知識はスタンドアローンでは存立できない。
     そして理解するとは結びつけること、知識のネットワークをつくり育てることに他ならない。
     今回は、こうした理解の捉え方を、最も直裁に実装化したISM構造学習法を紹介しよう。

     自分が今現在、何と何をどのように結びつけて理解しているかを繰り返し可視化し、これを増補改訂していく中で学習を進めていこうというアプローチである。



    (時間がない人のための概略)
    1 学びたいことから複数(20〜30個)の項目を拾い出す
    2 「この項目はこの項目とつながってる」と今の時点で分かるもの同士を結ぶ
    3 連結関係をdot言語で記述しGraphvizで階層構造(ネットワーク)図にする
    4 学習が進む度に、結びつきを追加/修正し構造図を改訂していく


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    ISM法とは

     ISM法(Interpretive Structure Modeling)は、元々、社会システム工学で開発された手法である。社会システムのように複雑に関連しあった要素の集合体(システム)について、システムの挙動・特性を見るためのデータが入手し難かったり、定量的な数理モデルの作成が難しい場合に適用する手法として開発された(Warfield 1974, 1976)。

     その心眼をぶっちゃけて言えば、穴だらけでも分かってるところからとにかく地図を描く、そして描いた地図に修正/追加を繰り返していくアプローチといえばいいだろうか。
     
     ISM法の教育への応用は佐藤隆博によって先鞭がつけられた(佐藤19781979)。
     ISM法を適用することで、教育における目標行動や学習内容(これらの要素は複雑に関連し合っており全体像を描くことは容易ではない)の関連構造を構造階層図として描き出すことができる。

     この構造階層図は、完成品というよりむしろ繰り返し修正/追加していくものである。
     描き出された構造階層図を見てそれを作り替えることの繰り返しが、教師や教材作成者、そして学習者の理解を手助けしていくのである。
     

    ISM法の手順

     ISM法の特徴は、我々が心に抱いている複雑なシステムについてのイメージを、システムの構成要素の一対比較を元に、明確な姿として浮かび上がらせ全体像を一目で把握させようとするところにある。

     その手順を簡単に述べると次のようになる。

    (1)システムを構成している要素を拾い上げる。

    (2)上下関係、因果関係、前後関係など方向性をもった要素間の関係を取り上げる。
    →その関係を全要素を縦横に配置した直接関係マトリクス(隣接マトリクス adjacency matrixともいう )に記入する。

    (3)直接関係マトリクスをもとに、ISMプログラムをコンビュータで実行すると、要素配置法によってネットワーク状に表現した階層構造図を描き出してくれる。

    (4)階層構造図を見て、必要なら隣接マトリクスを作り直す((2)から繰り返す)。また、学習が進んだ段階で作りなおす。


     さて、学習要素の間の関係をネットワーク図で描く試みは、ISM法以前から様々に取り組まれてきた。しかし、

    ・要素の数が数十個程度でも、全体の構造を把握できてない(これから把握したいと思っている)場合、関連構造図を描くことはかなり煩雑でたいへん手間がかかる。
    ・構造を把握している場合ですら、見やすく分かるやすい関連構造図を描くのは難しく手間がかかる。

    など実用上めんどくさい点も多かった。

     人間は元より多数の要素を同時に取り扱うのが得意ではない。だからこそ、多数の要素の関係を一枚の図にまとめることに価値がある。

     ISM法では、人間が得意でない部分をある程度コンピュータに任せることできる。。
     つまり、要素の間の直接的関係(どれとどれが関係があるか/この要素と関係あるのはどれか)だけに注目し拾い上げていくだけでよく、全体の配置や構成を人間が考える必要がない。
     

     ISMプログラムは、隣接マトリクスから、可到達マトリクス(reachability matrix)を計算し、さらに階層的有向グラフの配置を産出してくれるのだが、現在では例えばオープンソースのソフトウェアを使ってもっと楽することができる。
     

     今回はdot言語とGraphvizを使ってみた。


     Graphviz本家のホームページのダウンロード
      http://www.graphviz.org/Download..php 
        (Linux, Windows, Mac OS X用)


     日本語での解説は、
     ・Graphviz チュートリアル
       http://homepage3.nifty.com/kaku-chan/graphviz/

     ・dotを使ったグラフ描画
       http://www.cbrc.jp/~tominaga/translations/graphviz/dotguide.pdf 

     ・dot言語(ウィキペディア)




     dot言語では、方向性をもった要素間の関係(たとえばAからBへの関係)をそのまま


     A -> B; 


    と書けばいい。つまり、あらためて隣接マトリクスにまとめる必要はない。

     したがってすべての要素をあらかじめ拾い尽くしておかなくても、後から新しい要素が追加してもよい。

     個別の関係をバラバラに並べて書くだけで、全体としてどんな結びつき/構造が組み上がるか、それをどのように配列して描くかはすべてコンピュータに任せておけばいい。

     たとえばAからBへの関係、BからCへの関係、CからAへの関係があり、Dはどの要素とも関係せず孤立しているとする。
     これを表す全体のスクリプトは例えば次のようになる。



     digraph{ 
      A->B; 
      B->C; 
      C->A; 
      D; 
     }




     これをテキストファイルとして保存し、Graphvizというソフトウェアで開けば次のような階層構造図が描かれる。

    mini.png



    ISM構造学習法の実際ー世界史を素材に

     好村孝則は、世界史の授業(『唐の統一』)において、教師のみならず学習者それぞれがISM構造学習法を使い階層構造図を描いた授業実践を報告している(好村 1993)。
     

    (1)構成要素の拾い上げ

     中国史から『唐の統一』というテーマについて、政治、経済、社会、文化、宗教の各ドメインからそれぞれ4つの事象を取り出し、合計20の歴史的事実を選び出した(便宜のため、それぞれに1~20の番号をふった)。

    (政治)
    1.李淵が建国、2代太宗の貞観の治、6代玄宗の開元の治
    2.三省六部御史台からなる中央官制、科挙の実施
    3.律令格式による法体系の整備
    4.征服地統治のための都護府設置

    (経済)
    5.均田制により農民は土地を支給された
    6.農民は租庸調などの税を負担した
    7.農民は徴兵の義務を負担した
    8.貴族には土地所有を認めた

    (社会)
    9.均田農民は移動の自由を持たなかった
    10.貴族は都市で豊かな消費生活を送った
    11.長安は国際都市として繁栄した
    12.奴婢は貴族に隷属し荘園を耕作した

    (文化)
    13.唐文化の特色は貴族趣味にある
    14.唐詩が盛んに作られた
    15.儒学は学問として進歩しなかった
    16.唐文化の特色は異国趣味にあった

    (宗教)
    17.王朝・貴族は仏教を厚く信仰した
    18.玄奘は陸路、義浄は海路インドへ赴いた
    19.長安には多くの仏教寺院が建設された
    20.王室は外国宗教の信仰に寛容だった



    (2)要素間関係の抽出

     生徒には、20の歴史的事実をカードにしたものが配られた。
     生徒はこれまでの学習の成果を使って、カード間の関連性を考察し、関連のあるカードを選んでいった。


    (3)階層構造図の描き出し
     
     ここでx君が拾いだした関係を階層構造図にしてみよう。
     
     x君が拾いだした関係は(番号で表すと)
     2 -> 3 -> 4;
     5 -> 6 -> 7;
     10 -> 11 -> 16;

     これをdot言語で記述するとこうなる。


     digraph{
      2 -> 3 -> 4;
      5 -> 6 -> 7;
      10 -> 11 -> 16; 
     }



     番号どうしをつないだものでなく、歴史的事実の記述を階層構造図に取り入れるためには、あらかじめひな形として次のようなファイルを生徒に配っておくといい(青色の部分がx君が自分の発見した関係を記入したものである)。


    digraph{
    node [shape=plaintext];
    /*これ以降にあなたが発見した関係を書きなさい*/

    2 -> 3 -> 4;
    5 -> 6 -> 7;
    10 -> 11 -> 16; 



    /*政治*/
    1 [label="1.李淵が建国、2代太宗の貞観の治、6代玄宗の開元の治"];
    2 [label="2.三省六部御史台からなる中央官制、科挙の実施"];
    3 [label="3.律令格式による法体系の整備"];
    4 [label="4.征服地統治のための都護府設置"];
    /*経済*/
    5 [label="5.均田制により農民は土地を支給された"];
    6 [label="6.農民は租庸調などの税を負担した"];
    7 [label="7.農民は徴兵の義務を負担した"];
    8 [label="8.貴族には土地所有を認めた"];
    /*社会*/
    9 [label="9.均田農民は移動の自由を持たなかった"];
    10 [label="10.貴族は都市で豊かな消費生活を送った"];
    11 [label="11.長安は国際都市として繁栄した"];
    12 [label="12.奴婢は貴族に隷属し荘園を耕作した"];
    /*文化*/
    13 [label="13.唐文化の特色は貴族趣味にある"];
    14 [label="14.唐詩が盛んに作られた"];
    15 [label="15.儒学は学問として進歩しなかった"];
    16 [label="16.唐文化の特色は異国趣味にあった"];
    /*宗教*/
    17 [label="17.王朝・貴族は仏教を厚く信仰した"];
    18 [label="18.玄奘は陸路、義浄は海路インドへ赴いた"];
    19 [label="19.長安には多くの仏教寺院が建設された"];
    20 [label="20.王室は外国宗教の信仰に寛容だった"];
    }




     要素(ノード)を囲みなしのテキストのみの表示とし、ラベル機能を使って、番号にそれぞれの歴史的事実の記述を割り振っている。

     これにx君の見つけた関係を取り入れ、階層構造図を描くと次のようになる。

    tou_x.png


     発見された関係は矢印で結ばれているが、どの要素も結びつかないままの項目が多数残っている。
     政治・経済・社会の各要素をそのドメインの内のみで結びつけていて、歴史事実聞の関連を分野をこえて把握するには至っていない。

     なによりISM法を使うほどの複雑な関連はここにはない。
     x君は「こんなもの手で描けば済むのに何をわざわざ面倒くさいことをするんだ」と思っているかもしれない。

     しかし、ここが重要だが、x君の理解は豊かではないが間違っているのではない。
     我々が採用した理解の捉え方〈理解するとは結びつけること〉から言えば、理解は〈正しい〉〈間違っている〉の二分法で計れるものではない。
     事実、x君が見つけた関係をそっくり含みながら、他の関連をも見つけ出すことでより豊かなものとなるような理解があり得るのだ。


     これに対してy君が見つけた関係から階層構造図を描くと次のようになった。

    tou_y.png


     孤立した項目はぐんと減り、政治・経済・社会の項目については分野を越えて一つながりのものとして構造化されている。
     しかし宗教の項目は他の分野の項目とは結びついておらず、おそらくy君の理解(認知構造)においては、宗教の項目と政治・経済・社会のそれとは別個のものとして把握されている。
     また文化の項目についても他の項目との結びつきは十分でない。


     次に示すのは、教師が拾い上げた関係からつくった階層構造図である。

    tou.png


     階層構造図は大きく見ると3つの枝に分かれている。
     図で左側の枝は、「4.征服地統治のための都護府設置」から「19.長安には多くの仏教寺院が建設された」まで広がる。唐の対外膨張(外族の部落においた州(羈縻州)は内地の州をはるかに上回り850州余もあったといわれる)とそれがもたらした(文化/宗教に及ぶ)国際性のまとまりである。
     図の右側の枝は、貴族文化とそれを支えた社会経済的基盤のまとまり、そして図の中央の枝は国家/政治制度から農民支配と経済制度へ広がるまとまりとなっている。

     もちろんこの階層構造図が完成形という訳ではない。
     むしろ、おそらく律令制、貴族文化、国際性といった切り口で、この時代を把握する教師の理解(認知構造)が階層構造図に反映しているといえる。
     その意味では、別の見方/理解の仕方から、別の関連・結びつきを追加することは当然考えられる。
     たとえば「15.儒学は学問として進歩しなかった」という項目は、儒学が科挙の試験科目となり経学として固定されて活力を失った上に利禄のための学に堕してたせいという側面があり、そうすると「2.三省六部御史台からなる中央官制、科挙の実施」の項目との間を矢印で結びたくなるだろう。
     しかしこうした議論ができるのは、階層構造図という分かりやすい形で理解の仕方(認知構造)を明示化したからである。
     

     あなたが作った階層構造図はあなたの理解(認知構造)を明確化する。
     他人や、過去の(学習する前の)自分が描いた階層構造図は、あなたの理解(認知構造)に挑み、逆目を立て、磨いてくれる。
     コンピュータが描いた階層構造図が納得行かない場合こそ、意識化していなかった関連に気付き、自分の理解を確認しまた更新できる機会である。
     ISM構造学習法は、理解(認知構造)を明確化し、それを更新する機会を生み出すアプローチである。



    ISM構造学習法の応用

     紹介した事例では、最初の要素の抽出を教師がやってくれた。学習者(生徒)は抽出された要素のカードを配ってもらえばよかった。
     独学者がISM構造学習法を用いるには、要素の抽出から自前で準備しなければならない。
     実施に関わるTipsをいくつか挙げておこう。


    ◯定理ー証明もの

     定理とその証明の積み重ねで書かれた数学書などの場合、ISM構造学習法は最も使いやすい。
     登場する定理を取り上げればそのままシステムの要素となるし、要素間の関係は定理の証明に明記されているからだ。
     つまり証明部分で使われている(参照されている)他の定理や定義が、この定理が関係する要素を示している。

     以前の記事でdot言語とGraphvizを紹介した際、エウクレイデス(ユークリッド)の『ストイケイア(原論)』第1巻を例に、定義・公理・定理の間の関係を階層構造図に描いたことがあった。

    フリーソフトで3分で描くユークリッド原論の命題関連図/人文系のためのグラフ表現 読書猿Classic: between / beyond readers フリーソフトで3分で描くユークリッド原論の命題関連図/人文系のためのグラフ表現 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

    euclid1.png

     この場合、問題となるのは、要素間の関係が拾い出せないことよりも、むしろ拾いすぎてしまう(その結果、描いた階層構造図が複雑すぎてしまう)ことの方だろう。
     対処法としては、すべての要素間の関係を拾い終えた後に階層構造図を描くのではなく、少し進む度にくりかえし階層構造図を描いていくことである。
     より要素の数が少なければ階層構造図はシンプルなものになる。そしてシンプルな以前の段階の階層構造図を見ていれば、次第に複雑になっていっても、最初からまるごとの階層構造図を与えられるよりもずっと理解がしやすい。



    ◯目次と索引の利用

     数学書のように、証明に参照関係が明記してあるテキストは少ない。
     自前で要素を拾い上げる際に利用できるのが目次と索引である。

     まずは目次に使われているキーワードを拾い上げて、それをベースに関係を拾っていこう。
     最初はあまり手を広げない(多くの項目を階層構造図に盛り込もうとしない)ことがポイントである。
     そして関係を発見する度に追加し階層構造図を描きなおすのがよい。
     スモールステップで、すこしずつ階層構造図を成長させていく方が、全体を把握しやすい。



    (ネット上でdot言語による描画を試せるページ)
    ・Graphviz CGI demo
      http://www.drk7.jp/pub/tools/graphviz/graphviz.cgi


    (ネット上でISM法を試せるページ)
    ・知識構造図作成支援システム(デモ版)
      http://web.sfc.keio.ac.jp/~suzuryo/study/ism/src/demo/index.html

    ・ISM,DEMATEL分析ソフト
      http://www27.atpages.jp/hidmat/ism_dematel/



    (参考文献)
    Warfield, J.N.(1974) Toward interpretation of complex structural models. IEEE Trans., SMC- 4(5): 405-417.
    Warfield, J.N. (1976) Societal System. John Wiley & Sons,New York, pp. 204-284.
    佐藤隆博(1978) 「複雑な学習プログラムの構造の階層的図示法一目標行動分析へISM法の適用」『電子通信学会教育技術研究会資料』 ET 78-4, pp.23-2.
    佐藤隆博(1979)「ISM去による学習要素の階層的構造の決定」『日本教育工学雑誌』4, pp.9-16
    関谷順太(1992)「ISM法の構造図作成プログラムの試作」『北九州職業訓練短期大学校紀要』第4号、pp.29-36. http://www1.bbiq.jp/sekiya_z/report/ism91.html
    好村孝則(1993)「認知構造の外部表現化による世界史学習評価の研究」『社会科研究』第41号,pp.69-78.

    佐藤隆博(1980)『授業設計と評価のデータ処理技法:ISM教材構造化法とS-P表の活用法』明治図書出版.
    椹木義一・河村和彦編(1981)『参加型システムズ・アプローチ:手法と応用』日刊工業新聞社.
    佐藤隆博編著(1987)『ISM構造学習法』明治図書出版.
    佐藤隆博(1996)『構造学習法の入門―コンセプトマッピング・アプローチ』明治図書出版.

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