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     このあいだアメリカの若い奴がテレビカメラに向かって「ぼくたちはアメリ
    カ史上はじめて、親よりも貧しいジュネレーションになるかもしれない」とほ
    ざいてた。

     「餓えは人間にとって通常の経験ですが、中産階級のアメリカ人にとっては
    そうだとはいえません」(K.ヴォネガット)。

     近代の政治や経済の思想は「貧困の解消」を(こっそりにしろ)お題目にあ
    げていた。少なくとも「貧困」を前提にそれを留保しようなんてものは、思想
    とは呼べなかった。
     人間がいつも努力していて、そのことが彼らに幸運や進歩をもたらしたと考
    えているけど、そんな楽天的な思考こそ、たまたま発見されここ150年ほど
    は大量に供給し続けられている地下石化燃料のおかげだ。
     人類が経済学を始めてから150年間、つまり1830年頃まで、人が1時
    間働いて手に入れられる食糧の量(単位労働時間当たりの食糧生産)は、減少
    し続けていた。
     つまりカーライルのような経済学者は勿論、そうでないひとも、いつもハラ
    ペコだったし、これからはますます一層ハラペコだろうと考えていた。

     1950年には、日本の給与の国際価格(ドル建て)は、(たとえば初任給
    で比較してみると)、インドやパキスタン以下だった。

     ぼくらはほどなく間違いなく貧乏になる。欧州の青年層の高い失業率は希望
    のない世代を増殖させている。1970年には、日本と一人当たり同じくらい
    の国民所得があったメキシコは通貨危機を引き起こす、赤貧の南米諸国のひと
    つになった。インフレなき経済成長を続けるアメリカは国内に分厚い貧困層を
    「内的植民地」として拡大させている。アジアはスパイラルな経済崩落の過程
    にある。ぼくらはほどなく間違いなく貧乏になる。

    以下は、目録からの抜粋。

     第一次世界大戦下の日本で、社会問題化しはじめた、「貧乏」の問題を直
    視した河上肇(一八七九-一九四六)は、なぜ多数の人が貧乏しているのか、
    そしていかにして貧乏を根治しうるかを古今東西の典籍を駆使しながら説き明
    かす、富者の奢侈廃止こそ貧乏退治の第一策であると。大正五年『大阪朝日新
    聞』に連載、大きな衝撃を与えた書。



    (1998年1月7日脱稿)


    貧乏物語 (岩波文庫)貧乏物語 (岩波文庫)
    (1965/10)
    河上 肇大内 兵衛

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