生まれも育ちも異なる二人は同じ学校、イエズス会が運営するラ・フレーシュ学院で学んだために、生涯友情を育み、それは17世紀に起こった近代科学の誕生に大きな役割を果たした。 
     ルネ・デカルト(1596-1650)は下級とは言えトゥレーヌ州の貴族の出であり、マラン・メルセンヌ(1588-1648)はパリの労務者の息子だった。メルセンヌは後に僧職へ進み、デカルトの方は職を転々としたり隠れ住んだり、生涯を漂泊のうちに過ごすこととなった。
     1619年、メルセンヌは各地での托鉢修行から戻り、パリのアノンシアード修道院に居を構え、終生その地に過ごした。1623年頃から、当代の研究者たちと交際を広げ、やがてこの修道院は各地から最新の学問情報が集まるようになった。メルセンヌが手紙をやり取りし、あるいは修道院に通ってくる人物には、パスカル父子,ガッサンディ,ロベルバル GillesPersonne de Roberval,ミドルジュ Claude Mydorge,デザルグ、ベークマン、それにイギリスのホッブス、オランダのグロティウス、出不精のフェルマー、それからオランダに隠棲したがメルセンヌにだけは居場所を知らせたデカルトがいた。このサロンは、1666年にはフランス科学アカデミー(アカデミー・デ・シアンス)に発展的解消する。
     
     畏友デカルトをして「様々なことを知りたがりすぎる」といわせたメルセンヌの業績は懐疑論反駁から音響論、そして数学と広いが、現在最もよく知られるのは1644年の『物理数学省察』に書かれた「2のn乗マイナス1(2^n - 1 )が素数ならば、nも素数である」という公式である。この時の公式から導き出される自然数をメルセンヌ数、素数のことをメルセンヌ素数と呼ぶ。


    mersennetext.png


     メルセンヌはこの書の中で、「2^n - 1 の整数について、n = 2,3,5,7,13,19,31,67,127,257については素数である」とも書き残した。n=31の場合についてはオイラー(1772年)が、n=127についてはリュカ(1876年)が、それぞれ素数であることを確認している。
     メルセンヌのこの記述は長く信じられ、たとえばメルセンヌが見逃したn=61の場合も素数になることを1883年にイヴァン・パヴシンが発表した時もn=67の誤植だろうと一蹴される始末だった。
     
     
     フランク・ネルソン・コールは、ハーバード大学に学び、その後ゲッティンゲン大学のクラインの下で学位論文を書いた数学者である。1896年から1920年まで、25年の長きに渡ってアメリカ数学会の事務局長をつとめた功績をたたえて、彼の名を冠したフランク・ネルソン・コール賞が設けられ、代数部門と数論部門の過去6年間に北米の数学誌に掲載された最も優れた論文の著者に対して授与されている。


     
     この堅実な事務局長は、普段から口数の少ない人物だったという(he was always a man of few words)。
     1903年の10月、ニューヨークでアメリカ数学会の年次大会が開かれた。
     コールは控えめな「大きな数の因数分解について」という論題でエントリーしていた。
     司会者がコールの論題を述べ、発表の順番が来たことを告げた。
     コールは黒板に向かい、無言で、チョークで簡単な数式を書き始めた。
     やや大きめに書かれた「2」の右肩に「67」と書き、その結果(147573952589676412928)を書き出し、そこから注意深く1を引いた。
     そしてイコールで結んで、黒板の空いたところに
     
     193,707,721 × 761,838,257,287.

    と書き上げ、一言もなく、そのまま席に戻った。

     会場の数学者たちが計算し書かれたことを理解するまでの、少しの間があった。
     その後、アメリカ数学会の記録では最初で唯一のことだが(For the first and only time in record)、発表者の論文が配られる前に、盛大な拍手が起こった。

     250年の間、素数であると信じられていた数の正体が明らかになった瞬間だった。 (→Wolfram alphaで確認
     
     
     後年(1911年)、どうやってあのような結果を得たのかと尋ねられたコールは、ただこう答えた。

     「日曜日を3年分(three years of Sundays.)」
     
     
    (参考リンク)
    ・Cole, F. N. On the factoring of large numbers. Bull. Amer. Math. Soc. 10 (1903), no. 3, 134--137.

     コールの原論文。pdfファイルでFull-text: Open access。

    How did Cole factor 267−1267−1 in 1903
     
     MathOverflow(StackOverflowの数学版ともいうべき質問サイト)でのQ&A。


    Works by or about Frank Nelson Cole

     Internet Archive上のコール関係文献。
     
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