日本文学随一のスピノティスト中島敦が、「わが西遊記」として書き下ろそうとしたうちの、その一断片。ピュロンばりの懐疑論者 悟浄が、さまざまな妖怪の哲学者・思想家を訪ね歩きながら(それらは人間界の古今東西の様々な意匠のカリカルチュアにして、コンパクトな古今東西の思想のカタログになっているのだが)、結局救いも悟りも得られない、という話。

     最期に彼は三蔵法師に出会いその供をすることになるのだが、それでもその懐疑と独り言はやまない。「少しはましになったのかなあ」と呟きながら長い旅を始めることになる。「わが西遊記」は、結局は中断されたままとなった。

     思想遍歴ものとしては、華厳経のラスト「入法品界」に、善財童子が、53人もの善知識(=先生、その内訳は菩薩や神や外道やバラモンや比丘尼など)たちをつぎつぎと巡るというのがある。似たようなものには、ヨーロッパにはバニヤン「天路歴程」がある。ダンテの「神曲」も、まあ似ていなくはない。

    いずれにしろ、こっちのグループは最後にはきちんと悟る(最初の導きは文殊菩薩、最後のしめくくりも文殊である)。「悟る」ことを前提に、プロセスを組み立ててるのだから、当然だが(すごろくみたいなものだ)、菩薩道の本道は、その「あがり=ゴール」を宙づりにするところにあるので、なかなか難しい。

    『アウグスチヌス講話』の山田晶によれば、キリスト教の終末論も、他ありとあらゆる「終末思想」(人は常に「終わり」を口にしたがるものだ)を徹底的に無効とするもの、本来は誰にも軽々しく「終わり」を口にさせないものなのだそうだ。


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