先日、近代デジタルライブラリーの終了(平成28(2016)年5月末(予定))と国立国会図書館デジタルコレクションがアナウンスされた。



    近代デジタルライブラリーについては、個人的にも長年恩恵を受けていて、このブログでもいくつか記事を書いている。
    特に次の記事はまるごと近代デジタルライブラリーから入手可能な辞書の紹介とリンクなので、統合後にあわせてリンクの変更などが必要になる。



    しかし、せっかく統合されるのだから、近代デジタルライブラリーにあった「明治以降に刊行された」という限定を外せるので、この機会に、近代以前の基本的な辞典類を合わせて、ラインナップをやり直すことにした。

    結果として、日本の代表的な辞書の多くを自宅で居ながらにして参照できるようになったと思う※。

    ※土壇場で『大日本人名辞書』を入れ忘れたのに気づいたりしたので、思わぬ遺漏はまだまだあると思うけれど。

    これまでありがとう近デジ
    今後ともよろしくデジコレ


    以後は、こちらの記事をメンテナンスしていくことにする。

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    000 【総記】
    100 【哲学】   200 【歴史】 300 【社会科学】
    400 【自然科学】 500 【工学】 600 【産業】
    700 【芸術】   800 【言語】 900 【文学】
     

    000 総記
    020 図書・書誌学
    書物語辞典 古典社 編 (古典社, 1939)

     書物(図書、読書、書誌学、古書、出版、印刷、用紙に至るまで)に関する百般の用語(普通語、術語、慣用語から、外来語、隠語その他一切)を実用的立場(?)から編集した小辞典。数行程度の簡潔な記述だが、取り上げられた項目、少し偏見を交えた事情通ぶりなど、中々読ませる。愛書家必携の書。



    日本国見在書目録 藤原佐世 奉勅撰 (写, 天保6(1835))

    日本最古の文献目録。
    藤原佐世(すけよ)の撰になる漢籍目録で、撰者の名にちなみ「佐世録」「藤原佐世注文」ともよばれる。
    891年(寛平3)ころ成立。〈見在〉とは現存の意で、当時日本にあった漢籍の目録であるが、一部国書が混じる。875年(貞観17)冷然院が焼けて累世の書物の多くを失ったことが編纂の契機となったとの説あり。約1580部1万7000巻近くの書籍を、『隋書経籍志』に従って、易家、尚書家、詩家など40家に分けて記載。各書について書名・巻数をあげ、撰者を注する。隋・唐の目録にみえない本書によってのみ知られる文献も収録され、書誌学上・文献学上貴重な資料となっている。



    日本古刊書目 吉沢義則 著 (帝都出版社, 1933)

     奈良時代から文禄末年までの刊本の目録。
     奈良、平安、鎌倉、室町の4期に分け、各図書について書名、巻数、所蔵個所等を記した書。
     巻末に日本古刊書目年表、日本古刊書文献年表、日本古刊書目索引を付ける。
     

    日本古刻書史 朝倉亀三 編 (朝倉亀三, 1909)
     
     770年の陀羅尼経から1610年ごろの角倉本にいたるまで約850年間に日本で出版された、いわゆる古版の由来と沿革を記した書。


    国書解題 佐村八郎 著 (吉川半七[ほか], 1904)

     古代から慶応3年までの和書約25000部の解題書。
     収録範囲は宗教、法政、史学、地理、遊技、科学などあらゆる分野に及び、解題中にかなり詳しい著者の伝記を含む。
     著者、分類、字画の索引がある。


    漢籍解題 桂五十郎 著 (明治書院, 1908)

     中国研究者として参考にすべき漢籍と日本で普及している漢籍の約1500種に解題書。
     経、史、子、集、政治、地理、金石、目録、小学(言語)、修辞、類書、雑書、叢書の13門をさらに細分化し、それぞれ時代順に配列してある。
     各門ごとに門名の意義沿革を説明し、各書について、誰がいつ書いたどういう内容の本なのか、どういうふうに書かれているのか、版本や注釈にはどういうものがあるのか、題名、作者、体裁、伝来、注釈、参考の6項を詳説する。
     目次に収録書名を列記し、巻末には字画、仮名、異名、著者について索引がある。

     中国語・漢文の学習サイト 青蛙亭漢語塾で、これに簡単な検索機能をつけた「◯WEB漢籍解題」が公開されている。


    叢書全集書目. 第1~5輯  (東京古書籍商組合, 1934)

    明治から昭和10年代までに出版された全集・叢書のほか講座もの、大系もの、および 重冊書について、どの叢書にどんな作品、内容がおさめられているかを網羅した内容細目一覧。
    第1〜2輯 不分類篇 約150タイトルを収録。
    第3輯 政治・社会・法律・経済類篇 約400タイトルを収録。
    第4輯 歴史・考古・風俗・地誌類篇 約500タイトルを収録。
    第5輯 宗教・哲学・思想・教育類篇 約650タイトルを収録。


    ◯各国文献目録集成 欧文綜合統計年鑑篇 (専門図書館協会, 1943)


    ◯図書寮典籍解題 宮内府図書寮 編 (国立書院, 1948〜1960)



    030 百科事典

    秘府略  滋野貞主 著 (續羣書類従 ; 883)  (古典保存会, 1929)

    平安初期に編集された、日本最初にして最大最高の類書。滋野貞主 撰、全1000巻。831年(天長8)成立。
    淳和天皇の勅により貞主が諸儒とともに古今の文書を集め、中国宋の類書『太平御覧』のもとになった類書を中心に中国の書籍 1500種の記事を分類し、品目によって文献の該当する句や節を列挙したもの。成立は『太平御覧』に先立ち、内容的にはそれを凌駕する。
    2巻(巻八百六十四〈百穀部〉,巻八百六十八〈布帛部〉)のみ伝存する。



    ◯二中歴

    鎌倉初期に成立したとされる百科全書。著者未詳。13巻。
    書名は、平安時代末期に三善為康が編纂した百科全書『掌中歴』4巻と『懐中歴』10巻を、合せ編んだことに由来する。
    神代歴より十列歴に至る83の大項目の下に、何項ずつかの小項目を設けて名称を略記したもの。今は伝わらない《懐中歴》や《掌中歴》の欠失部分の内容を推定できる注記が多く見られ、平安時代のさまざまの事柄を知るに便利な書である。


    ◯塵袋 (鎌倉時代後期) 正宗敦夫 編纂校訂 (日本古典全集刊行会, 1935)

    文永~弘安(1264‐88)ころの成立といわれる類書。11巻。編者不明だが、『壒嚢鈔』の編者と伝えられた京都観勝寺僧大円 (1211~91) が編したものともいわれる。
    和漢の故事620条について、天象・神祇・諸国・内裏(巻一),地儀・植物(巻二),草・鳥(巻三),獣・虫(巻四),人倫(巻五),人体・人事(巻六),仏事・宝貨・衣服・管絃(巻七),雑物(巻八),飲食・員数・本説・禁忌(巻九),詞字(巻十),畳字(巻十一)の24部に分け、起源,語源,由来などを文献を引いて考証する。問答体の平易な文章で説明を加え、漢籍や『日本書紀』『万葉集』などを出典として引用する。
    『壒嚢抄』と合わさって『塵添壒嚢抄』に発展し,さらに大部の中世の教養,生活百科事典に成長した。


    壒嚢鈔 行誉 [著], 正宗敦夫 編纂・校訂 (日本古典全集刊行会, 1936)

    仏教および世俗に関する故事500余項について学僧行誉の答問したものを集めた考証的随筆書であり、一種の類書として用いられた。全7巻で古刊本15冊。
    著者は観勝寺の僧行誉(ぎょうよ)で、1445年(文安2)に巻1~4の「素問」(一般的な問題)の部が、その翌年に巻5~7の「緇問(しもん)」(仏教に関する問題)の部が成立した。初学者のために、事物の起源、語源、語義などを、問答形式で536条にわたって説明したもので、よく内典外典を博覧引用しており、当時の式例、風俗、日用言辞などのいわれや出自を集め、中世知識人の一般的興味のあった題目が豊富に選ばれている。
    「壒」はちり、「嚢」はふくろの意で、同じ性格の先行書『塵袋(ちりぶくろ)』(編者不明、鎌倉中期成立、11巻)に範をとっている。『塵袋』から201条を抜粋し、『嚢鈔』とあわせて737条としたものが『塵添(じんてん)嚢鈔』20巻(編者不明。1532年成立)である。近世において「嚢鈔」といえば、この『塵添嚢鈔』をさす。中世の風俗や言語を知るうえで有益である。


    訓蒙図彙 中村惕斎 編 (山形屋, 寛文6 [1666] 序)

    日本最初の挿絵入り百科事典。序目2巻・本文20巻、全14冊。1666年(寛文6)刊。
    天文・地理以下17部門に分けて、計1343項目を挿絵入りで解説。太平の世の啓蒙的な事典として広く用いられ,間もなくそれに追随した《武具訓蒙図彙》《好色訓蒙図彙》《女用訓蒙図彙》などの,部門別事典が刊行された。これらの訓蒙図彙は江戸時代前期の常識を知ることができる格好の資料である。


    倭漢三才圖會 寺島良安 編纂 (秋田屋太右衛門 [ほか], 文政7(1824)) (日本随筆大成刊行會, 1929)

     大阪の医師寺島良安が天地人を知って医術は生かせる」という師の教えに従い30余年を費やして1712年に完成させた江戸時代中期の図説百科事典。
     中国の『三才図会』に範をとり,和漢古今の事物を天文、人倫から草木まで96類の分類順に配列し、平易な漢文で各事物に簡明な説明と図を入れている。先行の文献を参考にするだけでなく、広く国内を旅して実地踏査し、種類、製法、用途、薬効などを明記して客観的、合理的な解説を施した。図解は分析的である。神社仏閣の場合には歴史よりも縁起をとり、公卿や有職は伝承のままを記さざるをえなかったと断り書きするところにも編者の姿勢が伺える。江戸時代の文化を知る有益な文献であるだけでなく、明治期にも繰り返し刊行され、発刊後200年あまり用いられた。


    類聚名物考 山岡浚明 編, 井上頼圀, 近藤瓶城 校 (近藤活版所, 1905)  

    日本の事物を和文で解説し、古書珍籍から抽出分類した日本式類書の嚆矢。
    編者 山岡浚明は若いときから国書を広く読み、日本の事物に関する古典珍籍の抜き書きをつくって整理していた。しかし、先輩の老人に、抄出しても急場に役だたぬから暗記せよと諭され、その教えに従って破り捨てたものの、記憶には限界と誤りがあると覚って、この書の編集にかかった。現存の342巻は、天文、時令、神祇(じんぎ)、地理など32部に配列し、各事項ごとに総説、引用文(抜き書き)、異説、考証、結論に分かたれている。その考証の行き届いて合理的なことは類をみない。


    古今要覧稿 屋代弘賢 (江戸後期)  国書刊行会 校 (国書刊行会, 1907)

    山岡浚明の孫弟子にあたる屋代弘賢は、国学の隆盛に伴い、国書の類書の必要を感じて進言し、幕命で一大類書を編集することになった。『古今要覧稿(ここんようらんこう)』である。
    1821年(文政4)に幕府の命によって全1000巻の予定で編纂(へんさん)を開始、42年(天保13)までに560巻を調進したが、中途で弘賢が死亡し、後任者を得ないので、浄書本518巻を献呈して中止された。
    事項は神祇(じんぎ)・姓氏・時令・地理など20部門別に意義分類して、その起源や沿革などに関してまず総説を述べ、古文献の記述や本題にちなむ詩歌を引用し、別名などを示す。引用が豊富でしかも詳しく、わが国最初の本格的な類書といえる。
    『類聚名物考』によりながら、各藩の学者にその藩の事物の実査をしてもらうなど、実証主義的であった(国書刊行会1908年版は、稿本を加えて約700巻を『古今要覧稿』6冊として刊行)。


    嬉遊笑覧 喜多村信節 著[他] (成光館出版部, 1932)

     江戸時代の類書。喜多村節信(ときのぶ)著。12巻,付録1巻。
     江戸時代の庶民生活に関する事項を、故事古説に照らして考証した、近世風俗の研究に欠かせない書である。初版は文政13(1830)年。
     内容は、居処・容儀(巻一),服飾・器用(巻二),書画・詩歌(巻三),武事・雑伎(巻四),宴会・歌舞(巻五),音曲・弄(巻六),行遊・祭祀・仏会(巻七),慶賀・忌諱・方術(巻八),娼妓・言語(巻九),飲食・火燭(巻十),商賈・乞士・化子(巻十一),禽虫・漁猟・草木(巻十二)。など28分類に及ぶ。


    ◯古名録 畔田翠山源伴存 [撰], 正宗敦夫 編校訂 (日本古典全集刊行会, 1937)

     天保14〔1843〕年、成立。
     六國史を始め、歴代の史傳・本草書・新撰字鏡・倭名鈔など、『万葉集』から天正・慶正年間までの国書に見られる古名を集め、考証を行ったもの。分野が広く引用文も豊富で、利用価値の高い。
     載籍數百種を引き、漢名は本草書府縣志字書によって一々出典を掲げる。編纂は本草綱目に傚つて宇宙萬物の名辭を收録し、通篇部門は水火鹵石金石土彩色草木竹菜蔬果蕈穀蟲魚介禽獣畜人魑魅飲色の二十六に分ち、また子目を八十七とする。
     著者、畔田翠山(源伴存)は紀州藩の本草学者・博物学者・藩医で、1890年(明治23年)の『古名録』の刊行にあたっては、南方熊楠も伴存の学識を賞賛する一文を寄せている。



    守貞漫稿 喜田川守貞 著 (江戸後期)
    類聚近世風俗志 : 原名 守貞漫稿 喜多川守貞 著 (国学院大学出版部, 1908)(更生閣書店, 1934)

     35巻。天保8 (1837) ~嘉永6 (53) 年成立。
     江戸時代後期の風俗、事物を説明した一種の類書。時勢,地理,家宅,人事など 25門に分け、著者自身による1600点にも及ぶ付図と江戸と上方を比較した詳細な解説によって、江戸時代、とくに後期の風俗を知るうえで貴重な資料であり、近世風俗史の基本文献とされる。
     自序に「唯古今の風俗を伝へて質朴を失せざらんことを欲す」と執筆の意図を述べている。
     明治になって『類聚近世風俗志』の名で出版された。


    ◯厚生新編  Noel Chomel 編[他] ([江戸後期])

    日本でオランダ語から初めて翻訳された百科事典。江戸時代最大の翻訳事業であり、日本の科学史の最初を飾る貴重な文献といわれる。
    原著は、フランスのショメルM. Noël Chomel『日用百科事典』Agronome français dictionnaire économique 2巻(1709)を、オランダのデ・シャルモJ. A. de Chalmotがオランダ語に翻訳し増補改訂して8冊としたオランダの百科事典Huishoudelijk Woordenboek(1718年再版)を幕府が1810年(文化7)に購入したもの。
    翌1811年3月、天文方高橋景保(かげやす)が馬場佐十郎をこの翻訳にあたらせ、仙台藩の医員大槻玄沢も加わったが、2年後に馬場が松前に派遣され、玄沢は27年(文政10)に死亡、景保は29年シーボルト事件に連座して没するなど、この事業は種々の事件によって翻訳者が移り変わった。結局、馬場、大槻のほか宇田川玄真・玄幹・榕菴(ようあん)、さらに小関(こせき)三英、湊(みなと)長安ら当時の代表的な蘭学者が携わったが、1846年(弘化3)榕菴の死で中絶した。
    内容は、植物152項、医学83項、動物39項、鉱物36項のほか、天文、産業技芸、人体など理科、技術である。記載される事物を見たことがないため、それを取り寄せたり、問い合わせたり、翻訳作業は困難を極めたが、、その結果、語学の進歩と知識を広めるのに役だち、幕府に蕃書調所を天文方から独立(1856)させるに至った。


    日本随筆索引 太田為三郎 編 (東陽堂, 1901) (岩波書店, 1926)

     江戸時代の代表的な随筆450種から約4万項目を選び出し、それぞれに文例や記述内容を掲げ、出典と掲載個所をまとめた総索引。内容は天文地理、人事、宗教、衣食住など、あらゆる分野に及び、近世風俗についての百科事典として用いることができる。


    古事類苑 神宮司庁古事類苑出版事務所 編 (神宮司庁, 1914)

     明治政府により編纂が始められた類書タイプの百科事典。日本唯一の官撰の百科全書。
     古代(国初)から慶応3年(1867)までの様々な文献から引用した例証を分野別に編纂しており、日本史研究の基礎資料とされている。
     類書とは、編纂者みずからが著述するのでなく、項目ごとに過去の文献の該当箇所を引用し編纂したもので、つまり過去の書物の引用だけでできた百科事典である。中国では、六朝時代から清代にいたるまで、歴代王朝の国家事業としてそれぞれ当代の知識人を結集して編纂された。
     このタイプの百科事典が漢字文化圏で発達した理由は、経書を頂点とする文献知識の秩序が長い間保持され、しかし一方では変化する時代情勢に対応する必要があったからである。つまりリソースの方は時代を経ても相変わらずなのに対して、ニーズの方は変化するので、リソースを組み替えてニーズに応ずる形態すなわち類書が発展した。
     各項目について新しい知識(人類の現時点での到達点)を知るには向かないが、かつて日本人がそれぞれの項目についてどのように捉えていたか、それはどの文献のどこにどのように書かれているかを知るために重宝する。
     理想的には多数の一次文献に自らあたるべきなのだが、あらゆる事項について理想的に取り組むと、人の短い人生はすぐに尽きてしまう。
     あらゆる辞典は、あなたの時間を節約するために存在する。
     そして従来図書館で見るしかなかった、この手の大部な辞書を手元に(ハードディスク内に)置くことは、図書館との往復時間を節約する。
     なお、古事類苑は、様々なところでデータベースが利用できる。
    ・◯古事類苑全文データベース (国際日本文化研究センター) 
    ・◯古事類苑ページ検索システム (国際日本文化研究センター) 
    ・◯古事類苑データベース (国文学研究資料館) 
    ・◯ジャパンナレッジ




    群書索引 物集高見 著 (広文庫刊行会, 1917)

     辞典や百科事典はどう頑張ったて、たかだか当世の「高名な学者たち」なんかが執筆するにすぎない。基本的にとってもコンテンポラリーなものだ。
     しかし知りたいのが、たとえば「犬」についての近年の研究成果などではなく、「犬」についての古人の考えやイメージ、彼らは「犬」の何を知り、また彼らにとって「犬」とは何だったかを知ろうと思えば、それぞれ古い文献に当たるしかない。
     けれど人が文字を書き始め、記録を取り始め、考えを記しはじめたのは、昨日今日の話ではないのだから、古来より蓄積の上に蓄積されてきた膨大な「書かれたもの」をいちいち調べて、「犬」が載っている載ってないをいちいち探すのは、とっても骨折れだ。
     しかし、ここに、もう「犬」について古文献を探してくれている人がいた。それどころか約5万の項目について「どの文献の、どこに載っているか」を彼は調べておいたのである。なんという便利!その名も物集高見(すごい名前だ)、そして本の名前は「群書索引」である。
     「群書索引」によれば「犬」については、「大和本草」の十六の三や「和漢三才図絵」の三十七の二……等などに書いてあることが分かる。


    広文庫 物集高見 著 (広文庫刊行会, 1918)

     しかし、手元に、あるいは足を運んだ図書館に「大和本草」や「和漢三才図絵」がなかったらどうすればいいのか。せっかくの文献名も、載ってる場所も、わかったのに、もはやなす術はないのか。
     しかし(今からこの記事の中で最も大切なことをいう)、

     本というものは、たとえその存在を知ったとしても、基本的には「ない」か「手に入らない」ものなのである。

     とりわけ、今より発行部数が少なく、流通機構の発達していない時代はそうだった。本そのものが貴重品で、持っている誰かを捜し当てても、見せてもらえないことなど日常茶飯事だった。
     しかし我らが物集高見は、期待を裏切らない。「どこに載っているか」だけでなく、「どんなことが載っているか」を抜き書きした本を、ちゃんと作っておいてくれたのである。
     それが『広文庫』である。
     国学者・物集高見が個人で編纂した類書型百科事典。類書としては最後の、つまり最新のもの。全20巻。
     類書の多くは、先に述べたように歴代王朝の国家事業としてそれぞれ当代の知識人を結集して作られたのであり、これを個人でやってしまおうという変人は少ない。日本でも、同時期に後述する『古事類苑』は国家事業として取り組まれている。
     データベース化が進む『古事類苑』に対して、今のところそうした話がない『広文庫』を手元に置くために、近代デジタルライブラリーからの入手は現実的な方法である。
     また個人編纂の『広文庫』は、50音順であることと、国家事業の『古事類苑』が切り捨てたような雑書からの確かならぬ引用・奇談伝説の類もたっぷり採り入れて奥行きが深い(時々に帰って来れなくなりそうである)。
     
      たとえば「犬」の項には、以下のような小項目が立項されている

     「犬の歳」「犬、雲を悦ぶ」「白狗」「五色の狗」「五足の犬」「角ある犬」「両首の犬」「人面の犬」「犬、雛雉を育む」「雉、乳犬を養はんとする」「犬、牛を養ふ」「犬、子を御帳の内に生む」「犬子、脇より生まる」「雄狗、子を生む」「犬、主人を護る」「犬、主人に銭塊をとらす」「犬、主人を救ふ」「犬、主人の屍を守る」「犬、主人の忌日に精進す」「犬の殉死」「犬、位を賜ふ」「犬にも友誼あり」「孝犬」「義犬」「日参の犬」「犬、消息の使をす」「犬に荷物を牽かしむ」「犬の自殺」「犬、讐に報ゆ」「犬の怪」「人、犬に生まる」「犬、狐と交る」「人、犬と交る」「人と犬の夫婦」「犬、地中より出づ」「狗人國」「犬のたまひ」「犬の肉」「犬の皮」「犬頭の社」「犬塚」「犬寺」「犬の法事」「酒屋の狗」「犬、石に吠ゆ」「犬、常に変わるを吠ゆ」「犬の遠吠」「犬、天上に吠ゆ」「一犬、形に吠え、千犬、声に吠ゆ」「狗を磔にす」「桀の狗」「南犬、雪に吠え、風に吠ゆ」「煩悩の犬」「犬と猿と」「犬を一疋、二疋といふ」
     
     多くの事項は、ただの百科事典や動物事典、それに『古事類苑』にも載っていない。




    百科全書 (文部省,1873〜)

     文部省の肝いりで進められた明治初期の百科事典の翻訳。
     編輯寮頭であった箕作麟祥がチェンバーズの『国民知識事典』Information for the People第5版2巻(無刊記)の全訳を1873年(明治6)に開始し、『百科全書』と命名。74~84年93編でほとんど全訳、83~85年に丸善(まるぜん)はこれに索引をつけて3巻として発行した。


    日本社会事彙 田口卯吉著(経済雑誌社, 1891)

     日本で最初の西欧的百科事典。全二巻。1890~91年(明治23~24)発行。
     編者の田口卯吉は1878年(明治11)大蔵省官吏を辞退後、『泰西政事類典』『日本人名辞書』『国史大系』などを出版、『群書類従』を再刻するなど大出版を継続したが、その目的は、本格的大事典の『日本百科事典』を編集して、当時イギリスから発行されていた国際的百科事典である『ブリタニカ百科事典』に対抗するにあった。
     これら一連の出版のために用意されていた資料を用いて、『日本社会事彙』は編集された。
     内容は、日本の政治、社会、経済など広い領域にわたり、日本文化を取り入れ、集約し、評論したものだった。


    大日本百科辞書 大日本百科辞書編輯部 編 (同文館, 1912)

      欧米の百科事典にならう総合的な事典の出版を計画したのは同文館であった。同文館は1901年に計画を発表し、商業大辞書6巻,医学大辞書8巻、工業大辞書12巻、経済大辞書9巻、哲学大辞書7巻、教育大辞典3巻など分野別大辞書を刊行し,それらを併せて《大日本百科辞書》と名付けた。この性急な出版事業は莫大な経費を要し、12年に同文館は倒産した。



    や此は便利だ! : ポケツト顧問 下中芳岳 著(平凡社、1914)

     学校では数年しか学ばなかった独学者 下中弥三郎は、自らの経験から独りで学ぶ者にとって最も必要なツール/学習環境がエンサイクロペディアであると考えていた。自らこれを編纂したいとの欲求を抱いていた下中は、埼玉師範学校で教鞭をとっているとき、常識的な外来語・流行語・新聞用語を学生たちがほとんど答えられないのを見て「新聞語の解説と文字便覧とを一本にすれば喜ばれはせぬか」と考えこれを執筆、成蹊社という出版社に持ち込んだ際に出版社社長の口から出た「や、これは便利な本ですな」をそのままタイトルした。しかしこの出版社が潰れ、やむなく下中自身の手が出版するために1914年平凡社を設立、小百科事典『ポケット顧問 や、此は便利だ』はベストセラーとなった。


    図解現代百科辞典 三省堂百科辞書編輯部 編 (三省堂, 1933)

    日本初の本格的百科事典、『日本百科大辞典』全10巻(明治41年~大正8年)に次ぐ、三省堂における百科事典の第二弾として企画された百科事典。
    イギリスの天才辞書編者アーサー・ミーの『I・SEE・ALL』(1928~30年)にヒントを得て、〈一見明瞭一読了解『図解と文字の合成』百科〉を目指し、紙面の半分を図版をあてた。ともすれば詳細すぎた前作『日本百科大辞典』に比べ、文章を口語体に改め、記述も簡潔なものとなっている。



    大百科事典 平凡社 編 (平凡社, 1935)

     エンサイクロペディアの意味で「事典」という言葉を使った最初の百科事典。この成功により、「事典」という言葉は日本語に定着した。
     平凡社は昭和初期の円本ブームの波にのり、30種、700巻以上の円本を刊行し「円本全集の総本山」と呼ばれたが、1931年には経営破綻寸前となった。こうした中、下中の念願であり、自らが企画した『大百科事典』を、半年後に第1巻を発売するハードスケジュールで1931年11月刊行(1934年に完結)、これにより起死回生の成功を収めた。平凡社は経営を立て直し、百科事典の平凡社としての名を高めた。
     平凡社のこの百科事典は、第二次大戦後、 林達夫を編集長に迎え、日本を代表する百科事典に成長する。
     


    児童百科大辞典 小原国芳 編 (児童百科大辞典刊行会, 1933)

     イギリスで 完全図解百科I See Allを始め、子ども向け教育、参考書を数多く企画、編集した天才辞書編集者アーサー・ミーが編集した最初の近代的な児童百科『The Children’s Encyclopaedia』(1908)は、これは豊富な挿絵と生き生きとした文章でテーマ別に展開したもので、工夫された索引も相まってイギリスやアメリカで大成功をおさめた。
     大正時代に新教育運動を主導し成城学校を創設した沢柳政太郎が、後に玉川学園を創立する小原國芳への外遊土産としてイギリスから『The Children’s Encyclopaedia』を持ち帰り、これに触発された小原たちが玉川学園から出した日本初の児童向け百科事典がこれである。ミーの事典に触発されて分野別であり、学校の教科に対応させた〈学習百科〉とは異なる、子どもの好奇心にこたえつつ文化の核心を生き生きと伝えようとする傑作。
     第二次大戦後、このうちの自然科学部門の10巻分を大幅に増補改訂したものが、一般向け科学事典として重宝がられた『玉川新百科』10冊。


    学習資料百科全書  (東洋図書, 1925)



    明治節用大全 : 伝家宝典 博文館編輯局 編 (博文館, 1894)

     節用集はもともと〈いろは引きの辞書〉の字引だったが、18世紀後半から付録の内容の拡大にともない作法書・教養書の性質を持つものが現れ、字引と大型化の二極分化が進んだ。
     明治に入り、翻訳百科事典によって新知識を得ようとしたのは一部の知識階層だけで、多くの人々は,さまざまな新制度・新風俗など生活のための新知識を、室町以来の歴史を持つ大型化・教養書化した節用集で得ようとした。《明治節用大全》はそんなもののひとつである。
     内容は皇族一覧、武家家系集から家事経済、民間医療、肥料分析、古今遊技指南、手紙の文例、和歌の作り方、作文の栞、万国宗教大意、世界地理の案内に、内外事物の起源紹介、男女の礼儀作法、最後は本朝大地震年表で締めくくるという充実ぶり。




    050 逐次刊行物
    朝日年鑑 大阪朝日新聞社 編 (朝日新聞社, 1926〜1949)

     最も古くから2000年まで続いた年鑑・統計本の、創刊から1949年版までが近代デジタルライブラリーで公開されている。
     日本と世界の各団体が取った様々な統計データをまとめて掲載したほか、国会議員、著名人、企業の住所録などを掲載。長らく『読売年鑑』(読売新聞社刊行、1949年~)とともに総合年鑑として知られたが、2000年に休刊となった。


    毎日年鑑 大阪毎日新聞社 編 (大阪毎日新聞社, 1927〜1937)


    ◯日本国勢図会 矢野恒太 編 (日本評論社, 1929〜)



    080 叢書. 全集. 選集

    群書類従 塙保己一 編 (経済雑誌社, 1893-1902) 
    続群書類従 塙保己一 編   (続群書類従完成会, 1925-26)

     塙保己一による、日本の古書を収録・翻刻した大叢書。
      江戸時代初期以前の古文献について、正編は 1270種の文献を 530巻に,続編は 2103種の文献を 1150巻に収め,正続ともに神祇,帝王,補任,系譜,伝,官職,律令,公事,装束,文筆,消息,和歌,連歌,物語,日記,紀行,管絃,蹴鞠,鷹,遊戯,飲食,合戦,武家,釈家,雑の 25部に分れる。
     古代・中世文献が中心に収録史料は多様であり、当初の編集方針により小冊子が中心に集められたこともあり貴重な資料集となっている。


    ◯少年叢書漢文学講義 (興文社[ほか], 1891〜)

     明治24年以来長期にわたり刊行された漢文の叢書。本文に返り点・送り仮名を付け、語釈(字解)と現代訳(講義)を付す。


    ◯漢籍国字解全書 早稲田大学編輯部 編 (早稲田大学出版部, 1926)

     明治42年から大正6年にかけて刊行された漢文についての叢書。収録作品についてはこちら
     『書経』『詩経』『老子』『荀子』など経子が中心に扱い、『楚辞』『古文真寶』『文章規範』『唐宋八家文』『唐詩選』を含む。
     「先哲遺著」とあるのは、江戸の儒者(林羅山・荻生徂徠・熊沢蕃山など)が行った漢籍への注釈と内容についての解説、そして時に文法事項の解説を集めたものであることから。


    ◯国訳漢文大成 国民文庫刊行会 編 (国民文庫刊行会, 1924)

     大正11年から刊行された叢書。経史子部二十冊と文学(集)部二十冊とで構成(収録作品についてはこちら)。主要な中国古典から白話小説の『水滸傳』『紅樓夢』や元曲の『西廂記』『琵琶記』『牡丹亭還魂記』まで含む。すべてに書き下し文を示しているのが「国訳」の意味。くわしい句解もついている。
     水滸伝については露伴が訳している(つまり訓読している)。


    ◯崇文叢書 崇文院 編 (崇文院, 1935)

    日本の先哲の名著を集めて返り点を付け出版された和装本の叢書。
    二輯構成で、第一輯十種・第二輯十三種となっており、第一輯は空海の『篆隷万大象名義』・太宰春台の『紫芝園漫筆』・松崎慊堂の『慊堂全集』等、第二輯は並河天民の『天民遺言』・藪孤山の『崇孟』・安井息軒の『毛詩輯疏』等をおさめる。



    100 哲学

    ◯大思想エンサイクロペヂア 春秋社 編 (春秋社, 1930)

    デジタルコレクションでは現在、思想名著解題や、哲学辞典、思想用語辞典、思想家人名辞典、東洋思想辞典、歴史辞典、文芸辞典等を含む22〜33巻、及び総目次・参考書目一覧、付録を公開中。



    180 仏教
    仏書解説大辞典 小野玄妙 編 (大東出版社, 1935, 1937)

     和漢仏教書の全てを、大は一切経に入る数千の経典から小は市井に埋れるパンフレットまで、大部数のベストセラー本も貴重な写本も、一切の仏教典籍を収め尽してこれらの諸典籍一々に内容解説を施し所在を明示した辞典。


    国訳大蔵経 国民文庫刊行会 編 (国民文庫刊行会, 1918-)

     経部14巻、論部15巻、戒律研究2巻よりなる。
     厖大な一切経の中から最も基本的な経論と律蔵を選択し、それらに開題・国訳・註記・漢訳原文を付したもの。訳には総ルビを付す。


    日本大蔵経 日本大蔵経編纂会 編 (日本大蔵経編纂会, 1920)

     日本仏家300余人撰述の教典、律論および章疏等945部2,200巻の原典が編入された48巻の日本独自の蔵経。


    仏教大辞典 望月信亨 等編 (武揚堂, 1916-1936) 
     「望月仏教大辞典」として知られる、現在でも、量において最大、質についても声価の高い大型仏教辞典。
     現在、1,2,3,5巻及び付録(仏教大年表)を公開。
     




    200 歴史
    210 日本史

    類聚国史  菅原道真 撰 六国史 : 国史大系 (経済雑誌社, 1916)に収録

     平安時代に編纂された、類書の形式をとった史書。892年(寛平4)菅原道真(すがわらのみちざね)が勅を奉じて編集。
    日本の正史で編年体である《日本書紀》以下《文徳実録》にいたる五国史の記事を,神祇,帝王,後宮,人,歳時,政理など部門別に分類しなおして,政務・儀式などの実際の政治の運用に資するために検索の便をはかったもの。実際、平安時代を通じて六国史はおのおのの原典によらず,本書を通じて利用された。
     宮廷儀礼を私的に掌握することで君臨した藤原家の摂関政治に対して(そのため藤原家の日記は権力の源泉の一つとなる)、律令国家が収拾蓄積した知を自在に参照することで対抗し得た道真の学識=知の力を、レファレンスツールとして他の者にも行使できるようにしたのが『類聚国史』、といえば言い過ぎか。
     編者 道真は、原文主義をとって余計な文章の改変を一切排しており、編集にはカード方式(道真はぶっきらぼうに「短策」と呼んでいる)を採用し、1項目ごとにカードに抜き書きしていき、同種の事項を束ねた上で時間順に並べ、それらをさらに上位分類に配している。その分類と編成の枠組みは,中国の類書にならいながらもそれを改編し,六国史の世界に内在する原理をとらえたもので、その編成は,日本的な類書の構成の原型となり,後世の和学に大きな影響を与えた。
     今日では《日本後紀》そのほか六国史の逸文を補うものとして貴重であり、古代史研究には欠かせない基本史料である。一例を上げれば、地震について日本書紀以来の史書の記録を残らず拾い上げ、地震ばかりを時系列順に編集してくれており、平安時代以前の古地震を研究するには、断層の調査とともに、この『類聚国史』第171巻の災異部を参照することになる。


    江家次第 大江匡房 [著], 正宗敦夫 編纂校訂 (日本古典全集刊行会, 1933)

    平安後期の儀式書。正月四方拝にはじまる宮廷の年中行事,神事・仏事・践祚などの臨時の公事,改元・陣定などの政務,また大饗その他臣下の儀にいたるまでを集め、解説した有職故実の集大成として評価が高い。それまでの解説書が白河,堀河天皇以後の儀式には適当でなかったため、関白藤原師通の委嘱を受けて匡房が本書を撰述したと伝えられており,撰述年代は11世紀末から12世紀初頭のころと考えられる。
    撰者大江匡房(まさふさ)はこの時期の代表的文人で,和漢の学を兼ね,朝儀典礼にも精通していたから,後世本書は儀式に関する最良の参考書として高い評価を与えられ,しばしば講書も行われた。書名は匡房の姓にもとづくが,彼の官名によって《江中納言次第》《江帥次第》などともいう。


    国史大辞典 八代国治 等編 (吉川弘文館, 1926)

     吉川弘文館からは明治時代と昭和時代に2度にわたって大部の日本史辞典が刊行されているが、これは明治に出版されたもの。大正期に大増訂が加えられた。いずれもデジタルコレクションでみることができる。
     明治維新以後の「現代史」こそ扱っていないが、国初以来のあらゆる時代あらゆる分野をまとめて編集された歴史辞典はこれが日本初の画期的なものであり、大きな成功をおさめた。


    国史大図鑑 国史大図鑑編輯所 編 (吉川弘文館, 1933)

     古代から明治末年までの史的遺蹟および文化財についてモノクロ写真(一部原色)2684点を収録した日本史図鑑。
     1上古・奈良・平安時代、2源平鎌倉時代、3吉野・室町・桃山時代、4江戸時代、5明治時代の5巻に、風俗篇の6巻を加え儀式・祭礼・服飾・調度などを分類し、それぞれに解説を加える。
     

    国史大年表 日置昌一 著 (平凡社, 1935) 改訂版(平凡社, 1941)

     日置昌一もまた学歴のない独学者で在野の歴史家。小学校卒業後東京にでてはたらきながら、17年間上野の帝国図書館にかよいつづけて膨大な書物を読破し、ノートは一切とらず、すべてを暗記した。『国史大年表』はそのような日置がおのれの学問を世に問おうとした、神武天皇から昭和9年までの出来事を日付入りで記述した力作で、昭和9年1935(昭和10)年、これも独学者の下中が創立した平凡社から刊行された。新聞には「著者は学歴のない、篤学者の少壮史家」などと紹介された。アカデミズムは出典が明記されてないなどとこの大著を冷淡に扱ったが、昌一の息子、日置英剛がこうした批判に応える『新・国史大年表』を編纂し、2015年8月に索引巻刊行をもって完結した。



    ◯大日本史料 東京大学史料編纂所 編 (東京大学, 1922〜)

     年代順による日本歴史についての最大の基礎史料。東京大学史料編纂所で編纂,現在も刊行中。
     律令政府の修史事業の六国史のあとをうけて,宇多天皇の仁和3 (887) 年8月から明治維新直前の慶応3 (1867) 年までの 980年間について、政治,経済をはじめ,各方面の事件に関する史料を年月日を追って配列し,漏れなく掲載したもの。
     史料を裸で載せているのではなく、出来事ごとに綱文を立てて一項目としているのが特長。
     東京大学史料編纂所 公開用データベース http://wwwap.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/db.htm
    の「大日本史料総合データベース」検索表示可能だが、デジタルコレクションからも入手可能である。



    ◯国史大系 経済雑誌社 編 (経済雑誌社, 1901)

     日本史研究に関する基本的な文献を集め,校訂して出版した叢書。 明治の代表的啓蒙史家田口卯吉編纂。 神代から江戸時代末期に及ぶ正史や,個人の編纂した歴史書,制度法令集,文学,伝記集,系譜などの基本的なものを集めている。第2次世界大戦期に失われた写本を利用しており,文献研究のうえからも貴重。


    ◯史籍集覧 近藤瓶城 編 (近藤出版部, 1926)
    ◯続史籍集覧 近藤瓶城 編 (近藤出版部, 1917)

     古代から江戸時代にかけての記録,史書類を集録,編纂したもの。和装本 468冊。近藤瓶城編。 1881~85年刊行された。『群書類従』のあとをうけて,その逸漏を補い,通記類 36種,編録類 96種,類聚類5種,雑纂類 201種,以伝類6種を収める。次いで 93~98年に続編 70冊が出された。『群書類従』と並んで貴重な史料である。


    ◯読史備要 東京帝国大学文学部史料編纂所 編 (内外書籍, 1938) , 新訂版

     昭和8年に出版された定評のある日本史の一冊もの便覧(ハンドブック)。
     日本史(古文書・古記録)解読に役立つ、各種の年表・系図・索引、一覧(リスト)を集めており、法号・称号から人名を特定したり、唐名官職の和名を知りたかったり、ある時期の京都所司代が誰かを調べたりといった、史料を読んだり調べ物の前提となる知識を知ったり、調べるのがちょっと面倒な事をすぐに知るのに役立つ、かゆいところに手が届く調査ツール。


    220 東洋史
    東洋歴史大辞典 全9巻  平凡社 編 (平凡社, 1941)

    昭和12年から同14年にかけて刊行された歴史辞典。
    この時期の編纂であるにもかかわらず、現在でもなお有用・現役である辞典。1986年に臨川書店から縮刷復刻版(図書館で我々が見掛けるのはこちらだろう)が刊行したほど。




    280 伝記
    類聚伝記大日本史 雄山閣 編 (雄山閣, 1936)

     公卿・大名から学者・実業家・軍人、さらに志士や任侠まで扱った、取り上げた人物の幅と数、一人あたりの記述量ともに、最大の日本人物伝記辞典。人物調査の最終兵器の一つ。
     公卿篇、武將篇、大名篇、忠臣・志士篇、武將篇、學藝篇、僧侶篇、神道篇 . 續僧侶篇、文人篇、義人・武侠篇、政治家篇、實業家篇、海軍篇、陸軍篇、女性篇、人名総索引の全16巻。
     現在も多くの人名辞典にも典拠としてあげられ、1980-81年には復刻版が出された。
     国会図書館デジタルコレクションでは、うち1〜13巻が公開中。


    ◯大日本人名辞書  (経済雑誌社, 1886→1921 初版→ 訂補9版) 大日本人名辞書刊行会 編 (大日本人名辞書刊行会, 1926)

    田口卯吉のプロデュースによる、古代からの日本人名を集録・解説した近代的人名事典の嚆矢。
    編集の中心を担ったのは田口の弟子の森貞次郎と嵯峨正作。古今の文献・伝記の調査に加え、広く存命中の関係者に情報の提供を求めるなど、「事実」の確定に多くの努力が投じられた。
    人名項目のカタカナ読み・50音順配列という新方式を採用し、これにより人名の読みを確定をめざすと共に、検索を著しく容易にした。
    辻善之助いわく「国史大系と共に、故田口博士が我学界に遺される二大偉業たり」。
    初版は明治17~19年(1884~1886)以後、増補改訂が繰り返し行われ、長年活用された。
    1980年には、最終版(大日本人名辞書刊行会, 1926)が、講談社学術文庫にて再刊された。


    ◯日本系譜綜覧 日置昌一 編 (改造社, 1936)

     天皇家を始め諸貴族・武門の系図から宗教者・芸術家・学者の各人脈、更に工芸・芸能・碁将棋・相撲など大衆娯楽の諸流派の系統まで、日本の家系と系譜を集大成した書。


    諸家伝 正宗敦夫 編纂校訂 (日本古典全集刊行会, 1940)

    堂上公家189家代々の嫡系の歴代譜。『公卿補任』を家別、人別にし、家格順に編集したもの。絶家した公家も含む。
    公家の各家ごとに、歴代当主の個人別の誕生から死去まで、叙任の経歴(年月日)を記載し、当主の経歴の他、当主以外の早世した人物、低い官位で終わった人物も含む詳細な一覧を含む。収録範囲は、古代から明和年間(1764-1772)までで、『地下家伝』と対をなす。


    地下家伝 [三上景文 著], 正宗敦夫 校・編 (日本古典全集刊行会, 1938)

    六位以下の下級官人,地下 (じげ) の者の家伝 (家督を継いだ者の出自と経歴) を集めたもの。写本 33冊。『諸家伝』 の地下家版といわれる。三上景文 (1789~?) の編。
    地下の家伝を中心に,親王家や五摂家をはじめとする公家衆,諸門跡家の諸大夫侍,東西両本願寺,仏光寺の坊官や院家候人の家伝と,三上家の家伝を収めている。付録に家伝調査の沿革と諸家格式を載せる。天保 13 (1842) 年から編集を始め同 15年に完成。集めた家伝は,文化初年 (04~05) 頃すでにそれぞれの家から書出されていた家伝を利用したものらしい。地下諸家の家系・職掌・各人の略伝を知るのに有用。律令体制崩壊後の下級官人の官歴を調査することは,今日では不可能に近いことから貴重な史料となっている。
    収録期間は古代から 嘉永5年(1852)。ただし奈良・平安まで遡れるものは少なく、多くは室町から江戸中期以降である。


    前賢故實 菊池容斎 (武保) 著  (雲水無尽庵, 1868) (郁文舎, 1903) (東陽堂, 1903)

     江戸後期成立の伝記集。菊池武保(容斎)編・画。天保七年~慶応四年刊。神武天皇から後亀山天皇までの明君・賢人・忠臣・烈婦など585人を時代順に肖像化し、漢文で略伝を記したもの。
     日本の歴史上の人物を視覚化したものとして画期的であり、明治期の美術、特に歴史画において、図像の典拠や有職故実の教科書として多大な影響を与えた。



    名将言行録 岡谷繁実 著  (玉山堂, 1869)(文成社, 1909)岩波文庫 版 (岩波書店, 1944)


     戦国時代の武将から江戸中期の武士(赤穂浪士の討ち入りを指揮した大石良雄など)まで、著名な人物192人の言行、逸話を集めた人物列伝。幕末の館林藩士・岡谷繁実著。
     入念な調査、検証を行ったものではなく、史実と乖離している部分もあるため歴史学的には評価が高くないが、有名武将の多彩なエピソードを集めているところからしばしば時代物のフィクションで参考にされる。
     


    寛政重修諸家譜 1520巻 堀田正敦 編 [写本]
    寛政重脩諸家譜  (國民圖書, 1922) [刊本]

    寛政年間(1789‐1801)に江戸幕府が編修した系譜集。1530冊。1812年(文化9)完成。《寛永諸家系図伝》の続集を編修する意図のもとに着手されたが,途中より改訂編修に切り替えられ,1799年に官制を整え,総裁堀田正敦以下を任命し編修を開始,14年を費やして本文1520巻と目録10巻、合計1530冊の詳細な大系図集が完成した。国主・領主をはじめ御目見(おめみえ)以上の士について1798年までの事跡を記す。
    幕府が貞享(じょうきょう)~寛政年間(1684~1801)に大名、旗本から提出させた家譜に基づいて内容を整え、江戸時代の武家の伝記資料としてもっとも正確、広範で、信頼性が高く、系図,略歴が詳細で『徳川実紀』と共に幕政研究の重要資料としてよく利用されている。
    検索には、『読史備要』収録の「寬政重修諸家譜索引」(こちらもデジタルコレクションにある)で、探したい人物がどの巻に載っているかを調べることができる。



    大武鑑 橋本博 編 (大洽社, 1935)

     江戸時代、諸大名や旗本のすべてについて出身、格式、職務、石高、家紋など、武家の大要がわかるように列挙した書物を武鑑と呼ぶ。寛永年間 (1624~44) に出た『治代普顕記』所収のものが原型といわれ、正保4 (1647) 年に出た『正保武鑑』が形式の整った。
     刊行当時職員録としての需要にこたえたことはいうまでもないが、後世の研究にも便利で、森鴎外や野村胡堂は常に座右に置いて執筆した。
     『大武鑑』は、江戸時代に出た武鑑を集大成して、橋本博が編集したもの。



    ◯日本擬人名辞書  宮武外骨 編 (半狂堂, 1921)
     擬人名とは、人・物・事柄の性質や形状を人名になぞらえたもの。「骨皮筋右衛門」「飲ん兵衛」「承知の助」「ちび助」「石部金吉」「助平」の類をいう。
     この辞書は、あの宮武外骨がそんな擬人名ばかりを集めたもの。
     これに類するものでは幸田露伴に「当流人名辞典」(『讕言』収録)があるが、外骨はほぼ全ての項目に参考文献からの引用を挙げて、辞書の体裁を整えている。項目数も多い。




    日本紳士録 (交詢社, 1911〜1944)

     1889年から隔年で2007年まで出された日本を代表する紳士録。
     日本の実業界、政界、官界、教育界、芸術界、その他各方面で活躍中の人物を登載。肩書、出身地、出生事項、学歴、趣味、住所、電話、配偶者などを記載している。日本在住の主要な外国人も含まれる。
     1911〜1944年まで近代デジタルライブラリーで公開。


    人事興信録 (人事興信所, 1911〜1948)

     1903年から続く日本を代表する紳士録(官僚、大企業の役員、芸術家など著名人のうち、存命で活躍している人物の情報を掲載したもの)。
     1911〜1948年まで近代デジタルライブラリーで公開。



    現代人名辞典 古林亀治郎 編 (中央通信社, 1912)

     日本図書センターの『明治人名辞典』上下(1987)に改題復刻された人名辞典。


    日本現今人名辞典  (日本現今人名辞典発行所, 1901-3)

     日本図書センターの『明治人名辞典2』上下(1988)に改題復刻された人名辞典。


    大日本人物誌 成瀬麟, 土屋周太郎 編 (八紘社, 1913)

     日本図書センターの『明治人名辞典3』上下(1994)に改題復刻された人名辞典。


    大正人名辞典 東洋新報社 編 (東洋新報社, 1917)

     日本図書センターの『大正人名辞典』上下(1987)に改題復刻された人名辞典。


    大衆人事録 帝国秘密探偵社 [編] (帝国秘密探偵社[ほか], 1940)

     日本図書センターの『大正人名辞典2』(1989)、『昭和人名辞典』第1巻東京篇、第2巻 北海道・奥羽・関東・中部篇、第3巻 近畿・中国・四国・九州篇、第4巻 外地・満支・海外篇(いずれも1987)に改題復刻された大正/昭和初期の人名録。


    大日本博士録 全5巻 (発展社, 1930)

    日本で学位授与を開始した明治21(1888)年から昭和4(1929)年までに授与された博士について、出生、学歴、業績の他にも趣味嗜好、家族、現住所、電話番号等の詳細な記述があり、明治、大正、昭和初期の博士論文を調査するのに使える。一部の博士については肖像(欧文頁のみ)と自署を収録。



    290 地理. 地誌. 紀行
    大日本地名辞書 吉田東伍 著 (冨山房, 1907-10-17)

     吉田東伍もまた数年しか学校に通っていない独学者で、小学校教員となって仕事の傍ら史論を投稿し、やがて学者の注意を引くようになり、読売新聞社から招かれて上京、のちに早稲田大学教授となった。
     日本の地名の変遷を記した研究がないことに気付き,独力で多くの困難と闘いながら,13年かかって《大日本地名辞書》を完成させた。原稿の厚さ5mに及ぶ質量とも古今未曾有の大地誌で、全国を道、国、郡の順に配列し、各郡内はまた『和名類聚抄』の「郷」に分けて、郷内の山、川、野、津、潟、寺社、島、谷、滝、城址等と主要村落の起源、耕地(田数)について、六国史などの中央的史書、地方誌・地方名跡志からさらに詩歌・俳句まで引用して、特定区域の歴史地理的事象を合記併載して叙述する。


    大日本地誌大系 大日本地誌大系刊行会 編[他] (大日本地誌大系刊行会, 1917) (雄山閣, 1933)

     江戸時代に編集された『風土記稿』『御府内備考』『新編会津風土記』など主要な近世地誌を網羅した叢書。
     明治30年代設立の日本歴史地理学会は、近世地誌の翻刻・刊行を企画し、大正前期に『大日本地誌大系』14冊を刊行したが、この事業は未完に終わった。
     昭和に入り出版社 雄山閣が改めて刊行に着手し、当初から編輯に参画していた蘆田伊人が中心となり、昭和8年(1933)『大日本地誌大系』全40巻が完結した。



    日本地名大辞典 日本書房 編 (日本書房, 1938)


    大日本読史地図 吉田東吾著、蘆田伊人修補 (富山房, 1937)

     歴史の地理、地理の歴史として相互の関連をはかる意図から、吉田東伍『大日本地名辞書』の姉妹編として編まれた日本地図集。『大日本地誌大系』による蘆田伊人修補。上代から近代までの各時代の多くの地図を集めており、各地図についての略説もある。歴史地図として利用しやすい。


    沿革考証日本読史地図 : 附・略説.図説 河田羆 等編 (富山房, 1897)



    世界地理風俗大系 新光社 編 (新光社, 1932)

     総ルビ付きの地域別科地理風俗事典。写真多数。



    日本国誌資料叢書 全14巻 太田亮 著 (磯部甲陽堂, 1924-26)


    ◯万国名所図絵 : 世界旅行. 全7巻 青木恒三郎 編 (嵩山堂, 1886)

    ◯日本名所図絵 : 内国旅行. 全7巻 上田維暁 (文斎) 著 (青木嵩山堂, 1890)

     全ページに緻密な銅版画を配した旅行ガイドブック。
     『万国名所図絵 : 世界旅行』の成功を受けて、『日本名所図絵 : 内国旅行』が引き続き刊行された。
     本文は文字も挿絵もすべて洋紙銅版摺で、当時の擬似洋装本を踏襲している。



    ◯日本名勝旅行辞典 日本旅行会 編纂 (日本旅行会, 1931)


     昭和初期の日本の観光名所が網羅されている。どのような温泉が、神社が、当時の日本人に観光地として認識されていたかを知ることができる資料。
     「時代性を強く刻印されているが故に、此彼の隔たりを考えさせる別の魅力を備えている」レファレンスの一つ。


    300 社会科学

    300 社会科学

    社会科学大辞典 社会思想社 編 (改造社, 1930,1932)

    1922年に結成され1932年まで存続した社会思想社の活動は、近代日本において、世界にもまれなマルクス主義を中心とした社会科学研究を高揚させるのに貢献した。主な活動として、機関誌『社會思想』の発行、『社会思想叢書』の刊行、『マルクス・エンゲルス全集』(改造社版)の翻訳・編集参加に加えて、この辞典の編纂が数えられる。
    類書の中で群を抜くボリュームと詳細な記述は、社会思想社とその周辺の知的水準の高さを示すものであり、この時期を代表する社会科学である。

    360 社会学

    社会学辞典 新明正道 編 (河出書房, 1944)

    戦前・戦後を通じて日本における社会学を牽引した新明正道(1898‒1984 年)の編集による、出版された本邦初の社会学の専門辞典。2009年にこの辞書の増補版が時潮社より復刻されている。



    380 風俗習慣. 民俗学. 民族学
    神話伝説大系  (趣味の教育普及会, 1935)

     インド・ペルシャ、エジプト・アッシリア・バビロン、ギリシヤ・ローマ、支那・台湾・朝鮮、スペイン・アナン・アジア、ドイツ、日本、フィンランド・セルヴィア、フランス・ロシア、ヘブライ・パレスチン、北欧、メキシコ・ペルーの神話と伝説を収めた世界神話全集。


    大語園 巌谷小波 編 (平凡社, 1936)

     日本・中国・印度に伝わるあらゆる伝説・説話の類を集めんとし、8365話を集成した事典。児童文学と御伽噺の父、巌谷小波が企画、弟子の木村小舟と息子の巌谷栄二が完成させた。全10巻。
     なぜ児童文学で名を挙げた小波が、伝説・説話を集めようとしたのか。それは、「人間を写し得た物より、鬼神を描いた物の方が、事実を描いた歴史や、人情を描いた物語より、想像を原とした神話や、夢幻を主とした伝説の方が」子どもをよく喜ばせるし、小波自身を喜ばせたからである。
     レファレンスも充実しており、登場する地名や人名、神仏、鳥獣魚虫、物の怪などからも引けるので、仙人伝事典や名僧伝事典、神話事典や妖怪事典などにもなる(ウィキペディアを見ると『大語園』をレファレンスしているのは、「のっぺらぼう」「一目入道」「百頭」など妖怪の項目ばかりである)。
     和・漢・印に伝承される物語の基層、原モチーフをカバーしているともいえるので、物語作者の創作にも活用される。吉川英二と手塚治虫が使っていたという記事を以前書いた。小波の孫、栄二の子である巖谷國士によれば、(童話や児童文学は嫌いだと公言していた)澁澤龍彦はこの全巻ほしさに、復興版が出たとき解説を引き受けたらしく、晩年書かれた小説にその影響を見て取ることができる(澁澤の書棚にも見ることができる)。


    ◯日本伝説叢書 藤沢衛彦 編 (日本伝説叢書刊行会, 1917)


    日本民俗学辞典 中山太郎 編 (昭和書房, 1935-36)

     始めてまとめられた民俗学辞典。長大な類聚(分類)索引を備える。編者中山太郎は、柳田國男・折口信夫らと同時代に活躍した民俗学者で、フィールドワークではなく文献史料を重視し、読書から得られた膨大なカードをもとに、巫女・盲人・売笑・婚姻・若者を通史的に論じる学風は、柳田をして「上野の図書館の本を全て読もうとした男」と言わしめた(斯様なBookishな人物を看過することはできない)。
     柳田・折口と絶縁したこともあり、その後の評価は高くなかったが、着眼は先駆的であり、柳田が避けた性や差別についての研究も多く、近年評価が高まってきている。




    400 自然科学

    格物入門. (雁金屋清七, 1869)

     中国(清国)の開国は日本よりも半世紀早く、上海に在住した英米の宣教師は中国語を学び、中国の知識人と共同作業で多くの洋書を漢文に翻訳した。これら漢訳洋書は、日本でも洋学吸収を目的に設立された蕃書調所によって収集され、幕末から明治初期にかけて、幕府の沼津兵学校(当時唯一の事実上の理工科大学)や築地の海軍兵学寮などで教科書として用いられ、また当時出版された多くの啓蒙書の種本ともなり、西洋知識の普及に貢献した。全7巻。
     アメリカ長老会宣教師として1850 年に中国に渡り、のちに北京大学堂(北京大学の前身)の初代学長になったウィリアム・マーチンによる漢文による理工書(マーチンは東アジア各国に多大な影響を与えた『万国公法』の漢訳者でもある)。水学、気学、火学、電学、力学、化学、算学の7巻から成り、算学では広く応用数学のトピックを取り上げ、物理学になぜ代数が必要かについても解説している。この本で使われた術語は、以後の日本語の教科書に採用され、日本の自然科学の用語法に強い影響を与えた。
     中国(清国)の開国は日本よりも半世紀早く、上海に在住した英米の宣教師は中国語を学び、中国の知識人と共同作業で多くの洋書を漢文に翻訳し啓蒙書を著したが、これら漢訳洋書は、日本でも洋学吸収を目的に設立された蕃書調所によって収集され、幕末から明治初期にかけて、幕府の沼津兵学校や海軍兵学寮などで教科書として用いられた。オランダ語を含む西洋語よりも漢文を理解できる人材の方がはるかに多かったことから、この時期の西洋知識への接近法としては理にかなっていた。さらに当時出版された多くの啓蒙書の種本ともなり、西洋知識の普及に貢献した。



    万有科学大系 (万有科学大系刊行会, 1926)

     総ルビ付きの分野別科学事典叢書。写真多数。


    460 生物学

    ◯大和本草 貝原益軒 (刊, 宝永6・正徳5)

    江戸時代の本草書。動植物及び鉱物1362種を分類して載せた大作。
    『本草綱目』収載品のなかから、日本に産しないものおよび薬効的に疑わしいものを除き、772種をとり、さらに他書からの引用、日本特産品および西洋からの渡来品などを加え、1362種の薬物を収載した。
    中国の書物による知識と,長年にわたって国内で実地に観察検証した結果にもとづいて著述した。品目の選定や記述に薬用の範囲を越えた博物学的性格を加えていて,日本の本草学研究の博物学化を示す最初の書である。


    ◯本草綱目啓蒙 蘭山小野先生 口授[他]  (菱屋吉兵衛 [ほか9名], 天保15 [1844]) (和泉屋善兵衛 [ほか8名], 弘化4 [1847])

    江戸時代の本草書。本草家小野蘭山(らんざん)の講義録『本草綱目紀聞』を文語調に改め出版したもの。第一版は1803年(享和3)で、以後、数多く出版されている。
    明の学者李時珍が編集した『本草綱目』についての解説書という体裁だが、他に数多くの和漢古書を引用し、自説を加えるなど内容は豊富である。
    また個々の薬物名(動・植・鉱物名など)に日本各地の方言が記されており、本草書としてばかりでなく、植物学、言語学分野などでも利用価値が高い。



    ◯草木図説 前編 20巻  飯沼, 慾斎[他] (出雲寺文治郎[ほか12名], 安政3)
    ◯草木図説 後編 10巻 飯沼, 慾斎[他] (写, 天保3)
    ◯草木図説目録. 草部  田中芳男, 小野職愨 選 (博物館, 1874)
    ◯草木図説 飯沼長順 著, 牧野富太郎 訂 (三浦源助, 1910) , 増訂

    日本最初のリンネ分類による植物図鑑。飯沼慾斎の執筆。草部20巻、木部10巻。
    草類1250種,木類600種の植物学的に正確な解説と写生図から成る。
    草部は1852年(嘉永5)ごろ成稿,56年(安政3)から62年(文久2)にかけて出版された。
    本草を脱却した西欧の植物分類によるところに意義があり、江戸時代の西欧植物学受容の成果をここに見ることができる。
    明治に入り、田中芳男・小野職愨増訂の第2版(1875),牧野富太郎による増訂の第3版(1907)が出版され,明治期にもおおいに利用された。


    博物学辞典 東京理科学会 編 (水野書店, 1912)

     〈かつてあったもの〉として、すなわち「博物学史」の対象として、回顧されることはあれども、学問分野として現存しないために、編まれることが望めないものに博物学辞典がある(スミソニアン協会 (監修)のこんな図鑑が近年登場しているが)。
     この辞典は、中学校の科目として存在した時代のもの。本編750頁を超え、索引の他に検索表を設けた本格的な辞典である。
     


    490 医学

    ◯本草和名 深江輔仁 著  (英大助[ほか], 寛政8 [1796])(和泉屋庄次郎, [享和2 (1802)])

    平安前期にできた日本最初の漢和薬名辞書。
    大医博士 深根輔仁が醍醐天皇の勅命をうけて延喜年間(901‐923)に著した。
    当時の官医のテキストであった唐の《新修本草》およびその他の中国本草書に収載されている薬物について、その別名、和名、産地などを記したもの。
    和産の薬物について、漢名に和名をあてたのは本書が最初であり、平安前期の日本国内の動・植・鉱物名を知るうえに重要な資料となっている。また薬物の分類や配列をすべて『新修本草』に倣っているので、現在完本が残されていない『新修本草』の復原に際しても価値が高い。
    多紀元簡(たきもとやす)が江戸幕府紅葉山文庫に古写本を発見し,諸書を参照して校訂を加え刊行した1796年(寛政8)刻本(1802(享保2)市販)の上下2冊本があり,それに訂正を加えた一本を底本とした《続群書類従》本がある。



    ◯標準医語辞典 : 独・羅・英・仏・和  賀川哲夫 編 (南山堂, 1936)

     現在も南山堂より刊行されてる(1972年の改訂版が2000年で34版を重ねる)医学用語辞典の初版。
     当時の新語を含む10万を超える豊富な語彙を収めた本格的なもので、訳語の正確さ、平明な解説にも定評がある。
     ドイツ語・ラテン語を中心に編まれており、医学文献の中心が英語に移って久しいことから、これにかわる辞書はこの先も登場しそうにない。
     「序」にこの辞書をつくることになったきっかけのひとつとして、Circulus vitiosusを「生活環」と解している医学論文に出会った出来事を取り上げていて、ホロリとする。




    500 技術
    588 食品工業
    明治屋食品辞典(上中下巻合本) (明治屋東京支店, 1936)
     
     明治屋は言わずと知れた輸入食品を扱う老舗。1885年(明治18年)に横浜で創業して以来、日本人の知らない〈舶来品〉を数多く紹介してきた。この辞典は、1930年頃明治屋で取り扱った品々をプライスリストから選定し、その後の新商品を追加した上で、それぞれに原語での綴りを示し、原産や輸入元、効能、利用法など解説を付けたもの。巻末に飲食物文化史年表を付す。


    600 産業

    ◯人倫訓蒙図彙 蒔絵師源三郎[他] (平楽寺 [ほか2名], 元禄3 [1690])  (だるまや書店, 1917)

    江戸時代の職業百科事典。著者未詳。画は蒔絵師源三郎。1690(元禄3)、京都の書林平楽寺が出版。
    約500種の職業・身分について、簡潔な説明を加え、あわせてそれらの特徴的所作や使用される器物を描いた図を掲げる。巻一は公家、武家、僧侶に関するものを扱い、巻二以下、能芸部、作業部(おもに農工)、商人部、細工人部、職之部という構成で、最終巻は遊郭、演劇および民間芸能など。京都を中心に当時の風俗、生活を知るための貴重な資料。



    700 芸術
    700 芸術. 美術
    芸術資料 金井紫雲 編 (芸艸堂, 1941)

     金井紫雲もまた学歴は小学校中退の独学者で、坪内逍遥の薫陶をうけ、独学、雑誌編集の経歴により、中央新聞から都新聞(現在の東京新聞)へと記者として活躍。特に都新聞では美術担当の記者を長年勤め、美術と動植物に詳しく、京都芸艸堂発行の芸術叢書といわれる『~と芸術』の題名の本を10冊出版した。
     主著は、モチーフ(画題)ごとに多くの作品をまとめたこの『芸術資料』48冊(芸艸堂、1936-1941)、故事伝説、歴史上の事件など多岐にわたる東洋画題を本格的に解説した事典『東洋画題綜覧』18冊(芸艸堂、1941-1943。1997年、国書刊行会から復刻)。


    720 絵画. 書道
    ◯日本絵巻全集 東方書院 編 (東方書院, 1928)


    書体大字典 野本白雲 編 (平凡社, 1940)


    750 工芸

    日本刀工辞典 藤代義雄 著 (藤代義雄, 1938) 古刀篇新刀篇

    現在も、刀剣に関わる者なら知らぬ者のない/最も手にとる機会の多い書物(レファレンスツール)も、デジタルコレクションで読める。
    名工から凡工にいたる位列と略伝、個人別、代別が明記され、鮮明な図版と信頼高い解説がつけられ、刀工検索に便利であり、真偽鑑定資料としても情報に不足がない。
    古刀編は、古刀(天慶~文保)、中古刀(元応~長禄)、末古刀(寛正~文禄)まで、新刀編は、新刀(慶長~宝暦)、新々刀(明和~大正)までを収録。


    760 音楽

    楽家録  安倍季尚 編, 羽塚啓明 校訂 (日本古典全集刊行会, 1936)

    京都方楽人の安倍季尚(すえひさ)編集。1690年(元禄3)成立。全50巻、1183章。雅楽全般に関する集大成書であり、雅楽の百科全書とも言える、現行雅楽に典拠を与える重要基本文献。
    内容は神楽、催馬楽、楽器の構造、製法、その演奏法、楽曲解説、音楽理論、舞楽作法、装束、舞楽面、演奏記録、楽人など、雅楽のほとんど全領域にわたり、科学的かつ体系的に記述されている。当時の雅楽のありさまを体系的にまとめ、末尾の引用書一覧に81部を超す音楽、歴史、有職故実、説話、物語、歌学等の書や中国文献を示すように、先行の説を掲げて照合できる体裁をとっている。さらに彼の属する京都方の流儀と異なるものがある場合や、当時と過去のやり方が異なる場合には、その相違を明らかにするという研究的態度もとっており、従来閉ざされた部分の多かった雅楽の世界が明らかとなり、後世の雅楽研究に貴重な資料となっている。図譜、挿画も多い。


    780 スポーツ・体育
    武術叢書 国書刊行会 編 (国書刊行会, 1915)

     「本朝武芸小伝」「撃剣叢談」などの武芸史の貴重資料、「不動智」「天狗芸術論」「五輪書」など武術関連の伝記、秘伝書、実技指導書などを一冊にまとめたもの。武道関係の古典は活字化されたものが少ないため貴重であり、時代小説、特に剣豪小説を書く際には登場人物の造型に用いられた種本でもある。


    790 諸芸. 娯楽

    家芸大辞典 : 趣味実益 福田滋次郎 編 (帝国文芸奨励会, 1912)

     ちょっと説明が困る、遊び、網、編み物から自転車、湯治、茶の湯、釣り、手品、ベースボール、盆栽……料理まで、諸芸をとにかく集めて解説した辞典。「◯◯づくし」を集成し、しかも各項目を詳しい説明をつけたもの、とでもいうしかない辞書。(というのも、冒頭の序文が書いてあるあたりのページが抜けているのだ、なんとかして)。
     たとえば「遊び」の大項目だと、室内遊びから野外の遊びまで、「腕相撲」「お手玉」のような誰もが知ってるものから、「天狗俳諧」のようなちょっと高度な言葉遊び等など、多くの遊びを紹介し、「狐狗狸遊び」はその心理作用を含めて解説するなど、充実した筆の運びに、どこまでも読むのがやめられなくなる。

    800 言語
    810 日本語

    新撰字鏡 昌住 撰

    日本最古の漢和辞書。
    892年(寛平4)に草案成立後、さらに加筆して昌泰(しょうたい)年間(898~901)に現存の12巻に増補改編された。
    漢字を部首で分類し,発音について字音注を施し、漢文で意味を記し、万葉仮名で和訓をつけてある。その注記は,『玉編』『切韻』『一切経音義』などから多くひき,古代の文献書誌研究,字音研究などの資料となる。
    部首の配列は、現行とは異なり、天部、日部、月部などという中国の類書などと同じである。掲出字は約2万1000で、そのうち1万6300余字は偏旁(へんぼう)によって分類し、同じ部首内を四声によって分けている部分もある。和訓が約3700条にみえ、和音も70ほど記されている。和訓を有する辞書としては現存最古のもの。
    古代文献の解読、上代語・平安時代初期の国語国語の研究に不可欠の書である。


    色葉字類抄 橘忠兼 著 育徳財団 編 (育徳財団, 1926)

    平安時代の末期につくられた国語辞典。2巻本に補訂を重ね、治承年間 (1177~81) に3巻本として成立。
    それまでの辞書が漢字を引いて読み方を求める体裁のものであったのに対し、この辞書はことばからこれにあてる漢字を求めた画期の書。
    平安時代末期の語彙を,まず語頭音でイロハ順に 47部 (ヲとオは,アクセントが高く始るか低く始るかで区別) に分け,次いで天象,地儀,植物,人倫などの意味分類により配列し,それに漢字をあて,さらに用例を示している。平安末期における漢字表記の習慣を調べるのに好適の資料となっている。『和玉篇 (わごくへん) 』『節用集』など,のちの辞書に大きな影響を与えた。
    当時普通に使用された漢文体の文章(漢詩文、記録、文書など)を作成するうえで心得るべき語、漢字表記を中心に、とくに漢語が豊富に集録されている点に特色がある。当代における国語の漢字表記の規範を知るうえで、また当時の社寺、国郡、姓名など、固有名詞の漢字表記の読み方の手掛りが得られる点で重要な文献である。
    鎌倉時代になってから大増補され、 10巻本となった。これが江戸時代の初期に当時の学界に紹介され『伊呂波字類抄』の名で引用されてきた。元の3巻本のほうは,昭和年代にはいって初めてこの複製本で世に知られた。


    類聚名義抄 [菅原是善 著]  (貴重図書複製会, 昭和12)

    『名義抄』ともいう。編者不明の部首引き漢和字書。原撰本は11~12世紀ころの成立と推定される。12世紀末ごろになって改編増補され10巻にまとめられた。和訓は,原撰本では出典別に万葉仮名と片仮名で示されているが,改編本ではだいたい片仮名に統一されている。
    原撰本は、現存しない書物からの引用の多いこと,古い和訓を記していること,声点(しようてん)の施されたものがあり,平安時代末期のアクセントを知りうる貴重な資料である。
    改編本は,多数の字音注や4万に上る和訓を収録しており,平安時代末期の和訓の集大成といわれる。
    例えば、現在の漢和辞典で「おもう」の訓を持つ字は10程度しかないが、『名義抄』には「おもふ」にあたるものは67字にも及ぶ。
    膨大な和訓を検索する便宜のため、昭和に入り、仮名索引(正宗敦夫 編、日本古典全集刊行会, 1940)が作成されており、こちらもデジタルコレクションで参照できる。


    下学集 東麓破衲[他] (写本)

    室町時代の国語辞書。日本の古辞書の一つ。1444年(文安1)成立。刊行は遅れて元和3 (1617) 年。
    著者は「東麓破衲 (東山の麓(ふもと)の僧の意で、実名不明。京都東山建仁寺の住僧か) 」の自序があるが未詳。2巻。
    室町時代の日常語彙、中世に行われた通俗の漢語の類を標出し、約 3000語を天地,時節など 18門に分け,簡単な説明を加えたもの。『論語』憲問篇(へん)の「下学而上達」による。
    室町時代には盛んに利用されていたらしく、慶長(けいちょう)(1596~1615)以前の古写本だけでも30以上現存する。版本は1617年(元和3)刊本がもっとも古い。しかし、配列が《節用集》のようにいろは順でないため、語の検索にはやや不便であり、のちに成立した『節用集』におされ、江戸時代の版行は振るわなかった。


    ◯節用集 : 2巻 (写, 明応5(1496)) …伊勢本
    ◯節用集 2巻  (刊, 慶長2跋)…乾 (いぬい) 本

    室町時代後期の国語辞書。文明年間 (1469~87) よりやや以前の成立とみられる。
    「節用」は「不断,しょっちゅう」などの意。室町時代の日常語を集め,それを書き表わす漢字を示し,ときに意味,語源を説く。
    内容が通俗簡便で,検索にも便利なところから,室町時代から明治初期まで増補改訂を加えながら広く用いられ,同類イロハ引き辞書の代名詞のようになり,同名を冠する (なかには異名で同類の) 辞書が多数つくられた。
    大部分のものは,語の第一音節によってイロハの部に分け,そのなかがさらに天地などの意味によって分類されている。その最初の語に従って,印度本,伊勢本,乾 (いぬい) 本の3系列に諸本が大別される。


    倭玉篇  慶長18 [1613]

    室町初期ごろの成立、編者未詳の字形引きの漢和字書。三巻。《節用集》《下学集》と合わせて室町時代の代表的な国語辞書と称される。
    漢字を見出し語として掲げ、傍らに字音を、下に2,3の和訓を片仮名で示すシンプルなつくりである。
    簡便な漢和字書として室町・江戸時代から明治にかけて代表的漢和辞書として最も広く使われ、「和玉篇」の名は漢和字書の代名詞の如くに用いられた。
    そのため写本、版本の数が多く、たびたび改編増補して刊行されたが、書名も『和玉篇』のほか『大広益会玉篇(だいこうえきかいぎよくへん)』『篇目次第(へんもくしだい)』『音訓篇立(おんくんへんだて)』など多様である。


    倭訓類林 海北若冲 編, 正宗敦夫 編纂校訂 (日本古典全集刊行会, 1935)

    江戸中期の辞書。7巻。1705年(宝永2)成る。日本書紀以下の国書や漢籍の訓点本29種から和訓を集成し、漢文・万葉仮名で割注形式に出典その他を注し、いろは順に配列したもの。


    雅言集覧   石川雅望 編, 中島広足 補 (中島惟一, 1887) , 増補

    江戸時代後期の古語用例索引。
    石川雅望 (まさもち) 著。 50巻。文政9 (1826) 年 (い~か) ,嘉永2 (49) 年 (よ~な) 刊。「ら」以下写本。現在は,中島広足が追補の筆を加えた《増補雅言集覧》(3冊,1887)が用いられる。
    平安時代の仮名文学を中心に,『古事記』『日本書紀』『万葉集』『今昔物語集』などからも用例を集め,いろは順に配列し、擬古文などをつくる際の規範とするために編集されたもの。
    ときに簡単な語釈がつくが、解釈はほとんど施されていない。しかし古代語の語彙のほとんどを網羅し、引例が豊富で、いちいち出典を示している。明治時代以後に編まれた国語辞書は、本書を基に用例を採録したものが多く、大きな恩恵をうけている。現在でも古代語の研究に利用される。


    俚言集覧 井上頼圀, 近藤瓶城 増補 (皇典講究所印刷部, 1900) , 増補

    19世紀前期の国語辞典。成立は不明だが,1797年(寛政9)から1829年(文政12)までの間と考えられる。
    福山藩の漢学者太田全斎が,自著の『諺苑』を改編増補したものとみられる。かつては村田了阿編と誤り伝えられたが,俗諺を集めた『諺苑』が発見され,本書も全斎の手になることが明らかになった。
    『雅言集覧』に対して名づけられたもので、俗諺(ぞくげん)、俗語のほか漢語、仏教語、固有名詞などを豊富に収録しており、江戸時代の口語語彙集として貴重である。
    あ・い・う・え・おの5集に分け,それぞれを五十音の横段に配列するという特異な五十音順になっていたが、井上頼圀・近藤瓶城が現行の五十音順に改編、さらに増補して『増補俚言集覧』三冊(1899~1900)として刊行してから一般に広まった。


    和訓栞 谷川士清 著 (成美堂, 1887)

    江戸後期の国語辞書。八二冊。江戸時代中期の国学者谷川士清の編著。
    《雅言集覧》《俚言集覧》とともに江戸時代の代表的な国語辞書といわれる。
    日本で最初の近代的な国語辞書として注目され,明治以後の辞書に与えた影響も大きい。
    仮名一字の語、二字の語、三字の語などそれぞれ別に、また第二音節までを五十音順に配列しているが、五十音順の採用は、いろは順の多かった近世の辞書には珍しい。
    前編には古言・雅語、中編に雅語、後編に方言・俗語を収録し、それぞれの語ごとに出典を示し、語釈を加え、用例をあげてある。
    刊行は、士清の没した翌年(1777年、安永6)以降数次にわたり刊行され、1887年(明治20)までの100余年を要した。


    ◯ 言海 : 日本辞書. 第1-4冊.  大槻文彦 編 (大槻文彦, 1891)
    ◯言海 百六拾版 (吉川弘文館, 1907-03-15)

    わが国で最初の近代的な組織の普通語辞書。
    文部省が木村正辞,横山由清らに編集させた『語彙』(1871‐81)が中絶したのち、1875年(明治8)文部省の命により大槻文彦が単独でとりかかり、同年2月起草,84年脱稿,これを4分冊にして89年5月に第1版を刊行,91年4月に完結したもの。その後,1冊にまとめられ,大正末年までに四百数十版を重ねた。
    本書以前にも辞書の形式をそなえたものがないわけではなかったが,収載語の豊富と語釈の精確とをもって,日本の辞書史上に不朽の足跡をのこす労作となった。
    〔1〕基本語も含めた普通語の辞書であること、〔2〕五十音順で配列したこと、〔3〕近代的な品詞の略号と、古語・訛語俚語(かごりご)の印をつけ、活用を示したこと、〔4〕語釈に段階づけをしたこと、〔5〕用例を載せたことなどの特徴は、以後の普通語辞書の範となった。
    また、巻首の「語法指南」は『広日本文典』、『広日本文典別記』(ともに1897刊)の基礎となった。


    ◯日本大辞書 山田美妙 (武太郎) 編 (日本大辞書発行所, 1893)

    明治時代の国語辞典。本編 11 冊補遺 1 冊。
    尾崎紅葉とともに硯友社を結成した小説家であり、詩作、評論、言文一致の理論構築と実践など多方面で活躍した山田美妙が口述し、これを大川発が速記して作成された。
    そのため、日本の辞典としては初めて語釈が口語体で記述され、また話し言葉(口語形、口頭語形、笑い声、泣き声)を豊富に立項した独自のものとなった。
    その口語志向は、各語に標準語のアクセントがつけることにもつながり、本書はアクセントを表記した最初の国語辞典となった。


    大日本国語辞典 上田万年, 松井簡治 著   (金港堂書籍, 1915) (富山房, 1929)  修訂版(富山房, 1941)

     上田万年・松井簡治共著(実際は松井の単著)の国語辞書。
     上古から現代までの、普通語・学術用語・専門語・外来語・漢語を広く収集し、約19万前後の見出しを歴史的かなづかいの五十音順に配列する。それぞれ通用の漢字をしるし語釈を施し、豊富な用例をあげて出典を示し、ときにさし絵を加える。また慣用句・ことわざについても、1万余項をそれぞれその首部の単語の下に収めて、同じく解説し出典をあげる。
     方言は取らず(さすがは標準語による国語統一に尽力した上田万年※)、固有名詞は神仏の名称以外収めていない。確実かつ必要なもののみを記すことを方針することから、語源の説明は原則してない。
     規模が大きく編纂方針も整備され,のちの国語辞書の一つの範ともなり、『日本国語大辞典』はこの辞書を引き継ぐ性質を持つものだった。

    ※上田万年「標準語に就いて」『国語のために』収録(→近代デジタルライブラリー)あるいは次の引用を参照。
    「我々は日本言葉と云ふものを統一して、日本言葉を正しく、明かに話すやうにし、一本の言葉を以て話すやうにしなければならない、方言の如きものは、成べく避けるやうにする、勿論方言と申しましても、是は地方々々の人の習慣上今日まで存在して居るものでありますから、日本言葉の一つの流れであつて、決して是はいやしむべきものではありませぬ。いやしむべき所でなく、日本の教育の統一と云ふやうな上から申しますれば、成べく方言は話さないやうにして、四海兄弟、皆一つ言葉を以て話すやうに統一したる言葉を作り出す、此大目的の為に成べく方言は避けるやうにして進むやうにしなければならないのであります。さう云ふやうにしようと致しますれば、勢ひ方言の性質、起源を調べ、又方言を如何にして矯正して行くか、方言を標準語に統一したものに直して行かうと云ふのには、如何にして進んで行くかと云ふと、此度此次の講義にありますやうに、音声学の学理に照して、音声学の学理で方言を調査し、方言を矯正する、正して行くと云ふことをしなければならないであらうと思ふのであります。」(上田万年「放送講座国語の為に開会の辞」音声学協会(1931)『ことばの講座』収録)。




    大辞典 平凡社 編 (平凡社, 1935)

     『大百科事典』を刊行し立ち直った平凡社が満を持して出した、いまでも最大の語彙を収める巨大国語辞典。
     現役最大の『日本国語大辞典(第二版)』で50万項目のところ、『大辞典』は70余万の項目数を誇る。
     先に紹介した上田・松井『大日本国語辞典』とは反対に、方言や人名・地名などの固有名詞、近接語族の語彙など、考えられるありとあらゆる語彙を集めたところに特徴がある。


    大言海 大槻文彦 著 (富山房, 1935)

     大槻文彦による国語辞典。同じ著者の『言海』を増補改訂したもの。
     初め松平円次郎,浜野知三郎がその編集をたすけ,のち,かつて《言海》の編集にたずさわった大久保初男が加わった。中途で松平,浜野の2人はしごとを辞したが,大久保のみは,1928年大槻文彦が死んだのちもその業をつづけた。大槻文彦の死後には,兄の大槻如電(によでん)が編集を監督し,また,関根正直,新村出の指導を仰いだ。
     《言海》に比すると、方言や近代語をも多く収めているが、古語辞書としての価値が最も大きい。
     見出し語には単にその釈義のみならず,出典をもかかげている。『大日本国語辞典』とは反対に、大槻文彦色を前面に出した大胆な語源の解釈が特徴である。


    日本類語大辞典 志田義秀, 佐伯常麿 共編 (晴光館, 1909)

     日本における「類語辞典」の嚆矢にして、空前絶後の規模を誇るもの。戦後、講談社はこの複写版を復刻し、近年は講談社学術文庫で同じものを『類語の辞典』として出していた。
     活字化を断念したのは、原書の発刊当時に使用されたが、その後使われなくなった文字を含む膨大な語彙を収録するからである。
     人が使用しうる域を遥かに超えてこの辞書がひらく言葉の大海は、失われた日本語の深さを広がりを不明な現代人にも知らしめる。


    ◯秘密辞典  自笑軒主人 著 (千代田出版部, 1920)
     会話に出てきて意味がわからないが、親兄弟や教師に聞くわけにもいかない(聞いても「そんなことは知らなくていい」といって答えてもらえない)ような言葉を集めた辞典。400頁近くある。
     多くは、あまり上品からぬ隠語や俗説、符牒、略語、流行語などから成るが、その限りではない。たとえば巻末の「付録1 記号符牒の解釈」で「【@】 atの略にして単価を示す。即ち@¥1.50 for 50''」は50吋(インチ)あたり1円50銭の意味だとの解説もあり、意外に有用である。
     どう考えても筆名くさい自笑軒主人であるが、その正体として神保町系オタオタ日記のjyunku氏は、この辞典の【あをまめ 青豆】と『日本民俗学辞典. 補遺』の【アオマメ[青豆]】の項に着目し、『日本民俗学辞典』の編者 中山太郎がその人ではないかと指摘している(→当該記事)。
     今日では、どちらも近代デジタルライブラリーで確認できる。


    日本語アクセント辞典 日本放送協会 編 (日本放送出版協会, 1943)
     改定を重ね現在も刊行しているNHK日本語発音アクセント辞典の元祖。


    字源 簡野道明 著 (字源刊行会, 1931)

    幼少から聡明で知られ、わずか15歳の若さで地元の小学校の教員になった簡野道明は、学問への志やまず、27歳のときに上京し、東京高等師範学校(現在の筑波大学の前身)の国語漢文専修科で学び、31歳で卒業した。教師をしながら中学校用の漢文教科書を編集し好評を得て、『故事成語大辞典』でも成功。その後、49歳となった簡野は、教職を辞し、執筆のため別荘を購入して、漢和辞典に打ち込んだ。
     こうして完成されたのが『字源』である。
     語彙の意味の正確さ、明記された出典の他に、音訓語彙索引を工夫し、同部首・同画数の親字の配列を音読みの50音順とし、漢和辞典を画期的に引きやすいものにした。


    詳解漢和大字典 服部宇之吉, 小柳司気太 共著 (富山房, 1943)

     親字を頭字にする熟語だけでなく、親字を尾字とする熟語表をつけた漢和辞典。


    難訓辞典 井上頼圀 等編 (啓成社, 1907)
    上古より近世に至る史書・和歌・俳諧・漢詩・小説・随筆・物語・日記・歌学・俳論・神道・仏教・本草・有職故実・字典・事典等264書に見えるいわゆる難訓を採り、人名・姓名・地名・神祇・職官・器服・有職・故実・仏事・時令・称号・その他にわたって、訓み(正訓・戯訓*省略訓・惜訓等)の諸訓を与え、2.意義・解釈を加えた辞典。



    820 中国、その他の東洋の諸言語

    康煕字典 42卷附字典琢屑1卷字典初學索引1卷 (淺野彌兵衞等刊, 安永9)

    訂正康煕字典  渡部温 編 (渡辺温, 1887)

    これ以降の字書の規範となり、現在までつづく漢和辞典の排列の規準となった、中国史上最大のものだった漢字字書。
    清の康煕帝の勅命により、陳廷敬,張玉書ら 30人の学者が、5年の歳月をかけて編纂し、1716年に完成した。体裁を明の梅膺祚の「字彙」にならい、「説文」「玉篇」に基づき、4万7035の字数を二一四部、画数順に分類排列し、歴代の韻書の反切以下、字義、別音、別義、古音などを記し、すべての字義に対して字書及び古典籍からの用例を示している。
    日本では1780年(安永9年)、木版により翻刻された版が最初のもので「安永本」と呼ばれるが、これももちろんデジタルコレクションで見ることができる。
    短期間に多数の人の手で作られたために誤りや不正確な記述も少なくないため、後年の補正が行われた。日本でも渡部温の『康煕字典校異正誤』(1887年(明治20年))は1万以上の補正を行っており、これは渡部温による『訂正康熙字典』の欄外にも記されている。
    渡部の『訂正康熙字典』は、1977年講談社により一巻本として復刻出版され、多くの公共図書館や大学図書館に所蔵されるが、『康煕字典校異正誤』、『訂正康熙字典』ともにデジタルコレクションで見ることができる。

    康煕字典考異正誤 渡部温 編 (渡辺温, 1887)


    さて康煕字典は中国でつくられた辞典で、漢字ばかりで書かれている。日本人が漢和辞典的に使うには、漢字の読み(音・訓)が欲しいところである。そういうニーズに答えるべく、音・訓という情報を様々な形で添加した字書がつくられた。以下は、デジタルコレクションでみることできる、そうした字書である

    音訓康煕字典 : 韻字平仄四声訓訳  古川守衛 点 (玉宝堂, 1882)

    訓蒙康煕字典 橋爪貫一 編 (須原鉄二, 1883, 1885)

    鼇頭音釈 康煕字典 石川鴻斎 編纂 (博文館, 1892、1910)

    国訓寸珍康煕字典 近藤南州 [編] (青木嵩山堂, 1904)




    ◯井上支那語辞典 井上翠 編著 (文求堂書店, 1928,1937)

    ◯台日大辞典 台湾総督府 編 (台湾総督府, 1932)

    ◯朝鮮語辞典 朝鮮総督府 編 (朝鮮総督府, 1920,1928)

    ◯和蒙辞典 大阪外国語学校蒙古語部和蒙辞典編纂会 編 (ぐろりあ書房, 1938,1941)

    ◯漢訳対照梵和大辞典  荻原雲来 編 (漢訳対照梵和大辞典編纂刊行会, 1943)
     唯一の学術レベルの梵和辞典であるために、現在でも一冊にまとめた版が講談社から刊行されている辞典。
     訳仏典の訳語との対比が詳しく、総語彙約10万6000語を収録する。
     現在、全16巻中1~6巻を公開中。


    830 英語

    ◯英和対訳袖珍辞書 (蔵田屋清右衛門, 1869)

    日本初の本格的な刊本の英和辞典。1862年,洋書調所から刊行。別名、開成所辞書。
    英語の活字と日本語の木版を組み合わせて印刷されている。
    幕府の命により堀達之助が主任となり、西周、千村五郎、竹原勇四郎、箕作麟祥などが編纂に参加した。
    H. Picardの著した英蘭辞典"A New Dictionary of the English and Dutch Languages"のオランダ語部分を和訳する方法によって編纂が進められた。
    デジタルコレクションにあるのは1869年の改訂増補版。


    ◯英和字彙 : 附音插図 柴田昌吉, 子安峻 編 (日就社, 1873, 1871)

    最初の活版印刷された英和辞書。
    語数 55,000、頁数 1,546の当時の最大の英和辞典で、英和辞書では初めて挿絵を取り入れている(500余り挿絵を収録)。
    英和対訳袖珍辞書とともに明治前期に広く普及し改訂を重ねた。
    底本にウェブスターの系統を継ぐOgilvieの辞書を採用。この米国系辞書の翻訳を基本にウェブスター式の発音記号をつける形式は、明治の英和辞典のトレンドとなり、日本の英学に大きな影響を与えた。
    第二版からは、訳語の表記をそれまでの縦書きから横書きに改め、現在の英和辞書の体裁の元となった。

    ◯和訳英字彙 : 附音插図 島田豊 纂訳, 曲直瀬愛 校訂 (大倉書店, 1888)
    ◯和訳字彙 : ウェブスター氏新刊大辞書 イーストレーキ, 棚橋一郎 訳 (三省堂, 1888)

    どちらもWebster’s Unabridged Dictionaryを訳出した辞書。同年にほぼ同じ値段で登場した両者は、明治中期に人気だったライバル英和辞典であり、互いに増補や改訂を繰り返していく。


    Saito's idiomological English-Japanese dictionary = 熟語本位英和中辭典 齊藤秀三郎 著 (S.E.G. Publishing Department, 1918)

     あの齊藤秀三郎が、英語の慣用語法の解明に傾けた情熱と見識を中辞典のサイズに込めた英和辞典。これでもかと繰り出される例文とともに、訳文のこなれ具合は空前絶後に達し、世代を超えて愛好者が絶えない辞書となっている。


    ◯新英和大辞典 岡倉由三郎 編 (研究社, 1929)

     いわゆる「岡倉英和」として知られる英和大辞典。現行の研究社新英和大辞典は、この辞書から数えて第6版にあたる。研究社はこの辞典を持って、三省堂と肩を並べる辞書出版社にのし上がった。


    ◯和英大辞典 エフ・ブリンクリー 等編 (三省堂, 1896)

    「ヘボン辞書」以後はじめての、明治末期までは最大の、和英大辞典。
    外国人学習者のために巻頭に日本語概要が付き、日本の動植物や日本の事物について記載ともに挿画がつくなど百科事典的。

    840 ドイツ語

    ◯二十世紀独和辞書 藤井信吉 編 (金港堂, 1908) , 7版

     ドイツ帝国成立後に行われた1901年のベルリン正書法会議を受けて、いち早く正書法を導入して人気を博した独和辞典。
     1907年初版だが、翌年3月には7版(デジタルコレクションにあるのはこれ)、1910年には増補25版を数えた。


    850 フランス語

    ◯仏和字彙 中江篤介, 野村泰亨 訳 (仏学研究会, 1893)

     中江篤介(兆民)が作った辞書といえば、彼の私塾から刊行された『仏和辞林』であるが、こちらはまだデジタルコレクションに登場していないので、その短縮版を紹介しておく。


    870 イタリア語
    ◯伊太利語辞典 井上静一 著[他] (第一書房, 1942)

     日本におけるイタリア語辞書の成立は随分遅く、この辞書(初版1936年)以前には1876年に曲木如長『仏伊和三国通語』績文社があるばかりであり、この書が実質的に最初の伊和辞典である。
     著者の井上静一はイタリア・ミラノの総領事を勤めた人物で、個人的に書き溜めた4万語近い数のイタリア単語カードを元に伊和辞典の編集に着手した。問題は、当時数少ないイタリア語学習者の数からして出版しても採算をとれる見込みが無いことだが、第一書房がこれを引き受け4年の歳月をかけて刊行された。著者の井上はこれを待たず逝去したが、1940年には日独伊三国軍事同盟が結ばれたことで売上を伸ばし、1942年には増補版が出版された。


    880 ロシア語
    ◯白水社露和大辞典 南満洲鉄道株式会社東亜経済調査局 編 (白水社, 1933)

     最初の大辞典レベルの露和辞典。10万語余を収録。旧文字法による。



    900 文学

    日本文学大辞典 藤村作 編 (新潮社, 1935)

     古代から大正末期までの日本文学・国語学および芸術・外国文学などの関連項目を網羅的に集め、各専門家が詳細に解説し評価した初の本格文学辞典。
     別巻に増補項目と総索引、難読索引、日本文学年表を収める。
     人物については本名、別号、生没、家系、閲歴、芸風、著作を、図書については著者、名義、成立、刊行、内容、価値などその項目に適する小見出しを設けて詳説し、参考文献をあげる。図版も多い。



    俚謡集 文芸委員会 編 (国定教科書協同販売所, 1914)

    1905(明治38)年、文部省は全国道府県に管内に伝わる郷土の歌(俚謡・俚諺・童話・古伝)について報告することを求めた。呼びかけに応えなかった府県もあり、完全なものとは言えないが、1914(大正3)年、文部省文芸委員会がこれをまとめ、日本において最初に網羅的に集められた民謡(民間の俗謡)の歌謡集となった。

     
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