数学嫌いはどこから生まれてくるのか?
     
     よく聞かれる「役に立たないから」なる理由は、実のところ良くて後付け悪くて言い訳であって、その実態は、算数や数学につまずいて分からなくなった人たちが、イソップ寓話のキツネよろしく「あのブドウ(数学)は酸っぱい(役に立たない)」と言い広めているのである。
     
     ならば撃つべきは〈算数・数学のつまずき〉である。
     

     以下に示すのは、小学校の算数から大学基礎レベルの数学まで、「つまずいて分からなくなる」箇所を集めて16のカテゴリーに分類したものである。

     一度もつまずかず専門レベルまで一気に駆け上がることのできた一握りの天才を除けば、数学が得意な人も不得意な人もみなどこかでつまずいたであろう、さまざまな算数・数学の難所が挙げられている。

     この分類が示そうとしていることのひとつは、同じ〈根っこ〉をもったつまずきが、小・中・高・大の各レベルで繰り返し出現することである。

     たとえば、「すべての」と「ある~/~が存在する」をうまく理解できないことは、中学レベルでは方程式と恒等式の混乱を招き、大学レベルではε-δ論法やコンパクト性の理解を困難にする。

     異なるレベルとトピックを貫く〈つまずきの根っこ〉は、算数・数学の各分野・トピック間にある切り離し難い結びつきを教え、また数学理解の枢要を、つまり何をちゃんと理解しておかないと同じことでつまずいてしまうかを示している。

     善用すれば、この分類は、学習者が算数・数学の何につまずいているのか理解する手がかりを与え、そこから立ち直る方策を探る一助となるだろう。またこれからつまずくであろう箇所を予測・予防することにも役立つ。
     それらに加えて、数学が得意か苦手か、そのいずれかしかないかのような単純化された二分法、「100じゃなければゼロ」思考に陥る認知の歪みに気付かせ、「自分自身に対する個人攻撃(私に才能が無いから数学が分からないのだ)」を踏みとどまる助けになるかもしれない。

     それらはまた、数学に対する我々の孤独な格闘が(そしてその挫折やあきらめが)また、数学を学んだり壁にぶち当たっている他の人たちの奮戦と、繋がり合っていることをも示している。
     算数・数学につまずいたのは私ひとりではない。
     同じトピックを学んでいる同世代のライバルばかりでなく、もっと高度な数学に挑んでいる人たちも、もっと初歩的な算数に取り組んでいる人たちも、同じような間違いをし、同種の困難に立ちふさがれ、しかしそれを乗り越えようとしているのだ。Lonesome No More!!
     

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     出典を述べるのが後になった。
     この分類は、芳沢光雄(2006)「算数・数学つまずきの分類」『数学教育』88(3), pp.24-28. に提示されたリストを、16のカテゴリー×レベル(小学校、中学校、高等学校、大学基礎)の表に並べ替えたものである。算数・数学に関する700ちかくの〈つまずき〉を収集し、それぞれのレベルで高度すぎるものや単純ミスを除き、同種のものをまとめて126の〈つまずき〉を選び出している。
     なお数学教育者向けに書かれたこの論考は、算数・数学の学習者には必ずしも分かりやすくないので、同じテーマに関して一般向けに書かれた同氏の『算数・数学が得意になる本』『ぼくも算数が苦手だった』(以上、講談社現代新書)、『つまずき対策講座 教科書以前の大学数学常識』(講談社)を参照して表現を一部補ったり書き換えた(なので原文を記事の最後につけた)。
     これらの書には、それぞれの〈つまづき〉にどう対処すればいいかも書いてあるが、それについては改めて。
     
     また分かりやすいかもと思って、各項目に「【難】理解が難しい、納得し難い」「【誤】間違いがち、間違って理解しがち」の別を付け加えたが、余計なお世話かもしれない。



    算数・数学が得意になる本 (講談社現代新書)算数・数学が得意になる本 (講談社現代新書)
    (2006/05/19)
    芳沢 光雄

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    ぼくも算数が苦手だった (講談社現代新書)ぼくも算数が苦手だった (講談社現代新書)
    (2008/06/17)
    芳沢 光雄

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    つまずき対策講座 教科書以前の大学数学常識 (KS理工学専門書)つまずき対策講座 教科書以前の大学数学常識 (KS理工学専門書)
    (2011/04/07)
    芳沢 光雄

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    つまずきの分類(原文)

    (出典:芳沢光雄(2006)「算数・数学つまずきの分類」『数学教育』88(3), pp.24-28. )


    (1) 0と1 に関する特別な扱い
    (小学校レベル)
    全体としての1
    0 の認識と0で割れないこと
    (高校レベル)
    α の0乗
    0! = 1
    (大学基礎レベル)
    零元の0と単位元の1
    零ベクトルだけからなる0次元線形空間

    (2)記号の意味に関する誤解
    (中学校レベル)
    記号ーが付いたものは文字でも負の数を意味するのか(誤)
    指数部分が及ぶ範囲
    3nのような積の記号の省略
    xの係数は0なのか(誤)
    絶対値は記号ーを十に変えるもので,|2α-b|=2 α+bと計算してしまう(誤)
    ≦の意味
    (高校レベル)
    三角比や対数の記号は数を表す文字でもあるのか(誤)
    三角関数記号の指数部にある2 と-1
    微積分におけるdx やdy/dxはバラバラな文字に分けられるのか(誤)

    (3)表現の形は異なっても算数・数学として同じものであることの認識
    (小学校レベル)
    2:3と4: 6のような比
    (中学校レベル)
    yがxの関数であるとき, その関数の「定義域」とxの「変域」は同じこと
    (高校レベル)
    ベクトルの相当
    (大学基礎レベル)
    ある演算に関して同型な2 つの集合を同一なものと見なすことがある

    (4) 「または」「かつ」「ならば」の用法と「矛盾」
    (中学校レベル)
    証明で結論から仮定を導いてしまうこと(誤)
    背理法で矛盾を引き起こしてしまう出発点は何か分からない
    (高校レベル)
    日本語の「または」と数学の「または」
    「pならばq」の否定は「pならばqでない」なのか(誤)
    「必要」と「十分」を逆に解釈してしまう
    3つ以上の等号記号で、つながれている方程式
    数学的帰納法の成立条件の変形
    (大学基礎レベル)
    集合A, Bに関して, A⊆BかつB⊇A⇔A=B

    (5) 「すべて」「ある」の用法
    (中学校レベル)
    方程式における記号=と恒等式における記号=の違い
    「(1 つの固定した) 弧に対する(すべての)円周角はその弧に対する(ただ1 つの)中心角の半分」のカッコ内の言葉に見られるような部分での誤解
    (高校レベル)
    未定係数問題を数値代入法で解いても「十分」か(誤)
    「すべてのn に対してP(n)」あるいは「あるnに対してP(n)」の否定文
    (大学基礎レベル)
    微積分のε-δ論法
    線形代数の1次独立・1次従属
    位相空間のコンパクト

    (6)負の数どうしの積は正となる認識の関連
    (中学校レベル)
    負の数どうしの積が正となる認識
    正の数の平方根には負の数もある
    (高校レベル)
    √(a^2b)とa√b は必ず等しいのか(誤)
    負の数の−2乗は定められるが−(1/2)乗は定められない

    (7)計算におけるおよその見当
    (小学校レベル)
    割り算
    概算における答の数字の桁数
    (中学校レベル)
    因数分解
    (高校レベル)
    高次方程式
    (大学基礎レベル)
    計算機で計算する場合の計算量の認識不足

    (8)説明文や問題文の意味の理解
    (小学校レベル)
    低学年向けの算数文章問題で十, 一, ×, ÷のどれを使えばよいか分からない
    高学年向けの算数文章問題で国語的な文の解釈ができない
    (中学校レベル)
    証明問題にも計算問題のような「やり方」が, 問題文の意味に対応してあると勘違いする
    各種の図形用語に関する定義文の意味
    近似記号≒の厳格な用法での迷い
    (高校レベル)
    事前の確率(普通の確率) なのか事後の確率(結果からみた確率)なのか
    「並べる=順列のP」「選ぶ=組合せのC」と覚えてよいのか(誤)
    「有意水準5%で仮説を棄却するJという意味
    数列の極限と関数の極限の違い
    「連続」や「微分可能」の定義文
    (大学基礎レベル)
    2 つの構成要素をもつ有限集合の元の個数を「2通りに計算する」という意味
    基底の元の個数や一様連続などに出てくる「〜のとり方によらず一定」という意味

    (9)移動や作用の順番
    (小学校レベル)
    「足してから掛ける」と「掛けてから足す」の違い
    (高校レベル)
    2次関数のグラフの移動と式変形の関係
    行列の積は非可換
    合成関数の微積分
    (大学基礎レベル)
    基底の変換に対応する行列の積の順
    置換の作用は動かされる対象の集合か, それともそれらが置いてある場所の集合なのか
    左剰余類と右剰余類

    (10)移動や作用の逆
    (小学校レベル)
    引き算や割り算では成立しない結合法則
    (中学校レベル)
    移項するとなぜ逆の演算になるか
    (高校レベル)
    逆行列をもつ行列ともたない行列
    逆関数は「xとyを取り替えてyについて解くもの」と形式的に覚えてよいのか(誤)
    (大学基礎レベル)
    代数的構造の環において積に関する逆元をもつ元ともたない元の区別

    (11)具体例の認識不足のまま学ぶ抽象概念
    (小学校レベル)
    「イチ, ニ, サン,・・・」と100まで言えることと個数の概念
    長さの概念をようやく理解した者が学ぶ面積・体積の概念
    (中学生レベル)
    文字変数や文字式の導入
    (大学基礎レベル)
    同値関係や群などをいきなり公理から学習すること
    R上2 次元や3次元での学習を省略していきなりn 次元で学習すること

    (12)公式の適用と式変形の妥当性の吟味
    (小学校レベル)
    ×÷は+ーより優先
    カッコはかたまりー「カッコはひとまとめに扱う」
    四角形の面積公式における底辺に対する高さの誤解
    円の面積公式と円周公式の混乱ー(と74〜75)
    小数どうしの割り算における余りの少数点の位置
    (中学校レベル)
    (x+α) (x+ b)と(cx+d )(cx+e)の展開における違い
    不等式の向きは負の数の乗除で逆になること
    球や錐体の体積・表面積に関する様々な公式
    分配法則を適用するときカッコの中に記号−がある場合
    √(a+b)=√a+√b となる誤り
    α のm 乗とα のn乗の積はα のmn乗となる誤り
    (高校レベル)
    確率における積の法則と和の法則の理解
    加法定理に関連するいろいろな公式で覚え間違いがあっても, それを正す術がない
    h→0のとき{f(x+ 2h)-f(x ) } /h もf'(x) なのか(誤)
    微分係数が0となる点では必ず極値をとるのか(誤)
    上下関係が途中で入れ替わる2曲線によって固まれる図形の面積を積分で求める場合
    (大学基礎レベル)
    4 次以上の行列式を「たすきがけ」で展開してよいのか(誤)
    ロピタルの定理の条件を忘れて, 分母・分子それぞれを微分して極限を求めてしまうこと
    有理関数体の零元でない元に対してまで, 分母が0になる状況を気にすること

    (13)比に関して比べる対象にある誤り
    (小学校レベル)
    割合=比べられる量÷元にする量
    「〜の〜に対する割合」における元にする量はどれか
    食塩水濃度の問題における元にする量

    (中学校レベル)
    面積比と体積比
    相似における対応する位置関係の確認
    (高校レベル)
    m:nに内分する点と外分する点を表す式

    (14)扱う対象の拡張や単位の変更によって生じる理解面でのギャップ
    (小学校レベル)
    個数としての数字と連続量としての数字
    小数と分数の導入方法の違いから起こる混乱
    仮分数と帯分数の両方が存在する意味
    分数で割るときなぜ分母・分子を取り替えて掛けるのか
    口=△でも口cmと△cm^2は違う
    (中学校レベル)
    cmやcm^2などの理科的な単位を省略した図形の計量
    (高校レベル)
    複素数の存在性
    三角比から学ぶ一般の三角関数
    角の大きさの度とラジアン
    常用対数の底と自然対数の底
    (大学基礎レベル)
    集合の濃度の導入における有限集合と無限集合
    商空間の各剰余類を1つの元と見なすこと

    (15)図形的な実際の体験不足
    (小学校レベル)
    立体の切断面の形が想像できない
    いろいろな表し方がある展開図
    (中学校レベル)
    反比例や放物線のグラフが描けない
    円が直線や他の円と接する状況
    連立方程式の図形的なイメージ
    (高校レベル)
    無理関数の始点から延びる方向
    楕円,放物線,双曲線の幾何学的な定義
    関数のグラフを局所的には描けるものの大域的には描けない
    (大学基礎レベル)
    複素平面上の1次変換の図形的なイメージ
    位相空間の「相同」概念の図形的なイメージ
    線形計画法の最適解に対応する端点

    (16)直観的な説明が優勢な内容
    (小学校レベル)
    「ながしかく」と長方形
    平均は「足してその個数で割る」ものか(誤)
    (高校レベル)
    「限りなく近づく」
    「同様に確からしい」
    (大学基礎レベル)
    イメージとしての「連続」と公理からの「連続」との間にある違和感
    方程式が「解ける」「解けない」は自分としての問題なのか(誤)
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