1 思いついたことをEvernoteへ放り込む

     放り込むのは、大抵は、端切れのようなもので、多くはダジャレに属するようなものです。
     例えば
    「数学は待ってくれる」(言うまでもなくルビッチの映画のタイトルのもじりです)
    とだけ書いたメモがEvernoteに投げ込まれます。タグはつけず、なんでも分け隔てなく「メモの投げ込み先」フォルダに入ります。
     これだけだとどうしようもないので、この段階で書かれたものは、大半がそのまま塩漬けになります。
     

    2 何度も同じことをメモする

     こうしてメモしていると、別の日に似たようなこと(時にはほとんど同じこと)を、メモしていたりします。これもタグなし、「メモの投げ込み先」フォルダ行きです。
     このとき、前に書いたことを思い出すこともありますが、思い出さない方が多いです。
     

    3 似たようなメモがたまってくると、何か書けそうな気がしはじめる

     同じようなことを4~5回メモすると、それくらい気になっている事柄であるので、さすがに気付くようになります。
     このあたりで、少し調べてみようとか、考えてみようと思い出します。
     すぐに調べのつかないことや、少しぐらい考えても分からないことは、「要調査」や「要思考」タグをつけて、と言いたい所ですが、圧倒的に付け忘れることが多く、そのまま「メモの投げ込み先」フォルダへ。
     調査結果や考えたことも、同じく「メモの投げ込み先」フォルダに入ります。
     
     (実は、この記事ですら4〜5回分のメモがあります)。



    4 メモをつなぎ合わせて挫折する

     こんなのがある程度たまって来ると、つなぎ合わせれば一つの記事になるのでは、と思い始めます。
     やってみると、大抵は、時間か気力が途中で尽きてしまい、書きかけや書き損ないが生まれます。
     これらは「ブログネタ未使用分」フォルダが行き先なのですが、「メモの投げ込み先」フォルダに留め置かれるものも多いです。

     ネタ出し用に、fromEverというiPhoneアプリを使ったりもします。
     これは、Evernoteからランダムに(1項目ごとに、フォルダ指定やタグ指定もできます)拾ってきた複数のノートを同時に表示してくれるもので、思いもよらない組合せが新しいものを生み出すはず・・・なのですが、今のところ忘れてたネタの無作為サルベージ用です。
     
    fromEver App

    カテゴリ: 仕事効率化

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    5 あきらめる/断念する

     書きかけを書き継いだり、書き損ないが育って完成となればよいのですが、行き詰るのにはそれなりに理由があるらしく、〈増やす〉〈育てる〉アプローチはうまくいかないことが多いです。
     むしろ、一部分だけ取り出したり、半分以上捨ててしまったり、といった〈減らす〉アプローチが有効である場合が多いです。
     例えば、記憶技法を100個集めようとして、76個しか思いつかない、もうこれでいいや、と記事にしてしまう場合がそうです。

    (保存版)覚え方大全/自分で選ぶための53種の記憶法カタログ 読書猿Classic: between / beyond readers (保存版)覚え方大全/自分で選ぶための53種の記憶法カタログ 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

     記事になったのは53個なんですが(ちょっとイマイチなのを除きました)、「53個も覚えきれない。むしろこれを覚えるのに記憶技法が必要」という反応があって、もっとあきらめればよかった、と後で思ったりします。

     元々の目論見からすれば挫折であり妥協なのですが、〈断念をもって完成〉というパターンが本当に多い。
     「ブログネタ未使用分」フォルダに入ったまま出てこないものを見直しても、未だ諦めがついていないせいで記事にならないものばかりが並んでいます。



    6 短くする

     よく言われますが、このブログの記事は(ブログにしては)長い(と言われる)ことが多いです。

     中の人の主観ではそうでもないのですが、いろいろ書き過ぎる悪癖は自覚しているので、ひとつの記事にはひとつのトピックだけを書くことを、心がけようとしています。あまり守れてないですけど。
     
     これと関係あることですが、論文の書き方で最初に教わったことですが、「批判しやすいように書く」というのもあります。
     通してもらいたい系の論文はどうしてもdefensiveというか、批判しにくいように守りに入りがちなので、そういうことをわざわざ教えられたのだと思います。
     たとえば両論併記「Aの可能性もあるし、Bの可能性もある」よりも、「Aである」と言い切る方が、批判しやすい。後者の場合は、Aでない反例を挙げればよいのですが、前者はそうでない。
     一つの主張を断定するのは、ほとんどの場合、抵抗があります。ついつい、「さっきはAだと言ったけれど、実は100%そう思っているわけではなくて、Bにも魅力も感じるし、Cだって捨てがたい」と書きたくなるし、実際書いてしまう。後で削ります。短くなるし、批判しやすくなる。



    7 対話ものを書く理由

     ただ、どうしてもシングル・イシューでない、ひとつの記事に複数の主張を入れたい時もあって、そういう場合に「図書館となら、できること」シリーズみたいな、対話ものができます。
     もう何年の前に冬弓舎さんという出版社さんのウェブで書かしてもらってた『よいこの社会主義』なんかも「結論を出さない」と批判されてましたけど、初期〜中期のプラトンの対話篇とか中江兆民『三酔人経綸問答』みたいに、対話ものってそういうものだと思うんです。
     複数の、折り合わない主張が盛り込めるからこそ、シングル・イシューの記事ではさすがにちょっと書けないような極端な主張だって出せる。いさぎよくない、ヘタレ野郎と言われれば、まったくその通りです。



    8 書評を書かなくなった理由

     「短くする」関連ですが、1冊を取り上げて1つの記事にすると、どうしてもブログ記事としては長すぎてしまうので、書かなくなったところがあります。
     アウトプットの分量を制限しようとすると、インプットの量も小さくなっていきます。
     本を読んで記事を書く場合、ごく一部分だけを取り上げるのが精一杯という感じになります。
     例を出すと、「文献学からはじまった → 研究する大学と専門分化した科学の起源」という記事ですが、

    文献学からはじまった → 研究する大学と専門分化した科学の起源 読書猿Classic: between / beyond readers 文献学からはじまった → 研究する大学と専門分化した科学の起源 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

    これでも結構長いと言われたんですが、この元ネタは、書籍で言うと、佐々木力『科学革命の歴史構造』の第4章、初出は、中央公論社から出ていた『自然』という雑誌(1982年8月号)に載った「大学的学問としての純粋数学(ドイツ近代大学建設と科学思想-2-)」という9ページの論文です(他のソースにも一応当たっていますが)。
     

     レジュメでも要約でもないのだから、柱1本を描いて建築物全体を感じ取ってもらうような、書評としての芸があればいいのですが。
     
     
     
     
     
     
     
     
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