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     今回は、すべて直球でいく。

     新書は薄くて、安くて、易しい。
     あとは内容が伴えば、読書ビギナーに第一推薦できる条件が揃う。

     日本の書籍のシリーズものの中で、名著が集中する度合いについて最強なのは、岩波新書の青版である。
     
     これは周知の事実だから、個人運営のマイナー・ブログがわざわざ言わなくてもよさそうなものである。
     しかし、言わずもがなのことを言わずに済ますなら、このブログはもう書くことがないのである。
     加えて言えば、言われなくても分かっているべきと前提扱いされるものの多くは/少なくない人にとっては、言われないと分からないのである。

     だから言わずもがなのことをあえていう。

     何を読めばよいかと探しているのなら、岩波新書の青版を読むと良い。

     岩波新書の青版のうち、どれを読めばよいか迷っているのなら、以下のものを読むと良い。
     


    日本の思想 (岩波新書)日本の思想 (岩波新書)
    丸山 真男,丸山 眞男

    岩波書店
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     なんとなく、繰り返し勧めている気がしていたが、探してみるとかなり昔にメルマガの「読書猿」に書いたものしか見当たらなかった。
     あそこに書いたことを、言葉をかえて繰り返せば、次のようになる。
     これは、アタマが悪いとはどういうことかを書いた本である。
     日本の思想を素材にして日本語を読む人のために書いてあるが、取り扱う問題はもっと普遍的なものである。
     〈思想〉というと、勉強しすぎた人が勢い余って取り組むもので、学問に縁遠い自分には関係ないと思う人がいるが、それは間違いである。
     もっとも頑固な人、凝り固まった人、妄執にとりつかれた人は、「自分は信じる」とは言わず「自分は知っている」と言う。たとえば「学問なんか役に立たない。私はちゃんと知っている」と言う。知から最も遠い距離をとる反知性主義も、知に対する最も激しいルサンチマンも、信念・信仰ではなく、ほとんど無自覚に、知の形をとる。
     この本で扱われるのも、意識的に練り上げられ積み重ねられた知識の蓄積というより、ほとんど無自覚にとられる/とられてきた知のあり様の方である。
     そのために、半ば必然的に、そして徹底的に、日本(の思想)の褒めたくなる面/すばらしい面ではなく、情けない面/残念な面に光が当てられる。精神年齢の低い人には、この本の著者は日本が嫌いで、日本(の思想)の悪口を言っているのだと思えるほどである。
     けれどもこの書は、著者が日本の思想を素材にして日本語を読む人のために書いたものである。考えたり論じたりする時に、ほとんど無自覚のうちに陥ってしまう情けない面/残念な面を取り上げ分析することで、それらの呪縛をなんとかして少しでも解きほどくことを目指したものである。
     一言で言えば、あなたが賢くなるために書かれているのである。
     

     

    知的生産の技術 (岩波新書)知的生産の技術 (岩波新書)
    梅棹 忠夫

    岩波書店
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     知的作業にカードを使うこと自体は、古くからあって、読書猿で取り上げたものだけでも、幸田露伴の少年ビジネス小説『番茶會談』にも「カード式の便利は唯商業簿記のみに限らず」という章があるし、古くは菅原道真が六国史をバラして『類聚国史』を作るときにも使っている。カードではないが、ひとつ上の本を書いた丸山眞男も、二百字詰め原稿用紙にアイデアを順不同に書いて、それを部屋中に並べて一心不乱に考えたといわれる。

     比較にならない小さな例で、しかもまったく個人的なことだけれど、修士論文のための調査旅行に出発する直前に父親が急死して、その後の細々したことを処理するのに、実家にしばらく張り付くことになった。
     パソコンなし、当然ネットなし。持ち込めたのは数冊の本とB6カードだけ。 
     隙間の時間ができれば、2枚でも3枚でも、とにかくカードを書いた。
     書きためたカードを床に広げて、並べ替え、またカードを書いた。
     いわゆる「京大式カード」を広めたこの本のお陰で切り抜けた、と書ければ、お話としてはきれいなのだが、当時の作業の進み具合や方法の反省なんかを書いたノートを見ると、よほどこのやり方に自信がなかったらしく、文句と愚痴ばかり言っている。
     もっとも慣れないことに挑戦する場合、それに使う複数の方法を評価したり取り替えたりすることも平行させなくてはならないのは(どこまでやるかは別にして)珍しいことではない。
     実際、その文句と愚痴からこそ、多くを得たと思う。
    (そしてその後、カードをトランクの底に入れて行った調査旅行の旅先で『知的生産の技術』の記事をメルマガの「読書猿」に書いた)。

     今でも『知的生産の技術』を読む価値があるのは、個別の出来合いの〈技術〉よりも、どんな必要に直面し、どのような〈技術〉をつくりだし、どのように実用レベルに仕立て上げるか、その筋道であり考え方である。
     その前提として、知的営為を〈生産〉そして〈技術〉という不躾な切り口で捉え、その代替可能性(他のやり方だってあり得る)の地平を開いたこと、我々は我々の使える資源と身の丈に合わせて、自身のやり方を探していいのだと教えたこと。
     情報技術が想像を超えて急速に変化しても、だからこの書が生み出したものの残響は、今も我々の耳に響く。






    科学の方法 (岩波新書 青版 313)科学の方法 (岩波新書 青版 313)
    中谷 宇吉郎

    岩波書店
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     岩波新書の青版には、それぞれに生物学、天文学、機械工学、地質学を学ぶ者が〈言われなくても読んでおくべき〉、シュレディンガー『生命とは何か―物理的にみた生細胞』だとか、堀源一郎『太陽系―その力学的秩序』だとか、曾田範宗 の『摩擦の話』だとか、貝塚爽平の『日本の地形――特質と由来』だとか、自然科学の分野でも名著と呼べる書が少なくない。
     科学史も含めると、人力,畜力,水力,風力の時代の原動機と機械を扱った平田寛の『失われた動力文化』や、矢島 祐利の『アラビア科学の話』や薮内清の『中国の科学文明』や、さらには奥村正二の『火縄銃から黒船まで―江戸時代技術史』、同じく『小判・生糸・和鉄―続江戸時代技術史』、これも忘れることが出来ない、村松貞次郎『大工道具の歴史』もある。
     どれ一冊をとっても並べるだけなんてもったいない、このラインナップをコメント抜きで通り過ぎる咎は、何によって贖われるかといえば(と自分で言っては元も子もないが)、中谷宇吉郎のこの書を推すことによってである。
     正直に言うと、最初に読んだ時はそこまで面白いと思わなかった。
     こんなの当たり前じゃないか、と思った。
     「科学は直線的に進化していない」
     「自然には科学の方法ではけっして理解できない広大な領域がある」
     「人類が火星にいけるようになったとしても、テレビ塔の上から落ちる紙の行方はわからない」
     「科学が力強いというのは,ある限界の中の話であって,その限界の外では,案外に無力なものであることを,つい忘れがちになっている」

     あの頃の自分に老婆心から忠告するなら、まずこの書が書かれた年代に注意するように言うだろう。
     二十歳の自分は、すでに科学批判も科学史ブームも通り過ぎた時代の中にいた。一方、中谷は1958年に出版されたこの書でこう書いた。
     「自然科学がこのごろ非常に長足の進歩したために、科学万能的な傾向が、風潮になりつつあるように思われる。」
     しかし科学論/科学哲学の論点を少なからず先取りしている点が、この書の魅力なのではない。そんなことが知りたいなら、科学論の本を読めばいいのだ。
     むしろ中谷にとって、科学の限界を知りまた考えることは、科学から遠ざかることでは全くない。単純な話、それは科学することの一部なのだ。
     そのことは、たとえば科学に対するルサンチマンに駆動され、科学をくさすためならどんな言葉/論法を使うことも辞さない人たちの言説と、中谷が科学のさまざまな限界の示すのに用いる的確な例とを、比較すれば明らかだ。
     中谷は、科学の限界に多面的かつ細心の注意を払いながら、同じ口調で科学の楽しさを語る(楽しさについて直接語らなくても、自ずから科学の喜びを照らし出している)。人が科学に、自然を知ることに、いかに惹かれてやまないか、それこそがどれほど科学に力を与えているかを。
     たとえ科学が、悪に加担し不幸を養生し破局の引き金を引いて地獄への道を舗装しようとも、人が科学に、自然を知ることに、惹かれてやまないが故に、それを批判し修正し正道に立ち戻らせる動きが必ず人びとから生まれてくるだろうことを、まるで確信しているかのように。




    歴史とは何か (岩波新書)歴史とは何か (岩波新書)
    E.H. カー,E.H. Carr,清水 幾太郎

    岩波書店
    売り上げランキング : 5616

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     この本もまた〈言われなくても読んでおくべき〉本だが、こちらは実際に「読んでおけ」と言われることが多そうだから、ドイッチャー(岩波文庫青版にはあの『非ユダヤ的ユダヤ人』が、それから『ロシア革命五十年史』がある)を思い出してもらう方を選択する手もあった。が、なにしろ今回は直球勝負と決めたから、このままいく。

     さて、上に紹介した本の中で、中谷は「科学は、自然と人間との共同作品である」(p 22, 23, 197, 202)と繰り返し言っている。
     カーもまた言う。
     「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話である。」(p. 40)
     
     この本を読んで、歴史家の解釈から独立した「客観的な歴史」はない、だから歴史はどこまでいっても相対的だ、なんてことを書いてくる人が今でもいるが、それはビートルズを「イギリスの四人組ロックグループ」と紹介するにも等しい、間違っていないだけで大間違いな所業である。

     もっとも〈共同作業〉や〈対話〉の比喩がピンと来ないのは、いくらか詮方無いことだ。
     同年齢集団と一日の大半を過ごす時期には特に、自分と異なる者を相手に〈共同作品〉を作り上げたり、真摯で対等な〈対話〉を交わせる機会は希少だから。
     〈対話〉が、同調圧力に息を潜めて身を委ねたり、一方的に恣意を押し付けたりすることとは違うことだとは知り得ても、具体的にどういうことなのか、そして何から始めればよいのか、なかなか分かりづらい。

     この本はその意味でも、読む価値がある。
     無数の事実を突き合わせ、その軽重を判断し、取捨選択した後でなければ〈歴史的事実〉すら浮かび上がっては来ない。
     そして、そうした判断を下す歴史家もまた、歴史的社会的な条件に繋留され、時に翻弄され、フリーハンドで価値観を抱いたり判断を行ったりできる訳ではない。
     好き勝手に事実を結びつけ、自分の判断に〈事実〉を屈服させれば、彼は歴史家でなくなる。
     しかし〈判断〉を断念し、無数の事物が与える刺激に屈服するだけでは、彼は語ることすらできなくなる。
     自らの前に置かれた〈事実〉がどのような〈判断〉に基づいているか、不断に遡っては確かめ、自らの〈判断〉を他の〈判断〉や〈事実〉と無数に突き合わせ、何度も様々な過去と様々な現代を往復した果てに、手に残ったほんのわずかな〈事実〉と〈判断〉を、最後にそっと差し出すこと。
     何故このようなしちめんどくさい作業を歴史家が続けることができるかといえば、仮初の真理を作っては壊し作っては壊す間だけ、人は真理への道の途上にあることを知るからである。
     あるいはこうも言える。
     現在と過去との間の際限のない対話を続けていく間だけ、人は本当に未来への希望を語ることができると知るからである。





    インドで考えたこと (岩波新書)インドで考えたこと (岩波新書)
    堀田 善衞

    岩波書店
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     名著である。ベストセラーでもある。いつ読んでも抱腹絶倒するのだが、「この本を読んでどんな得があるのか」という不躾な質問に、茶化さず答えられる自信がない。

     なので、この本についての誤解をいくつか解くことで、紹介にかえることにする。

     この本は旅行記ではない。インドについて書いてあるわけでもない。
     堀田は確かに1957年にインドで行ったが、それはアジア作家会議の事務局の一員をつとめるために向かったのである。仕事である。自分を探しに行ったのでも、思索を深めるために行ったのでもない。
     もっとも、この時にインドでアジア作家会議が開かれたのは偶然以上の歴史的地理的社会的必然があるし、この時期の日本文学界にこうした国際的共同作業が堀田以上に務まる人間がどう考えてもいなさそうなことも、どうやら確かである。

     しかしインドの環境は過酷である。
     暑い。ものが考えられなくなるほど暑いかといえば、それ以上に暑い。
     つまり、考える以外に何もできなくなるくらいに暑い。
     列車に乗り合わせたインド青年は、5時間の行程のうち4時間半堀田めがけてしゃべり続け、あとの半時間は眠っている(これは考えるというより、単なるおしゃべりである)。
     こんなわけで、この国は政治家までもみな哲学者になってしまうのかと、ちょっと考えたら言わないほうがよいようなことも、堀田は考える。そして書く。

     アジア作家会議とは言うのは、アジアのあちこちの国/社会から、作家が集まって会議をするのである。
     その準備のために、会議開催に先んじて集まった事務局の7人のメンバーはすべて違う国から来た作家である。
     アジアの言語は本当に様々なので、会話をするにも、お互いにコミュニケーションに使えるのは、どうにもヨーロッパの言語である。
     それどころか、作家ばかりが参加する会議だというのに、お互いによその国の作家が書いたものを読むことができないのである。つまり相手が作家であるのかどうか、本当には確認することもできないのである。
     そしてお互いの国の文学が読めないのだから、作家同士の共通の話題になるものと言えば、これまたヨーロッパの文学なのである。
     おまえの書いたものは読むことができないが、ドストエフスキーなら読んだことがある、というのである。お前もそうか、おれもお前の書いたものは読めないが、ドストエフスキーなら読んだことがある、というのである。
     こうした事態は50年以上経った後も、さほど変わっていないように思われるのだが、どうか。
     どうするどうなるアジア作家会議。

     会議には、アジアのあちこちから、16か国の参加があった。
     発言の順番を決めるにも一苦労である。侃々諤々あって、国名のアルファベット順という穏当なところに落ち着いたのもつかの間、その段取りで会議をはじめてみると、いきなりインド代表から緊急動議があって、インドからは17つの言語ごとにそれぞれ代表がやってくる、だからアッサムが最初に発言すべきだと抜かして、参加国がいきなり17個増えたような事態となる。
     しかも出席者はすべて、言葉を生業にし、言葉のためには死ぬと書くこと辞さない文学者たちなのだ。

     しかし堀田は後で発見する。
     先程は、アジアの作家たちの共通言語はヨーロッパ語で、共通知識はヨーロッパ文学だと言ったが、それは日本人の堀田を含めるからそうなのであって、彼をのぞけば別の状況が生まれるのである。
     困難な仕事を協働することで仲良くなった事務局メンバーは、会議の合間にピクニックへ言った。作家たちなので、興が乗ると、みな詩をつくって吟じ出す。しかも、どの詩も長い。しかもアラビア語である。ホッタ、おまえもなんかやれ、とリクエストされるが、さすがの堀田もこれには応じることができない。
     アジアの西から東の端まで、どこの作家もアラビア語で長い詩をいきなりつくる素養があり、互いに文学者である証をたてることができるのである。
     こうした事態は50年以上経った後も、さほど変わっていないように思われるのだが、どうか。
     



    子どもの図書館 (岩波新書 青版 559)子どもの図書館 (岩波新書 青版 559)
    石井 桃子

    岩波書店
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     このブログでも、図書館のことを書くことがあるから、この本を外すことはできない。
     『くまのプーさん』の翻訳や、『ノンちゃん雲に乗る』の作品で知られる石井桃子は、『岩波少年文庫』の企画編集をしていた岩波書店を辞め、1954年ロックフェラー財団研究員として欧米に留学し、そこで児童書出版や児童図書館の実情をつぶさに見て回った。
    「まわってきた国々では、児童図書館というものが、よい創作活動を推進し、またその結果を本にする出版事業の支えになり、さらにまた、その本を直接子どもの手にとどけるという三つの仕事を一つでひきうけていた。」
    帰国後、数年を経て、石井は自宅を開放して58年に小さな図書室を開く。この小さな図書室「かつら文庫」の最初の7年間の活動をまとめたのが、1965年に出版されたこの本である。





    犯科帳―長崎奉行の記録 (1962年) (岩波新書)犯科帳―長崎奉行の記録 (1962年) (岩波新書)
    森永 種夫

    岩波書店
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     これまたすごぶる(下世話な意味でも)面白い本である。
     (歴史家ではなく)年代記作者なら、あまり書き残したくないようなみっともない事柄も、犯罪裁判の記録ともなると書かないわけにはいかない。

     この書は、長崎県立図書館に保存されていた、寛文6年から慶応3年まで200年間にわたる長崎奉行の判決記録「犯科帳」を、郷土史家である著者が著者が一般にも分かりやすく、翻訳・紹介・解説したもの。
     長崎ならではの密貿易や偽金づくりから、地域・歴史をこえてあまり変わり映えしない痴情のもつれや強盗殺人まで、長崎に暮らす庶民の生活の諸相を活写して止まない。




    私は中国の地主だった―土地改革の体験 (1954年) (岩波新書)私は中国の地主だった―土地改革の体験 (1954年) (岩波新書)
    福地 いま

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    イスラーム―回教 (岩波新書 青版 333)イスラーム―回教 (岩波新書 青版 333)
    蒲生 礼一

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    山の思想史 (1973年) (岩波新書)山の思想史 (1973年) (岩波新書)
    三田 博雄

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    数の体系 上 (岩波新書 青版 815)数の体系 上 (岩波新書 青版 815)
    彌永 昌吉

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    数学入門〈上〉 (岩波新書)数学入門〈上〉 (岩波新書)
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