人間は、目の前にあるもの・ことを、遠く離れてあるもの・ことよりも、ずっと重大なものとして評価する。
     かくして忍耐よりも放縦が、計画よりも気まぐれが、多くの場合勝利する。
     
     さて、大きな野望を実現したいとして、それがすごぶる大きなものであっても、1日は変わらず24時間しかないし、いろんな必要時間を差し引くと自由裁量できる時間は毎日ほんのわずかである。
     
     したがって、千里の道も一歩から、山のごとき野望もチリのごとき小さな企てに細分化(ブレイクダウン)していかないと、取り掛かることすらできない。
     小さくとも毎日の繰り返しが100日なら100日分、1000日なら1000日分の積み重ねとなり、それは決して小さくない成果をもたらすことは、物心ついた後の人なら誰でも理解する。
     理解はするが、チリのごとき小さな一片は、眼の前のこと=日々の慰安や状況の浮沈、風の吹き具合に翻弄されて、さながら大海を渡る小さな葉のようである。
     
     こうした場合、有効なのは、綿密な計画を立てることよりも、実行したことを記録することの方である。
     毎日繰り返すわずかのことを、ひとつひとつ記録し、積み上げると総計どれほどになるかを常に「見える化」しておくことが、地味だが最善の動機付けテクニックである。
     
     自分を叱咤激励するよりも、そしてやらなかったことを悔やみ自責の念にかられるよりも、行ったことをただ淡々と記録すること。
     自分が日々わずかであっても、どれだけ進んだかの航海日誌(ログ)をとること。
     そうして自分の現在地点を把握し続けること。
     

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     あまり複雑なシステムは長続きしないが、複数の野心を同時に追及しているときは、野心ごとにタグを決めて、記録に付け加えてもいい。
     たとえば論理学とアラビア語を学んでいるならば、論理学の本を読んだり問題を解いたりしたときには「L」を、アラビア語の教科書を読んだりアラビア語でブログを書いたときには「A」を記録に記入しておく。

     このログ・システムでは、記録中のカテゴリーに属する行動が次第に増加することが知られている。
     つまり増やしたい行動を記録すればいいのだ。
     
     野心の実現に直接関わる行動が少なすぎて記録するものがない=記録する機会が少ないと、記録をつけること自体のモチベーションも下がって持続しにくい。
     記録をとるのは、自分を律するためというより、調子付かせるためである。辛い点をつけても、負の自己満足以外の効果は生まれない。

     最初はハードル(あるいは閾値)を下げて、より小さな行動を拾い上げるようにする。
     たとえば「1時間を満たないアラビア語学習」はカウントしないよりも「10分間勉強した」「1ページの半分だけ教科書を読んだ」といったものもカウントした方がいい。
     記録を続ければ行動は増えていくから(大切なのは、わずかな増加であってもそれを自覚することである)、軌道に乗ってからハードル(閾値)を上げても遅くない。
     
     また野心の実現に直接関わる行動が思ったよりも増えないならば、さらに間接的に関わる行動も記録するといい。
     先の例なら、「アラビア語の教科書を本屋で探した」「ネットでアラビア語のある教科書のレビュー(感想)を読んだ」といった、アラビア語を身につけるには直接には関係しないことであっても記録する。
     気がとがめるなら、「A’」とダッシュ付きのタグをつけておけばいい。
     
     
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