数式処理ソフトなんか使ったらダメ人間になると心配の(親・教師は放っておけ)よい子におくる。

     昔々、Mathematicaという数式処理ソフトを教えてくれた人がこんなこと言った。
     「コンピュータを使って、今まで10の労力が必要だったことが3の労力で済むのだとしたら結構な話だろう。Mathematicaがもたらすのも、それと同じことだけれど少し違う。これまで1000の労力が必要だったことが300程度で何とか可能になって、一生を棒に振る範囲で済みそうになる。自分の分野の先達たちが目標にすること自体をあきらめてきたものが、バトンの形になって手渡される。Mathematicaを使うというのは、そういうことなんだ」


    数式処理ソフトは計算できない子を作るか?

     数式処理ソフトは微積分もできれば、方程式も解けるし、グラフも描ける。 
     「解を求めよ」みたいな問題はだいたい解けるから、今でも
    「そんなものを生徒・学生に与えたら、宿題・課題をみんなコンピュータに任せてしまって自分でやらなくなる→計算できなくなる→ヘタレ文系になる→国が滅ぶ」
    というようなことを心配する人がいる。

     楽ができるツール(というかあらゆるツールは楽をするためにあるのだが)の登場が人間を駄目にするというのは、古くからある教説である。
     情報技術に限っても、すでに《文字の発明がいかに人をダメにするか》といったことを紀元前4世紀にはプラトンが『パイドロス』に書いている。
     文字のせいで(本を読むことで、と置き換えてもいいだろう)、記憶力が悪くなるばかりか、知ったかぶりで付き合いにくい人間になるというのだ。
     モンテーニュもまた、これと似たような人間ができるとして、学校を批判している。スポーツでもさせた方がましだと言う。

     しかし、辞書もまた楽をするための情報技術だけれど(辞書なしには、文意を推測するために、数多のテクストを突き合わせて膨大な作業を行わなくてはならないだろう。辞書のない/頼りにできない領域では、今でもこうしたことが行われている)、数式処理ソフトほど目の敵にされてはいない。
     「人間は楽をしたがる生き物だ。辞書を使って楽することを覚えたら,そいつは辞書なしに何も読めなくなるから,少なくとも若い人たちは辞書を使うべきではない」という人は少ない。
     それどころか辞書を使うことを奨励する人たちが多い。
     辞書を使うことで、より正確に言えば辞書を使って楽をすることで、自分の現在のボキャブラリーを越えるもの=辞書なしでは読めないような書物へも、人は背伸びして喰らいつくことができる。つまり辞書が下駄を履かせた分、その人にとって外国語が開く世界は広がる。
     数式処理ソフトについても、これと同じことは言えないだろうか? 

     「辞書と数式処理ソフトでは話が違う。アウトプットの完成品度合いが違う。辞書は単語の意味や用法を教えてくれるが外国語を翻訳してくれる訳ではない。しかし数式処理ソフトは、方程式を解き、微分積分を代わりにやってくれて、そのまま答えを出してくれるではないか?」という反論があるかもしれない。

     しかし数式処理ソフトに丸投げできるのは、「この方程式を解け」「微分しろ」といった学校(とテスト)の内でしか成立しない、与えられた練習問題だけである。
     外では、どんな計算をすればいいか、いちいち指示が与えられることはほとんどない(だから、多くの人は学校を出ると数学をやらなくなる)。

     外国語の本を読み解くことを辞書に丸投げすることは不可能だ。それと同様に、世界を読み解くことを数式処理ソフトに丸投げすることだってできない。
     数式処理ソフトは方程式の解を見つけたりグラフを描いたりして、人間が数理モデルを扱う手助けはしてくれる。
     例えるなら、泳いで渡るかわりに、船に乗って行くようなものだ。はだしで道を行くものにとっての靴のようなものだ。
     どこへどんな順序で進むかは、つまりどんな式を立ててどんな計算をするかは、あなたが決めなくてはならない。

     数式処理ソフトへの懸念は、勉強をさせる/させられるという関係性においてのみ、問題になる。
     
     独学者には数式処理ソフトは(辞書がそうであるように)マスト・アイテムと言っていい。
     
     数理系のものを学ぶ場合、数式処理ソフトには、次のようなの使い道がある。


    1.解答のついてない問題の答え合わせ

     数式処理ソフトから、そのまま解答に使える出力がでてくることは、害ばかりではない。
     自分で数式を入力して答えを得ることは、解答を見ることと同じようだが随分違う。
     入力そして入力ミスが即座に/インタラクティブに結果に反映するからだ。
     ノートの上で書き間違えても、ノートは何も言ってくれないが、数式処理ソフトは何か返してくる。入力ミスは即座に気づく。
     また「解答のない問題」には、自分が立てた問題が含まれる。数式処理システムは、オリジナルな問いをもって世界のなかを前に進む助けに、杖になる。


    2.すべての式を数式処理ソフトの上で展開する

     数理系の本を読む場合は、登場する数式の展開をすべて/可能な限り追計算する。
     ノートに手計算がベストだが、数式の扱う力や時間が足りないなら、数式処理ソフトをノートかわりに使って行うことで、オール・オア・ナッシングの愚を避ける事ができる。
     また、こうすることで「面倒くさいから数式を読み飛ばしてしまう」という怠惰を避ける。
     必要なら、いくつか数値例を当てはめて計算してみたり、グラフを描かせることは、理解を助けてくれる。


    3.数式処理ソフトの上で手作業

     数式処理ソフトは何でも解けるような前提で話を進めたけれど、実はそうでもない。
     微分方程式なんか(そもそも解析的に解ける方が少ないのだけれど)丸投げでちゃんとした答えが得られるのは簡単なものに限られる。
     それでも適当に変数転換すれば、解ける範囲はぐんと増える。
     実のところ、数式処理ソフトに丸投げしてできることなど知れている。
     分かりきったことは任せて、手作業と思考の負担を軽減するのが本来の使い方である。そんな風に使うことで、数式処理ソフトはプロにとっても使いでのある道具になる。
     数式処理ソフトに丸投げできることでも、一部分は任せながら手作業でやってみることもオススメだ。
     たとえば教科書とおりの解法を数式処理ソフトの上でやってみることは、教科書の内容を理解できるし、数式処理ソフトの使い道をマスターするよい方法でもある。
     

    4.試行錯誤とモデル・スペキュレーションの援助

     人は外界に働きかけて、そのフィードバックを得ることを通じても、思考する。いや複雑な思考の多くはそうして行われるといっていい。
     数学的なことで「このような場合はどうなるか?」という疑問を抱いたとしても,その疑問の解決には多くの困難な計算をしなければならないとなると、我々の思考はそこで頓挫してしまう。
     しかし,困難な単純(?)計算を数式処理ソフトにまかせれば、自分の思考をどんどん推し進めることが可能になる。
     めんどくさい試行錯誤やコンピュータ上の実験も手軽にできる。
     先に述べたが、自分が立てた問題には、解答集はない。数式処理システムは前に進むのを助ける杖になる。
     


    (おまけ)Maximaのリソース

     記事のタイトルにMaximaと入れてしまったが、中身はMaximaに限らず、数式処理ソフトすべてに当てはまる。
     ただ無料で手に入って、すぐに使えて、ネット上に参考情報も多いとくれば、Maximaが第一推薦になると思う。
     
     Maximaは、FreeBSD、Linux、Windows、 Mac OS X などで動くが、
     導入、インストールについては、http://www.cymric.jp/maxima/top.htmlを参考。
     Windowsユーザーは、公式サイトhttp://maxima.sourceforge.net/からWindows 用バイナリは入手できるが、不慣れな人がつまずきそうなところをhttp://www.cymric.jp/maxima/maxima-winxp.htmlがフォローしているので、うまくいかないときは一読を。
     Mac OS X ユーザーには、http://www.muskmelon.jp/macosx/index.htmlにダウンロードしてすぐ使えるバイナリが置いてある。
     
     使い方については、以下が手始めに。
     Maxima による数式処理 http://cosmo.phys.hirosaki-u.ac.jp/wiki.cgi/maxima?page=FrontPage

     数式処理ソフトMaxima(イムジン” のページ‎ >) https://sites.google.com/site/seijiimura/home/suushiki-shori-sofuto-maxima

     教科書の例題をMaximaで解く!(高校生のための Maxima) http://www.max.hi-ho.ne.jp/shizuka/maxima/Maxima1.html
     

    他にも参考になるサイトは沢山あるが日本語では、
     Professional Maxima http://www.muskmelon.jp/maxima/

     Maximaでつづる数学の旅 http://d.hatena.ne.jp/jurupapa/ 

     読み書きプログラミング ブログ(Mathematica―理工系ツールとしての (アジソン ウェスレイ・トッパン情報科学シリーズ)のコードをMaximaに翻訳) http://d.hatena.ne.jp/nextliteracy/archive?word=%2A%5BCrandall%5D

    そして最後に
     Maxima マニュアル(正式マニュアル「Maxima Reference Manual」の日本語訳) http://maxima.sourceforge.jp/maxima.html
     


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