「バルザックは不幸なことに、サント=ブーヴのような批評家にも、そしていわゆる「講壇批評家」、つまり文学史を書く教授連にも気に入られていなかった。もし彼らの言うところを信じるならば、バルザックはその小説を誇張したお談義によって台無しにしてしまった(彼はおしゃべりだった)。バルザックの心理学は不十分であった(しかし体は大きかった)。彼には精神的な繊細さが欠けていた(加えて大食らいだった)。自然に対する共感というものがまったくなかった(けれどお金は大好きだった)。彼は鈍重な俗物的な天才であった(いつも借金取りに追われていた)。最もまずいことには、彼には文体がなかった(それでひどい誤りがたくさん生じた)。しかし、人々はその間違いにけちをつけてしまったあとでは、それを大目に見ることにし、彼の長所さえ認めたのだ」



     「文学論」といえば、「けっ!」とはき捨てるように言われるのが、この国に習いだ。昔の本を読んでいると、「学芸嫌いの我が文壇」なんて文句によく当たる。なるほど、引退したスポーツ選手が監督やコーチ、評論家になる国だ、小説家になれなかった者が評論家をやる、だから彼が最初に書くのは「歌のわかれ」ということになるのだろう。

     ところでドイツ人であるこの文学研究者は、その膨大な仕事に入る前の「徒弟時代」をこう回想する。

    「フランス文学の研究を始めたとき、私は途方に暮れてしまった。はじめての休暇にコルネーユ一巻とフローベールの『ボヴァリー夫人』をたずさえて行った。コルネーユには退屈しただけだった。講義の時間に推薦されたその小説の方には反発を感じた。どうしてか?
     不快で、愚鈍でできそこないの人間達のこの集まりが、いったい人の興味を引くというのか?
     砒素自殺がこの歌の終わりだったのか?
     そのようなことが起こり得たところが、どんな国、どんな国民であろうか?
     偉大さ、愛、美、力のひらめきもないのか? だのにそれを私に賞賛しろというのか?
     18歳の私には、できないことだった。 ところが一年後、バルザックを知ったとき、すべてが一変した。バルザックは作中人物のすべてに、計り知れない生命への渇望を分け与えた。ボードレールは言う。「彼らのすべては、バルザック自身の内部に生動していた燃えるような生命力をうちに担っている」。バルザックは、美、悦楽、権力、認識、富、名声、恋、情熱への飽くことを知らない欲望でいっぱいだった。
     「私は度を越して生きたい!」と彼の典型的な登場人物の一人は言っている」



    (笑)。彼はさらに「度を越して生きたい!」というバルザックについて語る。

    「1833年夏、自分の小説を一つに結び合わせて一大体系に、一宇宙にしようという考えが突然彼(バルザック)の頭にひらめいた。高度の発揚状態と結びついたインスピレーションで彼はこの着想を得たのだ。その着想に圧倒された彼は、パリ市街の半分をつっきって妹のもとに急ぎ、自分はいま天才になろうとしている、と彼女に伝えた。
     同じ1833年バルザックは恋人に宛ててこう書いている。「僕はヨーロッパを支配するつもりです。もう2年の辛抱と努力です」。



     この大男(バルザック)に対して、もうひとりのフランス作家はどうだろう。

     「フローベールの写実主義は入り組んだ精神的な根を持っている。彼の写実主義は放埒な夢想と空想の世界へと逃避してしまった一人の幻滅したロマン主義作家の反動のあらわれである。彼はいわば人生の価値を情熱的に否定して自己に復讐するのである。「何もかも永遠にみじめだ」。これが、彼が人間存在から引き出した総計である。フローベールの聖アントワーヌの幻覚は、自己を解体したいという自己否定の願いで頂点に達している。「素材の底まで落ちよ! 素材であれ!」。
     バルザックは人生に燃えるような関心をいだき、この炎を我々に伝えるが、フローベールの方は彼の嫌悪感を伝染させる。彼の時代のフランスについて、この写実主義作家の著作から得られる知識はほんのわずかであり、あったとしても不愉快なことだけである。バルザックの場合まったく異なっている。彼は自己の芸術の目的を「わたしの世紀を表現したい」という言い方で述べたことがある。彼の時代がなんといきいきと眼前にあることだろう。
     彼の作品で人々がどれほどの収入を得ているか分かる。ある作品では一人の香水製造業者の好況を、われわれ読者は体験し、彼の破産とパリ取引所での彼の立ち直りをも目撃するのである。彼は、天国で栄誉を保証されていることを疑おうとはしない商人気質の殉教者として死ぬ。「これは正義の人の死だ!」と司祭が臨終の床で言う。こうしてパリのある商人の生涯は、17世紀の殉教者悲劇と張り合う近代のドラマとなるのである」



     ディケンズを読み始めた時、そのおもしろさを教えてくれたのはディケンズ自身だったが(ディケンズなしには、ポーもカフカも手塚治虫だって有り得なかっただろう)、読む前にそれを教えてくれたのは、ナボコフだった。
     バルザックについていえば、それはこの今世紀最大のロマニスト、クルティウスだったにちがいない。



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