小説の文章のことを書いた(文字色hatena-bookmark-title">物語は作れたがどんな文章で小説にしていいか分からない人のための覚書 物語は作れたがどんな文章で小説にしていいか分からない人のための覚書 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加)ので、論文についても触れておこう。

     論文の構成については何度か書いているので、今回は文のレベルについて、論文表現のインサイド、例えばあの持って回った言い回しは一体どこから生まれてくるのかを解説する。
     何故こんな言い方が生まれてくるのかを理解した方が、やってはいけないリストをいたずらに増やすよりも、記憶に残るし応用も効くだろう。


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    (論文の文例)
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    論文文体のあたまとしっぽ

     論文は、A.(学問的に価値がある)課題・問いを自ら設定し、B.論証に基づいて、C.何らかの主張を行うものである。
     したがって論文の中核となる文は、次の3つに分類される。


    A.課題・問いを設定し、議論の方向性を示す表現

    B.事実やデータに基づき、また他の文献を参照して、論証を展開する表現

    C.まとめとして論文の主張を示す表現

     そして、それぞれの表現は、文レベルでみると、文頭の接続詞・接続副詞と、文末の動詞・助詞・助動詞に特徴が見られる。
     
     論文は決まったフォーマットに基づいて書かれる。これにより読み手は、どこに何が書いてあるのか予想を立てることができ、理解のための準備・構えを取ることできる。こうしてより速く読むこととともに、よりよく理解することが可能となる
     全体の構成についてそうなように、文レベルでも、読み手の予想を促し助けるサインを出すことが求められる。これは当然ながら文頭で行われ、接続詞・接続副詞などがその役目を担う。
     
     これに対して文末は、書き手(話し手)の性別・年齢・職業などのいわゆる位相の違いが現れる場所であり(例えば「食べてきたよ」「食べてきたわ」「食べてきたぜ」)、文体(話体)において中心的な役割を果たす。当然「論文らしさ」もまた、文末をどうするかによって生まれたり損なわれたりする。
     
     つまり文のアタマとシッポをおさえておけば、それぞれのパートで必要な「論文らしい日本語」が書けるのである。

     時間のない人のために、最初に表にまとめておく。

    atama-shipo.png





    「私は……と思う」から「…は……である」へ

     各論に入る前に、最も重要な事項を述べておこう。

     論文やレポートは、アイデンティティを養生したり開陳したりするものではない。
     そして大学は、学生の自我や人生を引き受ける場ではない。 
     「私は……と思う」といった読書感想文の文体がまったく出番がなくなるのは、そういう理由からである。

     ある結論を出した私の思考と、その判断のもとになった根拠との関係を簡単に図式化すると以下のようになるだろう。
     
    reason-think-conclusion.png


     感想文では「私の思考」が強調され、論文では「根拠」と「結論」が前に出て「私の思考」は背景に退く。

     感想文  根拠 → 私の思考 → 結論 
     論 文
     レポート 
     根拠 → (私の思考) → 結論 


     このあたりについては、英文論文について書いた、次の記事も参考になるかもしれない。

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     このことは当然ながら論文の文体に大きな影響を与える。

     根拠と論理に基いて、論を展開することが求められる論文やレポートでは、対象と同じ地平に自分を置き、自らの目に映る姿を述べる一人称ではなく、視点を対象とは別のところに置き見ている自らをも視野におさめて観察する三人称による記述が求められる。
     まず文の主語は、書き手から取り扱われる概念へと変わり、こうして「…は……である」という文体が選ばれることになる。

     (主語)  (文末) 
     感想文 私(=書き手) 「〜と思う。」 
     論 文
     レポート 
     概念・対象  「〜である。」 

     
     この論文文体は、学問の普通語であるだけでなく、何事かを伝えるために書かれる大人の実用文においても(したがって知識に値するものを読み書きする際に出会う)デフォルトの文体である。


     では、各論へ進もう。


    A.議論の方向性を予告する表現

     複雑な問題を扱うには、ある程度の長さと複雑さをもった文章が必要になる。
     こうした場合、これからどんなことを論じようとしているのか、あらかじめ議論の方向性を示すことで、読み手の理解を助けることができる。
     込み入った文章の迷路に、道しるべを立てるわけだ。

     論文でよく用いられる「道しるべ」には次のものがある。。

     
    A1 行動の予告によって後に続く内容を概説する

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    以下では…
    以降で…
    次に…
     ・・・  …する。
    …したい。
    …しよう。


    (例)
    以下では、シミュレーションにより、債券運用の違いによるALMの安定性の分析を考察する。
    次に、アメリカの現状と比較することで、別の角度から考えてみることにしよう。



     論文は「~である。」で結ばれる文を基本にできている。
     書き手の姿は極力消して、事柄について述べる文が中心となるのである。
     そんな中に、ときどき「~する。」や「~したい。」「~しよう。」という行為を表す文末が登場することがある。
     「~である」ばかりの中に出てくるから、目立つ。
     これは、行為や行為の予定を示す文で、後続の展開を予告する〈道しるべ〉である。
     ここ以降では何を論じようというのか、論文の叙述に対して、いわば一つ上のレベルに立って、その方向を整理し示しているわけだ。
     他の部分で「である。」を貫き、「私は~と思う」のような書き手の存在をあからさまに示す表現を退けるからこそ、行動の予告をつかったこの〈道しるべ〉は目立つ。


     
    A2 疑問文によって論点となる問いを示す

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    では…
    それでは…
    さて…
     ・・・  …のか。
    …のだろうか。


    (例)
    それでは,なにがこのような介在原理の作動様式を決めているのだろうか。
    さて,1980年代の教育の潮流はどういう方向に行ったのか。


     行為の予定とともに、論述の方向性を示す表現に、疑問文を使ったものがある。
     疑問には、問いかける者がいるはずだ。
     疑問文を使った表現も、極力姿を消している書き手の姿が突然現れる箇所である。
     疑問文もやはり、論文の叙述に対していわば一つ上のレベルに立った書き手の介入の跡をありありと示す。
     「~のか。」「のだろうか。」などの表現が、「である。」中心の叙述から浮き上がり目立つ、つまり「道しるべ」として役立つのは、こうした訳だ。
     さらに目立たさせるために、それ以前の文脈からの切替えを示す「では」「それでは」「さて」といった接続詞を文頭に伴うことも多い。
     
     問いかけとそれへの応答は、議論を方向付ける。
     論理的であることは元々、相手の疑問に遺漏なく答えることだった。
     現在では弁証法という日本語をあてがわれるダイアレクティークという語が、古来、論理学と問答術の両方を意味したように、論理についての知識は、もともと問答の研究から生まれたのである。
     何事か論じるために書かれる論文のなかで、いきなり自問自答が行われるのは(だって論文の書き手は答えを知ってるからそもそも書いているのだろうに、何故わざわざ問いなおすのか?)、問答が議論を方向付けるからである。いや根源的に言えば、問答こそが議論そのものであるからである。
     
     書き手は自身の研究が、ひとつの問い(リサーチ・クエスチョン)に導かれていることや、この根源の問いに答えるために、より小さな問いにいくつも答えなければならないことを知っている。
     論文の中でそのすべてが疑問文で登場するとは限らないが、主要な問いは、主要な議論を導くために、必ず疑問文として登場する。
     もし疑問文がひとつも出てこないなら、あるいは多すぎる疑問文で埋め尽くされるなら、あなたの論文は何について問い答えようとしているのか、答えることができるのはどの問いなのか、今一度確認した方がいい。



    A3 以降の展開を構造化する/構造を予告する
      
    A3-1 列挙を予告する表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    (数字)つの…
    以降で…
     ・・・  …がある。
    …があった。
     ↓
    (アタマ)(中身)(シッポ)
    第一に…
    第二に…
    ……
     ・・・  (…である。)


    (例)
    ・土地によって生産性が異なるのには、大きく分けて二つの理由がある。
     第一に、土地の豊度であり、肥沃度、地形、水利、気温、日照条件などがこれに当たる。第二に、土地の位置である。これは、市場までの輸送の難易である。


     先に、複雑な問題を扱うには、ある程度の長さと複雑さが必要だと言った。
     たとえば根拠を示すにしろ、例を挙げるにしろ、たった一つでなく複数の根拠なり例示を挙げることになるだろう。
     これから全部で何個の根拠なり事例を挙げるかをあらかじめ予告することで、以降の展開を構造化するのが〈列挙〉の表現である。
     たとえば「3つの……がある。」と予告された後は「第一に……」「第二に……」「第三に……」という3つの同じ種類の項目が続くことになる。



    A3-2 対比を示す表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    一方…
    これに対して…
    反対に…
     ・・・  (…である。)


    (例)
    一方、婚姻による交流を意図的に排除している例として、次のような場合がある。
    これに対して、動物解放の立場からはトム・レーガンによる生態系保存論批判がある。


     同種の項目を予告する〈列挙〉に対して、反対の/対称的な項目やブロックが続くことを予告するのが〈対比〉である。
     個々の対象レベルから、より大きな集合や集団レベル、さらに包括的な構造レベルまで、大小さまざまな〈対比〉が行われる。
     
     
     
     
     

    B.論証を展開する表現

     論文は、講義には説得を目的とする文章の一種である。
     そして根拠と例示は、説得の二大手段であり、根拠を示す表現と例示する表現は書くことはできない。さもないと、主張を言いっぱなしにすることになる。
     

    B1 根拠を示す表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    なぜなら…
    というのは…
     ・・・  …からである。
    …ためである。


    (例)
    なぜなら、人間は、自己意識を持った自覚的な存在であるからである。
    というのは、この書の主人公である唐の太宗が、頼朝や家康に、やや似た位置にいたからである。


    B2 例示する表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    例えば…
    とくに…
     ・・・  (…である。)


    (例)
    たとえば新内「明烏夢泡雪」のつぎにあげる一節の地から詞への転調をおもわせるものがある。
    ・これには、とくに瞬発的な抗重力運動を行う競技者に高い骨塩濃度を認めるという報告がある。


    B3 参照・引用を示す表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    ~によれば…
    ~によると…
    ~では…
     ・・・  …という。
    …と述べている。
    …とある。


    (例)
    ・ダルゼルによれば、インターネットの長所は混沌と不協和音に、その自由な言論にあるという。
    ・『越登賀三州志』によると、この年謙信は蓮沼城を攻め、城主椎名康胤が自刃して、城が陥落したという。
    ・『放浪記』によれば、「一九二〇年代にすでにあったようである」と述べている。


     論文では、前提を示すにしろ反論するにしろ、他の研究(論文)を参照・引用することが不可欠である。
     そして参照・引用は、論文の他の部分からは明確に区別され、典拠が示されなくてはならない。
     したがって参照・引用を明示するマーカーが使われる。
     通常「~によれば」「~では」ではじめられ、「~という。」「~と述べている。」などで括られることで、参照・引用であることが示される。
     


    B4 譲歩を示す表現

    (アタマ)(シッポ)(次文のアタマ)
    たしかに…
    一見…
    もちろん…
    …である。
    …であるかにみえる。
    だが…
    しかし…


    (例)
    確かに財産の中で建築物等を特別に扱うことは理由があるかにみえる。
     しかし、結論的にはこの見解に同意することはできない。

     
     論文では、他の研究を単に参照・引用するだけでなく、それらの主張や常識的な見解、また想定される反論を挙げて、それらを部分的に受け入れつつ、一部分を否定し、書き手の主張や見解を展開する〈譲歩〉の表現を用いることが少なくない。
     部分的に受け入れる前段は「たしかに」「もちろん」「一見」などで始められ、「である。」「であるかにみえる」等で結ばれる。
     そして批判を行う後段は、すぐあとに「だが」「しかし」ではじめられる。
     
     
     
    B5 定義する表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
     ・・・   ・・・  …と呼ぶ。
    …という。
    …と名づける。
    …と定義する。


    (例)
    ・資産の流動化を「資産の保有者が資産の価値および資産の生み出すキャッシュフローを原資として資金調達を行うことである。」と定義する。
    ・三者関係で記述された世界を外在世界と名づける。


     他に論文表現で欠くことのできない重要なものに〈定義〉の表現がある。
     定義は、学問的コミュニケーション(論文はまさしくコミュニケーションのツールである)において、解釈のばらつきを避け、厳密性を担保するとともに、説明や正当化の無限後退や循環論法のような〈場外乱闘〉を封じ込め、健全で意義のある議論を成立させるために重要である。
     定義は、論述そのものというより、その前提となるものなので、「である」中心の叙述から目立つように「と呼ぶ。」「という。」「と名づける。」「と定義する。」といった文末を持つ。
     
     


    C.主張提示の表現

     長く複雑な論証を受けて行われる論文の主張では、それらを受ける「このように」「以上のことから」といったまとめの表現や「したがって」「それゆえ」などの帰結の接続詞がマーカーとして用いられる。
     
    (アタマ)(中身)(シッポ)
    したがって…
    それゆえ…
    このように…
    以上のことから…
     ・・・   (後述 C1〜C6) 



     しかし論文表現としてより特徴的であり、また問題をはらんでいるのは、主張における文末である。
     これは種類が多いので、後で6種類に分類して示す(C1〜C6)。
     
     これら文末は、いずれも論文表現に特徴的な「私」消しの機能を担い、(多くは無自覚的にだが)論理的必然性を強調するために用いられるものである。
     
     なぜ、論文では、特にその主張部分では「私」を消す必要があるのか。
     それは、論文の主張が、原理的には、論文執筆者の個人的見解、私有物ではなく、当該分野の学問の一部であり共有財産であるからである。
     
     エッセイに書かれるような個人的見解は、その書き手の見解だからこそ価値を持つ。読み手はそれに共感する(あるいは共感しない、反感を持つ)が、個人的見解であれば異なる見解が併立しても差し支えない。
     しかし論文における主張は違う。それは「私」の見解ではなく、「我々」の知的共有財産(の一部)である。だからこそ旧来の学説と矛盾する主張が登場すれば、その検証・反証に多くの研究者が参加し、最終的には新説が退けられるか、あるいは旧来の学説が改められるか、いずれかになる(ここまで理想的に展開が運ばなくとも、少なくともこうした志向が学問コミュニティに生じる)。

     一個人の特殊的見解ではなく、我々すべてに共有されるべき普遍的知識を志向するために、事実・データから論文の主張を導き出した研究者=論文執筆者の関与は背景に退けられ、まるで事実・データから自動的に論文の主張が導き出されるかのような表現が使われるのである。
     この「私」消しの機能こそ、「行為の主体が曖昧になるから受身形を避けるように」と多くの論文表現本が主張しているにもかかわらず、この種の表現が消えない理由である。


    C1.自発表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    したがって…
    それゆえ…
    このように…
    以上のことから…
     ・・・  …と思われる。
    …と考えられる。
    …と感じられる。
    …と解される。
    …と見られる。
    …と推察される。


    (例)
    以上のことから、本製剤が適切に使用される限りにおいては、食品を通じてヒトの健康に影響を与える可能性は無視できると考えられる。


     思考作用を表す動詞につけられる「れる」「られる」は、論文表現本では乱暴に「受身」扱いされることもあるが、心的作用が自然に/自動的に/意志によらず実現してしまうことを示す自発の助動詞である。
     自発の助動詞を使うことで、書き手の(研究者=分析主体の)意志とは無関係に自然と/自ずから、分析が〈湧き出た〉かのような表現ができあがる。
     
     「私は~と思う」から〈私〉が剥ぎ取られ、「~と思われる」といった表現に置き換えられることで、思考主体の存在は見えなくなり、主張はあたかも/誰でも「自然とそう思える」かのように扱われ、断定を避けつつ必然性を強調する表現が生まれる。

       
       
    C2.受身表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    したがって…
    それゆえ…
    このように…
    以上のことから…
     ・・・  …求められる。
    …期待される。
    …注目される。
    …評価される。


    (例)
    以上のことから、総合的に判断して、所期の計画以上の取組が行われていると評価される。


     受身表現も、自発の表現と同じ役割を果たすべく用いられる。
     たとえば「求められる」「期待される」「注目される」「評価される」という表現は、もちろん実際には、文章を書いているこの私が、求める/期待する/注目する/評価するのだが、受身となることで〈私〉が消され、必然性を強調する表現がここでも導入される。

     
       
    C3.可能表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    したがって…
    それゆえ…
    このように…
    以上のことから…
     ・・・  …られる。
    …できる。
    …しうる。
    …することが可能である。


    (例)
    以上のことから、モデル駐車場では、空間分離を実施することが可能であると言える。


     可能には、「私は泳げる」という能力可能のほかに、「この浜辺は遊泳可能である」という状況可能がある。
     論文で頻出する「~とまとめられる。」や「~と分析できる」「~であると評価しうる」といった可能表現の多くはこの状況可能であり、やはり〈私〉を背後に隠し、そうなってしまう状況を強調することで必然性を添加する表現として用いられる。
     

    C4.推量表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    したがって…
    それゆえ…
    このように…
    以上のことから…
     ・・・  …だろう。
    …であろう。
    …(自発・受身・可能+)よう。


    (例)
    したがって、多角化戦略という点では、ソニーは日本の代表的企業といっていいだろう。
    したがって域内で閉鎖経済の傾向が強くなると、ユーロの国際的な役割も限定されるだろう。

     
     断定を避けつつ蓋然性の高さを強調しようという魂胆を持った推量表現も、多くの論文表現本で批判されながら、根絶されない表現である。前述の自発表現、受身表現、可能表現と併せて用いられることも多い。
     事態成立の条件が整っていることを示唆しつつ、だから(私や誰かの意志がどうであれ)自ずからそういうことになるだろう、という持って行き方であるが、本来、研究はそうした「だろう」をひとつでも減らすために行われる営為である。
     無論、ひとつの研究だけですべてを明らかにすることはできないから、推量を完全に払拭することは難しい。しかし推量が紛れ込む理由を自覚することで、これらの管理下に置くことが求められる。
     
     

    C5.否定表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    したがって…
    それゆえ…
    このように…
    以上のことから…
     ・・・  …否定できない。
    …せざるを得ない。
    …ほかない。
    …否めない。
    …なくてはならない。


    (例)
    従って日本は主義として之に反対せざるを得ない。
    したがって、年金制度には社会政策としての側面があることは否めない。


     これも多くの論文表現本で批判されながら、根絶されない表現である。
     〈私〉消しの機能としては推量と似ており、「したいわけではないけれど、(私や誰かの意志がどうであれ)こうするしかないよね」と消極的承認の姿勢をとりつつ、事態成立の必然感を演出する表現である。
       
       
    C6.帰結表現

    (アタマ)(中身)(シッポ)
    したがって…
    それゆえ…
    このように…
    以上のことから…
     ・・・  …することになる。
    …ということになる。


    (例)
    したがって,遺伝子が染色体に含まれるとすれば,1つの染色体には多数の遺伝子が存在することになる。


     これも「事態が成立してしまった」という表現によって必然感を演出し、加えて「である。」の繰り返しで単調になりがちな文末に変化を与えるものである。
     
     
     総じて、〈私〉消しの文末表現は、研究論文が持つべき非私性・公共性が要請するものであり、〈論文らしさ〉の一翼を担うものであるが、繰り返し指摘されているように、責任逃れで自信なさげな文章、断言を回避しつづけるもったいぶった文章に堕する危険性を孕むものである。
     
     「論文でやってはいけないリスト」に載せることは簡単だが、だといって「私は~と思う」のような〈私〉回帰になっては元も子もない。
     そこでこの記事では、何ゆえ根絶されないのかを理解して、自覚し、管理下に置くことを推奨する。
     
     



     論文表現についての説明を終えて、以下では、非論文的な文章を論文っぽく書きかえる作業を行い、例とする。
     参考文献の『よくわかる文章表現の技術〈5〉文体編』から、レポート風の例文を取り、論文文体に書き換えてみよう。

    よくわかる文章表現の技術〈5〉文体編よくわかる文章表現の技術〈5〉文体編
    石黒 圭

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    (原文)
     近年、都市部を中心に夜に鳴くセミが増えているらしい。しかも、そばに街灯のある木に集中してとまり、鳴いていることが多いみたいだ。そんなわけで、その理由をいくつか考えてみることにした。

    ↓「らしい」「みたいだ」は外す。
    ↓「いくつか」をいくつなのかちゃんと書き、「三つ」とする。
    ↓「考えてみることにした。」を「考えられる。」と自発の助動詞をつかって書きなおす。《私消し》
    ↓「そんなわけで」をどんな訳なのかちゃんと書く。→論文全体を導くリサーチクエスチョンとして疑問文をつかって明確化する。

    (書き換え後)
     近年、都市部を中心に夜に鳴くセミが増えている。しかも、そばに街灯のある木に集中してとまり、鳴いていることが多い。セミは昼行性の昆虫であるにもかかわらず、なぜ夜間に活動することになったのだろうか。その理由として、三つのことが考えられる。


    (原文)
     一つ目の理由は、平均気温の上昇だ。セミは、体の構造上、25度を超えないと鳴くことができないという。しかし現在都市部では、夜間の平均気温があがっており、熱帯夜が1ヶ月以上続くことも珍しくないらしい。一方、昼の日中は、真夏日だけでなく、猛暑日を記録することもある。だから、夏の虫であるセミも、そうした昼間の激しい暑さの中で体力を消耗することを避け、夜間に鳴くようになったのだと思う。

    ↓口語っぽい「一つ目の」を「第一の」にかえる。
    ↓「~だ。」は「~である。」に統一
    ↓「らしい」は外す。
    ↓「という」を使うなら出典を示すべき。出典を示す必要がない事項なら外す。
    ↓温度との関連がわかるように「熱帯夜」「真夏日」「猛暑日」に「25度を超える」「30度を超える」「35度を超える」をそれぞれを追加する
    ↓「思う」を「思われる」と自発の助動詞をつかって書きなおす。《私消し》

    (書き換え後)
     第一の理由は、平均気温の上昇である。セミは、体の構造上、25度を超えないと鳴くことができない。しかし現在都市部では、ヒートアイランド現象のために夜間の平均気温が上昇し、夜間の最低気温が25度を超える熱帯夜が1ヶ月以上続くことも珍しくない。一方、昼の日中は、30度を超える真夏日だけでなく、35度を超える猛暑日を記録することもある。そのため、夏の昆虫であるセミも、そうした昼間の激しい暑さの中で体力を消耗することを避け、夜間に鳴くようになったのだと思われる。


    (原文)
     2番目の理由は、外敵に食べられないためである。セミにとっての外敵の一つに鳥を挙げておくが、鳥は昼行性であり、夜間は目が利きにくいし、また同じ昆虫であるカマキリやスズメバチといった外敵も、基本的には昼行性であるため、セミは夜間に活動したほうが危険が少ないのだと思う。

    ↓口語っぽい「2番目の」を「第二の」にかえる。
    ↓口語っぽい「外敵に食べられない」を「外敵から身を守る」にかえる
    ↓「鳥」を「鳥類」にかえる
    ↓「挙げておく」を可能の助動詞をつかって「挙げられる」にかえる。《私消し》
    ↓鳥類と昆虫で文を分ける。
    ↓理由の文を分けて、接続詞「そのため」ではじめる。
    ↓「思う」を「思われる」と自発の助動詞をつかって書きなおす。《私消し》

    (書き換え後)
     第二の理由は、外敵から身を守るためである。セミにとっての外敵の一つに鳥類が挙げられるが、鳥類は昼行性であり、夜間は目が利きにくい。また、同じ昆虫であるカマキリやスズメバチといった外敵も、基本的には昼行性である。そのため、セミは夜間に活動したほうが危険が少ないと思われる。


     
    (原文)
     3番目の理由は、効率の良い繁殖のためです。本当かどうかわからないが、セミの地上での寿命は約1週間だそうだ。だから、その短期間に効率よく交尾できる異性を見つけたほうがいい。昼間だと、すべての木が明るいので、それだけセミがそれぞれの木に分散してしまい、出会いの確率が低くなってしまう。しかし、夜間の場合、都市部には街灯があり、その街灯があたる木であれば、大好きな異性にめぐり合える確率が上昇する。そのため、街灯のそばの木に群がるのかもしれない。

    ↓口語っぽい「3番目の」を「第三の」にかえる。
    ↓「です。」は「である」に統一。
    ↓「本当かどうかわからないが」は外す。本当に分からないなら調べろ。
    ↓「だそうだ。」は「言われている。」に受身の助動詞をつかってかえる。
    ↓「見つけたほうがいい。」という話しかけ文体は書き手の存在が前に出る。「見つけなければならない。」にする《私消し》
    ↓口語っぽい「低くなってしまう。」は「低くなる。」と言い切る。
    ↓「街灯があたる」は「街灯の光があたる」と「光」を加えて明確化
    ↓口語っぽい「大好きな」は「適当な」
    ↓口語っぽい「のかもしれない。」は「と思われる。」と自発の表現を使う。《私消し》

    (書き換え後)
     第三の理由は、効率の良い繁殖のためである。セミの地上での寿命は約1週間だと言われている。そのため、その短期間に効率よく交尾できる異性を見つけなければならない。昼間だと、すべての木が明るいので、それだけセミがそれぞれの木に分散してしまい、出会いの確率が低くなる。しかし、夜間の場合、都市部には街灯があり、その街灯の光があたる木であれば、適当な異性にめぐり合える確率が上昇する。そのため、街灯のそばの木に群がると思われる。



    (原文)
     この三つの理由から、都市部のセミは夜に活動するようになったのだと私は考える。熱帯夜と街灯、まさに現在の都市が生み出した条件に調子よく合わせて、セミは生活しているのだ。これからも都市部に住む昆虫の生態についていろいろと調べていこうと思う。

    ↓口語っぽい「この」は「以上の」にかえる。
    ↓「のだと私は考える。」は「と考えられる。」《私消し》
    ↓口語っぽく、また価値判断を含んだ「調子よく合わせて」は、よりニュートラルな学術語を選択して「適応し」とする。
    ↓「のだ。」は「のである。」に統一。
    ↓個人的な意気込みは不要なので、最後の1文は削除する。《私消し》

    (書き換え後)
     以上の三つの理由から、都市部のセミは夜に活動するようになったと考えられる。熱帯夜と街灯、まさに現代の都市が生み出した条件に適応し、セミは生活しているのである。





    (他の参考文献)
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