少女:本を読むのが好きな人は、ご両親も本好きだったりしますね。
    司書:そういう方が多いでしょうね。
    少女:先生のご両親もそうでしたか?
    司書:いいえ。

    -------本を読み始めたのは、人より遅かったと思います。
     私は4歳まで話すことができませんでした。二つ下の妹は2歳で話し始めました。
     両親は学問のない人たちでした。ただ学問を憎んではいませんでした。淡い憧れを抱いていました。

     父は、働きだした頃、大工の見習いのようなことをしていました。
     二十歳を越えた頃、建築現場で働いている時に地震に遭い、何日か生き埋めに近い状態ですごしたことがあったそうです。
     幸い、一命は取り留めましたが、足を痛めてしまいました。
     杖があれば歩けるようになった頃、夜間中学を勧められました。
     最初の半年は、先生の言うことがほとんど分からなかったそうです。
     それでも学校に行くのは好きでした。
     ある日、学校の下駄箱がずいぶん古くて痛んでいることに気付きました。
     用務員室で道具を借りて、簡単な修理をしたのです。
     父のクラスの先生はすぐに気付いて、大層誉めてくれたそうです。
    「先生は俺の名前を知ってたんだ」
    と父は私に話しました。
     父はそのときまで先生の名前を知らなかったそうです。
    「ずいぶんぼんやりしてたな」
    と父は笑っていました。
     それから先生の名前を覚えると、少しずつ先生の言ってることがわかるようになったのです。
    「今から思うと、当たり前だけどな。そういうことも分からなかったんだ」。

     ある日、父は朝から学校にいって、ゲタ箱を作りました。
     昼間の中学の子供たちが、なにやってるんだろうと興味深げに見物に来るのがおもしろかったそうです。
     授業の合間に覗いていく先生もいました。
     ほとんど完成した頃、何度かその様子を見に来ていた先生が父に言いました。
    「造りつけの机なんか作れるかね?」
    「ええ、できます」
    父は答えました。
    「うちの書斎なんだが、大きな机が欲しい。今はスチール机を2つ、窓際に並べているが、まだ足りない。さっきから見てたが、君なら仕事が速そうだ。」
    「今日、授業が終わったら見に行きます」
    「頼む」
    学校で一番気難しく、せっかちな先生でした。
     「それからしばらくして、いろんな先生から似たような仕事を頼まれるようになったんだ。
    先生が友達の先生の話を持ってくる。そのまた友達が頼んでくる。
    『飾りはいらないから頑丈に作ってくれ、それから急いでやってくれ』。
    大抵はこんな調子だ。
     こっちは毎晩学校へ行ってるから、先生の方から連絡をつけなくてもいい。
     真面目な先生ばかりだったが、みんなものぐさでせっかちなんだな。
     大工仲間からは、『書斎大工』だとか、いろいろ言われたが、あまり気にならなかった。
     確かに大きな仕事じゃないが、人の役に立つのがうれしかったんだ。

     それから、またしばらくして、先生の先生という人のところに呼ばれていった。
     すごく偉い人だというんだが、この人は変わってたな。
     ああしてくれ、こうしてくれ、と言わない。
     かわりに『どう思いますか?』と聞くんだ。
     知らないから聞くのかと思ってたが、どうもそうじゃない。
     昔の学者がどうしたとか、外国のどこの街がどんなだとか、そういう話は他の先生もするから驚かないが、鶏のえさのやり方から大工仲間しか使わない隠語まで知ってる。
     それで『建築の先生ですか?』と聞いたら、違いますと言う。
     歴史の先生? 工学の先生? と知ってる限り並べ立てたが、全部違うという。
    『じゃあ、何ですか?』
    と聞くと、やっぱり
    『どう思いますか?』
     なんだ。これには閉口したが、別にこっちを困らせようっていうんじゃないんだな。
    人が話すのを聞くのが楽しいっていうんだが、
    『俺の話なんか面白くないでしょ?』
    と言うと、面白っていう。
     嘘を言ってる感じはしないんだ。
     あんまり楽しそうに聞くもんで、こっちもつい喋っちまう。
     まあ10人いたら9人は楽しそうだというだろうな。

     あるとき、その先生の先生が俺に言うんだ。
    『家を建てようと思うんです』
    『それはいい。どんな家です?』
    『もうすっかり頭の中では出来上がってるんですが』
    『頭の中でできていても、しょうがない。建築士の先生に頼んで図面にしてはどうです?』
    『それも考えたんですが、これを逃すともう機会がないと思うんです』
    『どういうことです?』
    『あなたは家を建てたことはありますか?』
    『手伝いならあります』
    『私はどちらもありません。手伝ってくれませんか?』
    『何をです?』
    『自分で家を建ててみようと思うのです。この後ずっと住むつもりですから、頑丈なものにします。ですから、これを逃すともう機会がないのです』
    『先生、そりゃ乱暴な話だ』
    『まったくです。教え子に建築の道に進んだ人が何人かいますが、みんなに叱られました』
    『先生は何でも知ってるが、家を建てるっていうのは・・・・・・あの、もし断ったら?』
    『ええ、他に頼むあてがありませんから、一人でやろうかと』
    『・・・・・・わかりました、やりましょう』
    『ありがとう。でも、きっとそう言ってくれると思っていました』
    『どうしてです?』
    『あなたとは気が合います』
    『それだけですか?』
    『大切なことです。私は戦争の時分には、教師をしたりものを書いたりしていました。うっかり本音を漏らすと、命さえ危なくなった時代です。しかし嘘はつきたくありません。考えは近いが自分を裏切る人間か、お互い批判ばかりしているが自分が死ぬ羽目になっても相手の名前を出さない人か、自然と見分ける目が身につきました』

     それで、ふたりで家を建てることになったんだが、結局のところ心配するようなことはなかったな。
     木材はどこそこの村の農家を買ってあるからその古材を使おう、どこそこに使うレンガは誰それのところで焼いてくれるからと、こんな調子だった。
     万事手回しがよくて、無茶は言わず、こっちの言うことは何でも飲み込んでくれたんだ。
    『先生、自分が手伝ってるから言うんじゃないが、見た中じゃ一番いい家だよ』
    『私もそう思います。あなたのおかげです。何しろ私は、どこに釘を打てばいいかは分かりますが、どうやって打てばいいかはまるで知らないのですから』
    『普通は、どこに打てばいいかも知らないもんだ。いったいどうやって勉強したんです?』
    『図書館で本を読んだのです。大抵のことはそうやって学びました』
    『へえ。先生の先生には、先生がいないんですか?』
    『たくさんいます。ですが、どの先生とも長くは続かないのです。最初の先生に、お前は学問を遊びでやってるから困る、とよく言われました』
    『遊びでやってるんですか?』
    『そうです。いろいろ試しましたが、このやり方が一番いいようです』
    『ねえ、先生、今度、図書館に連れてって下さいよ』
    『いい考えです。ですが、今度といわず、今から行きましょう』」


    ◯  ◯  ◯



    司書:それ以来、父はすっかり本と図書館が気に入りました。それからしばらくして大工をやめて本を作る職人になりました。
    少女:本の職人さんですか?
    司書:革表紙の洋書をつくる製本の職人です。古い本をなおすことの方が多かったようですが。お世話になった先生にいろんな方を紹介してもらいながら修行して、一人前にできるようになるまでは随分かかったようです。
     その頃のことと思い出すと、いつも父はこんな話をしてくれました。
     

    「ああ、多分こういうことなんだ。
     先生の先生と例の家を作って堪能したんだな。
     小さな家だったが、なんだかこれ以上の家を作ることはないんじゃないかと思ったんだ。
     それに本というやつが、なりは小さいのに随分と大きいものに思えた。
     恐ろしく頭のいいやつが、方々を旅して、それにたくさん本を読んで、何人もの頭のいい奴とうんと議論して、こんな小さなものを一生かけて書くんだ。
     あほらしいが、あほらしさが過ぎて恐ろしくなる。
     長いトンネルの中を進んでいると、出口の光に向けて自分が深い井戸を落っこちていくように思うことがあるが、あんな感じだ。
     そんなことを先生の先生に言うと、なにかの言葉を唱えて教えてくれた。
     元は童話だって話だが、子供のときに読んだり聞いたりしても何のことだかさっぱりわからなかっただろう。
     だが、その時は分かった気がした。
     ああ、覚えてるさ、きっと忘れないな。



     虹は思わず微笑いました。
    「ええ、そうです。本とうはどんなものでも変らないものはないのです。ごらんなさい。向うのそらはまっさおでしょう。まるでいい孔雀石のようです。けれども間もなくお日さまがあすこをお通りになって、山へお入りになりますと、あすこは月見草の花びらのようになります。それも間もなくしぼんで、やがてたそがれ前の銀色と、それから星をちりばめた夜とが来ます。
     その頃、私は、どこへ行き、どこに生れているでしょう。又、この眼の前の、美しい丘や野原も、みな一秒ずつけずられたりくずれたりしています。けれども、もしも、まことのちからが、これらの中にあらわれるときは、すべてのおとろえるもの、しわむもの、さだめないもの、はかないもの、みなかぎりないいのちです。わたくしでさえ、ただ三秒ひらめくときも、半時空にかかるときもいつもおんなじよろこびです。」(宮沢賢治「めくらぶどうと虹」)



    関連記事
    スポンサーサイト
    Secret

    TrackBackURL
    →http://readingmonkey.blog45.fc2.com/tb.php/521-26f96f5b