度におのずからな一定の律動のある事に気がつく。
    六七台も待つ間には、必ず満員の各種の変化の相の循環するのを認める事ができる。」


    混雑電車はダンゴになってやってくる
    しかもダンゴの後ろの電車は空いている

    「五分か七分かするとようやく電車が来る。
    するとおおぜいの人々は、降りる人を待つだけの時間さえ惜しむように先を争って乗り込む。
    あたかも、もうそれかぎりで、あとから来る電車は永久にないかのように争って乗り込むのである。

    しかしこういう場合にはほとんどきまったように、第二第三の電車が、時間にしてわずかに数十秒長くて二分以内の間隔をおいて、すぐあとから続いて来る。

    第一のでは、入り口の踏み台までも人がぶら下がっているのに、それがまだ発車するかしないくらいの時同じ所に来る第二のものでは、もうつり皮にすがっている人はほんの一人か二人くらいであったり、どうかすると座席に空間ができたりする。
    第三のになると降りる人の降りたあとはまるでがら明きの空車になる事も決して珍しくない。」


    電車混雑ダンゴ


    観察から得られる個人的行動方針あるいはライフハック

    「必ずすいた電車に乗るために採るべき方法はきわめて平凡で簡単である。
    それはすいた電車の来るまで、気長く待つという方法である。」


    「行き当たった最初の車にどうでも乗るという要求をいくぶんでも控えて、三十秒ないし二分ぐらいの貴重な時間を犠牲にしても、次のすいた電車に乗るような方針をとるのが捷径(しょうけい)である。これがために失われた三十秒ないし二分の埋め合わせはおそらく目的地に着く前にすでについてしまいそうに思われる。」

     そのくらいの遅れは、混雑電車はダンゴになって来るのだから、すぐに取り返せる。
     逆に言えば、混んでいる電車は遅れているのだから、そんな電車に乗っては、数分先に乗った程度アドバンテージはすぐに失われる。


     ここまでは、ごく当たり前の話だ。

     モデル・スペキュレーションは、ここからはじまる。



    フェイズ2:モデリングと推論
    寅彦先生、懐手して数理モデル

    「しかしここで私の考えてみたいと思う事は、……一般乗客の傾向から必然の結果として起こる電車混雑の律動に関する科学的あるいは数理的の問題である。」


    「問題を簡単にするために、次のような場合を考えてみる。すなわち、ある終点からある一定時間ごとに発車する電車が、皆一様な速度で進行し、また途中の停留所でも一定時間だけ停車するように規定されたとする。」


    つまり、なにもなければ電車は等間隔にやってくる、と仮定する。


    ざっくり考える/混雑と遅れの悪循環

    「少しおくれて停留所に来た車は、少し早めにそこに来た車よりも統計的に多数の乗客を収容しなければならない事は明らかである。」

    「これは、言うまでもなくこの乙電車が次の停留所に着すべき時間を遅らせる。
    従って次の停留所でその遅刻のためによけいに収容しなければならない前述の nb の数を増加させる。
    その結果はさらに循環的に、その次の停留所に着く時刻を遅らせる、and so on で、この乙電車の混雑はだんだんに増すばかりである。
    最も簡単な理想的の場合だと、
    停車回数に等しい羃数(べきすう)で収容人数が増加するわけである。」

    ダンゴ化


    「長い線路の上にはじめ等間隔に配列された電車が、運転につれて間隔に不同を生じる。
    そうして遅れるものと進むものとが統計上三または四の平均週期で現われるとすると、若干時の後に実現される運転状況は、私がこの編の初めに記述したとだいたい同じようになるわけである。
    すなわち三四台の週期で、著しい満員車が繰り返され、それに次ぐ二三台はこれに踵(くびす)を接して、だんだんに空席の多いものになる。
    そうして再び長い間隔を置いて、また同じ事が繰り返されるのである。」



    数理モデルで推論する/停留所数のべき乗則

    乗客が単位時間内に一つの停留所に集まって来る割合を n 人/分 とし
    ある電車が平均よりa 分だけおそく発車すると、平均して

     n × a 人

    だけ乗り込む人数が増える.

    ひとりあたりの乗り込みに要する時間を k 分/人 とすると
    電車の発車の遅れは

     a + kna 分

    となるので、つぎの停留所における発車の遅れは、最初の遅れa分に、一人当たり乗り込みk 分/人 × 乗り込み増加人数 na人を加えて

     a + kn(a + kna ) 分

    したがって,m 番目の停留所における発車の遅れは

     a + kn(a + kna )m


    m 番目の停留所における発車の遅れは

     a + kn( a + kna )m

    であるから、m 番目の停留所において発車した後の車内の乗客は平均して

     {a + kn( a + kna )m }/k 人

    だけ多い。これはおよそ

     n ( a + kna )m

    であり、停留所数のべき乗になっている。


     しかし、モデル・スペキュレーションは机上では終わらない。



    フェイズ3:データ収集と検証
    寅彦先生、現場に乗り込む

    「時々最寄(もよ)りの停留所に立って、懐中時計を手にしては、そこを通過する電車のトランシットを測ってみた。
    その一例として去る六月十九日の晩、神保町(じんぼうちょう)の停留所近くで八時ごろから数十分間巣鴨(すがも)三田(みた)間を往復する電車について行なった観測の結果を次に掲げてみよう。

    表中の時刻は、同停留所から南へ一町ぐらいの一定点を通過する時を読んだものである。
    時間の下に付した符号は乗客の多少を示すもので、これはほんの見当だけのものである。
    ○はいわゆる普通の満員、△は座席はほぼ満員だがつり皮は大部分すいている程度、×は空席の多いいわゆるガラアキのものである。
    ◎は極端な満員、××は二三人ぐらいしかいないものを示す。」


    (表は「青空文庫」から)

    「この表で見ると、たとえば五分ごとに通る車数はかなりの変化があるにかかわらず、その平均数は北行南行ともにほぼ同様で、約二分半に一台の割合である。
    しかし実際の個々の時間間隔は、南行の最初における十一分三秒プラスという極端から、わずか十二秒という短い極端まで変化している。
    しかして多少の除外例はあるにしても、だいたいにおいて
    長い間隔の後には比較的混雑した車が来る事、短い間隔の後にはすいた車が来る事がわかるだろう。」



    「今これら各種の間隔の頻度(フリクエンシー)について統計してみると次のとおりである。」

    電車間隔


    「これでわかるように、間隔の回数から言うと、長い間隔の数はいったいに少なくて、短いものが多い。
    全体三十八間隔の中で、四分以上のものは四回、すなわち全体の約一割ぐらいのものである。

    しかしここで誤解してならない事は、乗客がこれらの長短間隔のいずれに遭遇する機会(チャンス)が多いかという問題となると、これは別物になるのである。」


     いったいどうなるのだろうか?



    フェイズ4:さらなる推論
    寅彦先生、混雑電車のミクロ-マクロ問題を論ず


    「全く顧慮なしにいつでも来かかった最初の電車に飛び乗る人にとっては
    すいたのにうまく行き会う機会が少なくて、込んだのに乗る機会が著しく多い。


     なぜか?
     最初の電車に飛び乗ると、遅れてきた電車(=混雑した電車)に乗る確率が高いから。
     さらにいえば、遅れた電車と、その前の電車の間の間隔は広がっているからである。

    遅れた電車に乗る人は

    「このようにして、込んだ車にはますます多くの人が乗るとすれば、この電車はますます規定時間よりも遅れるために、さらにまた混雑を増す勘定である。

     これをせんじつめると最後に出て来る結論は妙なものになる。すなわち
    第一に、東京市内電車の乗客の大多数は――たとえ無意識とはいえ――自ら求めて満員電車を選んで乗っている。
    第二には、そうすることによって、みずからそれらの満員電車の満員混雑の程度をますます増進するように努力している。

     これは一見パラドクシカルに聞こえるかもしれないが、以上の理論の当然の帰結としてどうしてもやむを得ない事である。もしこれがおかしいと思われるなら、それは私の議論がおかしいのではなくて、そういう事実がおかしいのであろう。」


    ○  ○  ○


     「これは余談ではあるが、よく考えてみると、いわゆる人生の行路においても存外この電車の問題とよく似た問題が多いように思われて来る。
    そういう場合に、やはりどうでも最初の満員電車に乗ろうという流儀の人と、少し待っていて次の車を待ち合わせようという人との二通りがあるように見える。

     このような場合には事がらがあまりに複雑で、簡単な数学などは応用する筋道さえわからない。
    従って電車の場合の類推がどこまで適用するか、それは全く想像もできない。
    従ってなおさらの事この二つの方針あるいは流儀の是非善悪を判断する事は非常に困難になる。

     これはおそらくだれにもむつかしい問題であろう。
    おそらくこれも議論にはならない「趣味」の問題かもしれない。
    私はただついでながら電車の問題とよく似た問題が他にもあるという事に注意を促したいと思うまでである。」





    文献
    (本日の元ネタ、引用元)
    ・寺田寅彦「電車の混雑について」(初出:大正十一年九月、思想)

    収録
     青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2449_11267.html

    「寺田寅彦随筆集 第二巻」小宮豊隆編、岩波文庫

    寺田寅彦随筆集 (第2巻) (岩波文庫)寺田寅彦随筆集 (第2巻) (岩波文庫)
    (1964/01)
    寺田 寅彦、小宮 豊隆 他

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    ……寺田寅彦の随筆は、研究者のみならず,自分で知識を生み出そうという人に参考になる。
     個人的には、特にこの巻がお気に入りである。


    (近年の混雑研究)

    ・西成活裕「混雑のサイエンス」
    http://www.silvertwilight.gr.jp/bsj/Past_Activity_files/NIshinari_20090131.pdf

    ・西成活裕「自己駆動粒子系の集団動力学と渋滞形成」『数理解析研究所講究録』1472巻,2006年,pp.118-128 
    http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1472-14.pdf

    ・西成活裕『渋滞学』(新潮選書)

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